大戦末期の日本機作るよりは色々現実的かなぁと
A1スカイレーダー。設計図が残っていると言っても、実際にどういう部材をどう加工したかの情報までは記載されていない。自動車の方からエンジン設計の人を呼び必要な情報を逆算していく。部材の情報、加工方法まで含めた設計書(初版)ができるのに初めてのこともあり半年かかった。
自動車用の負荷試験機では圧倒的に能力が不足している。
交流発電機を設置してで電力を測定することで計ることにした。折角、電気起こしてるのに熱に変えるのももったいない。エンジンの回転で周波数が変わってしまうので冗長ではあるがこのような構成にした。
「試作エンジン」ー「減速機」―「発電機」―「負荷制御」ー「交流直流変換(周波数のばらつきを吸収)―「バッテリ」ー「直流交流変換機」―商用網に接続だ。
『落合主任試作一号機のテストベンチへの設置終わりました」
「よーし実験室から待避」
「待避終わりました」
「最初のエンジン 点火はうずうずするな 各所につけたセンサーは?」
「正常です」
「ほんじゃ行くっとな」
「セルモーター始動 規定回転値へ」
「よしエンジン点火」
「動かないわけでないが振動がすごい」
30分ほどで壊れた
振動の原因と壊れた部分の原因追求を 明日1500~会議」
「問題処理委員会始めます」「全員いるから出席者確認は要らない」
「昨日の1号機では異常振動と30分で故障でした」
「振動問題破綻解決できます。ヤードポンドからの計算ミスのようです 試作2号機には反映させます」
「30分で壊れた理由は クランクが破断してるとしか今わかりません。
同一ロットの予備部品を破壊検査して見るのと共にシミュレーターを使って力学計算をやり直します」
「廃熱ですが、やはり後段のシリンダーの温度がかなり上がっています」
「良い方法がないか考えてください」
「ではクランク対策できてからら会議で」
「議事録担当は総括がやります」
試作17号機では地上での運転が問題ないとされた
高空環境試験室が稼働状態になったので高空を想定した試験をするが廃熱問題が最後までのこった。
また進捗会議に機体担当も混じるようになる。低空ならば連続稼働時間に難はあるもの実機が用意できるのでる。無線局の特別免許をとってラジコンで試験飛行を繰り返す。
一定時間でエンジンはすげ替えられ解析に回される。試作57号機で耐久性も含めたスペックが満たされる
既に機体の量産設備は準備され、エンジンもほぼ固まった時点で生産ラインが準備される。量産設備の試験とムーより呼び寄せた工員の慣熟訓練を行っていく。
量産型のロールアウトは10ヶ月目
中央歴1643年7月末
一旦量産設備は解体され梱包されムーへと送り出された
少し時間が遡る
新世界技術管理庁での会談
「マイラスさんこんにちは。」
「光末課長こんにちは。今日はお願いがあってきました」
「ほう」
「A1スカイレーダーは進んでいますが やっぱり戦闘機なんとかなりませんか?」
「まぁ当たり前の要求ですね。これで良ければ続けて取りかからせますよ」
機体名 F8F-2
全長 8.43m 全幅 10.82m → 7.25m ※主翼折り畳み時 全高 4.17m
プロペラ ブレード4枚 直径3.84m
エンジン Pratt & Whitney R-2800-30W (2,250Bhp 最大:2,500Bhp)
空虚重量 3,322kg 戦闘重量4,387kg 最大離陸重量5,779kg
燃料700ℓ
最高速度 622km/h 海面高度719km/h 高度8,534m
上昇能力 22.68m/s 海面高度 6,000m まで5分30秒
航続距離 1,954km 150galタンク搭載時 2,954km 150gal + 2×100galタンク搭載時
武装 AN-M3 20mm機関砲×4 (弾数計820発)
爆装 最大1,633kg
「これなら十分です」
「ではそういうことで」
その頃既に、エンジンの試作組はベアキャット用のPratt & Whitney R-2800-30Wに格闘していた。どうせ要求があるに違いないからとやらせていたのだ。気難しいライト R-3350-26WA を先にやったおかげでわりと順調といえた。
「3ヶ月で設計書を仕上げ 半年目にはエンジンもほぼ目処が立った」
また無人機での試験が繰り返されスカイレーダーに遅れること8ヶ月で量産型ロールアウト。
中央歴1644年4月末
量産設備は解体され梱包されムーへと送り出されるた
2020/02/10 牽引追求->原因追及