斂の軌跡~THE MIXES OF SAGA~   作:迷えるウリボー

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5話 燻る影③

 

 エステル、ガイウス、フィー、サラ。四人はケルディックから街道に出て、ヴェスティア大森林を見据える。

 太陽がだんだんと地平線に近づいてくる。遠くに見える穀倉地帯のこの輝きから、巷では黄金街道と呼ばれているらしいのだが、今のエステルたちの胸中は、景色を楽しむよりも使命感が多くを占めていた。

 街道の魔獣たちを適当に蹴散らし、ルナリア自然公園の入り口へ。そしてそこから入るのではなく、さらに迂回する。

 物を隠すなら、あるいは休憩するなら大森林よりも整備された自然公園内部のほうが望ましいだろう。最終的にはルナリア自然公園に行くが、閉まっている扉を無理やりこじ開けるわけにもいかないので遠回りをすることにした。

 多少の時間をかけてヴェスティア大森林に入り、このあたりの地理に最も詳しいサラが先導して自然公園に潜入した。

 元々自然公園はヴェスティア大森林の一部を観光用にしたものだ。内部には道があるだけではなく、所々に像や石碑も見受けられる。数百年前の精霊信仰の名残らしく、時が時なら帝国の歴史を肌で感じることができただろう。

 時折襲ってくる魔獣を蹴散らしながら、一同は奥へ進む。それほど時間をかけずに、四人はその場所へ辿り着くことができた。

 奥の広場には公園の用務員たちを装った人物が四人、居座っている。だが、わざわざ門を閉めているくせにだらけているのは明らかに様子がおかしい。

 極めつけは、彼らの輪の外側にある大量の木箱。ここから見えるだけでも、中身はマルコとハインツの商品だというのが判る。

 犯人はマルコとハインツではなかったというわけだ。おまけに物証があれば、領邦軍にも目にもの見せてやれるかもしれない。何より真実を大市の人々に届けることができるだろう。

「三人とも。準備はいいかしら?」

 サラが問うた。やるべきことは決まっている。そしてわざわざ彼らと問答を繰り広げるつもりもなかった。

 三人は頷いた。フィーとサラが彼らの後ろへ回り込む。

 エステルとガイウスは眼伏せをして、彼らに真正面から対峙した。

「な、なんだお前たちは!?」

「俺たちは遊撃士協会のものだ」

「ぐちぐち言うつもりはないわ。罪状は判ってるんでしょうねぇ!」

 言うが早いか、エステルは跳躍して棍を叩きつける。慌てて銃を構える盗賊四人。

 ガイウスは槍の穂先は使わないものの、エステルと同じく棍のように利用して相手取る。

「ガキが二人だ! 銃弾を浴びせてやれ!」

 男の一人がそう叫べば。

「残念、ガキは三人だよ」

 背後から、さらに木の枝を伝って頭上から飛び降りたフィーが双銃剣で二人の銃を吹き飛ばした。

「お、おい、逃げるぞ!」

 エステルたちとの実力差を理解したらしいが、逃げるにはもう遅い。

「残念、あんたたちはもう終わってんのよ!」

 サラの咆哮。彼女の武器は刀身の長い片手剣と、そして片手で扱うには威力の高い銃。何よりも戦術によって増幅された覇気、彼女から漏れ出る紫色の電撃が、残る盗賊たちの体をあっという間に痺れさせた。

 サラ・バレスタインの二つ名は《紫電》。圧倒的な戦闘力が、彼女の真骨頂だった。

 時間にして十五秒もかかっていない。本当に一息つくほどの時間で、エステルたちは盗賊犯四人を拘束することに成功した。

「嘘だろ……こんな一瞬で」

 彼らに武術的な実力は一切なかった。本当に商品を盗んだだけの人間だったのだろう。どういう経緯でそうなったのかは知らないが。いずれにしても同情の余地はない。

 エステルが声を張り上げる。

「あんたたち、言い訳は許さないわよ? しっかり()()()()叩きだしてあげるから、覚悟しなさいよね!」

 どこまでできるかは判らないが、領邦軍も一枚噛んでいる以上灸を据えるいい機会でもあるだろう。

 盗賊たちは万策尽きて何もできないでいる。

 と、その時。

 笛の音が響いた。辺り一帯に。

 耳に届いたのは全員だ。だが不思議と揺蕩う笛の音は、何故か両親の鼓膜に等しい大きさで響く。どこから聞こえているのかが釈然としない。

 その中で、二人。ガイウスとフィーが、同時に同じ方向を向いていた。

「あっち」

「北のほうからだ……!」

 次に聞こえたのは、獣の咆哮。そして感じたのは、大きな振動。

 現れたのは、四つ脚で大地を駆ける巨大なヒヒ。二つ脚で立つと、全長は三アージュを優に超えた存在が、エステルたち四人の前に立ちはだかった。

 《咆哮の巨猿》グルノージャ。

「自然公園のヌシ……!?」

 帝都地下道のグレートワッシャーより明らかに凶暴な様子でいる。そして高揚を告げる咆哮。

 突然の手配級魔獣の出現に、気を引き締める。

 と、フィーがサラに進言。

「さっきの笛が気になる。サラ、確かめに行ってもいい?」

 サラは逡巡した。これだけの巨獣がいきなり暴走してこちらへやって来るなど、通常あり得ない。なおかつグルノージャが現れる直前に響き渡った笛の音。因果関係だけがこの世のすべてではないが、関係していると考えても無理はない。

 だがこの魔獣もそれなりに脅威だ。自分がいれば問題ないだろうが、実力者であるフィーがいなくなればエステルとガイウスに負担がのしかかる。

 それは一瞬にも満たない葛藤と判断だった。

「判った! くれぐれも気をつけなさい!」

「ヤー」

 この帝国は暗黒に満ちている。ケルディックに来てからたびたび少年少女に言い含めた事だけでない。それ以外にもたくさんの導火線が、張り巡らされている。

 遊撃士としての予感だった。あの音は人為的なものだという。その元凶を突き止めなければ。

 フィーのことも心配しないでもなかったが、それでも成長しつつある彼女を信じることにした。

 木々に紛れるフィーを見ることもなく、サラは言った。

「エステル、ガイウス! 目標、手配級魔獣! 久々の大物よ、死ぬ気でかかりなさい!」

 腰を抜かしている盗賊たちを見捨てるわけにはいかない。ここで魔獣を食い止める。

「ええ!」

「承知!」

 エステルとガイウスが叫ぶ。同時に、グルノージャが大地を震わせながら近づいてくる。

 真正面から衝撃を受け止めはできない。三人とも体ごと避けてみせた。

「今回ばかりは私も手を抜けない。全力で行くわよ!」

 瞬間、サラは全身に紫電を纏う。そのまま背後から剣を叩きつけた。同時に雷が拡散する。

 一瞬体を痙攣させるも、そもそも体が大きいために決定打にはなっていない。

 必要になるのは急所への一撃と、それを生み出すための体力の消耗。

「ガイウス君! 私に続いて!」

「ああ!」

 エステルが果敢にも懐に潜り込むと、腹に向かって棍を振り上げる。エステルを殴ろうとしたグルノージャの隙をついて、ガイウスは脇腹に向かって刺突を放つ。頑強なノルドの槍が、グルノージャから青い血を飛ばさせる。

 下手に暴れられてはまずい。エステルは早めに退却。がしかし。

 腕を振り回すグルノージャの爪の先が、エステルの腕を打つ。

「あぅ!」

 それだけで、少女の体は容易に飛んだ。全身から地面にぶつかり、転がって草木を潰す。棍を手放さなかったのが奇跡だった。

「エステル!」

 叫ぶサラは、ありったけの弾丸をグルノージャの顔面へ。一発一発がグルノージャの脳髄を揺らす。

 ガイウスは必死だった。今までになく、命を懸けるに等しい戦場だ。ガイウスの単純な戦闘力はエステルと大差ない。だから汗がにじむほどの緊張を覚える。

 エステルのほうを振り向けはしないが、彼女が再び戦線に復帰するまでに多少時間がかかることは明らかだ。

 とはいえ、彼女を守らなければならない。それはグルノージャと正面から対峙しなければならないことを意味する。

 腕を振るうグルノージャ。横殴りにやってきた拳を、ガイウスは槍の柄で何とかいなしてみせた。それでも完全には制御できなくて、ガイウスもまた膝を折り、脳を揺らした。

「後輩に、手ぇ出すんじゃないわよ!」

 再びのサラの強力な一撃。背から腹に向け剣を突き刺し、さらにそのまま骨肉を抉る。至近距離から銃撃を浴びせる。零距離から雷を浴びせる。グルノージャは暴れて叫び、鼓膜を揺らし、何とかサラを退けた。

 先輩が、《紫電》がいるからグルノージャと何とか戦えている。だが、彼女がいなければおそらく戦線を維持するのは困難だろう。

 ガイウスはには目的がある。故郷を守るために、外国を知る。そこに潜む敵は魔獣のようなものではない。命があり、知性があり、自分たちを利用しようともくろむ、正義の区別がつけない人間たちだ。

 それらと戦うのなら。ここでは負けられない。

「……私もよ、ガイウス君」

「! エステル……」

 いつの間にか隣にいたのか。エステルは腕から流れるかすかな血をぬぐい、不敵な笑みを浮かべていた。

「お互い、目的があるものね。こんなところでは負けられない」

 まるでこちらの心を読んでいるかのような。

 いや、お互い帝国本土に来た理由は明かしている。判って当たり前だった。こんなところでは負けられないと。

「悔しいよ。強い人にはなかなか追いつけない。サラさんだけじゃなくてフィーもそうだし、他にもいるの。ガイウス君はいない? そういう人」

「……いる。乗り越えたい人はいる」

 父。師。《黒旋風》。

 黒旋風は出会ったことはないが、それでも自分よりはるか先を言っている、というのは確信できる。

「なら、魔獣ぐらい平気で倒さないとね!」

「……ああ!」

 勝利のためのカギを手にしたわけではない。それでも今。自分たちは、グルノージャを見て、笑みを浮かべていられる。

「サラさん! 数秒だけでいい! 隙を作って!」

 ガイウスとエステルは、腰を落として力をためる。

 その様子を見たサラは不敵に笑った。

「まったく、今度酒場で返しなさいよ!」

 サラの胸中には、興奮と安堵が奇妙な混ざり具合で共存していた。

 エステルの目を見た。どんな理由かは知らないけれど、アハツェンを見せた時に浮かべた悲観さはない。

 魔獣に体を揺さぶられて、気合が改めて入ったか。容姿もいいし猫かぶりをしているが、本質は明朗快活な彼女らしい笑みだ。太陽のような、向日葵のような笑み。

 なら、魔獣ごときにその邪魔はさせやしない。

「紫電を舐めるんじゃないわよ。私に勝つなら──」

 グルノージャの突進。それを神懸かりほどの、一リジュの間合いで避けた。

「素敵なおじさまでも呼んで出直してきなさいっ!」

 振り返りざまに二連撃。体を翻してアクロバットに、天から銃連撃を打ち込む。

 そのまま突進の勢いを殺したグルノージャに、今度はサラが雷神を纏って突進した。

 ノーザンライトニング。グルノージャが震える。

 判っていた。これが隙だと。

 エステルは疾駆した。防御なんて考えない。

『エステル、いいか』

 ふと思い出した、父の言葉。

『剣も棍も。本質は変わらない』

 わずかな楽しみだった、父との模擬戦。

『無にして螺旋。これを覚えていくといい』

 回転。

 体を翻し、遠心力を棍に乗せる。

 一突き、二突き、三突き四突き。力を漏らさず、余さずグルノージャの腹へ。

 最後に渾身の振り払い、桜花無双撃。

「ガイウス君、今!」

 そうエステルが叫んだ瞬間には、ガイウスはもう地上から消えていた。広場から少し距離のある高台へ。そこで悠然と戦場を見据える。

 風を体に、意志を槍に。

 彼もまた、防御など考えない。けれどそれは博打ではなかった。

 グルノージャの最期が、ガイウスには判った。

 一直線に。膂力と重力と風力と。すべてを乗せたカラミティホークが、グルノージャを穿つ。

 三人は残心を解く。もう警戒する必要はなかった。

 咆哮もなく、魔獣は大地に伏して、そのまま二度と動かなかった。

 

 

────

 

 

「お前たち、何をしている!」

 グルノージャを倒した。それは確かだった。だが強敵を倒したという余韻に浸らせてはくれなかった。問答無用で家の敷地に入られるような、そんな苛立たしさをエステルは覚える。

 先ほど聞こえたのとはまた違う不快感を持った無機質な笛の音。それと共にやって来る集団。今朝、大市での騒動を強引に収束させた、この事件の首謀者疑いでもある。

 睨みをきかせるクロイツェン領邦軍の小隊長と、その部下たち十人ほどがこちらにやって来る。手に持つのは銃剣。こんな所までやって来るのだから当たり前だが、彼らの疑いを持った今、いい印象は天地がひっくり返っても感じなかった。

 だが、せめてこの現状を見れば領邦軍も盗賊たちを逮捕せざるを得ない……そんな思考は幻想にすぎないことを、たった今知ることになったが。

 彼らが取り囲んだのは盗賊ではなく、エステル、ガイウス、サラの三人だったからだ。

「あらあら、兵士さん。これはいったいどういう了見かしら?」

 サラの声は底冷えするような殺気を持っていた。なぜ、魔獣を命からがら退けた後で受ける仕打ちとは思わなかった。

「弁えろ、と言っているのだ。遊撃士が調子に乗って現場を掻きまわしおって」

 小隊長が冷徹な声で言う。実力差は明らかなはずだが、サラの怒気にも顔色を変えない。

「完全にグルってわけね」

 エステルは、何とか棍を杖代わりにして立っている。戦術オーブメントで傷をいやす時間すら与えてくれない。

「なんの話だね。確かに盗品もあるようだが、彼らがやった証拠はないだろう。むしろ状況を鑑みれば……君たちが犯人であるとも言えないかね?」

 明らかに、こちらの神経を逆なでする最低な発言だ。エステルは(はらわた)が煮えくり返るし、隣にいるガイウスも静かに怒りを湛えているのが判る。

「フィー、威嚇はよしなさい」

 唐突にサラが言った。次の瞬間、銀髪少女がサラの隣に降りてくる。いつの間にかに戻ってきたのか、隠密を駆使して木の上に隠れていたらしい。彼女が本気を出せば兵士たちもどうにかできただろうが、それもまた得策とは言えない。

 小隊長はかまわずわめき続ける。

「先ほども言ったな。弁えろと。ここはアルバレア公爵家の治めるクロイツェン州だということを判らないのか?」

 それはこの場において、まかり通るのは倫理と人道ではないことを表している。

 どこまで行っても、是とされるのは階段の上で平民を見下ろす貴族だということ。

「このまま、貴様らを拘束して晒し首に──」

「その必要はありません」

 小隊長の声は、後ろから通った涼やかな声に遮られた。

「ふん。何事、だ……あ」

 小隊長の侮蔑したような鼻鳴らし。そして後ろを振り返り、動揺。

 小隊長が動揺した理由が判った。それは、この場に現れた新たな存在が、彼らにとっての天敵だったからだ。

 整えられた灰色の軍服に、大きなアサルトライフル。一糸乱れぬ整えられた所作。

 ガイウス以外の三人は見覚えがあった。

 鉄道憲兵隊(Train Military Police)。通称TMP。帝国正規軍の中で精鋭と呼ばれるエリート集団。帝国各地に張り巡らされた鉄道網を駆使して治安維持を行う部隊。

「この場は我々、鉄道憲兵隊が預かります」

 何人ものTMP、その中心から来るのは一人の女性だった。薄青の髪をシュシュで纏め、後ろに流した妙齢の美女。それは冷ややかな視線というべきか、それとも。

 彼女のこともまた、ガイウス以外の全員が知っている。

氷の乙女(アイス・メイデン)め……」

 狼狽える領邦軍兵士たち。その二つ名は彼女の功績を称えたものであり、また畏怖と皮肉を込めたものでもあった。

 彼女が現れてから、誰もがまさに薄氷の中に閉じ込められる様に静まり返る。

「この地は我らクロイツェン州領邦軍の管轄地……正規軍に介入される謂れはない!」

「お言葉ですが、ケルディックは鉄道網の中継点でもあります。そこで起きた事件については我々にも捜査権が発生する……その事はご存知ですね」

 彼女の一声に、小隊長は反論できない。

「加えて彼女たちの素性は明らかです。遊撃士──ケルディック関係者が依頼を出した事実もあります。彼女たちを捕らえる、と言うのは筋が通らないでしょう」

 涼やかで女性らしい声だ。だが、サラよりも全くたおやかなその声は、小隊長の意志を完全に砕いて見せたのだった。

 遊撃士ではなく、同じ軍人。そうであればこそ、この奇妙な現象は続いている。

 やがて小隊長は、憎々し気に相貌を歪めて唾を飛ばしたのだった。

「……撤収! ケルディックまで帰投する!」

 女性将校とすれ違いざまに発した小隊長の一言は、彼女自身にしか聞くことはできなかったが。

 領邦軍が消えたことで、場は少しばかり和らぐ。

「……はああっ。びっくりしたわー」

 エステルはとうとう腰を落とした。それはガイウスも同じようで、

「ああ。今回ばかりは俺もダメかと思ってしまった」

 若い二人は、おおよそ戦闘においてすべての力を使い果たしてしまった。疲労困憊だ。

「でもまあ、今回はよくやったじゃない。魔獣も倒せたし、お疲れさまってところね」

 サラが言った。その労いを次ぐようにして、女性将校がやってくる。

「その通りですよ。皆さんには、感謝しても下りません」

 領邦軍が完全に撤退したところで、女性将校は見た目通りの印象の声をかけてきた。

「遊撃士の皆さん、お騒がせしてしまいましたね。帝国正規軍鉄道憲兵隊所属、クレア・リーヴェルト大尉です。調書を取りたいので、少々お付き合い願えますか?」

 将校――クレア大尉は、灰色の制服に似合わない美しい笑みを浮かべるのだった。

 クレア大尉たちは、オットー元締めの連絡を受けてこの場にやっていたのだという。大市の状況を見て判断したエステルたちとは別の証拠から考えて、辺りをつけたのだとか。

 遊撃士としては少し悔しい思いもあるが、彼女たちに感謝せずにはいられなかった。TMPがあの場に来なければ、自分たちはどうなっていたかも判らないのだ。

 TMPと遊撃士たちはケルディックへと戻る。町に着いた頃には、もう世界は優しい茜色に包まれていた。まずはオットー元締めの元へと向かい、盗品が無事であったことと実行犯を拘束することができたことを伝える。ちょうど被害にあったハインツとマルコも居合わせており、最終的に和解をすることができた。

 その後は、TMPを主体とする事情聴取に時間を割かれることになる。こうして正規軍が関わった以上、事件の道程を最後まで報告する義務があった。

 そうして長所を終えた四人は、宿酒場で休憩をしている。

 そこには、穏やかに紅茶をすするクレアの姿もあった。

「じゃあフィー、笛の音の正体は、結局判らなかったのね」

「うん。ごめん」

 別れて行動していたフィーと三人の情報共有である。あれが人為的なものだと考えたフィーだったが、残念ながらその痕跡は見つけられなかったのだという。

「そうですか……皆さんが倒したあの魔獣が誰かに仕向けられたものであった可能性がある……」

 盗賊については、すでにTMPがその身柄を確保しているし、盗品も回収できた。領邦軍の態度については思うところもあるが、この事件はひとまず解決したといっていい。

 だからこそ、フィーとガイウスが気づき、明らかに人の意志を感じたそれは記憶にとどめておかなければならないのだが。

 サラが頬杖をついてクレア大尉に半眼を向ける。

「ふーん? 軍人さんもあたしたちのこと信じるのね」

「同じ証言です。立場の違いなどなく、有用であることに変わりはありません。サラさんからすれば、私たちがでしゃばるのは納得がいかないでしょうが」

 自嘲気味のクレア大尉だった。

 遊撃士と軍人というものは、基本的に仲が悪い。遊撃士は民を守る。軍人は民と国土と国そのものを守る。そういったスタンスの違いや。規律と柔軟性の対立などが原因だ。

 エステルはそういったことを知識としては知っていたが、こうしてサラが少しむくれた様子になるのを見るのは初めてだった。リベール州の領邦軍は他地域・他国と比べればかなり遊撃士が動きやすい配慮している。そういった理由による認識の違いだった。

「私はあんたのこと嫌いじゃないわよ。遊撃士と軍人は犬猿の仲だけど、あんたは多少配慮もしてくれるしね」

 エステルはリベール州出身、ガイウスはノルド出身。どちらも正規軍と個人の関係が良好な地域だった。だからサラほど抵抗はなかったし、クレア大尉個人の人柄もあってよい印象を受けてはいる。

「ま、上の命令が変わったときは、どうなるのかは知らないけれど」

 少し憎らし気なサラの言葉の意味は、まだ少年少女には判らなかった。

「では私は、これで失礼します」

 クレア大尉は席を立つ。

「皆さん、今日はお疲れさまでした。……遊撃士としての活動、個人的に応援していますね」 

 そんな言葉を置き土産にして、クレア大尉は去っていった。

「さてと、三人とも」

 疲れた空気の中、先ほどまで子供のような空気を纏っていたサラが言う。

「ケルディックでの依頼に、突発的な事件への対処。よくやったわね」

 この町でやるべきことは終えた。だから、この時間はサラからの総括とでもいうべきか。

「それぞれ、思うところはあるわよね。遊撃士になった理由があるんだから」

 エステルもガイウスもグルノージャとの戦いで思い出したように、理由がある。

 フィーだって、少しだけ積極的になった理由がある。

「そんな中、遊撃士の領分に従って最後まで頑張って、元締めや商人たちに最高の結果を持ち帰ることができた」

 まあ、最後はTMPにいいとこ取られちゃったけどね、とサラははにかんだ。別にそれが悔しいと思う少年少女でもなかったが。

「お姉さんが保証してあげる。あんたたち、本当によくやってくれたわ」

 それぞれ、ここでの二週間に思いをはせる。

 エステルは、帝国の対立構造と自分の過去を思い出した。

 ガイウスは、訪れてしまうかもしれないノルドの未来を想起した。

 フィーは、商人や町民と触れ合って、およそ初めて主体的に動くという成果を上げた。

 四人チームになって、一ヶ月程度。幸先はいいと思う。

 そう思えて、エステルも、フィーも、ガイウスも、疲労に勝る達成感を感じた。

 ほころんだ顔を見て、サラもそれを感じ取ったのだろう。とてもつもなく穏やかな声色で、三人に語りかけるのだった。

「今日のことは、ここでのことは、忘れないようにしなさい。絶対、あんたたちの糧になるからね」

 

 

 








今回の変化
立場としてはともかく、サラとクレアがそこまで敵対していない。


さあ、次もエステル編ですが、今までにない話となります。
初登場の都市と人物たち。リベール州の併合が、さらなる混沌を呼び起こしていく……
次回、第6話「翼と太陽」
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