斂の軌跡~THE MIXES OF SAGA~ 作:迷えるウリボー
その少女を目にした一瞬は、まるで風に吹かれ羽ばたく羽のようなものを見た気がした。実際のところそんなわけはない。近くには鳥もいなかった。けれど事実として、この翡翠の公都バリアハートで、エステルがその感傷を得たのは確かだった。
走る。黒い制服姿の少女は、ずば抜けてとは言わなくとも意外にも速かった。ごろつきとすらいえない粗相の悪い男たちが、そう簡単に追いつけていないのがその証拠だ。
エステルは遊撃士。弱冠十八歳の少女とはいえ、それでもそれなりに魔獣や人との戦いを経験している。素人に毛が生えた、いや素人そのものの男たちに追いつくのは容易だった。
大通りから職人通りへ、さらに人通りも少ない路地裏へ。さすがに華やかな街とは言っても、どうしたって表がある以上裏もある。
「あんたたち、待ちなさい!」
曲がり角から視界が開くと、少女も、男二人も近くにいた。逃げ道がないわけではないが、少女の足は止まっている。膝に手を当てているのを見るに、疲労しているのは明らかだ。
エステルの声に、三人ともが振り向く。少女は瞳の中に微かな希望を灯した。対して男たちは、一見して華奢な少女に対した感情も抱かなかったようだ。
「ああ? なんだこのガキは」
「俺たちは忙しいんだよ。痛い目に会いたくなかったらとっとと帰りな」
明らかにエステルを警戒していなく、目的は少女一人。エステルは無警戒なことにも少女を狙う悪辣さにも呆れてため息をついた。
「はぁっ……サイッテー」
遅れて追いついたナイアルが、息も絶え絶えな様子で膝に手を置く。
「へぇっ……はぁっ……エステル、お前さん速すぎだぜ……」
ナイアルをさして気にせず、エステルは指を強く立てて男二人に対立する。
「あんたたちがやっていること、どう考えても犯罪の匂いがするんですけど? ちょっと痛い目見たほうがいいんじゃない?」
「なに? 随分と偉そうな口をききやがるな」
男の一人が不用意に近づいてきた。その太い腕がエステルの首に近づく。
そこで残り五十リジュ、エステルが動こうとする直前で止まった。
「ガキ……そのバッジは」
「気づいた? 私、遊撃士なの」
息をまだ整えられていないナイアルが口を開く。その声は少し頼もしかった。
「こっちはリベール通信社の者だ。あんたら、その嬢さんの素性を知ってて狙ってるな? 大人しく引いたほうがいいんじゃないか?」
男たちは一歩後ずさった。それはいまだ追い詰められている少女に近づくことを意味するが、ここまで存在を表明してようやく彼らはエステルたちに意識を向けたのだ。
遊撃士、そして新聞記者。公と民意に対する影響力がある集団だ。さすがに無視するわけにはいかないのだろう。
「はっ」
だが、男たちは警戒はしても引くという行動はとらなかった。ナイアルがどう見てもただの民間人で、そしてエステルが少女だからか。
いや、違う。男たちは悩みながらも笑みを貫いていた。
「こっちも……仕事なもんでなあ!」
再度、男の一人がエステルへ向かった。その技術も何もない腕をエステルは冷静にかいくぐり、懐に入り込んで関節をねじり上げた。
だが、男は二人いる。急所の一撃を喰らわせる前に、もう一人の男が殴打をしにかかる。少女を追いかけた所業を裏切らない、清々しいほどの悪事だ。エステルは避けるしかなかった。
「ナイアル、下がってて!」
「言われなくても! こちとら暴力反対だ!」
大人しく下がる中年親父だが、エステルにとってはありがたかった。今エステルは一人だし、助けを呼ぶ暇はない。お守がいるのといないのとでは大違いだ。
導力魔法を発動しようにも、魔法駆動には少なからず時間を要する。地道に体術を続けるしかなかった。
静かな戦闘を続けながら、エステルはちらりと少女を見やる。青紫の髪に、同色の瞳。状況が状況だからか焦っていたはずだが、今はじっと先頭の行く末を見守っている。その眼は力強く、たった一瞬見ただけでエステルの印象に強く残る。
(いけない、集中しなくちゃ)
二人の男は、はっきり言って雑魚に等しい。だがエステルも決定打を討てず、戦闘中にしては長い時間が過ぎていくのを待つのみだった。男たちも、果たして何のためにこんな愚行を続けているのか。
このままでは、エステルの体力も持たなくなってくる。だが、幸運はこちらに訪れたようだ。
「お前たち、そこまでだ!」
女性の声だが、凛々しく力強かった。路地裏にいる男たち全員、感電したようにその挙動を止める。
声はエステルの背後から聞こえた。だがまだエステルは男たちを見続けていた。少女はまだ、安全圏内とは言えないのだ。
男たちは、エステルやナイアルが身分を明かした時より明らかに動揺していた。
「くそ、面倒なのが来やがった……」
「あの偉そうなやつら、『引き留める』って豪語したくせに……」
あの少女も、緊張は崩さなくともそこに安堵の色が混ざった。
「もう一度言うぞ。そこまでだ、下郎ども……!」
今度は、エステルのすぐ背後から聞こえた。静寂の路地裏を切り裂く、刃物のような鋭さがあった。
ナイアルは、その女性の姿を目に捉えていた。そして、こう声を漏らしたのだった。
「その軍服は、リベール領邦軍の……!」
さらに、エステルの一歩前までやってくる。ナイアルの言葉に反して、エステルがよく知る、カシウスのような深緑の軍服ではなかった。青い外套と上着に、白いズボンという高貴な騎士装束。
女性としては短い、乳緑色の髪。しかし声のイメージの通り、顔は綺麗だった。
「この最悪極まりない命令を出したのが誰かは見当がついている。本当なら今すぐ斬り伏せたいところだが……手を引くというの出れば見逃してやる」
けれどその凛々しい横顔に、抑えきれない怒気を顕わして、女性は男たちに宣告した。状況のすべてを読めないエステルたちには、その提案がどういう意図のものか判らなかったが。
一つ確かなのは、女性が実力者であるか否かに関係なく、その存在によって男どもがたじろいだこと。エステルにも退かなかった彼らは、戦闘的な因子以外で諦めかけているということ。
苦々しく表情を変えるわけでもなく、男たちはあっさりと身を引いた。それは少女に近づくことを意味するが、もはや彼らは小走りで去っていくのみ。
少女を襲ったが、深追いはしない。守るために憤怒を表すが、手は下さない。不自然な、見えない何かに対する配慮があった。
やがて完全に男たちが見えなくなると、盛大な溜息を吐いたのはナイアルだった。隠れてばかりの彼だが、ついさっきまでの悪意には堪えたのだろう。
彼ほどでないにせよ、ほっと息を吐いたのはエステルも同じ。明らかに遊撃士の補足対象だった男どもを見逃したことに釈然としないでもない。それでも少女が無事だったこと、自分たちが無用な傷を負わなかったことには、空の女神に感謝しなければならない。
エステルは膝に手をつくナイアルに手を貸した。
「大丈夫? ナイアル」
「ああ、大丈夫だ。遊撃士の名前は伊達じゃねえか」
「えへへ、見直した?」
「馬鹿言え、お前の親父さんなら瞬殺だろ」
一方、女性は少女に近づく。
「ユリアさん、助かりました」
「クローゼ……ご無事で何よりです。窮地にすぐに駆け付けられない……自分の至らなさを罰したい心地です」
「いえ、そんなことはありませんよ。いつだって、ユリアさんは私の救世主です。それに……」
少女の視線が、エステルとナイアルに向く。
「お二人が、私を助けてくれましたから」
四人は路地裏で、今初めて一堂に会した。二人と二人、ようやく落ち着いて顔を見ることができる。
青紫髪の少女。一瞬見えた雰囲気を裏切らず、またその印象以上に儚げで美しかった。そうエステルと変わらない年代だろう、それでも、快活なエステルとは纏うものがまるで違う。
同性だが、とてもきれいだというのが第一感情。揺れる瞳の中に、強い意志を感じたのは、きっと嘘じゃないと信じたい。
女性が、エステルたちに一礼した。淀みのない動きだった。
「助かったよ。君が時間を稼いでくれなければ、今頃クローゼは……」
「えへへ、無事でよかった。ほんと、あいつら男の風上にも置けないんだから」
「君は……遊撃士かな? 感謝する。君たちの流儀からすれば納得もいかないだろうが……」
「まあ、万事解決じゃないけど……でも、無事でよかった。それが一番よっ」
「ふふっ」
少女が笑った。
「私はエステル。遊撃士よ」
「俺はリベール新聞社のナイアル・バーンズです。お見知りおきを」
「……記者殿か」
女性は、ナイアルの自己紹介を聞いて少し唸る。その意図は察せられた。
ナイアルは、努めて冷静に穏やかに言う。
「野暮に聞きはしませんが、一関係者として気になるのは確かですがね」
「どうやら、変にごまかしても無意味なようだね」
ナイアルの、男どもに追いつく前に言っていた言葉、少女の正体。それをエステルは疑いはしなかった。それでも、太陽の少女は直接彼女の口から名前を聞きたいと思った。
女性は観念したように少女に目を向ける。
「恩人に隠し事はしないさ。クローゼ、よろしいですね?」
「ええ、かまいません」
まず、女性が一歩前へ。軍属特有の敬礼をし、そして堂々とした言葉遣いでその名を明かした。
「私はユリア・シュバルツ。帝国正規軍、リベール特区独立警備軍所属……公爵付親衛隊の大尉を勤める者だ」
そして、少女が。
「お二人とも、本当にありがとうございます。感謝の言葉が付きません」 一礼を重ねた後、胸に手を当てて、慈愛の声を震わせるのだった。
「私はクローディア・フォン・アウスレーゼ。アウスレーゼ公爵家、デュナン・フォン・アウスレーゼが姪です」
────
せっかく出会った四人、すぐに別れるのはどことなく惜しいという空気があった。早朝の時間帯、誰もまだ朝食をとってはいなかった。
クローディアが先ほどまで、男たちに襲われている。だからいろいろな状況が功を奏して、四人はエステルたち遊撃士が泊まるホテルまで戻って来たのだ。
必然、サラやガイウス、フィーとも顔を合わせることになる。総勢七人の大所帯となって、少し目立ってしまうが一同で朝食をとることに決めたのだ。
「音に聞こえし紫電にお目にかかれるとは、嬉しい限りだ。バレスタイン殿」
「こちらこそ、私も嬉しいですよリベール領邦軍の期待の若手……ユリア・シュバルツ大尉」
一通りの挨拶を済ませ、すでに各々和やかに朝食をとる。
サラはすでに、経験豊富な彼女らしくユリア大尉と会話を重ねている。フィーは話自体は聞いているが、目の前の豪華な朝食にも均等に意識を置いていた。ガイウスはクローディア嬢の身分の高さを実感していないらしい。
「本当にありがとうございました、エステルさん。あなたが来なければどうなっていたことか……」
「そんな、気にしないでください。ほんっとう、あの男どもはたちが悪いんだからっ」
当然のごとく、エステルはサラたちに事の次第を報告している。状況的にしかたなかったとはいえ、仲間たちは加勢できなかったことに悔しがっていた。
であれば、気になるのはやはりあの悲劇が起きようとした理由だ。ナイアルは、改めてそのことを口にする。煙草が吸えないからではないだろうが、少し急いでるようにも感じた。
「そんで? 多少なりとも暴沙汰になったんです。しかも被害者は公爵家の令嬢だ。余計な想像は働いちまうもんですよ」
あの男たちは、明らかにクローディア嬢ただ一人を狙っていた。そしてユリア大尉の言動から察するに、あの男たちはただのごろつきではなく、誰かの意志の下にクローディア嬢を狙っていた。ユリア大尉の言葉から、彼らに名を下した存在がいることは想像に難くない。
何より、クローディア・フォン・アウスレーゼは様々な噂と憶測が飛び交うアウスレーゼ家の令嬢。余計な詮索はするし、何よりそれが現実の可能性だって高い。エステルは予感を感じ、サラとナイアルは確信を感じていた。
あとは、本人たちがどう動くかだ。遊撃士に、新聞記者。公の組織と言えど、そう権力の無い彼らにどこまで話すか。
「これは、あなた方を無用な危険に巻き込んでしまうかもしれない……」
話すこと自体は嫌ではない。しかし気が引ける。クローディアはそう言ったが、ここにいる遊撃士と新聞記者たちは、そんなことを気にするような人たちではなかった。
何より、このなじみの薄いバリアハートで、真っ先に、ユリアよりも先に救いの手を差し伸べてくれた少女は、なおも変わらず明るい笑顔を浮かべている。聡明そうな顔は、巻き込まれる危険性を理解していないわけではないだろう。それでもエステルは、優しい笑顔のままだった。
クローディアはほっとしたように、言った。
「ユリアさん。どうか、彼女たちに事情を伝えてください」
「……判りました」
ユリアはいまだ、迷いもあるようで。でも、どうしてか守るべき少女の言も守る。
「バレスタイン殿、ナイアル殿も察してはいるだろう。殿下を襲った男をたどれば……四大名門に辿り着くと」
クローディアが身にまとうのは、聖アストライア女学院の制服。その時点で出身はリベールでも、普段は帝都にいることがうかがえる。なのになぜ、今日この翡翠の公都にいるのか。もはや全員が理解しているが、それは近日開催される領邦会議に端を発していた。
「領邦会議において、リベール州領主のである私の叔父デュナンは、常に招待を受ける身でした。ですがリベールが帝国領となっての最初の会議以降、叔父はその招待を固辞し続けていました」
それはミヒュトも言っていた。だがいかなる理由によるものか、その十年の沈黙は解かれて魑魅魍魎の階級社会に飛び込もうとしている。そして会議の前、すべての貴族やその子息令嬢がと言うわけではないが、社交パーティの場には出席するのが当たり前だ。クローディアは今回、その場に出席することを求められ、バリアハートにやってきたのだという。
アウスレーゼ公爵家は、世間一般の認識として革新派に属している。エステルの父、カシウスの噂から見てもそれは明らかだし、そもそも併合したリベールの元君主が貴族の格を持つだけで、併合した地域は基本的には革新派勢力に属するものなのだ。
そう考えると、アウスレーゼ公爵、すなわちデュナン公爵は自らの頭を四大名門に鞍替えしようとしている、とも捉えることができる。
その推論をサラが尋ねると、ユリア大尉はこう返した。
「私が属する公爵付親衛隊の前身は王室親衛隊で、その役割もしかるべき。だが私は、基本的にクローディア殿下のおそばにいる身でな。公爵閣下の心のうちは知らないんだ」
親衛隊が現在、その身を粉にしてお守りすべきお方は三人。アリシア上王、デュナン公爵、そしてクローディア嬢。ユリアは親衛隊所属になったその時から、ずっとクローディアに仕えているのだという。
「ただ、身内の私が言うのもおかしいものですが、叔父様は決して革新派から貴族派へ、自らの立ち位置を変えようとはしていないと思います。そもそもアウスレーゼ家は、併合以来常に中立の立場であることを謳ってきました」
それにしては世間の評価は思い通りにいっていないようだが、令嬢たる彼女も片方の思想だけにはまっているようには見えない。
ガイウスが尋ねた。
「気になることがある。やはり、どうしてもクローディア殿下が野盗に襲われる理由が判らないのだが」
ユリアは、気まずそうに、苦々しく、苦しそうに明かした。
「デュナン公爵閣下の心うちは判らないが、他の貴族の目的ならばわかる。殿下を……クローディア殿下を人質にして、デュナン公爵閣下を陣営に引き入れようとする目論見だろう」
エステルは衝撃を受けた。サラとナイアルは、静かに聞き入っていた。フィーは、フォークを動かす手が止まった。
クローディアがいうデュナン公爵の意向が確かならば、今だアウスレーゼ家は貴族派とは相いれない存在。それを自らの陣営に引き込むために、領邦会議に招待した。今まではそれでも固辞していたが、今回は
「四大名門も、アウスレーゼ家も、自身の近衛部隊を持つ。この会議に合わせ護衛を引き連れているだろうが、いかなる交渉があったのか、デュナン公爵閣下は最低限の護衛しか引き連れることはなかったんだ」
貴族には独特の常識や距離感があって、一つの言葉をとってもそれが武器になりえる。デュナン公爵は舌戦に負けたのだろうか、結果としてそれはアウスレーゼ家に不利に働いたのだ。
「殿下の護衛は私を含めたった数人……そして私も朝、様々な妨害を受けた。それが、私が今朝、殿下のお傍に入れなかった理由だ」
それもまた言い訳にすらならないが、とユリアは自重した。
エステルたちに、貴族の知り合いはいなかった。そもそも貴族でもないので、彼らの感覚は判らない。だが大きな力に振り回され、困っていることは一目瞭然だった。
バリアハートにいる間、クローディアとユリア大尉は、常に身の危険にさらされている。それは直接、デュナン公爵が取れる行動の制限にもつながる。特にエステルは、そんな暴挙を許したくはなかった。
ユリア大尉は今、
にもかかわらず、政争のために彼女は自分の実力を発揮できない。苦々しい状況。それは怒りたくもなるだろう。努めて冷静でいるのが、いかに彼女の精神力が高いかを物語っている。
状況は理解したと、エステルは思う。リベール州領主が領邦会議へ参加する。そこにはやはりエステルが無視できない陰謀があった。その陰謀のために、何の罪もない目の前の少女が、被害を受けようとしている。納得ができるはずはなかった。
「それなら、私たちも」
「聞いてくれて感謝するよ。だが、君たちを必要以上に巻き込むつもりはない」
エステルの言葉を、ユリア大尉が遮った。エステルにとっては予想外だった。
「ナイアル殿はともかくとして、君たちは遊撃士だろう。国家の政治には介入できない原則のはずだ。無用な真似はするべきではない」
「で、でも」
「ユリアさん、遊撃士には民間人保護の原則があるわ。私の目の前ではないにしても、この子の目の前で暴力事件があった。見逃すのは後味が悪いのだけれど」
「それは、あくまで民間人だろう?」
ユリアの言うことも、サラの言うこともどちらも正しい。正確には、クローディアの命が非道に危険にさらされれば、遊撃士は問答無用で動くことも可能だ。だがユリア大尉たち当事者がそれは非道でなく政争の結果だとも言えば、民間人保護の原則の前に国政への不干渉の原則が立ちはだかる。遊撃士一人の一存では度とも言えなくなる。
クローディアたちの困りごとも、エステルたちの助けたいという意志も明らかだった。だがユリア大尉たちから見れば、現状エステルたちに降りかかる危険のほうが大きく見えるのだろう。何もなければ無関係でいたはずの、四人。巻き込むわけにはいかないという意志。あまりにも人が良すぎた。
ここまで来て、エステルもサラも、ガイウスに至っても、遊撃士として彼女たちに何かをしたい、という思いがあった。
ユリア大尉は、エステルたちが立ち入るメリットがないと考えている。
口を挟んだのは、自己紹介以降ずっと言葉を発さなかったフィーだった。
「じゃあ、エステルとガイウスが入れば、お互いのためになるね」
エステルとガイウス。名指ししたのは二人。
「サラは有名だから注目されるし、私は子供で場違いだし。でも二人なら、護衛として潜り込むことはできるんじゃないの? 遊撃士の民間人保護じゃなくて、《ただ人員不足の護衛の補充》として」
「……フィー君、気持ちはありがたい。だが、やはり迷惑をかけるわけには」
「それに、エステルには迷惑がかかる理由はあると思う。バリアハートに来た目的そのものだし」
言って、その言葉のすべてが耳に届けられると、一同の注目はエステルに向いた。全員だ、いや正確に言えばフィーはまたフォークを口に突っ込んでもぐもぐ動かし始めたが。
感謝していいのか悪態をついていいのかわからず、結果少し息を噴き出して、エステルはユリア大尉とクローディアに向き直った。
「私、リベール州の出身なんです」
「エステルさんも……嬉しい偶然です」
「それと……私の姓はブライト。私は、カシウス・ブライトの娘なんです」
これにはユリア大尉が盛大に驚いた。
「将軍閣下のっ!? いや、確かに令嬢がいるとは伺っていたが」
やはり、親が帝国正規軍の将軍ともなれば自分の立場は令嬢にもなるのだろう。同じ令嬢であるクローディアを見て、そのいろいろな違いを感じて笑えてくる。
「詳細はともかくとして、私、帝国本土とリベールの関係に思うところがあって。それで、アウスレーゼ公爵家のことを調べたくて、バリアハートに来たんです。まさかこんな素敵な女の子に出会えるとは思わなかったけど」
クローディアは、少し気恥しそうに答えた。
「そんな……私、リベール出身の、同い年の方に初めてお会いました。それも将軍閣下のお嬢様なんて、お話ができて、すごく嬉しいです」
「えへへ」
エステルも頬をかく。
どうしてか、二人とも、確信めいたものを感じていた。それがどんな質のものかはわからないけれど、この人とは無縁でいられないという確信だ。
帝国に旅立つ前後から、エステルはそんな理屈で説明できない何かを感じるようになった。そんな自分をおかしいとも思いつつ、けれど事実として感じていることを否定できない自分がいる。
その確信は、ここへきて一層強くなる。まるで、失ったものを取り戻すかのように。強い存在感の点は点とまた繋がって、今、線になろうとしている。
その線が生み出す軌跡をたどった先には、いったい何が待っているのだろうか。
「フィーが言ったように、もし潜り込ませてもらえたら、それは私にとって嬉しいことです。でも、何よりもクローディアさんを助けてあげたい。立場なんて関係なく。この気持ちに、嘘偽りはありません」
静かに、真摯に明かした。自分の想いを。
サラも、ガイウスも、フィーも、エステルのことを頼もしげに見た。
「お前さん、とんだ人たらしだな」
ナイアルがぼやいた。そのつぶやきは口の中でまごついて止まったが、きっと否定する者はいないだろう。
ユリア大尉が気にしていた、打算的なエステルのメリット。それを捨て去って、むしろ人のために動きたいと、エステルは、どこまでもまっすぐに言った。
ユリア大尉とクローディアには、まさにエステルが、太陽のように見えた。固く緊張していた体がゆっくり溶けていくようだった。
「……別に疑ってはいなかったが、確信したよ。君は将軍閣下のご令嬢だ」
「あはは、そう言われるのはちょっと癪ですけど」
「そうなのか?」
「私にとってはただの不良中年ですっ」
その会話だけはかみ合わない。エステル以外の全員がエステルのその言葉に疑問を呈した。唯一味方になってくれそうなのはガイウスだが、彼はそもそもカシウスを噂すら知らない第三者なので簡単に多勢につく。
一同は面白おかしく笑い合った。
そのあと、クローディアが立ち上がる。身をただし、両手を腹の前において、美しい所作で一礼する。
けれどその言葉はとても親しみにあふれていた。ともすれば、力強い、ともいうことができた。
「エステルさん、よろしくお願いします。行く先の見えない私たちに、その手をどうか、貸してください」
今回の変化点
・リベール特区独立警備軍所属、公爵付親衛隊大尉、ユリア・シュバルツ。
・エステルとユリア・クローゼの出会い。
すみません……投稿が遅くなって。
1か月前に発売した復讐の旅を見届けるゲームがね……最高すぎて止まらんのですわ。
あれほど心を動かす物語を見るとね……自分のものがかすむのですよ。
いや、別に落ち込んでいるわけではないです。
それはそうと、創の軌跡もあと1ヶ月で楽しみですね。