斂の軌跡~THE MIXES OF SAGA~   作:迷えるウリボー

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6話 翼と太陽④

 

 エステルがクローディアをごろつきから守り、彼女やユリア大尉の真意を聞き届けた数日後。

 エステルとガイウスは、バリアハートの貴族街の一角でサラとフィーと向かい合っていた。

「それじゃ、私たちはここまでしか行けないけど……あんたたち、大丈夫?」

 クローディアやユリア大尉との先の約束がある。エステルとガイウスはここから二人と離れなければならない。正遊撃士ではない二人。しかも、ガイウスにいたっては経験数か月の新人。サラは正直、二人の行く先を心配はしている。

「大丈夫だよ、サラ。二人の実力、知ってるでしょ?」

 フィーはのんびりと告げるが、それはあくまでそれは戦闘面に限っての話だ。サラの心は晴れない。これから向かうのは、今まで二人のどちらも経験しようがなかった領域だからだ。

「そりゃ万一があっても並みの兵士には遅れはとらないだろうけどね。これから行くのは魑魅魍魎の貴族の中枢よ」

 別に貴族の全てが保守的で腐敗しているというわけではない。中立の貴族、武や規律を重んじる軍属のような貴族だってたくさんいる。だが貴族のトップ、四大名門は往々にしてその影響力から腐敗してしまうことが多いのだ。サラは少なくとも、二つの油断ならない貴族の家を知っている。領邦会議は、領地を持つ貴族が一堂に会する会議。今日から始まる会議にはその二つの家は来ないはずがない。

「大丈夫よ、サラさん。私今、とってもワクワクしてる」

 動揺なのかそれとも武者震いか。エステルは変わらず、表情だけはにこやかだった。

 帝国本土にきて、もう数か月で一年がたつ。それまで見ることすらなかった帝国中枢への道。エステルにとっては待ちわびた機会だ。

「せっかくの機会だ。それにクローディア殿下もユリア大尉も、とてもいい人たちだった。できる限りの手伝いをしたい」

 ガイウスもまた、リベールと直接の縁はないがそれでも気力はある。緊張はしつつも、それでも泰然とした彼らしい覇気だ。

 サラは優しいため息をついた。

「まあ、いいでしょう。後輩を支えるのが先輩の役目よ。二人ともたっぷり暴れてらっしゃい、精神的にね」

「頑張ってきてねー、何かあったらすぐに準備万端で駆けつけるから」

 サラとフィーは離れていく。エステルとガイウスは見送るが、曲がり角の直前で見えたのはフィーがサラの腕を引っ張って強引に製菓店へ引き込む様子だった。

「まったくフィーったら、絶対適当にスイーツ食べまくって腹の準備するだけじゃないの?」

「まあ、それがフィーらしい。そのほうが、俺たちも俺たちらしくいれる」

 彼女の姉と兄代わりとしては笑うしかない。

 二人は街を歩き、人通りの少ないホテルへ。中に入ると、そこにはユリア大尉がいた。

「おはよう、二人とも」

「おはようございます、ユリア大尉!」

「さっそくだがこれを渡そう。部屋も用意してある。二人とも、順々に着替えてくれ」

 ユリア大尉は、青色の衣服を差し出してきた。

「他の隊員から代えの衣服を借りることができてよかったよ。親衛隊の軍服だ」

 青色と言えば青色だが、窓の木漏れ日を浴びるその衣装は静寂の中で威光を感じさせる。

 エステルにとっては、故郷リベールの伝統を残すものだ。

「エステル、先に行くといい」

「ありがとう、ガイウス」

 そもそもユリア大尉をはじめとした親衛隊の面々は、この町の中心から離れた場所で寝食をしているわけではない。公になっても法的には問題のないエステルたちへの依頼だが、実際のところ貴族社会で明るみになれば少々面倒だ。というより厄介だ。だから、こういった場所での接触になる。

 部屋に入り鍵をかける。今までの衣服を脱ぎたたんで、エステルはその服を見た。リベールから旅立つ前、シェラザードが選んでくれた遊撃士としての旅装。もうお気に入りとなっているその服からエステルの親衛隊服へ目線を移す。

 父とは違う、青色の軍服。数秒の沈黙の後、エステルは軍服に袖を通した。

「お待たせ、二人とも」

「来たな、エステル」

 ガイウスと交代する。

 女性二人、部屋に入る長身の少年を見届けた。

「彼は良い意味で目立つな。ノルドの出身と言っていたが……」

「族長の息子さんらしいですよ。頼れる仲間です」

「仮とは言え、そんな若者が親衛隊入りか。嬉しい限りだよ」

 褐色の肌。ノルドの民は帝国との交流の中で、少しずつ本土に溶け込む血もあるのだという。だから異端ではないだろうが、南方リベールの軍につくというのは確かに目立つ。

「エステル君も様になっているよ」

「あはは、ありがとうございます」

「改めてだが、将軍閣下のご令嬢に出会えるとは思わなかった。不思議な縁だな」

「私は、帝国本土に行きたかったんです。いろいろと知りたいことがあって」

「そうか」

 今や同じ軍服に身を包んだ彼女たちだが、一息に先輩後輩、上司と部下とはいけなかった。エステルはある意味、クローディアに近い立ち位置の存在だ。カシウスの性格やエステルのロレントでの生活態度もあって、近しい人々からはそれほど畏まった態度をとられることはなかった。だが夏至祭でヨシュアが一番最初に丁寧な言葉遣いだったように、それが一般的なエステルの出自を知る者の態度なのだ。

「それは……君が将軍閣下と違い遊撃士の道を歩いていることと同じなのか? まあ、一般的に女子が軍属を志すこと自体が珍しいものだが」

「どう、かな……どうでしょう」

「アウスレーゼ公爵家のことを調べたくてバリアハートに来た、と君は言った。それはつまり、君がリベール州に対してふくみを持っているということ……」

 ユリア大尉は理解していた。エステルがカシウス、リベール領邦軍将軍の娘だという立場であるからこそ、リベール州の歪な状況に気づき、そして行動に移していること。そしてエステルも、自分の行動の意図がユリアに察せられていることを理解している。

 エステルが疑いの目を向けている、といっても過言でもない組織がまさにユリア大尉が属する領邦軍。さらに言えばユリア大尉が使えるクローディアたちアウスレーゼ公爵家。なら、エステルに助けを借りる、ということは気まずい状況に他ならないが。

「ユリアさん」

 粘っこい空気を、エステルは遮る。

「私、もう判ったことがあります。ユリアさんは強くて凛々しくて、クローディア殿下は綺麗で誠実で。素敵な人たちだってこと」

 それは先日エステルが二人やサラたちの前で言ったこと変わらない。

「ユリア大尉が……ユリアさんが私に思うことは、たぶん本当です。でもそれと同じくらい、私は二人を助けたい。私はリベールが、二人のことが大好きだから」

 と、そこでガイウスの声が聞こえた。

「待たせてしまった……軍服というのは、着るのが難しいものだな」

 遊牧民の自然育ち故か、ぎこちなさそうにガイウスが部屋から出てくる。戸惑った様子だが、しかし長身の彼が青の軍服に袖を通すのはやはり様になっている。

「む、どうした? 二人とも」

 ガイウスはエステルたちを見て不思議そうに首を傾げた。

 ユリア大尉は笑った。憑き物が取れたような……と言うのは大袈裟だが、それでも晴れやかな顔であることには変わりない。

「何でもないよ。同郷同士、少しだけ盛り上がっていたんだ」

「ガイウス、後で着付け直してあげるからね」

「……頼む。これは少々難しい」

 所在悪げなガイウス。フィーがいないと、どうやら彼は多少なりとも弟のようになってしまうのか。エステルもガイウスよりは一つ年上だが、弟がいた試しはない。ガイウスも姉がいたことはないが。

「まあ、そろそろ時間だ。気を取り直して、行くとしよう」

 もう三人の誰も憂いた顔ではない。それぞれ、頼もしい横顔だった。

「領邦会議は今日から明日まで、二日間にわたって開催される」

 具体的には昼の休憩を挟んで午前、午後の計四度の開催だ。議題は多岐にわたるが、あらかじめ決められた領地運営にかかわるもの、また恐らくは革新派に対抗するための手立てについても、多くのことが話し合われるだろう。

「クローディア殿下は、会議に参加するというわけではない。必ず求められるのは、一日目の会議後に開かれる晩餐会に招待されるだけ。だが向かう先は領邦会議。何が起こるかも判らない」

 先に言ったとおり、ユリア大尉たちリベールの親衛隊は様々な意志が少数しか連れてくることができなかった。それは令嬢たるクローディアの護衛にも、そして最重要人物であるデュナン公爵に対しても同じだ。先日は何者かの毒牙がクローディア殿下に向いたが、実際のところどう事が運ぶかは判らない。

「我々公爵付親衛隊は、苦渋の選択ではあったが、あえて()()()()()()()()()()()()()()()()()()。有事の際に迅速に、確実に守るべきものを守れるように。たとえ軍の規律と強みがなくとも、我々には伝統あるリベールの誇りがあると信じているから」

「ふむ、それならば……」

「私たちの、得意分野よ!」

 遊撃士は、支える籠手を信条に人々を守る。守るということにおいて、それは遊撃士も軍人も変わらないはずだ。

「エステル君、ガイウス君。君たちも同様だ。状況に応じ、殿下も公爵閣下も、どちらも守る。どうかよろしく頼む」

 当然、断るはずがない。

 エステル三人は、ホテルを後にした。

 会議場、アルバレア城館につく傍らもユリア大尉とは会話を重ねる。最低限の儀礼的なこと、あるいは礼儀的なことなど、他者から感づかれないような挙動だ。とはいえ今日が軍属一日目の二人にとっては、せいぜい《機体の若手兵士》ぐらいを目指すのが理想だが。

 エステルとユリア大尉の手ほどきを受け、ガイウスも一応挙動は緊張しいな少年の行軍程度にはなった。不自然と言われれば不自然だが、良くも悪くも不器用な少年だ。十分及第点だろう。

 アルバレア城館は貴族街の中央、元は丘陵を切り開いたと思われる地の、小高い丘の上に築かれている。多数の貴族の家々に守られるような立地、そして人を寄せ付けない塀の威容。翡翠の公都に立つ白亜と翡翠の城館は、まさにその象徴とも言えた。

「これはこれは、ユリア大尉。ずいぶんと長く市街へ出ていたようですな」

 城館の門の前。エステルたち3人はユリア大尉を先頭にして歩く。門兵、すなわちアルバレア公爵家の兵士は二人おり、どちらもユリア大尉にわずかな含み笑いを向けている。

 ユリア大尉は平然と返した。

「親衛隊員は誰もが優秀だ。何よりも信念を持っている。私がいなくとも、殿下と閣下を守ることに問題はない」

「それは頼りになる。まったく人員が少なくとも、おっしゃる通り問題ないということですな」

 鼻につく物言いの兵士だが、エステルもガイウスも理解できた。ケルディックでやり合った兵士たちとは違う。アルバレア公爵の住まう城館に配属されているだけあって、言動はともかく実力は確からしい。領邦軍は正規軍とは違う系統だが、軍であることには変わりない。

「ところで、そちらの二人は? 貴女が城館から出たときはいなかったはずだが……」

 兵士たちの目線が二人へと向いた。二人はまだ、沈黙を装う。

「ああ、彼らは我が親衛隊の期待の兵士だ。諸事情で到着が遅れてしまったが、会議開催には間に合った」

「ふむ……」

 じろじろと、エステルとガイウスを舐めまわすように視線を向ける二人。エステルはその視線の動きに、ガイウスはその視線がもたらす緊張感に、それぞれ不快感を強いられる。

 ユリア大尉が事前に伝えていたことだ。二人を新たに兵士として迎え入れるのは違法ではない、しかし貴族社会がもたらす雰囲気としては作法に引っかかるらしい。それをわかってこその、門兵二人の目線だ。

「規則としては可能だが、そのような突然の不調法は控えていただきたいものだ。それでは、捧げる名門の格が知れてしまう」

 案の定、馬鹿にしたような声色だ。すかさず他方の兵士が、さらに卑下するように口角を釣り上げた。

「ああ、しかしアウスレーゼ家は公爵家となってまだ十余年だ。さすがに、帝国貴族の礼を求めるこちらこそ不調法でしたな」

 怒りを禁じえない。それがエステルの率直な意見で、ガイウスも表情は変えぬものの同じ意見だろう。彼は自然育ちでおおらかな性格だとはいえ、決して無頓着なわけではない。むしろ物事の本質を見る目は都会育ちの輩より養われているといえるだろう。

 たった二人だが、これから目にする多数の他貴族家の兵士の目の本質だと思うと、しかし理不尽な圧力に屈してしまいそうにもなる。

 だが一人、ユリア大尉は違った。

「不調法を覚悟で言うが、失望したのはこちらだよ」

 沈黙すら生まず、ユリア大尉は冷酷ともいえる目線で兵士たちを穿つ。

「……なに?」

「我々は正規軍の所属だが、それでも同じ《領邦軍》を冠する者同士だ。志は同じだと思っていたがな」

「何が言いたい?」

 ユリア大尉は続ける。門兵の目線にもたじろがない。

「我々は民を守る。そして今この場においては、仕える者を守る。それが何よりの使命のはずだ。そしてそのためならば、どんな恥を受けることも厭わない」

 その強かな瞳には、少なからず感情があった。

 それは悔恨。

「もし仮に。我々が仕える者が、陰謀により囚われるなら。それによって我々親衛隊が散り散りになるなら、我々はどんな手を使ってでも、主の平穏を取り戻す。違うか」

「……違わないな」

「縁ある教会に匿ってもらってでも、同じ志を持つ《支える籠手》に頼みこんででも。どのような汚名を受けてでも、主の平穏を取り返す……!」

 それは、確かに怒りだった。そして主張でもあった。自分たちの主義を、貴様たちには否定させないという。

「失望したのはこちらだよ。新たに兵士を入れるという、法すらかからぬその程度のことで騒ぎ立てるとは。()()()()()()()()()()()()()()

 加えて、こんな皮肉を返されてしまっては。

 門兵は沈黙した。馬鹿にする対象がただの兵士であれば門兵たちも強引にその場を支配したのかもしれない。ケルディックの時のように。

 だがユリア大尉は、少なからず軍属の者たちでは名の知れた人物だった。それこそケルディックでのクレア大尉のように、抑止力として働いたのだろう。門兵たちは何も言わず、今度こそ己の役割を果たす。

「ようこそ、アルバレア城館へ」

「すでに参加予定のすべての貴族家の当主や代行が控えています。どうか、そのことをお忘れなきよう」

 豪奢な扉の向こう。立派な庭園が見える。

 ついに城館へ入り込む。

 ユリア大尉に案内され、アウスレーゼ家の関係者の控室まで歩く。道中、平民や遊牧民の二人からすればまじまじと見たくなるような絵画や彫刻品があったが、その欲求を抑えて何とか二人は兵士の歩行を貫いた。

 途中、三人は幾人かの貴族とすれ違い、会釈を交わした。知る限り大貴族ではないが、それでも領地持ちで会議に参加するとなれば、子爵家や伯爵家、もしかしたら侯爵家などの大貴族がほとんどだ。エステルは終止、緊張を解くことができなかった。

 そして。

「エステルさん、ガイウスさん。よく来てくださいました」

 クローディアがソファーに腰かけていた。この間の女学院制服ではない。紫陽花を思わせる薄紫の衣装、淑女を思わせるロングスカートも彼女に合っていた。

「クローディア殿下! えへへ、本当に来ちゃいました」

「……ご無沙汰している」

 ここにいるのはアウスレーゼ家の関係者だけだ。他の兵士とは初の顔合わせだが、ユリア大尉を通じて二人の存在は周知されていた。全員礼儀正しく、控えめで頼もしい。本心では二人を快く思っていない者もいるかもしれない。それでも主を予想外の災厄から守るために、彼らも手段を選んではいられないということだろう。まさに、ユリア大尉が門兵に告げた信念が生きている。

 クローディアは、努めて穏やかな表情だった。男どもに追いかけられていた時と同じ。ある意味、今も何が起こるか判らないのに、人を和ませる表情ができるのは、彼女が強い証だった。

「本当に、ありがとうございます。会議の間、どうかよろしくお願いします」

「私、頑張っちゃいますから!」

 二人の少女は、穏やかに笑い合う。主の前にしては随分と砕けた口調である。どうやら久しぶりに同い年の少女と邂逅して、エステルも調子が上がっているようだった。幸いにも、彼女をとがめる人間はいなかった。

 クローディアははっとしたように言った。

「お二人とも、叔父様にはお会いしたのですか?」

「いえ、まだ……」

「それなら、隣の部屋に控えています。どうか、私の叔父に励ましの言葉をあげてください」

 クローディアは立ち上がり、二人を手招きする。エステルたちが入ってきたのとは別の扉だ。

 扉の前に立つのは、一人の老人だ。その存在に気づかなかったわけではない、だがあまりにも存在感が薄かった。

「あなたは……?」

「風が静かだ……」

「失礼、お嬢さん方。私はフィリップ・ルナール。公爵閣下の身の回りのお世話を仰せつかっている者です」

 執事はエステルたちに対しても恭しく一礼をする。所作は丁寧、物腰穏やか、釣り目の老紳士は微笑む。

「お二人のことは、すでに公爵閣下のお耳にも届いております。閣下は会議前に心を諫められている……どうぞ良しなに」

 フィリップは背を向け、扉をノックした。二回、乾いた音。エステルたちでさえ、なぜか緊張が溶ける音だった。

『何用だ』

「閣下、フィリップでございます。ユリア大尉がお連れしたお二人が参りました。閣下へご挨拶がしたいと」

『……かまわん、入れ』

 扉はフィリップによって開かれた。

 部屋の造りは、クローディアの控室とほとんど変わらなかった。ただ、彼女よりもさらに慎重に護衛しなければならないリベール州当主は、その部屋にたった一人だけの兵士を携えていた。

 彼はソファーに腰かけている。構造上、エステルたちとは背に向けての初対面となった。

「……デュナン公爵閣下。初めまして、エステル・ブライトです」

「お初にお目にかかります。ガイウス・ウォーゼルです」

「……うむ」

 その人物は立ち上がった。恰幅のよさそうな体躯を要領よく動かして、エステルたちに向き直る。

 クローディアとは親戚だという。彼女とは違う茶髪の髪色。おかっぱにちょび髭。それだけ言うと覇気もないように聞こえるかもしれない。

 実際、覇気と言えるようなものはなかった。例えばエステルの父親カシウスと比べれば、目の前の小男は泣けるほどにその名称が似合う男かもしれない。

 だが、それでは一体どう説明をすればいいのか判らなかった。強そうに見えない揺れる瞳の中に宿る、言い知れない感情を。その得体のしれない何かが、いかなる者にも彼を蔑むことを許さなかった。

 エステルは、そしてガイウスも、まだその正体に名前を当てることはできなかったのだ。

「足労であったな、遊撃士たちよ」

 リベール州領主。エステルが避けて通ることができない、故郷の真実との、これが最初の接触だった。

「デュナン・フォン・アウスレーゼ。アウスレーゼ公爵家、初代当主を務める者だ」

 視線と、視線が交錯する。

 ちょうど、部屋に備えられた大時計が、その長針が十二の数字を指し示し、頃合いの時であることを鐘で鳴らしだした。

 時間だ。

「挨拶だけですまぬな。だが期待しているぞ」

 恐ろしく静かにそれだけ言って、デュナン公爵は視線を外す。

 止まぬ音は告げていた。

 領邦会議が、始まるのだ。

 

 









デュナン公爵初登場。

そして領邦会議開始。
リベール陣営の主要人物
・デュナン公爵
・令嬢クローディア
・ユリア大尉
・フィリップス執事
・エステル・ブライト
・ガイウス・ウォーゼル
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