斂の軌跡~THE MIXES OF SAGA~   作:迷えるウリボー

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収斂の勇士たち③

 

 エレボニア帝国領リベール州、州都グランセル。

 王国時代は王都として栄え、リベールの顔としての役割が大きかった都市。古代の城壁《アーネンベルグ》に囲まれたグランセル地方、その中の湖畔に寄り添っているのが州都にあたる。

 かつて王族が住まっていたグランセル城──現アウスレーゼ城館はリベールの中心に位置するヴァレリア湖に突き出ており、その景観は『自然と人の営みの調和が見られる』との触れ込みで、ゼムリア大陸西部でも人気が高い。

 七耀暦一二〇三年、八月某実。この日、州都グランセルでは年に一度の夏至祭が開かれていた。

 もともとこの祭事は《女王生誕祭》として、同じように年に一度行われていたものだ。十年前よりそれは《夏至祭》と名称を変え、しかし変わらず住民や関係者、観光客を楽しませている。

 ロレントから飛行船で一刻弱。エステルがグランセルに来たのは、観光が目的というわけではなかった。

 帝国本土を旅したい。そんな決意を師と母に告げたエステル。普通であったら一笑されるのが大衆の反応だ。

 だがエステルの母レナは娘の意志を尊重して了承し、一つの条件を付けくわえた。

 州都グランセルの東街区の一角、旧帝国大使館前。エステルの前には深緑の軍服を着た壮年の男性が、同じ深緑の制服を着た軍人数名を引き連れて立っていた。

「久しぶり、お父さん」

「よく来たな、エステル」

 レナが挙げた条件。それは、現在二人と離れて暮らす()を説得すること。

 帝国正規軍、リベール特区独立警備軍──通称《リベール領邦軍》の将軍。カシウス・ブライトを説得すること。

「お父さん、軍務は大丈夫だった? 夏至祭中は結構忙しいと思うけど」

「なあに、愛する娘からの『会いたい』というメッセージだ。予定を合わせないわけがないだろう?」

「まったくもう……」

 エステルの脳裏に『不良中年』という文字が浮かび上がる。リベール州に存在する全ての兵士を統括する将軍は、しかしその立場に似合わない不敵な笑みを浮かべている。

「母さんから聞いたぞ。準遊撃士になったそうだな。遅くなったが、俺からもお祝いをさせてくれ」

「うん、ありがとう。プレゼントは?」

「熱い抱擁を送ろう」

「いらない」

「父さんはショックだ」

 父カシウスには、あらかじめ手紙を送っていた。準遊撃士になったことをはじめ最近の身辺の状況を書いた後、『直接話したいことがある。だから夏至祭の時に会えないか』と書き連ねていた。

 将軍という立場として激務をこなすカシウスだが、会話から見て取れるように軽口もお手の物。軍務の合間に家族と一緒に過ごす時間を作ることは難しくなかった。

「久しぶりの父娘水入らずの時間だ。ゆっくり、歩きながら話そうじゃないか」

 付き人を無理言って遠ざけ、カシウスとエステルは夏至祭の浮かれた街並みを散策する。

 世間話もそこそこに、エステルは本題に入る。

「話したいことは、遊撃士になった理由のことなの。お父さん、私は帝国本土に行きたい」

「ふむ……」

 エステルはカシウスの反応を見て意外に思った。レナとは違い、カシウスとは数月に一度しか会わない。それなのに、レナと同じように自分の考えを半ば予想されたような驚きのなさだったから。

「母さんは、このことについてなんと言った?」

「賛成してくれた。もちろん、全面的にってわけじゃないだろうけど……」

「シェラザードは? お前に遊撃士のノウハウを教えてくれたんだろう」

「シェラ姉も少なくとも反対じゃないって。『準遊撃士なら帝国本土でも遊撃士協会の監督下だから、いい勉強になるだろうし』って」

「そうか」

 グランセルの中央通りを歩いて、西街区へ入る。こちらはグランセル大聖堂──七耀教会の聖堂や喫茶もあり、賑わっていた。

「エステル。お前の意志は判った。だがなぜ、帝国本土へ行きたいと思っている?」

 それは、レナとシェラザードには強く問われなかったものだった。

 これをカシウスに言うのは、少しだけ迷いもあった。

 エステルは覚悟を決める。

「私が帝国に行きたいのは……お父さんのことが信じられないから」

 カシウスは押し黙った。

「帝国本土のことが……()()()()から」

 エステルは、とある過去を思い浮かべる。

 七耀暦一一九二年八月。その日、誇りある小国リベールは北の大国エレボニアに敗北した。

 同年四月。エレボニア帝国南方の小村ハーメルは、野盗に蹂躙された。その野盗が所持していた武器装備がリベール王国軍の装備品があったことが発覚。これを受けて帝国軍はリベール王国への侵攻を開始した。

 戦線は一時リベール王国軍が優勢になった時もあったものの、ほぼすべての時期において帝国軍が圧倒的な物量で攻め込み、リベール王国軍および本土を制圧した。この戦争は、およそ百日と少しの期間で終結したことから《百日戦役》と呼ばれている。

 この戦争を引き起こした元凶であったリベールの主戦派──当時の将軍であったモルガンは刑に処され、王国軍は吸収され、そしてリベール王国は《エレボニア帝国領リベール州》となった。

 それから十一年の月日がたち、リベールは帝国の一部となっている。占領時の緊張も緩やかになり、帝国の一員として信頼され、文化・経済の交流も進んだ。

 エステルは時々夢想することがある、リベール州が、まだリベール王国であったなら、自分は今どのように過ごしていたのだろうか……と。

 そして、それ以上に気に入らない感情がある。

「どうしてお父さんは……鉄血宰相って人に協力しているの?」

 リベール王国が百日戦役で敗北し、帝国の占領下となった時。エステルはまだ五歳だった。近しい人に悲劇が訪れることはなかったが、当然エステルの心には苦いものが残っている。

 カシウスは当時大佐の地位についていたとレナから聞いたが、戦役以降は激務に見舞われ数か月に一度しか家に帰れない生活となった。レナがいたとはいえ、当時のエステルは常に寂しさを感じていた。

 今は帝国本土との関係を受け入れられてはいるが、当然どこかで納得いかないものが残っていた。大切な故郷を踏み荒らした帝国のことが、どこか気に入らないという想い。

 さらにはここ数年世間で囁かれている事が、最もエステルの決意に拍車をかけた。

『帝国政府の宰相、ギリアス・オズボーンとリベール領邦軍のカシウス・ブライトは、協力して軍拡を狙っている』という触れ込み。

 問われたカシウスは沈黙を貫いた。それをいいことに、エステルは自分の口を動かし続けた。

「正直、私には判らない。どうして軍務とか帝国政府との協力で忙しいのか納得ができない」

 リベールの運命を変えた百日戦役、()()()()()帝国政府の宰相となったギリアス・オズボーンに協力している理由は判らないのだ。

「別にお父さんのことが嫌いってわけじゃないけどね。尊敬もしてる。頼りにもしてる……だからこそ、納得がいかない」

 エステルには、カシウスの気持ちは判らなかった。考えても考えても、納得できなかった。

 エステルは、自分の父親に正面から向き合った。

「だから私は、帝国のことを……百日戦役のことを……鉄血宰相って人のことを知りたくて、帝国に行きたいの」

 今日はそのための許可を貰いに来た。自分の父親であるカシウス・ブライト将軍に。

 カシウスはエステルがそうしたように、自分の娘に正面から向き合う。

 話す間も歩き続け、二人は中央通りへと戻ってきた。通りの端、人が少しでも少ない場所。

「お前の言い分は理解した」

 カシウスは言った。そしてさらに言葉を重ねようとしたところで、二人だけの空間に割り込む者が現れた。

「将軍……! ここにいたんですか」

 若い男の……いっそ少年と言ってもいい声だった。やや高いが落ち着いた優し気な声質は、聞くものを穏やかな気分にさせる。

 近づいてきた人物は深緑の軍服ではなかった。混じりけのない青と白の配色は旧王室親衛隊を思わせたが、その軍服でもない。エステルはそれが学生の制服だと、数秒遅れて気が付いた。

「君か。せっかくの夏至祭だというのに、いったいどうした?」

「申し訳ありません。けれど将軍の鞭撻がいただけるのも、僕にとってはまたとない機会なんです」

「と言っても、今日君に教えてやれることは少ない気はするがな」

 カシウスはエステルを置いて少年と話し出す。突然の乱入者に頬を膨らませないでもなかったが、それでもエステルもレナの下で淑女の礼を覚えた十七歳だ。様子を見守る。

 少年の制服もそうだが、それ以上に目を引いたのは容姿だった。自分とさほど変わらない背丈の()は、リベールでは珍しい漆黒の髪と琥珀の瞳を兼ね備えていた。

 ずいぶんな美少年の登場に目を丸くしていると、その様子に少年も気づいたらしい。

「将軍、そちらは……?」

「ああ、俺の娘だ。エステル、挨拶しなさい」

「挨拶しなさいって……」

 納得いかないものを感じつつも、エステルは従った。

 エステルの自己紹介を聞いて、少年もまた目を丸くする。

 少年の自己紹介はカシウスが担った。

「彼はヨシュア・アストレイ。俺が理事長を務めるリベール仕官学院の生徒でな。学年主席の逸材だ」

 少年──ヨシュアは「過大なお言葉、痛み入ります」と頭を下げた。

 士官学院の生徒。なるほど、それなら将軍であるカシウスの話を聞きたい気持ちはわかる。エステルも、優秀な先輩の話は是非聞いてみたいと思う。

 カシウスがはっとしたように口を開いた。

「そういえば、二人は同い年だったな」

 ということはヨシュアもエステルと同様に十七歳。奇妙な縁を感じつつ、次のカシウスの言葉にエステルは驚いた。

「ちょうどいい、少しは夏至祭を楽しんできたらどうだ?」

「なっ……お父さん! 私は話すために来たって……!」

「別に話を打ち切るわけじゃない。俺も別件で城館に用があるしな」

 意を決してグランセルへ来て、勇気を出してカシウスと直談判をしに来たというのに、これではその意味がなくなってしまう。

 エステルの焦りを見逃さず、カシウスは提案した。

「続きはその後にしようじゃないか。それにお前の決意に反対というわけじゃない。だが俺もちゃんとお前が納得する返事を返したいからな」

「あ……」

 カシウスは踵を返し、二人から離れていく。

「そう言うわけで、ヨシュア。悪いがしばらく俺の娘を案内してやってくれ。一時間後に北街区で落ち合おうか。埋め合わせはあとで必ずしよう」

「え、ええ。了解致しました」

 カシウスはあっという間に人ごみの中に紛れていった。

 沈黙。後には、同い年の少年少女が残るのみ。

 エステルは苦虫を嚙み潰したような表情となった。不満の表れだ。こちらの想いは粗方伝えたが、カシウスは返事を保留にして去ってしまった。

 挙句初めて会った男子と夏至祭を見て回れというのだ。これは乙女として怒りしか湧かない。ロレントに帰ったらレナに報告して家族会議だ。

 だが、過ぎてしまったものは仕方がない。

 エステルは心を落ち着かせるために溜息をついた。その様子を見たからか、ヨシュアは気まずげに声をかけてくる。

「えっと……ごめん、将軍と話し込んでたみたいだけど」

「ううん、いいの。どうせあの不良中年の悪だくみみたいなものだし」

 悪態をついて、エステルはヨシュアに向き直った。

「別に私、一人でも過ごせるから。だから貴方も無理しなくていいけど」

「いや、できれば一緒にいさせてほしいかな。将軍の話は、僕としては是非とも聞きたいんだ」

「判った」

 突然の無理難題。妙な既視感に少しだけ心臓を加速させて、それでもエステルは平静を取り戻してヨシュアに声をかけた。

「それじゃあ、よろしくね」

「改めて……ヨシュア・アストレイです。よろしく、エステルさん」

「エステルでいいし、呼び捨てでいいわ。代わりに、私もヨシュアって呼ばせてもらうけど」

「うん、構わないよ。それじゃあ、少しの間エスコートさせてもらうよ」

 二人は夏至祭のグランセルを歩き始める。

 

 

 






今回の変化
・カシウスがのっけからリベール(領邦)軍の将軍
・女王生誕祭が夏至祭へと変化
・エレボニア帝国領リベール州
・ヨシュアの立ち位置の変化
・百日戦役開戦原因の市民への流布
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