斂の軌跡~THE MIXES OF SAGA~   作:迷えるウリボー

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収斂の勇士たち④

 エステル・ブライトとヨシュア・アストレイ、少年少女二人は州都グランセルの夏至祭を回る。

 共に十七歳の年頃。二人きりで街並みを回るのは少しだけくすぐったかったけれど、二人を繋いだのは師事する将軍と不良親父なので、お互い弁えつつ世間話に花を咲かせた。

 リベール州は、現在の宗主国である帝国にも負けないほどの歴史があった州だ。帝国領となった今でも懇意にしている七耀教会大聖堂、歴史博物館、武術大会も開かれるグラン・アリーナ、本土にも負けない規模の百貨店。見どころは多い。叡智が進んだ最先端都市や歴史の身を保管する街並みとも違い、グランセルはその双方を調和させた観光客向けの都市でもあった。

「ヨシュアって、リベールじゃ珍しい黒髪だけど、もしかして本土出身なの?」

「そうだね。僕はサザーラント州(帝国南方)から来たんだ」

「リベール出身じゃないのに、リベールの士官学院に入ることができるんだ」

「あの戦争から十年以上もたった。カシウス将軍の尽力もあって、本土と州の緊張は信頼に変わってる。おかしいことじゃないよ」

「ふーん……」

 町のいたるところに庶民向けの喫茶店や大衆居酒屋はある。夏至祭の数日間は特別に露店を開く人たちもいる。そこを見て回ると、時間はそれなりに過ぎていくものだ。

「その棒術具……君も武芸事をたしなむと思っていいのかな」

「これでも新米準遊撃士なの。お父さんは普段からレイストン要塞に努めてるし……これは遊撃士になりたいって相談してから、お父さんの知り合いに教えてもらったのよ」

「へぇ」

「ヨシュアは? やっぱり剣術?」

「一応士官候補生だ。剣や銃や槍、一通りは扱える」

 一通り歩いて、二人は規則的に歩くことに少しの疲れを覚え始める。エステルの提案で、東街区のアイスクリームの露店へ足を運んだ。各々好きなものを買った後、百貨店隣の公園のベンチに並んで座った。

 エステルはヨシュアに感謝した。リベール州出身ではあるが、グランセルにはあまり訪れたことがなかったからそこまで地理には詳しくなかったのだ。ヨシュアは帝国本土出身ではあるが、それを感じさせないくらい的確にグランセルの街並みを案内してくれたのだ。

 その博識の理由を聞くと、ヨシュアはこんなことを返してきた。

「学院はツァイス近郊にあるけど、ちゃんと非番の日もあるからね。それに来年度からの都合で、暇さえあれば州全体を飛び回っているんだ」

「都合って……?」

「学院のカリキュラムに関係している……と言えばいいかな」

 不思議なことに、それほど気まずくならない二人。初めて沈黙したと思うと、ヨシュアが笑った。

「カシウス・ブライト将軍のご令嬢。正直、もう少し勇ましい姿を想像してしまっていたよ」

 エステルは納得していいのか怒るべきなのか悩んだ。

 カシウス・ブライトの名声というのは、カシウス自身は語らないがエステルも知っている。リベール領邦軍将軍としての統率力、類まれなる剣術の腕前、稀代の軍略家としての頭脳。「歴史が違えばこの十年でさえ数々の偉業を打ち立てていたのだろう」というのは、高名な記者が特集として組んだ記事の一文だ。

 そんな将軍としてのイメージが強いのか、『ご令嬢』という言葉を使うわりにはヨシュアはエステルの印象を父親に近しいものだと思っていたらしい。

 実際エステルが不良中年と呼ぶカシウスの影響を、多くの時間をかけて受けていたらそうなっていたかもしれない。

「お父さん、子供のころからほとんど家に帰ってないから。お母さんと一緒にいることが多かったし。でも、子供のころは虫取りとか、男の子に交じってする遊びが好きだったから、そういうところはあるのかもしれないわ」

 一か月前シェラザードに言ったように、単なる猫かぶりだ。自分の素は、確かに父親に通じるものがあると思っている。けれど、初めてあった人にそう簡単にひけらかすものではなかった。

 だからこそ、エステルはヨシュアにこのことを話す自分を少し意外に思っているのだが。

 アイスクリームを食べ終え、二人は再び歩き始める。ある程度時間もつぶした。そろそろカシウスとの合流場所に戻る。

 この十年で富裕層が多く使うようになった北街区のホテル前。エステルとヨシュアはここで待ち続け、十分ほどしてようやくやってきた。

 その顔には、親しくなければ気づかないような疲労が浮かんでいる。

「遅かったね、お父さん」

「何かあったんですか、将軍」

「待たせたな。いや、何でもないぞ」

 カシウスは「熱心な部下が、中々離してくれなくてな……」と一言前の発現を真っ向から否定して肩を少しだけ落とした。

 アウスレーゼ城館で打ち合わせがあったらしい。軍務は滞りなく終わったが、その後の部下と少しもめたのだとか。

 カシウスとヨシュアが話している。その詳細はエステルには判らなかったが、きっと二人を繋ぐ学院のことだろう。

 その話を待ってはいられない。

 エステルは、話がしたかった。

「私の気持ちは変わらないよ」

 エステルは言った。カシウスはエステルに顔を向け、ヨシュアは一歩下がった。

「別にお父さんのことが嫌いなわけじゃない。でも、さっき言ったみたいに私は……私は、お父さんの真意を知りたいの」

 果たしてカシウスは、単純に軍拡のために動いているのか、それとも別の理由があって動いているのか。

「どうせ今聞いたところで教えてくれないでしょ? お父さん、昔から一人で抱え込んじゃうもんね。だから自分で確かめに行く。だから私は帝国へ行く」

「……」

「たぶん、ダメだって言っても行くと思うけどね。私、お父さんの娘だから」

 不敵な笑みを浮かべて見せた。

 娘の強がりを見たカシウスも、ふっと諦めたような笑みを浮かべる。

「そうだな……わざわざ時間を貰ったんだ。俺も向き合わなければな」

 百日戦役以降、エステルとカシウスの話す機会は減っていった。今話せる時間だって、夏至祭の中とカシウスの軍務の合間を縫ったほんの少しだけだ。

 でもだからこそ、今ここで言うことはどんな雑念も及ばない本心。

「今、俺はお前に全てを言うことはできない。それは将軍としても、父親としてもだ。けれど俺はお前の父親だ。お前は俺の娘だ。それはどんな時も変わらない。

 正直言って娘を旅に出させるというのは不安だよ。だからといってお前を箱の中に閉じ込めようとすれば、それは俺のエゴになってしまう。

 娘の真っ直ぐな意志を尊重せずして何が親か。きっと、そう母さんに言われてしまうだろうしな」

 カシウスは思う。きっと、現実は甘くないだろう。

 エステルが愛するリベールを飲み込んだ巨大帝国。知れば知るほど、きっと呪いのようにひしめく陰謀や絶望に打ちひしがれるのだろう。

 けど、それだけではないはずだ。帝国と王国。領土だけではない、理さえ変えてしまうような大地の境界線。その境をあやふやにさせた何かは、きっと絶望だけでなく希望もまた収斂させてくれる。

 きっとロレントに、リベールにいるだけでは巡り合えない出会いが、エステルを変えてくれるはずだ。

「見てきなさい、帝国を。自分の目で確かめてくるんだ。お前が答えを出した時……きっと、俺も答えを出せる」

 ヨシュアはいるが、この会話は親子水入らずのそれだった。だから全身に嘘偽りのない想いを乗せて、エステルは伝えた。

「うん。いつかお父さんを、ギャフンと言わせてみせるんだから」

 その顔は太陽のような明るさと、向日葵のような優しさに満ちていた。

 

 

────

 

 

 月日は流れる。

 エステルは夏至祭の一か月後、諸々の準備を終えて帝国本土へと旅立った。

 七耀暦一二〇三年。それは激動の時代が幕をあげる時。向日葵のような笑顔を持つ太陽の少女が旅立つ、始まりの時。

 けれど始まる物語は、一人のものだけではない。

 収斂の勇士たちは、それぞれの場所で己の胎動を世界へ響かせる。

 一二〇四年、三月。全ては、その三つの場所で始まる。

 

 

 エステルは、帝都ヘイムダル遊撃士協会支部の建物へ入った。

「お帰りなさいエステル。首尾はどうだったかしら?」

 支部の中で控える赤毛の女性が声をかけてきた。

「サラさん、依頼は達成したわ。えへへ、おばあちゃんにありがとうって言われちゃった」

 鞄をソファに置く傍ら、エステルは声を弾ませた。

「あ、それよりも聞いてよ~! さっきね、帝都駅の中ですっごい可愛い女の子にあっちゃったの! 『ルーレに行くって』おっきい鞄持ってたけど、未来の技師さんなのかなあ?」

 ホクホク顔で告げるエステルに、部屋の片隅にいた銀髪の少女が応えた。

「エステル、可愛い子好きだもんね。おじさんみたい」

「そこ、フィー! 余計なこと言わない!」

「こらこら、アンタらなに仲良しこよしの喧嘩してんの」

 様々な依頼にこたえる遊撃士。ようやく新米の称号が外れそうなエステルに、先輩の赤毛の女性、そして遊撃士ではないが赤毛の女性と行動する銀髪の少女。三人は、今日も顔を合わせ仕事話や世間話を続ける。

「そうそう、エステル、フィー。喜びなさい、もうすぐあなたたちに初めて後輩ができるわよ」

 そんなことを赤毛の女性が言うと、エステルは喜び、銀髪の少女は欠伸を噛んだ。

 突然の告知だが、少女二人は気にしない性格だ。呑気に喜んでいると、帝都支部の扉をノックする音。

「噂をすれば、さっそく来たわね」

 赤毛の女性が応答し、扉を開いた。そこから現れた長身の少年を、少女二人は注視する。

「失礼する。遊撃士協会帝都東支部はここであっているだろうか?」

 落ち着いた声色。赤毛の女性が続ける。

「ようこそ、エレボニア帝国へ。私たちは貴方のこれからの仕事仲間よ。悪いけど、さっそく自己紹介できるかしら?」

 長身の少年──褐色の肌と刺青がどこか異国の雰囲気を醸し出す彼は、泰然とした様子で答えた。

「ガイウス・ウォーゼルだ。準遊撃士になったばかりの身……どうかよろしくお願いする」

 

 

「ランディ・オルランド」

 建物の中。いかにも上司が使っているとわかる課長室、その机を挟んで一人の壮年の男性と四人の若者たちが向かい合う。

 男性は一人の名前を呼び、呼ばれた赤毛の青年は陽気に返した。

「ウッス」

 続く若者たちへ点呼を取る。

「ティオ・プラトー」

「……はい」

 水色髪の少女は冷静に。

「エリィ・マクダエル」

「はい」

 銀髪の少女は凛として。

 それぞれ、応える。

「そして……ロイド・バニングス」

 最後、茶髪に少しだけ幼さが残る青年は、緊張の面持ちだった。

「……はいっ」

 四人の若者たち。その点呼が何を意味するかは知っている。

 男性は、続けた。

「本日九時をもって以上四名の配属を承認した。ようこそ、特務支援課へ」

 配属承認だけではない。意味するのはすなわち、決して立ち向かえないような《壁》への片道切符。

「この激動の、いつ戦火に巻き込まれてもおかしくないクロスベル。この街でお前らが無様に、それでも力の限り足搔けるよう、バラエティー豊かな仕事を用意してやる」

 男性の皮肉めいた、けれど途方もなく真実である言葉。それらが四人に突き刺さる。

 

 

 その日、ヨシュア・アストレイは在籍するリベール士官学院の校門に立っていた。

 今日は、入学式だった。春。門出の季節であり、そして多くの若者が希望を胸に新天地へと旅立つ日。

 ヨシュアは同期の学生たちとともに、二年生──新入生の先輩として彼らを迎え入れるために待っていた。

 学院生には男女の区別も、身分や出身の違いもない。全員が目的をもって属州の仕官学院へとやってきて、希望を胸に勉学に励む。

 すでに多くの新入生が門をくぐり、入学式の会場へと足を運んでいる。その数が増える度に、少しずつ二年生たちも会場へ会場案内や運営を行うために消えていく。

 粗方の新入生を歓迎したところで、ヨシュアは未だ一人の新入生がまだ表れていないことに、名簿を見て気づいた。優等生であるヨシュアは同期に「先に行っていいよ」と次の仕事へ誘導し、一人校門の前で一人の新入生を待つ。

 やがて門が閉じる間際の時間になって、ようやく()は訪れた。リベール士官学院の生徒であることを証明する白と青の制服は、他の生徒や自分たちと変わらない。優し気な風貌の少年。

「すみません! 遅れてしまいましたか!?」

 慌てている彼に向け、ヨシュアは事実を伝える。

「大丈夫だよ。まだ間に合う。迷ってしまったということは……州外から来たのかな?」

 まだ遅刻していないことを知ると、少年は息を大きく吐いて安堵していた。緊張していた面持ちが少しだけ柔和さを増し、凛々しさが見えてくる。

「はい。……北方から来たものですから、土地勘がなくて」

「無理もないよ。僕も同じようなものでね、去年は大変だった」

 ヨシュアは少年が持つ長物を気にしつつも、彼の返答を待った。

「ということは、貴方は……」

「うん、僕は君の先輩にあたるかな。リベール士官学院へようこそ。そして二年間よろしく」

 彼が最後にやってきた新入生だ。門を閉じ、彼を促して入学式会場へと向かう。

「僕はヨシュア・アストレイ。君は?」

 歩きがてら、ヨシュアは訪ねる。名簿を見ていたから彼の名前は察しがついていた。けれどそれでも、ヨシュアは本人の口から伝えてくれることを望んだ。

 少年は言った。黒髪にわずかに紫がかった瞳を揺らして、これからの日々に想いを馳せながら。

「俺は……リィン。リィン・シュバルツァーです」

 彼──リィンは、そうしてリベール士官学院に足を踏み入れたのだ。

 

 

 

 

 




今回の変化
・エステルが帝国で遊撃士活動を開始
・リィンがリベールの仕官学院に入学
・ガイウス、フィー、サラのエステルとの出会い
・情勢変化によるセルゲイの激励の言葉
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