斂の軌跡~THE MIXES OF SAGA~ 作:迷えるウリボー
鬼気解放の一撃。
ルシオラが呟いたその言葉は、先のリィンの一太刀を見事に捉えていた。
ジンとルシオラがよく知るヴァルターの顔は、強者に涎を滴らせ、弱者をゴミのように扱う戦闘狂のそれだ。そんな痩せ狼が、少し前までゴミのように侮蔑していた八葉の少年を、確かに対等な目線で見ていた。
「へぇ……随分と隠してたじゃねえか。こりゃ、ハズレのつもりが大当たりだぜ」
遊撃士と執行者の注目を一手に集めた少年は、太刀を振り切ったまま微動だにしなかった。
「けどまあ……気絶したんじゃ嬲りがいもないわな」
いや、気絶していた。そのままゆっくりと腕が下がる。
「リィン!」
「大丈夫なの!?」
遊撃士二人がリィンのもとへ駆け寄った。ジンが受け止め、そして支える。シェラザードはそんな二人を守るように鞭を構えた。
静寂。
「彼がいなくて寂しがっていたのに……随分と嬉しそうね、ヴァルター?」
「ああ。楽しみが一つ増えたからな」
そう言って笑うヴァルター。焚きつけるルシオラもまた、少し笑っていた。
そんな様子を見ていたジンとシェラザードは、苦しげな表情を解けないでいた。リィンの鬼気の一撃があったからヴァルターに一矢報うことができただけで、それぞれの相手にこの場で太刀打ちできないのは判っていたからだ。
「まだ戦い続けるっていうのか……!?」
緊張を隠せないジンは問うた。
「ま、そうしたいのは山々なんだが……」
対し、ヴァルターは落ち着き払って答えた。
「どうやら時間切れのようだからな」
その時、露天掘りの晴天に影が差す。静寂を打ち破り、重々しい駆動音が響いた。
それは三機の飛空挺だ。十二年前、百日戦役の時に初めて運用されたリベール領邦軍が誇る空の王者。
『リベールに仇なす犯罪者たちよ、その場を動くな!』
飛空艇のスピーカーから漏れ出る覇気ある声。同時、リィンたちが露天掘りに入ってきた入口から、たくさんのリベール兵たちが集まってくる。
一人一人はジンとシェラザードにも劣るだろう、それでも集団での戦いに長けた兵士たち、空からは飛空艇の援軍。窮地に追い込まれていたジンたちにとっては、この上なく頼もしい存在だった。
思わぬ増援の正体をジンは察した。
「なるほど……ヨシュアかこれを、手配してくれたのは」
一士官候補生にして、その将来を期待される神童。噂は遊撃士協会にも届いていた。ルーアンでもリィンとともに執行者との戦闘を繰り広げたヨシュアだからこそ、こうして今、リベール領邦軍が大挙として押し寄せる引き金となれたのだ。
リベール領邦軍も優秀だが、けれど即座にここまで来れるとは思わなかっただろう。
「大丈夫ですか、遊撃士の方々!」
「お守りします!」
兵士たちがジンたちすらも守護する壁となる。己の領域で遊撃士風情が動き回ることすら許せたのが決定打だ。
再度、飛空挺から声が響く。
『身喰らう蛇の執行者たちよ! もう一度言う! 死にたくなければその場を動くな!』
飛空艇の主砲が展開され、執行者たちを捉える。いかに執行者といえど、この場を切り抜けることは難しいように思えたが。
「どうするの? ヴァルター」
「一人一人は雑魚に等しいが……上からも大砲が狙ってやがるうえ、《剣聖》の率いる大群だ。めんどくせえ、切り上げるぞ」
「了解よ」
そう言うと、執行者たちの足元に淡い魔法陣が浮かび上がる。
「ヴァルター!」
「姉さん!」
全く意に介さない執行者たちを前に、飛空艇の指揮者は業を煮やしたのだろう。大砲ではないが、機関銃が火を噴いて執行者たちの周囲を切り裂いた。威嚇射撃だ。
だがそれにすら怯えず、ヴァルターとルシオラは悠々とした顔でジンとシェラザードに顔を向けた。
「今日はこれで暇させてもらうわ、シェラザード。ゴスペルはともかく……装置は置いていっていいとの指示だから、どうぞご自由に」
「それじゃあな、ジン。シュバルツァーともども、じっくり
土煙の中、それが執行者の最後の言葉だった。それを境に。二人は姿を消したのだ。
静寂は数度目だった。執行者がいなくなった今、リベール領邦軍の兵士たちはそれぞれ行動を始めた。執行者が居た場所を調べる者、二人が残した装置を調べる者、そしてジンたちを保護する者。
そして、その中には数時間ぶりの再会となる者もいた。
「ジンさん、シェラザードさん! ……リィン!!」
「おう、ヨシュア!」
ジンが快哉の声をあげた。
「よくやったヨシュア。領邦軍を呼んでくれて……正直、助かったぞ」
「いえ……いえ! よくぞご無事で……!」
ヨシュアは、慌てふためいたように駆け寄った。ジンとシェラザードのボロボロの様子もそうだが、それ以上にリィンの様子を見て声を上げた。
「リィン……!」
リィンは急ごしらえの担架に横たわっていた。回復魔法を施されたとは言え、ヴァルターの強力な一撃をくらった後だった服も体も、とても見れたものではなかった。
だが。
「安心しろ、ヨシュア。執行者の……ヴァルターの一撃を食らったが、気絶したのはそれが原因じゃない」
リィンは未だ太刀を握り締めたままだった。飛空艇が姿を現した時には、もう銀髪も黒髪に戻っていた。鬼のような覇気も、もう微塵もない。
「俺たちは……予想通り執行者と相対してな」
ジンがヨシュアにあらましを説明した。執行者たちと相対し、それが旧知の者だったこと。やはり実験を行っていたことに、問答の末戦いとなったこと。
「リィンは……突如として鬼のような気を開放してな。こんなことが、前にもあったのか?」
ジンの問いかけに、ヨシュアは静かに頷いた。
「詳しいことは、またお話します。とにかく今は、彼を介抱しましょう。専門家も呼びましたし」
「専門家?」
そうして、一人の人物がひょっこりと顔を出す。
その人物は、リィンの様子を見るなり膝をつき、彼の胸元に手を添える。
「──空の女神の名において聖別されし七耀、ここに在り」
途端、その人物から金色の膜が纏われる。驚くジンたちを置き去りにして、その詠唱とも言える言葉を続けた。
「地の琥耀、水の蒼耀。その相乗を持って彼の者にたおやかな再生を与えん」
穏やかな水の流れのようだった。優しい力の本流がリィンに注ぎ込まれる。
数秒後。リィンは静かに目を開けた。
「……ここは」
「リィン、目を覚ましたかい?」
「安心してくれ。ヴァルターたちは、もう去った後だ」
「ヨシュア先輩、ジンさん……シェラザードさんも」
「とにかく、無事で良かったわ」
未だはっきりとしない意識の中で、リィンは先輩や遊撃士を視界に捉える。本能的に危機が去ったのだと察知し、安堵する。
「いや~。君、ぎょうさん難しい力と向きおうとるね。俺の法術があってよかったわ~」
そして、初めて聞く声。だが再び微睡みが訪れ、視界が閉じられていく。
「君がリィン君やね? 色々あるんやろうけど……今はもう、休んどき」
最後に目にしたのは、特徴的な逆だった緑色の髪だった。
────
数日に及ぶボース地方の霧と激震は幕を閉じた。執行者によるボース地方を舞台とした実験。それそのものは防げなかったものの、過激な執行者による市民や兵士への暴虐は防ぐことができたのだった。
リィン・シュバルツァーとヨシュア・アストレイによる過去の経験と遊撃士の情報網、そしてリベール領邦軍の軍事力。それぞれの力が事態を好転させた。
当然、前回に続き実行犯である執行者を確保できなかったことは痛手だった。しかしいかなる技術によるものか、転移という手段を用いる以上、そう簡単になせることでないのは確かだが。いずれにせよ、このボースの事件によって結社という存在はリベール領邦軍全体に驚異として認識されるようになった。
執行者との戦いで消耗したリィンは、致命傷には至らなかったものの数日の間ボースの療養所で過ごすことになった。
意識自体は一日ほどで回復したため、リィンはヨシュアやジン、シェラザードとともに事後の調査に協力することとなる。遊撃士と軍人の距離感には複雑なものがあったが、今回に至っては互の権益を奪い合おうとする者はいなかった。遊撃士は遊撃士で執行者という身内に近づくために、リベール領邦軍は領邦軍で領土の治安を維持するために協力という手が最善だった。また、リベール州全体に関わる問題に対してリベール領邦軍最高責任者であるカシウス・ブライト将軍の意向も強かった。
執行者ヴァルターとルシオラとの戦闘も、ある程度は公にされることとなった。その身の上や実力に至るまで、今後に活かせるものは多かった。
なお、
後から聞いたのだが、二人共声を揃えて「広めてはならないものだ」と直感したのだという。
シェラザードは引き続きボースに留まり、引き続き遊撃士の目線から治安維持に協力するのだという。ジンはそもそも帝国に来た目的があり、「州都グランセルに向かう」のだと言っていた。
たった数日にも満たない共闘だ。ただ、リィンにとっては初めて出会うこととなった遊撃士。ただ正義の味方というわけではない、本来の彼らを知れたことは、リィンにとっても数少ない財産の一つとなった。
リィンにとっては少なからず激動となった霧と激震の事件だったが、結果として最悪の悲劇になることはなかった。リィンとヨシュアが解決すると誓った同級生たちも、それ以上の被害はなく済んだのだ。
ただ、リィン自身は危機感を感じることとなった。ヴァルターというより、その背後に存在する恐怖そのものへの畏怖。過去の記憶。身の内に隠していたものが、少しずつ、少しずつ周囲に漏れ出ている。
それが偶然なのか、自分の道を見つけるためにリベールに来た結果訪れた必然なのかはわからなかった。
いずれにせよリィンは向き合うことを迫られつつあった。そして、思考を巡らせることもあった。
ヴァルターの言動。ヴァルターがヨシュアを探し求め、平時の自分に落胆し、あの状態になった時のヴァルターが歓喜した理由。
ヨシュアは、執行者に名を知られるほどの何かがあるかもしれない。自分の身の内に宿る《力》は、執行者程の実力の存在と相対しなければ、深淵に近づけないのかもしれない。
ヨシュアのこと、自分のこと。
それが運命なのはわからないが、六月の州都での実地演習が、二人にとっての転機となる。
次回、第二章 鏡面越しの烽火
第8話 特務支援課~歪にて~