斂の軌跡~THE MIXES OF SAGA~   作:迷えるウリボー

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収斂の勇士たち②

 

 

 

 ロングスカートに薄手のワンピース、寝間着から部屋着へ着替えたエステルは、一階へと降りる。案の定、早くも朝食が作られており、八時過ぎに起床するのは少しばかり遅すぎたことを再認識した。

「あら、おはようエステル」

「おはよう、お母さん。今日のご飯は?」

「今日は貴女が頑張れるよう、少し張り切ってみたわ」

 テーブルに三人用の食器を並べ、ナイフやフォークやらを並べている女性がいる。自分と同じ栗髪の長髪をもつ母レナに、エステルは朝食のメニューを聞いてみた。そして返答の通り、普段から食のレパートリーに事欠かない母親が、さらに張り切っているのが判るくらいハムエッグやマカロニサラダなどが並べられているのが見て取れる。

「エステル、みんなの分の紅茶を入れてもらえるかしら?」

「うん、判った」

 母娘そろってキッチンに向かい、各々自分の仕事をこなす。

 三人の人間が住むこの家は、他の町民と比べて──町長ほどではないが──広い間取りとなっている。家を守るのが母の仕事だとはいえ、広い家の家事すべてを任せるのはさすがに忍びないということで、薪割りや洗濯物などいくつかはエステルもまた仕事をしている。代わりに毎日の食事三食はほぼすべてレナが取り仕切っている。

 故に今日のこの豪勢な朝食には申し訳ないと思うとともに大きな感謝を抱くのだが、それ以上に少しばかり恥ずかしさもあった。

「ねぇ、お母さん」

「どうかしたのかしら」

「張り切ってくれるのはうれしいけど、でもこの量、さすがに多いと思う。……太っちゃうし」

「あらあら、毎日あれだけ動いているのだから、これくらいは当然よ?」

「でも、私だって女の子なの!」

「うふふ」

 非難の目を強めた抗議も、この母親には通用しなかった。どうしたのものかと考えていると、玄関の戸が開く音が聞こえる。

「こらこら、エステル。レナさんの愛情をしっかり受け取りなさい」

 まるで父親然とした言葉。しかし聞こえてきた声色は、つやの見え隠れする女性の声。

 振り返ったエステルは答えた。

「おはよう、シェラ姉。シェラ姉までそんなこと言うの?」

 玄関には、薪を抱えた長い銀髪を携えた女性がいた。褐色肌に露出の多い煽情的な格好だが、今は男を魅了するような雰囲気は少しも感じさせなかった。

「そのくらい食べてもらわないと、今日は持たないわよ? いつも以上に厳しい、『準遊撃士承認試験』なんだからね」

 エステル・ブライト。彼女の母親であるレナ・ブライト。そして姉貴分として居候しているシェラ姉ことシェラザード・ハーヴェイ。この三人が、いつもの朝食を共に過ごす家族だった。

「うん、レナさんの作るご飯はやっぱり美味しいわ。つい食べ過ぎちゃう」

「ありがとう、シェラちゃん。貴女も今日は大変なんだから、たくさん食べてね」

 どこまでも優しく物腰柔らかい母親と、そしてすでに成人しており一人前の大人として人生を過ごしているシェラザード。この二人よりさらに下、いまだ成人していないエステルは、年頃の少女としては面白くない立ち位置だったりする。

「……」

「あら、どうしたの、エステル?」

「別に。何でもない」

 仲のいい母娘だが、時にはこんな風に不機嫌な時もある。いつも通りの風景だった。

「あらまあ、不機嫌だこと。でも、思った通り朝ご飯はきれいに平らげているじゃないの」

「べ、別に、こんなにあったら食べ残すのも勿体ないだけだから!」

 そんな仏頂面のエステルにシェラザードが茶々をいれる。これもいつも通りの風景だった。

 ブライト家の一日は、こうした賑やかな朝から始まる。世間話に花咲かせ、流行や町での出来事などに三世代からの感想を言い合い、昨日の出来事をなんとなく漏らす。どこまでも平和な、女三人の日常だった。

 そんな中、レナは母親としてエステルに言葉を伝えてくる。

「でも、さっきも言っていたけど今日は貴女にとって大事な日よ。どうか、万全に準備をして言ってちょうだい」

「……うん。気を抜くつもりはないわ」

 エステルもまた、緊張をわずかに漏らしながらレナに答えた。

 そう、今日は、自分にとって特別な日だった。ある意味では、今日の過ごし方次第で今後の人生のすべてが変わるといっても過言ではないほどに。

 エステルは言った。万感の想いを込めて。

「ようやく、『遊撃士』になれるんだもの」

 遊撃士。エステルたちが住むこの広大なゼムリア大陸において、その名を知らないという人は小数だろう。支える籠手の紋章を掲げ、地域の平和と民間人の保護を第一とする民間組織。それが遊撃士協会(ブレイサーギルド)だ。

 彼らは街道の魔獣退治から物資の運搬など様々な依頼をこなす。高位の遊撃士は、国際的事件の対処や紛争の調停など外交力も求められるという。

 遊撃士という存在は、町の子供たちにとって所謂『正義の味方』という見方をされることが多い。実際日曜学校に通う低学年の男児などは『ブレイサーごっこ』と称した遊びをよくする。国の軍人と並んで、『人や国を守る』という領域に関しての人気では双璧を誇る職業だ。

 そして、エステルもまた遊撃士を生業とすることを望んだ人間の一人だった。別に子供のころからブレイサーごっこをしていたわけではないのだが。

 今日が、その遊撃士の見習い──準遊撃士になるための試験が行われる日。レナやシェラザードの言うとおり、多少の恥ずかしさをこらえて朝から満腹となって試験に備えることは必要だった。

 ちなみに、シェラザードはすでに正遊撃士として働いており、若手の中でも期待の新人として評価が高い。そして戦闘以外に関して、エステルの遊撃士としての師でもあった。

 なお、今日の試験も、彼女の監督の下行われる。町には協会支部、支部受付、そして幾人かの遊撃士と三拍子そろっているが、現在エステルが住むロレントの町にはシェラザードを含め遊撃士は二人のみ。おかしくはない人選だった。

 だがようやく晴れの日だというのに、エステルは仏頂面のまま。それは、最近の小さな反抗期に由来するものでもある。

「……でも、本当はもっと早く遊撃士になりたかったのに。なんであと一年早く、十六歳で受けさせてくれなかったの?」

 その職業柄、もちろんだれでも簡単になれるというわけではなく適正も考慮されるが、文面的な面ではこれ以上ないくらい単純な資格がある。それは、遊撃士になれるのは十六歳からというものだ。

 だが、そんな決まりはほとんど形骸化し、魔獣との戦闘能力や対人能力などを優先して考慮される。それを裏付けるかのように、シェラザードが釘を刺した。

「だってあなた、十六歳になったらっていうけどね。十六歳での準遊撃士試験合格なんてのは小さなころからみっちりと戦闘技術を叩き込まれた人くらいにしかできないわよ」

 いわゆる最年少での遊撃士試験合格というのは、かなり優秀でなければできないことだ。いないわけではないが、未熟な子供が遊撃士にというのは簡単ではない。それが現実というものだった。

「それでも十七歳で試験を受けていいって言ってあげたんだから、感謝なさい。色々な人のご厚意に」

「うぐ……それを言われると……」

 現在、エステルは十七歳になったばかり。それでも十分優秀なのだから、文句を言えるようなものでもなかった。

 シェラザードの刺すような目線と、そしてレナのにこやかな目線両者ともに静かな圧を放っており、反撃することはできなさそうだ。

 エステルは、観念したように目をつぶってコーンスープをすすった。

「判りましたー。今日はよろしくお願いしますー」

「はいはい、判ればよろしい」

 そういって、シェラザードは手早く自分の食器を片付けた。流し台にそれを置くと、玄関近くに置いていた愛用の鞄を引っ提げて玄関の扉を開けた。

「それじゃ、先行って待ってるからね。レナさん、行ってきます」

「ええ、いってらっしゃい」

「はーい」

 シェラザードは、あっという間に出かけて行った。

 少しの沈黙の後、エステルもまた、遅れて朝食を食べ終える。

「お母さん、ごちそうさま。今日も、すごく美味しかったよ」

「はい、お粗末様。着替えたら、今日はすぐに試験に出かけるでしょう?食器は流すだけでいいから、洗い物は私に任せて頂戴」

「……うん、ありがとうお母さん」

 そうして、エステルは自室へ戻る。

 遊撃士はその多くの場面で体をよく動かすことを求められる。今の部屋着のような恰好ではとても試験には迎えない。

 衣装タンスから服装を取り出す。動きやすいオレンジのスカートに、服の上に重ね着る白基調のジャケット。利き手側でない左肩に金属製の肩当を装備すれば、恰好だけは一人前の遊撃士のようにも見える。

 そうして一通りの荷物を整え、少しでも早く遊撃士資格を得るために、エステルは足早に向かう。

「それじゃ、お母さん」

 玄関前、レナは見送りに来てくれていた。

「いってらっしゃい。無事合格できたら、遊撃士の紋章を見せて頂戴」

「うん……行ってきます!」

 数日前から、シェラザードにも今日が試験日であることを伝えられてきたのだ。当然、最初からレナにも話は通しており、だからこその今日の気合の入った朝食だといえる。

 細かい意気込みは伝えてある。エステルはこれ以上何かを話すのも蛇足に思えて、足早に町の中心部に向かった。

 ずっと前から、レナには遊撃士になりたいと伝えてきた。レナは、その夢を──女の子だとか、危険だとか、そんな小さな理由で──否定せずに応援してくれていた。

 これ以上の言葉は蛇足に思えた。あとは、自分がきっちりと、その夢をかなえられるように頑張ろう。

 空を見上げて、大きく息を吸ってみた。青空は、どこまでも続く晴天だ。

 

 

────

 

 

 遊撃士と一口に言っても、その階級は大きく《準》と《正》に分かれる。単純な戦闘技術にしても、交渉術にしても技術工作にしても、新人ほど能力が低いのは他の業界と同じく当たり前のこと。また遊撃士になる前に既に何か秀でた技術を持っていた者はそれを遊撃士家業に応用出来得るが、経験もない若者、少年少女であればなおさら初歩的な試験でさえも迷走しやすい。

 だが、ことこのエステル・ブライトは少々違った。

「……にしても、子供の頃のエステルを知る身としては、意外だわー。遊撃士の試験、もっと手こずると思ったのに」

 正午。ロレントのとある建物の中。円盤に支える籠手という、準遊撃士の身分を示す真新しいバッジを装着するエステルがいた。したり顔でシェラザードを見れば、可愛いらしげに舌を出してみる。

「これでも、シェラ姉から学べるところはたくさん学んだ。棒術も、ちゃんと基本を反復した」

 準遊撃士になるための試験内容というのは実に単純なもので、彼らに出される『落とし物の捜索』という初歩的な依頼を模倣したものを、実際の仕事の手順に落とし込んで達成するというものだった。

 ロレントの小さな地下道に落ちていた小さな箱を、エステルはそれほど時間をかけずに見つけ出した。途中の魔獣も苦もなく倒し、依頼者の許可なく中身を確かめるなどというミスもせず、しっかりと依頼主であるシェラザードの下へと届けた。

 試験を兼ねた依頼は達成だ。

「おバカな子なら、きっと捜索対象物の中身を見てくれると思ったけど、さすがにそこまではしなかったか」

 シェラザードとエステルが知り合ったのは、もう十年以上も前になる。当時、エステルはまだ四歳という頃で、当時からシェラザードを年の離れた姉として慕っていた。

 その頃のエステルは、とても今とは似ても似つかない様なおてんば娘で、ともすれば少年のような様子だった、といってもおかしくはない。

「それがまあ、すっかりレナさんみたいな淑やかさをだせるようになっちゃってまあ」

「えへへー、ただの猫かぶりだから。動くのも、大声を出すのも好きだし」

 女性はみな垢抜けるとは言うが、シェラザードはそれをまざまざと見せられた心地を毎日感じている。

 だが、それ以上に感じるものがあった。シェラザードだけでなく、エステルと長く関わった人であれば大なり小なり誰でも気づくような、《強くなりたい》という意志だ。

「……改めて、おめでとうエステル。これからはお仲間ってわけね」

 以後は、遊撃士協会の一員として人々の暮らしと平和を守るため、そして正義を貫くために働くこと。

 そう、紋章を渡されたときにシェラザードに言われた。それは単に資格を得た新人への儀礼的な声掛けではあったが、エステルにとってはまた少し違う意味合いにも聞こえてくる。

「これで……私も、少しは認められたのかな」

 まだまだ準遊撃士。未だ階級の上ではシェラザードにも届かない。けれどエステルは今日、ただの少女から見習い遊撃士という立場を経たのは大きい。

 シェラザードはエステルを見た。ためらいはあったが、意志の強い少女に観念して応える。

「そんなに正遊撃士になりたい? いや……違うか」

 不意に核心をつかれて、エステルはびくついた。

「気づいてたの?」

「そりゃ、これでも五年以上は一緒に暮らしてるんだから。判らないはずがないでしょう。私にも、カシウスさんにも、レナさんにも、何も言っていないってことは」

「うん。遊撃士になったし、ちゃんと言おうとは思ってた。だから……」

「こらこら。話してくれるのは嬉しいけど、せめてレナさんから先にしなさいよ。ちゃんと呼んでおいてあげたんだから」

 扉を開く音が聞こえた。現れたのは母親の姿だった。

「お母さん……」

 レナは、いつもと変わらない優しい笑顔でいる。

「ごめんなさい、エステル。シェラちゃんと相談してね、お祝いをさせてもらおうと思ってたの」

 十七年の歳月を共にした母娘だ。お互いのことはよくわかっている。ましてや母親なら、娘のことは考えることだってお見通しだった。

「ううん、来てくれて嬉しい」

 レナは自分の成長を喜んでくれた。シェラザードとともに労いの言葉をかけてくれる。

 和やかな会話の後、核心をついたのはレナだった。

「知ってたわ。エステルが、ずっと目的をもって遊撃士になりたがってたってことは」

「うん」

 遊撃士として、支える籠手の一員として活躍する。それ自体はエステルの憧れではあった。

 けれど、本当の理由は違う。

「私は……帝国を見てみたい。リベール州じゃなくて、帝国本土を」

 いつの日からか、エステルが渇望し始めた本心。それは家を離れ、知りたいことを知ること。

 世間一般として、年頃の娘が旅をするなど子供としても親としても、そうそう許される決断ではない。

 だがエステルは弱冠十七歳にして自分の立場を確立した。その過程でシェラザードの信頼も勝ち得た。そしてレナは、エステルの母親だ。

「母親として不安はもちろん、寂しさもある。けれど……それはエステルの旅立ちを妨げる理由にはならない」

 否定はしなかった。娘の重しにはなりたくない。例え自分が、どんな状況にいようとも。

「私は賛成するわ。だから、ちゃんとお父さんにも、相談してらっしゃい」

 肯定の言葉。エステルは嬉しさを満面に浮かべてレナに抱き着いた。

「うん、判った」

 シェラザードは言う。

「カシウスさんに会うのは、たぶん今度の夏至祭になるわよね?」

「うん、たぶん。お父さんも忙しいだろうし」

「なら、それまではロレントの仕事も手伝ってもらうわよ。アンタが旅立つまでは、遊撃士のイロハをみっちりと叩き込んであげるから」

「あはは……よろしくお願いします」

 明日からの忙しさを思い浮かべ、エステルは苦笑いを浮かべた。

 そして月日は流れ、一か月後。

 エレボニア帝国リベール州、州都グランセルの某所にて。

「久しぶり、お父さん」

「よく来たな、エステル」

 父と娘は、相見(あいまみ)える。

 

 

 







今回の変化
・百日戦役の展開変化によるレナ生存
・レナ生存によるエステルの性格変化(猫かぶり)
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