斂の軌跡~THE MIXES OF SAGA~   作:迷えるウリボー

29 / 34
6話 翼と太陽⑧

 

 

 エステルが最初に訪れた帝国本土は帝都ヘイムダルだった。準遊撃士としてサラを師事することになり、諸々の事情で地方へ向かうことはあっても拠点が帝都であることは変わりなかった。

 帝都ヘイムダルには、都市全体に張り巡らされた巨大な地下道が存在する。中世から存在した巨大空間だ。人の手が入りにくいそこは魔獣の住み処や犯罪者の隠れ家として存在感を発揮するようになり、エステルはガイウスと出会った日を初め、様々な依頼で地下道を散策してきた。

 だが、陽の当たらない暗闇は好きになることも慣れることもできそうにない。それが、初めて訪れる場所なら尚更だ。

「まさか……バリアハートにも地下道があるなんて思いもしなかったわ」

 エステルはため息をつく。その吐息がなくとも、すでに天井からは水滴がたまに垂れてきて湿気が多いことを物語っているのだが。

 エステルとそしてガイウスは、領邦会議の終わりにアルバレア公爵の謀略によって拘束されることになった。その結果連れてこられたのが、この《バリアハート地下道》である。

 アルバレア城館から直接繋がっていたこの地下道には、犯罪者を投獄するのにおあつらえ向きな地下牢もあった。

 複数あるその牢の一部屋に、エステルたちは押し込められている。よくある仮眠室を少し広くした程度の場所。しばらく使われてなかったのか、寝具も何もない劣悪な環境だ。

「帝都に比べると犯罪者が隠れられそうな場所もないが……あちら以上に水気が多くてこれはこれで参るな」

 ガイウスは仏頂面のエステルと比べると、割合いつもと同じ調子だ。広大なノルド高原で育ったとのことだから、座り込むエステルと違って狭い牢の中を歩いているのが気にかかるが、少なくとも表面上は変わらない。

 地下牢の空間にいるのは二人だけだ。二人を連れてきた兵士たちは、手錠を外しただけでも温情だとばかりに雑に二人を牢に押し込め、それっきり姿を見せない。もう二時間以上が経過している。

「ごめんね……ガイウス。巻き込んじゃった」

 エステルは改めて、ガイウスに申し訳なさそうな顔をした。だが当のガイウスはなに食わぬ顔だ。

「気にするな。俺も自分の意思でここまで来た。後悔はない」

 ガイウスは本心でそう思っていた。彼も彼で帝国に来た目的がある。似た者同士、自分から動き出したか受動的だったかだけで、領邦会議にかける熱量は同じだった。

 エステルとガイウスの付き合いはまだ二ヶ月だ。けれどお互い心も広く、すっかり信頼し合っている。エステルは彼のそれとない励ましに感謝しつつ冗談も言った。

「ねぇ、ガイウス。ここから脱出したら、私の家に行かない? お母さんに紹介したいんだけど」

「ふ、光栄だな。だが俺とエステルでは釣り合わないだろう。お前には……そうだな、もっと頼もしい相手がいる」

「それって、《風の導き》?」

「いや、この二ヶ月を共にした仲間としての意見だ」

「うーん……よくわかんないけど」

 エステルはからかい方を変えた。

「あ、ならガイウスはどうなの? この間落とし物を探してあげたって女の子」

「ああ、あの双子の。確か学業の休暇だったらしいな」

「あの子もガイウスに照れちゃって、あらあらって思ったけど」

「それも光栄だが……あれだけの時間では、判らないな」

 ガイウスは困ったように笑みを浮かべた。そして、その視線を牢の外からエステルに移す。

「俺に申し訳なく言うが、エステルこそ大丈夫なのか? もちろん、あの状況で俺たちができる最良の手だとは判っている」

 クロイツェン領邦軍の兵士たちに詰められた時、あの時点でリベール州側の人間にできることはなかった、と言っていい。恐らくは睡眠薬を盛られて眠りにつくことになったクローディアと兵士たち。デュナン公爵にも武術家としての能力はなく、ユリア一人では打つ手がなかった。

 だからといって、エステルも計算高くこの状況を受け入れた訳ではない。

「なんでかな。デュナン公爵がたった一人でカイエン公爵に立ち向かったのを見た時、『身を呈してでも助けたい』って思ったんだ」

 それは《支える籠手》としての矜持以上に、《リベールの民として》という意味が強かった。だから、自分の選択に後悔はなかった。

「リベールの民として、か……。改めて思うが、帝国におけるリベール州の存在は重要で、そして歪だったな」

「うん……本当に、そう思うわ」

 帝国に併合された属州でありながら、四大名門にも匹敵する財力を持った大貴族。大貴族でありながら彼らを守るのは帝国正規軍であり、そして自身も革新派に属している。

 その存在感故に沈黙が許される辺境の小貴族の穏健派ではいられず、常に帝国の闇に振り回されることを宿命としているリベール州。

 複雑過ぎる。そして油断ならない大貴族こそが、デュナン公爵に独立を提案してきた。デュナン公爵もまた、安易に独立に乗りはしなかった。

 勧善懲悪では語れない思惑と思惑のぶつかり合いが、そこにはあったのだ。

 だからこそ、エステルたちは笑う。

「帝国本土の貴族たちが無視できないものが、リベールにはあった。そこにデュナン公爵と同じ立場にいるお父さんが無関係なはずがない。今日のことは、絶対に私が知りたい道に繋がってる」

「俺はリベールと関係ないが、それでも同じ帝国の周辺に関わる人間だ。ノルドに戻った時、今日のことが絶対に俺の糧になっている」

 今日、領邦会議の場にいたこと。この牢に閉じ込められてしまったことも含めて、後悔は絶対にしない。

 だから。

「捕まったのも、自分たちだけを犠牲にするわけじゃないわ」

「そうだな。俺たちには、仲間がいる」

「何が『俺たちには仲間がいる』よ。ちょっとは申し訳なそうにしなさいっての」

「まぁ……て、サラさん!?」

 文句を言ったのはエステルでもガイウスでもなかった。背後から聞こえたのは頼もしい先輩の声だ。格子の向こうで静かに仁王立ちしている。

「私もいるよ」

 フィーもいた。サラの後ろからひょっこり顔を出すと、いつものように「ぶいっ」と無表情で二本指を伸ばしている。

 格子越しに対面する四人。状況が状況なのに、まったくもっていつも通りの四人だ。

「サラさん、ユリア大尉たちから聞いたの?」

「まぁね。案山子みたいにいけ好かない奴からの情報もあったけど」

 サラはため息をついた。聞けば、バリアハート市街地から地下道に入れる扉があったらしい。

「……助かりました。フィーも、感謝する」

 ガイウスが少しばかり申し訳なさそうな顔をした。

「うん、気にしてないよ」

「御託はいいわ。遊撃士稼業じゃイレギュラーだけど、こういうこともあるでしょう。ただね」

 サラは言う。今更エステルたち相手に怒る気もないらしい。少なくとも、四人とも仲間たちを大事にしているのは判っているから。

「助ける前に一つだけ。会議に出て、私たちに心配をかけるだけの()()はあったかしら?」

 何より、二人には遊撃士になった目的があった。一番咎めるべきは、自分の目標に向けて歩けないことだった。

 エステルとガイウスは、自信に満ちた顔つきで肯定する。今日は、サラも怒ることはできなさそうだ。

「よろしい。それじゃ二人とも、少し離れなさい」

 格子から遠ざかるよう促され、エステルとガイウスはそれに従った。すぐにフィーが懐から取り出した、拳大の導力器を、格子の扉の取っ手につける。

 そしてもったいぶることもなく、いつも持っている双銃剣のスイッチを起動。

点火(イグニッション)

 ボンッ!! と大きな音が鳴る。ドアをこじ開けるための導力式小型爆弾だ。爆発は小規模だったが、それでも耳を穿つ衝撃だった。

「っ、フィー、それ……」

「上手くいった」

 エステルが遅れて耳をふさぎ、よろけながら声を出す。対して、サラとフィーは起きることを理解していたので何食わぬ顔だ。

 ともあれ、二人は牢から抜け出すことができた。それぞれ、サラから長筒を渡される。棍と十字槍、それぞれサラたちに預けていた予備の装備だ。

 得物を取り出して各々構える。

 にわかに騒がしくなるバリアハート地下道。あれだけの音が出たのだ、兵士が駆けつけてくるのも無理はなかった。

 だが、もはや怖気づく四人ではない。

「さあ……脅してくれたお礼をしてやろうじゃない!」

「ああ、同感だな……!」

「私は、お菓子食べれて満足だったけど」

「判ってると思うけど、やるのは無力化だけね。それと状況が状況だし、とっととバリアハートから脱出するわよ」

 これだけの騒ぎを起こせばしばらくはバリアハートに近づけないだろうが、しかし事の経緯がアルバレア公爵の暴走だけなのだから、バリアハートからさえ脱出すれば他の地域で正規軍や別の領邦軍にとやかく言われることもないだろう。

 だからここでは兵士を無力化するだけで、ひとまずは後退することを優先する。

「デュナン公爵やユリアさんたちは?」

「クローディア殿下や兵士さんたちももう目は覚まして、城館を後にしてる。皆さん申し訳なさそうにしてたけど、それぞれやるべきことは理解してた。心配しなさんな」

 これで心配事はなくなった。あとはもう、憂さを晴らすのみ。

「何の音──な、脱出をしている!?」

「貴様、《紫電》か!? なぜここに!?」

 兵士が六人。たったの六人。

 サラが紫電を纏って躍り出た。

「ふん、甘く見られたものね。私たち相手に、()()()六人?」

 エステルが、大仰に棍を振り回す。

「さんざん……兵士さんたちにもクローディア殿下にもひどいことして……! もう許すはずないでしょ!!」

 特攻。エステルとガイウスが飛び出し、その死角からサラとフィーが銃弾を散らした。驚く兵士たちに隙を与えず、遊撃士たちは鬼神の勢いで兵士たちをなぎ倒す。

 城館付きの兵士である以上練度も高いが、半ば奇襲であることとサラがいることが功を奏した。この緊急時において、一分もたたずに制圧したのだ。

「まだまだいけるわよ!」

「あら、頼もしいこと。でもとっと脱出するわよ。ついてきなさい!」

 サラが来た道を戻り、一同はそれに続く。城館の兵士たちがどのような巡回をするかはわからないが、爆発音の報告はすでに共有されているだろう。早くに地上へ脱出しなければならない。

 足早に移動し始めて一分後。聞きたくもない音が聞こえた。魔獣の咆哮が、()()から響く。

「ねぇ、あれ……!?」

「……嫌な予感」

「まずいわね、たぶん追いつかれるわ」

 戦闘に長けた女性陣のつぶやき。フィーの言うとおり、嫌な予感しかしなかった。

 次いで、どんどん大きくなる地響き。

 一分もせず、一同は地下道の中の広い空間につく。そこがおあつらえ向きの場所だった。

 迎え撃つしかない。

 ついに魔獣の正体が明らかとなる。それは人間を胴体から食いちぎれるほどに大きく、四肢を地につけ唸る狼。

 赤黒い体躯に鎧をまとった、明らかに人が戦闘を念頭にして訓練させた魔獣。

 超大型の狼型魔獣、《ガザックドーベン》が二匹。一匹は四人を飛び越し、挟み撃ちするかのように回り込まれてしまう。

 もはやクロイツェン領邦軍の差し金であることは疑いようがない。唸る二匹の、魔獣は、今にもとびかかってきそうだ。

「まずいね……サラ、行けそう?」

「《紫電》を舐めんじゃないわよ。でも、時間がかかりそうなのは厄介ね」

 下手に倒すのに手間取れば、今度こそ大量の兵士に囲まれてしまう。

 いずれにせよ、倒さなければならないことに変わりはない。一同が得物を握りしめた、その時。

「ならば、我々も助太刀させてもらおう」

 凛とした声が響く。出口側にいるガザックドーベンの向こう側だ。だが、顔が見えなくても誰だか判る。

「ユリア大尉……!?」

 エステルが叫ぶ。そこにいるのは、魑魅魍魎の領邦会議で無知な二人を救った若き女性士官。

 公爵付き親衛隊大尉、ユリア・シュバルツが、レイピアを構えて頼もしく立っていた。

「大尉、どうしてここに?」

「殿下と閣下は、他の兵士たちと安全な場所に移動している。一度ははめられたが、彼らも誇りある守護者だ。もう遅れはとらないさ。ならば、君たちを助けに行くのが我々の矜持だ」

 ガイウスも驚きを隠せない。あそこまでアルバレア公爵に脅された彼女が来れるとは思っていなかった。

 だが、彼女も護衛を共にした二人を、自分の手で助けることを選んだ。

「では……参る!」

 ユリア大尉が、軽やかな所作でガザックドーベンに立ち向かう。ガザックドーベンの鋭い前足を交わし、的確に突きを繰り出す。サラの力強い軌道とは違い、まさに正道の騎士のような雰囲気だ。

 と、そこでエステルが気づく。

「ちょっと待って、ユリア大尉。今、《我々》って?」

「お嬢さん方……先ほどは何もできずに申し訳ありませんでした」

 疑問の後に間髪入れずに聞こえたその声は、四人のすぐ近くで響いた。その人物エステルとガイウスが仰天する。

「ええ、フィリップさん!?」

「なぜここに……!?」

 穏やかな顔をした釣り目の老人が、デュナン公爵の執事であるフィリップが、地下道に似合わない白髪をなびかせている。

 驚きにかられるあまり、二人の挙動が遅れてしまう。その隙をついたガザックドーベンの大口を開けての攻撃は──

「数々の無礼の埋め合わせは、ここで果たさせていただきましょう」

 目にもとまらぬレイピアの連続攻撃によって噛みつきが防がれる。遅れて、ガザックドーベンの口角周りから血飛沫が上がった。

 戦闘は既に始まっており、サラとフィーはユリア大尉が戦っている一匹に照準を合わせていた。

 なし崩し的にもう一匹と戦うことになったのは、エステル、ガイウス、そしてフィリップ。

 だが、先の一撃でガザックドーベンは殺気をフィリップに向け、かつ警戒して動かない。

 油断したことを反省しつつ、エステルは聞いてみた。

「あの……フィリップさんって何者?」

「ふふ、しがない老執事でございます。ですが、そうですな。改めて名乗りましょう」

 エステルに返したこうこう爺然とした笑顔も、一瞬で鳴りを潜める。

 ただでさえすらりとした印象がさらに凛々しく背が伸びる。レイピアは、どこぞの暗殺者もびっくりな杖仕込みだ。

()()()()()()()()()フィリップ・ルナール。以後、お見知りおきを」

 そして、ガザックドーベンの周囲に立ち込める翡翠の膜と魔方陣。

 フィリップの糸目が、見開かれた。

「さぁ、参りますぞ……!」

 地下道でのガザックドーベンとの戦いは、先の兵士たちほどではないが、それでも数分足らずで幕を閉じた。

 広場の端にあったのは、既に絶命している二匹のガザックドーベンの姿。

 チン、と乾いた音と共にレイピアが二振り鞘に納められる。

 結局、助太刀に来た二人が戦場を支配していた。サラもそこに追従していたが、残る三人は半分蚊帳の外だった。

「えっと……あはは、私たち、いる意味あったかな?」

「……まあ、俺たちがいなければここにも来なかったわけだしな」

 ガイウスはそう言葉を濁すが、それだとむしろ自分たちが迷惑をかけ続けているわけだが。

 残心も完全に解き、一同は集まる。

 ユリア大尉はまず、エステルとガイウスに顔を向ける。

「二人とも、本当に無事でよかった……」

「ユリアさん……」

「心配をかけました、ユリア大尉」

 ガイウスは静かに頭を下げる。

「いいんだ、ガイウス君。たとえ君たちの意志だったとしても、それを許したのは我々だ。我々にも責任はあるのだから」

 先に言った通り、クローディアとデュナン公爵はひとまず安全な場所にいる。とはいえ、こうして二人も助太刀に来た以上は、迅速に行動しなければならない。このまま見つからなければそのまま無関係者でいられるが、今兵士に見つかればクローディアたちも危うくなる。

 そこで聞こえたのは、この場の六人以外の声。

「さて、そこまでとしようか。遊撃士諸君に、ユリア・シュバルツ大尉、それにフィリップ・ルナール殿」

 だが兵士の怒号ではなかった。甘やかな青年の声は、この地下道の陰鬱さも気にしない様子で悠然と近づいてくる。

 ルーファス・アルバレア。やってきたのは、ヘルムート・アルバレアの子息だ。

 さらに後ろには、数名の兵士を連れている。状況が状況だけに、六人は警戒の色を隠せなかった。特に、サラはルーファスという青年の登場に一層()()の緊張を強めてしまったが。

 だが。

「警戒を止めたまえ、諸君。私は諸君らを捕らえに来たのではない」

 ルーファスの、優しく語り掛けるような声色。

「……どういうことですか」

 エステルが短く問うた。確かに兵士たちも、ルーファス自身も六人を取り囲んではいないし、殺気めいたものはない。それでも先ほどまで剣を向け合っていた者たちだ。

「警戒するのも仕方なしか。なら、態度で示させてもらうとしよう」

 そういうと、ルーファスはエステルたちに向け、驚くべきことに頭を下げた。

「此度の騒動は、我が父ヘルムートによるものだ。言葉だけにはなるが、謹んで謝意を示させてもらおう」

「……あら、随分と物分かりのいいことですね。ルーファス・アルバレア公子」

 後輩を危険に晒したからか、大貴族相手にも関わらずサラの態度には棘がある。兵士たちに睨みつけられるも、主の態度が態度なのでどうも言ってこない。

「我が父はアウスレーゼ公爵家の力を警戒したのだろう。四大名門の次席の地位を守りたかった、ということだ」

 ルーファスは続ける。少しばかり申し訳なさと言うか、呆れと言うか、乾いた笑いを感じる表情だった。

「……だが、仮にもここはバリアハートであり、相手は招待した同格の大貴族。到底見過ごせるものではない。このルーファス・アルバレアの名において、諸君らの行動を認めさせていただこうと思ってね」

 ユリア大尉が確認する。まだ、緊張は解けていなかったが。

「つまり、私たちのことを見逃していただける、ということですか?」

「ああ。父には私の方から説得しておこう。リベール州の者たちも、遊撃士諸君も、もう兵士たちに追われることはない。どうか、安心してくれたまえ」

 話が唐突すぎる感はあるが、だが理解できないわけでもない。カイエン公爵もデュナン公爵を脅しかけたが、あれはあくまで圧力に過ぎなかった。どちらかと言えば、落としどころを弁えているのはカイエン公爵で、貴族内ではこちらの感覚の方が一般的なのだろう。エステルたちとしては、どちらも度し難いのは変わらないが。

 それでも今までのアルバレア公爵の所業が恐ろしすぎて、どうしても一同は警戒を解けていない。

 サラとユリアは警戒態勢。フィリップは剣士としての実力はとかく、現在の立場からか後ろに控えている。フィーはサラに同調しており、ガイウスも大人しくしていた。

 耐え切れずに、エステルが動く。

「……ありがとうございます、ルーファス公子」

 思わず一歩を踏み出したのだが、深く考えずに出た言葉はぶっきらぼうな礼。ルーファスは笑う。

「君は、エステル・ブライト君だね? リベール領邦軍総司令カシウス・ブライト将軍の一人娘の」

「はい」

「気づいたときには思わず笑ってしまったよ。カシウス将軍のご令嬢が、遊撃士の職務のため公爵付親衛隊としている。一体どんな目的でこの場にいるのか、とね」

「……いけないことですか?」

「ああ。遊撃士が依頼主の建前に乗り、帝国貴族の内政を探る。正義の味方とは程遠い所業だ」

 ルーファスはどこまでも正直だった。場所によっては当然建前と本音を使い分けるのだろうが、今、彼はどこまでも隠し事なく一同に接している。

「だが……《父》の足跡を辿るために無謀を晒す。同じ大きな《父》を持つ身としては、共感するところもあってね」

「っ……」

 この男は、知っているのか。自分がここにいる理由を、その髄を知らずとも近しいところを感じたのか。

 予感があった。目の前の公子は、将来無視できない存在感を伴って《私たち》と言葉を交わすことになる……そんな予感が。

 エステルは落ち着かせるために息を吐く。直観というならば、この青年の言う『もう心配はない』という言葉も信じてしまっている。

「貴族派の考え方を、私はよく思えません。それでも……」

「それでも?」

「改めて、ありがとうございます。助けてくれて」

 カイエン公爵がデュナン公爵にしたような、それとは違う。

 確かに、平民である自分が大貴族の御曹司である彼に、こうもぶっきらぼうに語るのは宣戦布告になるのかもしれない。

 それでも、自分は貴族派と純粋に敵対するのではない。革新派でも、貴族派でもない。デュナン公爵が言ったのと同じような、リベールの民としての道を行く、という意思表明の感謝だ。

「光栄なことだ……立場上、また出会う日もあるかもしれない。その時は、どうかよろしく頼むよ」

 ルーファスとエステルは、固い握手を交わす。

 エステルたちの領邦会議は、こうして幕を閉じるのだった。

 

 

────

 

 

 翌日。翡翠の公都バリアハート、バリアハート駅。

 朝靄が晴れたころ、そこにはエステルたち遊撃士がいた。

 領邦会議は幕を閉じた。波乱含みのひと時だったが、一同はこうして無事この都市を後にすることができる。

「はぁ……いろいろあったわね」

「そうだな。言葉にはできない、多くのものを得ることができた」

 エステルとガイウスは思い出をかみしめる。

「ま、後輩の成長を見届けられるなら、悪い気はしないわ」

「ぶい、だね」

 サラとフィーは今回、補佐役が多かった。エステルとガイウスを無事に連れ戻せたことに対する安堵だ。

 その様子を見て、煙草の匂いを纏わせる中年親父が笑う。

「ま、俺も有益な情報を手に入れられて助かったぜ。安心してリベールに帰ることができる」

 ナイアルとはあの後、協定の通り情報の共有を行った。

 それぞれ帝都とリベールへ帰る頃合いだった。

 エステルは振り向く。都市自体にも思うところはあったが、見納めとしての所作ではない。そこには、声をかけるべき人々がいたのだ。

「ユリアさん、デュナン公爵、フィリップさん……それに、クローディア殿下。見送りに来てくれて、ありがとうございます……!」

 領邦会議を共にした、リベール州の翼たちがそこにいた。

 エステルとガイウスにとっては、自分の目的のためのかけがえのない時間になった。そして意味があったのは遊撃士たちだけではない。

「感謝するぞ、ガイウス、そしてエステルよ。そなたらのおかげで、私は自身の言葉を出すことができた」

 デュナン公爵は言う。実のところ、二人は護衛としてはほんの少ししか役目を果たせていない、という部分もあったのだが、彼にとってそんなことは関係なかった。この二人がいた、という事実が、彼の存在にとって重要だったのだ。

 デュナン公爵に仕えるフィリップもまた、深々と頭を下げてくれる。地下道での戦闘ではむしろ世話になりっぱなしだったが、彼はいつもと同じ糸目の笑みに戻っていた。

 そして、クローディアが前へ。

「本当に……皆さんには感謝をしてもしきれません」

 会議終了の時に意識を失っていたクローディアが目を覚ました時、ことはすべて終わっていた。全てを聞き届け、彼女を襲ったのは大きな罪悪感だった。

「私をかばってくれたガイウスさんに、エステルさん」

 リベール州から遠く離れ、帝都の女学院で多くの時を過ごしているクローディア。彼女にも当然、アウスレーゼ家の一員としての自覚はある。

「地下道で助力をしていただいたサラさんに、フィーさんも」

 だが激動の時代は、戦う術を持たない弱い彼女を待ってはくれなかった。

 彼女はその立場を利用され、貴族派に手玉に取られるようになすがままだった。

「皆さんには、なんとお詫びをしたらいいか」

 伏せられる目。クローディアは下を向く。彼女の後ろに控えるユリア大尉は、沈黙を保っている。

 エステルは俯くクローディアの手を取った。

「そんなことないですよ、クローディア殿下!」

「エステル、さん……?」

 二人の少女の目が合う。赤茶と、薄紫の大きな瞳を注視する。

 上手なことが言える訳じゃない。大人たちほど達観しているわけでもない。けど、伝えずにはいられないとエステルは思う。

「どんな人だって……なりたい姿がある。その中で、きっとなれないことに悔しさと不安を感じてるんだと思うんです」

 自分もそうだ。ガイウスもそうだ。なりたい自分……知りたいことを知り、それに見合う強さを兼ね備えた自分でありたい。

 そして、デュナン公爵にも何かがある。あの会議での言葉の数々と、そして自分に向けた『父との関係性』の話。デュナン公爵も、百日戦役を期に指導者の立場を受け継いだ身だったのだ。きっと、何の障害もなく望むままに今ここにいるわけではないだろう。

「悔しいと、悲しいと思える。そんなクローディア殿下がアウスレーゼ公爵家にいることが、私はとても嬉しいんです」

 父もきっと同じなのだ。デュナン公爵に言ったように、例えそこに筋が通っているのだとしても許すつもりはまったくないけれど。

 だったら、出会ってたかが数日のクローディアにだって。

「だから……不敬な言い方かもしれない。でも、私の友達になってくれませんか?」

 今はまだ、同郷のお嬢様と平民でしかない。彼女を助け、あるいは自分も助けてもらうだけの何かがあるわけではない。

 だから、友達になりたい。何よりも、自分がもっとそばにいてお喋りをしたいと思ったから。

 父カシウスを知ろうとしているように、クローディアのことを打算抜きで知りたいと思ったのだ。

「私、同い年の……同じリベール州のお友達がいなくて。エステルさんとお話ができるのは、すごく新鮮です」

 クローディアは言った。彼女にとってもエステルとの出会いは、まるで理屈を飛び越えた、理不尽で暴力的な感動を伴うものだった。貴族と平民。もしリベール州が王国のままだったら、立場は王族と平民となる。普通ならば起こらなかったはずのこの出会いが、故郷に戻ってきたかのような安心感を覚えること。エステルが同郷であること以外、何も説明できない感情だった。

 だから、クローディアもこの出会いを無駄にしたくない。《友人》を越えた、《仲間》とも呼べるような絆を結びたくて、彼女は言った。

「どうか……私のことは『クローゼ』と呼んでください」

 それは、この場において、彼女にずっと使えていたユリア大尉だけが言っていたものだった。

 エステルははにかみ、そして向日葵のような笑顔を浮かべる。

「あはは……うんっ! クローゼ!」

 翡翠の公都の一角。そこで、新たな軌跡が産声をあげたのだ。

 

 

 

 







波乱含みの領邦会議、終了。

閃シリーズでリィンと、クロスベル関係でロイドと敵対してきた、そんな《ルーファス》が初代主人公のエステルと対峙!
原作では『学院理事』として動いたルーファス。今作では、ややエステルに対するやや感情的な理由も先行しています。

リィン、エステル。二人の主人公の次はロイド……の前に、リィンサイドがもう一話だけ挟まれます。
次回、第7話『霧と激震~境界線~』


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。