斂の軌跡~THE MIXES OF SAGA~ 作:迷えるウリボー
「そなたは……誇りあるリベール州の指導者だ。いや……《旧リベール王国》の王だ。その座を今、取り戻したくはないかね?」
カイエン公爵の言葉は決定的だった。
王としての座を取り戻す。リベール州の人間にとって、その意味が分からないはずはない。人によっては、どれほど待ち焦がれたものかも判らない。 クロワール・ド・カイエンは今、リベールの独立を仄めかしている。
会議場が静まり返っていた。カイエン公爵を除いて、今、誰もが息をのんでいた。
ここからの言葉の一つ一つが、大陸史に刻まれる言葉になるかもしれないのだ。
「……なぜ、それを私に?」
デュナン公爵は、緊張も隠せずにつたない声を震わせた。対し、カイエン公爵はまだ笑っている。
「決まっている。私は許せないのだよ。真に王者たりえる者が、浅はかな愚者によって立てないことがね」
「……しかし、それは帝国という国家の力を瓦解させかねない。……失礼ながら浅はかといえましょうぞ」
「……ふふふ。言うではないか。さすが私が見込んだだけはある、デュナン公爵」
精一杯の抗議にさえ、カイエン公爵は怒気すら匂わせなかった。
「浅はかなのは、彼の鉄血宰相と革新派なのだよ。その愚者たちから、帝国と言う船の舵取りをあるべき者へ。リベール
リベールの独立。そしてそれに紛れ、カイエン公爵は決定打を打ち出した。
「そのためには……然るべき手を打たねばなるまい? 『国は血と鉄によってなされる』……これだけは、彼の宰相の言葉を誉めなければな」
恐ろしい笑みを浮かべる四大名門筆頭。
エステルは、自分の手の震えを止めるのに必至だった。
貴族派と革新派の対立を、最悪の形へもっていこうとしている。この男は。
「デュナン公爵。そなたもまた、あるべき場所と地位へ戻るとよい。ただ、我々とまったく同じ志を持ってもらえればよいのだ。他国の者として《沈黙を貫く》。それだけで、そなたは、そなたが護るべき民たちは、救われるのだ」
貴族派に協力しろ。もし帝国外の勢力から力が加われば、緩衝国として壁となれ。そうすれば、リベールの独立は黙認してやる。
カイエン公爵は、そう言っているのだ。
確かに属州であり、ハーメルの悲劇という愚行があれど、百日戦役によってほぼ一方的に併合されたリベールにとって、千年以上保っていた独立を取り戻すことは悲願でもある。
だが、それ以上にリベールの人々は誇りある独立を保ってきた者たちとして、平和というものに対し一線を画した価値観さえ持つ。事はそう単純ではない。
リベールの指導者は、どう答える。
「……重ねて伺いたい、カイエン公爵。何故、今この場でそれを明かされた?」
この時勢に明かした、と言うのは少なからず判る。これはこの場のほとんどの人間が感じとっていることだが、カイエン公爵が言った『鉄と血による国の創造』は、このままでは近いうちに果たされてしまう。
ただ一つ、重要なことがある。この場に
その場において血と血の争いを仄めかすものは、決して看過できるものではないのに。
カイエン公爵は顎に手を当てた。
「そうだな……強いて言うならば、《鼠》がいるからだ」
エステルは、そしてガイウスは全身が粟立つのを感じた。『瞳孔が開く』という言葉はきっと、今、この時のためにあるのだろう。
カイエン公爵は自分たちなど目も向けていない。他の貴族たちには一瞬視線を向けられた気がしたが、その程度。
「鼠、とは?」
「言葉の通りだ、鼠は鼠に他ならない。いくら人の言葉を使ったところで理解などできないほどに矮小な」
それはどちらの意味なのか。正規軍としてか、それとも遊撃士としてなのか。
エステルたちの情報なんて、調べようと思えば調べられるだろう。ユリア大尉たちがエステルたちの参加を承諾したのは護衛としてであり、情報の奪取など望むべくもない。
「だからこそ教えなくてはならない。小さき力など無意味なのだ、とね」
四大名門も、他の貴族たちも沈黙を払っていた。主催者であるアルバレア公爵は、どこか余裕のある顔だった。
今までアウスレーゼ公爵家の会議不参加を容認しつつ、今回に限って強引に参加を要請した真の目的は、恐らくここにある。
革新派の一勢力たるリベール州を籠絡し、場合によっては貴族派に引き入れるためだ。
《貴族》の枠組みを使ってデュナン公爵を会議に参加させ、敢えて中核の情報を与える。そしてここまで知らせて協力しないのであれば、今このとき護衛が希薄なデュナン公爵とクローディアに、何が起こるかを想像させて脅す。すでに、その脅しはクローディアになされている。
長い沈黙だった。そんな中、エステルはわなわなと拳を震わせる。
(許せない──!!)
卑怯で、卑屈で、傲慢な脅し。平静でいられるはずがない。わんぱくな頃だったら、今頃立場もなにも関係なく声が飛び出ていたかもしれない。
己の絶対的優位を主張するように、カイエン公爵はデュナン公爵に恭しく頭を垂れて見せた。
「どうした? 何を迷うことがある? 貴公は由緒正しき王家ではないか。帝国と同じく、千年の時を誇る誇り高きアウスレーゼ家だ」
エステルからは、デュナン公爵の顔はやはり見れない。彼は、一切の動きを見せていない。
「革新派に、鉄血宰相などに従うことはない。リベール州を王国へ。そのために、今一度剣を手に取ろうではないか。そのままでは……せっかくの名刀も錆びるであろう?」
名刀。カシウス・ブライトが束ねる、十年前の帝国正規軍を跳ねのけたリベール王国軍。
エステルは気づいた。蠱惑的で、それでいて恐ろしく強く空々しい、そんな目線が自分を見据えている。
ルーファス・アルバレアが、自分を見ている──!
ガタッと、強い音が会議場を震わせ、そしてルーファスの視線は遮られた。両者の間に割って入った存在がいる。
いや、意図せず間に入っただけだろう。そのデュナン公爵は、立ち上がるだけで精一杯で、勢いの余り椅子を転がし、テーブルの上のグラスを傾けてしまったことさえ、恐らく見えていないのだから。
長い、長い沈黙だった。今やカイエン公爵すら追い抜いて、この場の全ての人間の注目を集めるデュナン・フォン・アウスレーゼ公爵は、不器用に、ブリキのようにぎこちない挙動で居を直すと、嗄れた声と共に言ったのだ。
「……確かに我々リベール州は、世間からは革新派と呼ばれている。だが我がアウスレーゼ家は、リベール領邦軍は、革新に傾倒し体制を傷つけた覚えはないっ」
今やっと、デュナン公爵は机の上に目を向けた。傾いたグラスから水がぶちまけられたことにようやく気づいたらしい。かまわず、続ける。
「その力は帝国のために、リベールの民に捧げる。それ以上も以下もないであろう」
カイエン公爵は顎髭を擦ると、デュナン公爵と対照的に、水を一口あおってから返す。
「帝国のためか……《五番目の名門》が嬉しいことを言ってくれる。なればこそ、貴公は帝国のあるべき姿を取り戻すため、我々に協力すべきだろう」
「私は革新派にも貴族派にも属さない。リベール防衛のため、共和国との友好のために動くのみだ。違うだろうか?」
「違わぬな。貴公の考えは崇高だ。いたく感動する」
両者を見れば未だどちらが手綱を握っているのは明らか。だが握られている一方は、必死で頭を振り続けていた。
エステルはさっきまでの怒りも忘れ、目頭が熱くなるのを自覚する。
併合に対し納得はいかない、けれど独立してほしいと考えたことは一度もなかった。
帝国領となったことで文化の戸惑いや軍人の増加などはあったとしても、治安の明確な悪化や経済的な悪循環はほとんどなかったからだ。併合から十二年、子供だったエステルに、その意志は希薄だったと言っても過言ではない。
だけど、自分はリベールの民だった。一見頼りないこの公爵の血筋を敬い続けた、千年の歴史を持つ誇りある小国の娘だったのた。
独立する、しないなんて関係ない。それを超越した、民を守るための崇高な精神を感じた。
リベールは、まだ死んでいない。エステルは確信した。
未だ震える声のまま、デュナン公爵は続ける。
「革新派に、貴族派どちらに傾倒するリベール州ではない。我々はもう
革新派ではない、だが中立として、その他の勢力としての立場を明らかにする。
それは、確かにデュナン公爵の言葉だった。
カイエン公爵は、笑みを潜めていた。怒りもない、そもそも感情すらも見えない。
「ならば……貴公は後悔することになる」
シン、と静まり返る会議場。聞こえた喉を鳴らすは、辺境の領主らしい青年のものだった。
「……判るかね? 貴公の発言は『リベール王国に戻るのではない、帝国の一員となる』事を意味するのだ」
カイエン公爵は、武術を嗜んではいなかった。だからその覇気は《殺気》とは言えなかったが、それでも力ある存在が自分の周囲でちょこまかと動く存在を、イラつきと共に凝視する眼光と同じだった。
カイエン公爵が言う。
「なれば、貴公は知らなければならない……帝国に存在する
その言葉は、先ほどよりも、何倍もドスが聞いていた。その怒りの視線を受けたデュナン公爵は、なおも膝を震わせている。
それでも、デュナン公爵は引かなかった。無言のまま立ち続けた。瞳に光を宿して、ただその場にとどまり続けた。
誰も、ハイアームズ侯爵でさえ口を挟めない数秒間だった。
やがて、カイエン公爵がほぅっと息を吐く。
「……仕方なし、か」
デュナン公爵と同じ立場を示すためか、彼はあえて立ち上がった。正面から同じ目線でデュナン公爵を見据えると、一転して一拍だけ手を叩き、乾いた拍手の音を出して穏やかな口調で語り掛ける。
「いや、なに。貴族の《筆頭》の使命感と盲目故か。無駄に会議の場を荒らしてしまったようだ」
構えていたデュナン公爵や、緊張していたエステルやガイウスなどのリベール勢にとっては拍子抜けすげてむしろ間抜けな声を出してしまいそうなものだった。そこらの小国の指導者すら凌駕する公爵の、一見して親しみやすいと勘違いしてしまいそうな優し気な笑顔。
「デュナン公爵。非礼を詫びよう。そなたの忠告通り、『浅はか』であったのはこの私であったようだ。その奉心を忘れず、どうか《帝国の一員》として尽力してくれたまえ」
「……ええ。そう、ですな」
デュナン公爵は、席に座ろうと身を正す。そして座るはずの椅子が転がっていることに気づく。エステルも、ようやく場の空気に飲まれず動けた。放置されていた椅子を手にし、公爵の席へ。
デュナン公爵は首だけでエステルに礼を示すと、半ば勢いをつけて腰を落とした。
「さあ、諸君。会議を再開しようではないか」
侍女がデュナン公爵の水のグラスを新たに用意した。カイエン公爵の声もあり、彼の先導によって再び貴族諸侯の活発な議論が展開される。
エステルは考える。ひとまず、窮地は脱したと考えていいのだろうか。
油断など到底できない。カイエン公爵が紛れもなく己の謀略のためにデュナン公爵を取り込もうと、尋常でない意志を持っていたのは確かだ。エステルやガイウスが危機感を覚え、他の貴族たちも『ここが分岐点だ』と言わんばかりの静観を払ったあの時間。あの瞬間にエステルが感じた悪寒は、間違いなく巨悪と惨劇の確信だったはずだ。
なのに今、カイエン公爵は少なくとも言葉の上では反省し、そして優等生どころか聖人のようににこやかに指揮を執っている。バリアハートにおける領邦会議の主催者であるアルバレア公爵を差し置いて。
エステルは、もう一度会議場をそれとなく見渡してみる。変わらず、デュナン公爵の顔は見えない。ログナー侯爵も変わらず仏頂面でいる。ハイアームズ侯爵はカイエン公爵よりも親しげな顔だが、今は良くも悪くも感情が見えず、ただ顎を指でさするのみ。
やはり終止注目を集めるカイエン公爵と、なぜか苦虫を噛み潰したような表情をするアルバレア公爵、そして不敵な笑みで瞑目しているルーファス・アルバレアの三人だけが、エステルの心に嫌な杭を当て続けている。
そして……会議の時間、エステルが考える最悪の展開は終ぞ起こることはなかった。
本当に何もなく、何事もなく、会議は終わりを迎えた。あの一幕の後は、本当にただの会議だった。デュナン公爵も他の貴族たちから意見を求められたりと、完全に平和な時間だった。
「……これにて、本年度の領邦会議を閉幕させていただきます。皆さま、ご足労頂きありがとうございました」
ルーファス・アルバレアが閉会を告げる。会議が終わり、そして貴族諸侯が順々に席を立ち始める。
自由な時間を得たリベール勢は、ようやく砕けた表情をとれることに心の底から安堵した。見ればガイウスのみならず、ユリア大尉までも盛大にため息をついている。
「デュナン公爵」
雑多な声が喧噪となる中、エステルたちはデュナン公爵に近づいた。
「そなたたち……感謝するぞ。ユリア大尉、エステル、ガイウスよ」
「お役目、ご苦労様でした。閣下」
「すごかったですよ! デュナン公爵」
「頼もしい後姿でした」
最後のガイウスの感想。彼の意見は、冗談でも揶揄でもない。彼には、本当にデュナン公爵の背を頼もし気に見ることができた。
「……そうか」
それは、先日の晩餐会でデュナン公爵がエステルに向けた一息と同じだった。
フィリップ執事は、ただただ彼ら四人の会話を後ろで見つめるのみ。彼もまた、少なからず主の窮地を前に疲労を隠せてはいなかった。
どうあっても波乱が生じると予想した領邦会議。実際に肝を冷やす場面もあったのだが、カイエン公爵の掌の上だとしても、なんとか最悪の展開とはならなかったと感じる。
人の数も疎らとなった時、カイエン公爵が護衛をつれて大げさな態度でこちらにやってきた。
「ご苦労であった、デュナン公爵。白隼の誇りというものをまざまざと示された心地だ、痛く感動したよ」
デュナン公爵は今度こそしっかりと立ち上がり、カイエン公爵を瞳に入れる。
袂を分かったことは明確だ。だが、それはデュナン公爵にとっては完全に敵対したことを意味しない。そんな意味にはしたくはない。貴族派からすれば味方につかない時点で馬鹿者の烙印を押されるのかもしれないが。
それでも、いつか派閥を越えて同じ道を歩くことができる未来を望んで、デュナン公爵は口を開く。
「数々の無礼を失礼した。しかし感謝申し上げる。私の意思、というものを改めてこの身に刻むことができた」
「……これならば帝国の未来は明るい。共に手を取り合える日を、楽しみにしたいものだ」
それはどんな感情があるかも判らない、固い握手だった。
そしてカイエン公爵は踵を返して去っていく。一言、嫌な言葉を残して。
「どうか、後ろには気を付けたまえ」
「……」
カイエン公爵もまた、他の諸侯と同じように部屋を去った。存在感ある貴族派の筆頭が消え、会議場はいよいよ静寂に包まれようとしている。
それ以上の雑談もすることもなく、エステルたちも席を離れる。
心労に晒されたエステルたちを、さらに追い詰める者もいた。
「デュナン……アウスレーゼ公爵」
「アルバレア公爵」
もう、貴族諸侯はほとんどいない。四大名門も主催者を除けばいない。アルバレア公爵の嫡男であるルーファス・アルバレアも姿を消していた。
「此度は、長い欠席にも関わらず招待いただき、本当に感謝の念が堪えません」
「ふん。誉れあるリベール州の領主。四大に食い込むだけあって、さすがの態度であったな」
カイエン公爵とはまた別の意味でいけ好かなかった。尊大なラマール州領主とは違い、一言だけで卑屈さが目立つ。
「……恥ずかしいところをお見せした。だが、私にとっても有意義な時間でした」
「素直にカイエンの言う通りとっとと独立すればいいものを……」
なおもいら立つ表情を隠さない四大名門次席。彼は動く気配を見せず、ただ一言告げる。
「何をしている。帰らぬのか?」
デュナン公爵はそれ以上場を取り持つ言葉を見つけられず、また使える者たちも迂闊に四大名門に言葉をかけられなかった。
居心地悪く歩き始める。クローディアと兵士たちが待つ控室へ。
それは悪寒だった。
エステルの前方に立つ、デュナン公爵、ユリア大尉、フィリップの三人。扉を開いたのはフィリップだった。執事に促され扉の向こうを見たのはデュナン公爵だった。彼が驚き、異変を察知して続いたのはユリア大尉だった。
「殿下!?」
ユリア大尉のただならない形相を見て、一同もまた緊急事態となったことに気づく。フィリップもユリア大尉も、デュナン公爵さえも驚きにかられ部屋の中へ。エステルとガイウスも追従する。
そして状況を理解した。控へ室で待っていた者たちは、全員が意識を失っていた。数少ない兵士たちも、そしてクローディアすらも。
エステルたちが会議に臨んでいた時間は、確かに長かった。一同は……ユリア大尉とフィリップすらも、主の窮地があったせいで控室への意識が疎かになっていた。
『何か』があったのは明白だが、彼らは驚くほど静かに気を失ったのだ。
たった数分前のカイエン公爵の言葉が、容易に思い出された。
『どうか、後ろには気を付けたまえ』
その言葉はカイエン公爵の言葉にしては珍しく、正真正銘の助言だった。
「動くな」
冷徹な一言。エステルとガイウスのさらに背後から、冷たい感覚。
振り向く時間すら与えてはくれなかった。エステルとガイウスの背後に城館付きの兵士たちがいて、二人に銃剣を突き付けている。
エステルとガイウスはもう振り向くことさえ許されなかったが、はめられた、ということは理解できた。
前にいた三人は声に振り返り、クローディアたちに駆け寄ることもできないことを理解する。
異常事態のクローディアたちに加え、エステルとガイウスたちが人質に取られたのだ。
デュナン公爵が、兵士たちに烈火の視線を送る。
「貴様ら……!」
「エステル君、ガイウス君!」
ユリア大尉は腰のレイピアに手をかけたが、やはりそれ以上は動けない。
一瞬の沈黙の中、エステルが耳にしたのは、やや遠くにいるアルバレア公爵の声だった。
「ふん……ようやく大人しくなってくれたか」
「アルバレア公爵、いったいどういうつもりか!?」
「決まっているだろう。無法者を捕縛するだけのことだ。……ああ、クローディア殿下たちは心配されるな、よく寝てもらっているだけだ」
クローディアたちは睡眠薬でも盛られたのか。命に別条はないようだが。
ここへきて初めて嬉々とした雰囲気を持って、アルバレア公爵が告げてくる。
「貴様たちは正規の兵ではない、遊撃士だな。不法侵入の容疑で拘束させてもらうぞ」
エステルは心臓が飛び跳ねるのを感じる。
ユリア大尉が焦りながら弁明した。
「そうだとすれば、私ですら帝国正規軍の兵士としてこの場にいることになる。彼らは正規の手続きを持って、同じ兵士の身としてこの場にいます。アルバレア公爵閣下、そこに異議を申し立てることになります」
「異議だと? ここをどこだと考えている? 伝統あるアルバレア公爵家の城館だ。事の正当性は私にある」
ふざけた物言いだ。そんな理屈が倫理的にも法的にもまかり通るわけがない。
だが、現実としてエステルたちの誰も動くことができなくなってしまった。エステルとガイウスが後ろで人質に取られ、そしてクローディアも動けないこの状況。どうにもできない。
カイエン公爵が四大名門筆頭として、先の未来における脅しをかけてきたとすれば、アルバレア公爵は今、本拠地にいる圧倒的な兵力を伴ってさらにろくでもない脅迫を仕掛けてきている。
「そもそも、だ。この場において、すべての権限は主催者たる私にあるのだ。デュナン公爵よ、二度も親族を脅かしたくはあるまい?」
最悪だ。数日前、クローディアを襲った男どもの背後にいた人物が判った。
今度こそ、アルバレア公爵は悪魔のような笑みを浮かべてくる。
「貴様ら二人を、不法侵入の容疑で拘束する。そうでなければ……」
エステルとガイウスからは、アルバレア公爵の顔は見えない。だがここまで露骨な態度をとられて判らないはずがない。反抗するのなら、クローディアに手をかけるぞ、と。
カイエン公爵が一度は引いた以上、貴族派の人間がここでデュナン公爵に脅しを仕掛けるのは、
これは明らかにアルバレア公爵個人の謀略だった。エステルたちが外部の遊撃士である、と言うのは関係ない。二人がいなければ、きっと別の建前を使ってデュナン公爵たちを貶めにかかっただろう。
「ぐ……」
ユリア大尉も、デュナン公爵も、フィリップも動けない。彼らには彼らの守るべきものがあった。
彼らに落ち度はない。あらゆる状況が、デュナン公爵たちをこの場に来ることを強要させていた。
そしてエステルがこの場にいるのは、彼女自身の意志だった。カシウスを知るため、リベールを知るために、帝国本土を見るために。
なら、自分のすべきことは。
エステルは目を細め、そして口を開いた。
「ユリアさん、デュナン公爵。私は大丈夫」
精一杯の笑顔を務め、自分をここまで連れてきてくれた彼らに不安を与えないように。
「エステル君……?」
二の句が継げないユリア大尉をよそに、エステルは笑顔で両手をあげて降参の意を示した。
「ごめん、ガイウス」
「仕方なし、だろう」
ガイウスもエステルの意を察したのか、同じように手を差し出す。
そうして、エステルとガイウスは初めてアルバレア公爵へ向き直る。
「そうだ、それでいい」
アルバレア公爵は、口角を異常に吊り上げて笑う。
「これに懲りたのなら……二度と属州ごときが調子にのらないことだ」
どこまで信用していいか判らない。それでも自分たちが身を差し出せば、少なくともクローディアたちにすぐさま危険が及ぶことはない。
沈黙の中、エステルとガイウスは、その手に分厚い錠をかけられる。
すべてがうまくいったと笑うアルバレア公爵。彼のくぐもった声だけが、いつまでも響いていた。
アルバレア公爵の小物感が輝いている……!
長かった「翼と太陽」も次が最後か(多分……)
一歩引いたらしいカイエン公爵と、反対に会議も終わったのにやらかしてくれるアルバレア公爵。
囚われたエステルとガイウスの行く先は……