斂の軌跡~THE MIXES OF SAGA~   作:迷えるウリボー

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2話 初めての演習②

 ルーアン市内を中心とした実地演習を始めて三日目。リィンとヨシュアは、ルーアン方面隊の定期報告会議に参加していた。

 地域内の治安を維持する部隊。当然ながら迅速な対処の理想はそもそも事故事件を発生させないことにあり、予防策を講じるには管理者クラスから一兵卒クラスまでが平等に時事の情報が行き渡ることが必要だ。

「では次。アストレイ候補生とシュバルツァー候補生、何か報告することはあるかね?」

 現在は、そうした中でも各人による報告を行っていて、すでに何人もの兵士、先人たちが各々の出くわした事故の芽を、あるいは何もなかったことを報告している。

 ヨシュアとリィンとしては、一番に報告したのは先日のレイヴンとの一騒動だった。すでに演習管理者には報告してあるが、レイヴン内の力関係が変化しつつあるという事象については改めて兵士たち全員に説明する必要があると思えたのだ。この件についてはやはり賛同され、かつ色々な指導を受けることになった。

 レイヴンについての報告は二年であるヨシュアが前面に出る。そして、リィンはもう一つ付け加えた。

「それと、やはり俺たちの哨戒でも、《白い影》を目撃しました」

 会議進行役が唸った。

「やはりか。これでもう十件になるぞ」

 リィン、そしてヨシュアが一日目の夜間哨戒で遭遇……というよりは目撃することとなった《白い影》。二人は遠い灯台で霞に消えたようにも見えたので、正直見間違いの可能性も考えてはいた。しかし現実として二人で同じものを見て、しかし人のような動きをしたそれは、現実味がないもののどこか気にはなっていたのだ。

 それが、この報告会議で雲行きが怪しくなるようなものを感じてしまうのだ。二人が報告する前に九件も、同じ《白い影》の報告がされていたのだから。

「シュバルツァー候補生。もう少し、詳しく報告したまえ」

「はい」

 目撃した時間は深夜二時。リィンとヨシュアは住宅街を哨戒していた。件の影がいたと思われる場所は、港湾区画の灯台、その頂上。その時点ではリィンもただの見間違いか霧かと思っていたが、結果としてヨシュアもそれを影と判断した。そして明らかに人間のような動きをして、そして北東方面へ浮遊しながら消えていった。

 リィンの報告を聞いた上層部が色々と揉めている。リィンとヨシュアは、別に自分が悪いわけでもないが申し訳ない気持ちになる。

 他の報告についても同様だった。人に見えなくもないその白い影が奇怪な行動をとったかと思えば、何をするわけでもなく消えていく。天候によっては本当に霞に消えたり、あるいは建物の影に隠れて所在が判らなくなる、なんていうこともあった。明確に去った方角が判ったのはリィンたちぐらいだ。

 ここ最近でルーアン地方の目立った事件はなかった。だからこそ、今回の報告会議では何でもないこの事案について掘り下げられていく。

 すなわち、この事象の追求に究明、そして対処をするか否かということ。

 事象については、正直現時点で知りようもなかった。目撃者全員の見間違い、七耀教会に駆けこむほどの超常現象、あるいはそれこそ考えられない人の意図があるもの。最悪を想定すれば人の意図がある、というのが一つだが、半透明な人間などいる筈もない。ルーアン市内に影による何かの被害が受けているわけでもない──多少気にしている市民の声はあるようだが──ので、具体的に動くと言っても何をすればいいのかも判らない、というのが現状だ。

 正直、軍の対応としては引き続き頭の端にとどめていくというのがまともなものだ。

 だからこそ、この二人は声をあげた。

「ではこの調査、僕たち演習生の課題として調査する許可をいただけませんか?」

「未だ学ぶ身ではあります。けれど、だからこそ感じた違和感は、自分たちの手で対処したいんです」

 学生が手をあげる、ということにざわつかなくとも兵士たちはその様子を見守る。士官候補生が現場に参加するというのは当然リベール領邦軍の兵士全員が知っている。未来ある後輩を見るという意味でも、あるいは話題の種という意味でも、兵士たちは学生の一挙手一投足に注目していると言っても過言ではない。 

 この学生二人は意志にあふれている、並みの目的意識ではない。カシウス・ブライト将軍の下鍛えられた兵士たちは二人のこの士官候補生を歓迎し始めていた。

「そうだな。では、本日よりルーアン市外の哨戒も許可しよう。軍人であり学生でもある二人に、是非ともこの事象の解明に努めてもらいたい」

 演習管理者としても、その提案は多くのニーズに合致していた。学生たちに主体性を求め、多くの見聞を広められ、自分たちが手をかける必要もなく、緊急性がないために失敗した時のリスクも低い。万が一緊急性が高いものなら、学年首席と上位者のこの二人なら報告は忘れないはずだ。

 実地演習における哨戒任務の次、主体的な行動による支援任務。それは白い影の調査となった。

 

 

────

 

 

 ルーアン市内の詰め所を後にし、リィンとヨシュアはお互いを見る。

「さてリィン、無事に《白い影》を調査することになったけれど……君も、感じたのかい? 予感めいた何かを」

「あはは……ということは、ヨシュア先輩もですか」

 予感。とてつもなく虚ろなものだが、それでも個人の行動や指針を決定するには客観的な事実に劣らないものだった。

 元々、リィンとヨシュアはリベールの情勢に疎い立場だ。ヨシュアはそれでも事前の予習として各地の特色を調べてはいたが、やはりそこに暮らしている人とは感覚が違う。今回、二人がこの白い影の件を調査する要因になったとも言えるだろう。

 人が意図した可能性があるとすれば、それは単なる悪戯か、それか悪意ある計画か。どちらかと言えば悪戯の可能性のほうが高いだろう。なぜならルーアンは政治的な意味としては帝国の首都でもなければリベールの州都でもない、軍事的な要衝があるわけでもない。リベール領邦軍の兵士たちもだからこそこの件に消極的だった。そもそも学生たちが派遣されるようになった理由も人員不足にあるのだから。

 だが、二人は確かに見たのだ。白い半透明の紳士が、異様な空気を纏ってこちらに礼を正したのを。他の兵士が目撃したのは、ただ単に空中を浮遊していたとか、奇怪な動きでこちらを小馬鹿にしているような動きという程度だ。

 あの動きは何なのか、気になった。そして八葉一刀流に連なり、他者と違った視かたができるリィンは思い当たる節があった。

「単に悪戯なら、すぐにこの騒ぎも終わるはず。そして一連の騒ぎが《誰か》にとって都合のいいことだとすれば、政治的な妨害でもなく続けることそのものが目的なのかもしれない、という可能性もあり得る」

「八葉の……《観の目》だったか。一切の先入観を排除してありのままを見るという」

 仮に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。兵士たちがどこまで危機意識を持っているのか、そんな威力偵察の可能性もあり得るし、見る人によって行動が違うのだとすれば何か目的の人物もいるのかもしれない。

 とはいえ結果として上層部は調査を行わないことを選んだ。そしてそれは一学生たちの一存では覆らない。ならばまだ学生のうちに自分たちが前に出るしかない。

「よし、方針を決めよう。少なくとも領邦軍からの情報は今朝の報告会議で集まってきている。ここからは、別方向から情報を集めるべきだと思う」

 白い影の情報は、軍人以外からもいくつか聞いていた。そしてそれは市内に関わらず、周辺の村や関所に至るまで地方全域にわたる。

 リィンとヨシュアが本来担当する演習区画はルーアン市とその周辺街道だけだったが、演習管理者が承諾した以上全域にわたって調査をする必要性が出てきた。

 リィンが言う。

「今のところ、白い影の情報が聞かれているのは三か所。市より北西のマーシア孤児院、ツァイス地方とを隔てるエア=レッテンの関所、そして市内の一家族からの情報」

 ヨシュアが返した。

「順番に行こう。そうだな、気分転換に市外も探索してみようか」

 作戦会議もそこそこに、二人は再び歩き出した。

 最初に向かったのはマーシア孤児院だった。ルーアン市北西、個人による経営で七耀教会の福音施設に比べると圧倒的に小規模だが、しかし周辺の村々から聞くに子供たちは健全に育っていると聞く。辿り着くと子供たちはいなく、代わりに話し合ったのは孤児院長テレサ・マーシア女史だった。

 彼女が言うには、確かに白い影を目撃しており、実際に見たのは孤児院の少女なのだという。そして少年少女四人は、現在はマノリア村で村の子供たちと遊んでいると。

 辿り着いたマノリア村。そこは帝国の都市と比べると恐ろしく牧歌的で、これが本来のリベールの姿なのだとリィンは不思議と納得する。一方のヨシュアは少しばかり物憂げな表情で、出会ってから数週間で初めて見た彼の表情にリィンは一つの違和感を覚えた。

 村を歩くほど十分ほど、目的の子供たちを見つける。

「ええ、お兄さんたち軍の人なんですか!?」

「えー!? 見えねー!?」

「ちょっとクラム……失礼だってばぁ」

「ほえー?」

 四者四様の子供たち。十歳以下の子供たちだから、百日戦役には直接の因縁はないだろう。それでも併合後数年間の混乱に影響()()()()()()()()()()。絶対に関係があるとは言い切れないが、そう思うとリィンとヨシュアとしてはやるせない気分になってくる。

 いずれにしても件の少女から一つの話を聞くことができた。いや、正確には目撃した少女とその話を解説してくれた少女の二人からだが。

「ポーリィが教えてあげるの~。白いオジチャンのこと~」

「こらポーリィ。この子、夕方に家の前でぼーっとしてたみたいなんです。そしたら、白いマントに白いマスクをかぶった背の高い人がフワフワ浮いていたらしくって。しかもポーリィに向かってお辞儀して、東の方角に行っみたいで」

 リィンとヨシュアが見た白い影と酷似している。その奇天烈な容姿も所作も。

「楽しそうなオジチャンだったの~」

 白い影に関する一つの意見──というか冗談──として幽霊だろうというものがあったが、ここまで世俗的に人を馬鹿にするのを見るに幽霊かどうかも疑わしいが。

 リィンとヨシュアは休憩の後、ルーアン市を横切ってエア=レッテンの関所に向かった。州の中心に位置するヴァレリア湖から直接流れる滝は観光名所としても有名だ。

 その関所で影を見かけたというのは軍人だ。残念ながらルーアン方面隊の市内本部とは距離が離れていたから直接的な情報交換はできなかった。だが、情報は生で聞くことに越したことはない。

 関所の軍人は話してくれた。

「深夜、まあ眠かったからいつ頃かは記憶にないけど。ほら、あそこに滝があるだろ? あの周辺を白いマントをした影がステッキを持ちながらくるくる回ってたんだよ。それで……そう、最後は北の方向に飛んでったんだ」

 この兵士は驚きのあまり影に向けて発砲したらしい。結果は当たるというか、すり抜けた。今度は幽霊という意見に傾くような一言だ。というか、一軍人が士官候補生に向けて大っぴらに「寝てた」などと言っていいものかとも思うが。

 また関所を中心に実地演習を行う学院生とも会うことができた。二年生はヨシュア、一年生はリィンと友人で、彼らとは共に演習の成功を約束し合う。

 市外での哨戒で少なからず気分を入れ替えられた二人だったが……最後の情報提供者である市内の家族の下へ辿り着いた時、リィンとヨシュアは表情こそ崩さないが心の中でげんなりとするのだった。

「はい……実際に見たのは、私の息子なんです」

 ルーアン市を中心に観光業を展開するノーマン氏、現在二人と話しているのはノーマン婦人だ。その息子が目撃したのだが、残念ながらここにはいない。

 その息子は現在、ルーアン市にある一つの組織に出入りしている。それこそ、先日リィンとヨシュアが邂逅することとなった不良チーム《レイヴン》だ。

「お願いです。難しいことは判っていますが……どうか、息子に家に戻って落ち着くよう説得してはいただけないでしょうか」

 正直なところ、あの不良集団に顔を出すのは嫌な気分しかないのだが。しかも市内では自分たちも既に目撃していたので、本当に正直なところ行きたくはなかった。

 だが、母親に治安を乱しかねない不良から息子をだしてくれと言われれば、断るわけにはいかなくなった。

 リィンとヨシュアは、少しばかり重い体を動かして倉庫区画に向かう。

「舎弟たちや幹部もあまり話したくはないですが……一番は、やっぱり彼ですね、ヨシュア先輩」

「ああ。アガット・クロスナー。彼は不良にしては持っている覇気が違いすぎる。それに……」

 ヨシュアは年齢的にも士官候補生としても、一年の長があった。そのヨシュアは、アガットの様子に思い当たる節があったらしい。

「定職に就かない不良は、よく捉えれば『若者のモラトリアムだ』という人もいる。けど彼は、怒っているように、苛ついているように、見えた」

 ただの若者の猶予期間ではない。『ここにいるのだ』という確固たる意志が感じられたのだ。

「いずれにせよ、ノーマン氏の子息と話すにも邪魔がありそうだ。気を引き締めていこう」

 そして二人は、倉庫の中へ足を踏み入れた。

「なんだ……この間のガキどもか」

 入って早々、目に飛び込んできたのはアガットがレイヴン幹部三人を打ちのめしたところだった。いきなりの暴力的なシーンに面食らうも、リィンとヨシュアはある程度落ち着いた様子でアガットと対峙した。

 舎弟たちは大人しく脇に控えている。幹部たち三人は跪いてはいるが、それでもやはり闘志の灯は消えていなかった。しかし不良たちの流儀なのだろうか、負けた以上彼らはアガットに付き従うらしい。

「なんだ、この間の件を犯罪として成立したのか?」

 アガットは血交じりの唾を雑に吐き出しながら問うた。

「いや、そうじゃない。その件のことはお咎めなしだ」

 ヨシュアに続き、リィンが補足する。

「アンタたちの場所を荒らして、一応は申し訳なく思っている。今日は情報収集に協力してほしくて来た」

「協力だと? お堅い軍人がずいぶんと利口じゃないか」

 アガットほどの人物とは言え、幹部三人には少なからず手こずらされたようだ。所々打撲の痕が見えるし、その拳には純粋に人を殴打しただけの傷が見える。

「僕らは今本職と同じ利権を行使できるけれど、本来は学生の立場だ」

「学生だぁ? はっはは、笑わしてくれるじゃねえか」

 アガットは、少しばかり軽い空気を醸し出す。こちらの立場を明かしたことで、少なからず気を許したのか。

 いや、違う。更なる烈火への布石だった。

「本職でもないガキのお遊びか。邪魔だ、とっと失せろ……!」

 凄まじい圧。リィンならず、ヨシュアもまたたじろぐ。

 だが、自分たちがリベールに来た意味を知るために、二人はここで引くわけにはいかなかった。

「ここ最近、ルーアン地方全体で白い影の目撃情報が相次いでいる。レイヴンの部下の中にノーマン氏の子息がいると聞いた。僕たちはその目撃情報について、聞きに来たんだ」

 リィンとヨシュアは話す。白い影のこと、市内の住民たちが少なからず気にしていること、今までの経緯。

 アガットが一笑に伏せば、ヨシュアが冷静に返すことを続けた。

「ああ……ただの与太話じゃねえか。そんなことを軍の奴らは気にしているのか」

「いや、リベール領邦軍はこの件にほとんど関与していない。気にしているのは僕らだけだ」

「ならなぜ気にする?」

「可能性があると思った。少なからず、暗躍的な意図を。共和国や、只ならぬ勢力の」

「聴くに、お前らはまだ見習いらしいな。そんなお前らが、なぜわざわざ町の不良にまでアンテナを張る必要がある? お前ら、少なからず俺を警戒しているだろう。そこから目を背ければ、危険を追わずに済むのに」

 それは、リィンとヨシュアの核心をつく問いかけだった。他人に話すのは少なからず抵抗があったが、情報を聞き出すため二人は正直であることを決めた。

「……僕とリィンがリベールへ来た目的に繋がるからだ」

 リィンも言う。

「俺とヨシュア先輩は、帝国本土の出身だ」

 リィンのその言葉を聞いた瞬間。

「なんだと?」

 アガットの顔から表情が消えた。気づかず、リィンは続ける。自分の前向きな意志を。

「それでもこの遠い場所まで来て士官候補生になる理由があった。自分の目標に近づくために全力を尽くす。だから、俺たちはこの件を……アガット?」

 リィンはここへきてようやく気付いた。ヨシュアはすでに警戒しており、双剣に手をかけようとしている。

「アガット……貴方は」

 今までも只者ではなかった。だが今は、尋常でないほどの黒い意志を感じる。

 そして彼は、笑った。狂ったように。

「あーっははは! こいつはいい、笑えるぜ! 帝国出身だ!? こいつはいい!」

 そしてそのまま、彼は倉庫の壁に歩を進める。そこには、身の丈もある長さの鉄塊……一見して剣には見えない重量の《重剣》があった。

「何がおかしい? アガット」

「決まってるだろう!? 憎い帝国の奴らが来てくれた。わざわざご丁寧に、ガキどもが殴られるために来てくれたんだ」

 赤髪の青年は、血だらけの拳で重剣を引き抜く。それを肩越しに抱えると、とてつもない膂力の持ち主であることを告げてくる。

 ここまで見るに、アガットが自分たちを屠ろうとしているのは明らかだった。

 だがその全てを理解できたわけではなかった。辛うじて《帝国出身》に反応し、激昂しているのは。だがその本質は、まだ判らない。強い覇気をもって不良という秩序の中で舎弟たちを統率していた、彼の本質が。

 リィンとヨシュアは剣を引き抜く。

 その様子を見て、アガットは重剣を振り回す。

「お前ら、倉庫に来たのを目的のためって言ったよな。奇遇だぜ、俺も目的のためなんだよ、お前らをただ《帝国出身》だってだけでいたぶるのはな」

 判らないことが多い、それでもこの戦いは避けられない。

 勝たなければならない。リィンとヨシュアは、自らの道を歩くために。

 アガットは吠え叫んだ。自分の後ろ向きな意志を持って、自らの激情を踏みしめるために。

「何かにぶつかれば、あの灼熱の記憶を消せる。それが俺の、《帝国》への諍い方だ……!」

 

 

 

 

 






VS怒りのアガット
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