ハリー・ポッターと金銀の少女(改) 作:Riena
ロンドンの中心部から少し離れた町中。古びた煉瓦造りの建物の前に、突如、人影が現れた。
黒い影のような男と、彼に抱えられた紅い少女。
男は少女をしっかりと抱き抱え、早足で建物の中へ入っていった。
ショーウィンドウを抜け、マネキンの前を通る。院内に入った時には、癒者が二人を待っていた。
「あとはこちらで診させてもらいます。貴方は…?」
「我輩は問題ない。彼女を…シエルを頼んだ」
「分かりました」
男は癒者の運んできた担架にシエルを乗せた。運ばれていく担架。
「どうか……」
一人残された彼は小さく、それでいて強く、少女の無事を祈った。
白んだ空。
治療を終えた少女が眠る病室に連れられたセブルスは、彼女の姿を見て、思わず手で口を覆った。
全身が包帯で巻かれ、彼女の表情は疎か、生きているかも判断が難しい。また所々血が滲んでおり、傷が完治していない事が伺えた。
「……シエルは……?」
セブルスの声は少し震えていた。癒者の顔も強ばる。と、その時、病室の扉が開いた。
「セブルス、ここにおったか」
「シエル様は!ご無事ですか?!」
ダンブルドアとフェッタだった。
フェッタの問いに、癒者が答える。
「彼女は…生きています。容態も落ち着いているようで、眠っています。傷も薬が効いてくれば、すぐに治りますよ」
癒者の言葉に、張り詰めていた空気が和らいだ。しかし、癒者の言葉は最悪の方向に続いた。
「ただ…………彼女が
はっと息を飲む音、床に崩れる音がした。
「そ、ん、な……」
崩れたフェッタを癒者が支える。癒者は続けた。
「原因は外傷ではなく、精神の傷です。その傷は魔法や薬で簡単に癒えるものではありせん。場合によっては……一生を此処で過ごすことになるでしょう。治療が至らず、本当に申し訳ありません」
癒者が深く頭を下げる。しかし、この場にいる全員が、ダンブルドアでさえも、なにも言えず、ただ、黙りこんでしまっていた。
──沈黙が続いた。フェッタの鼻を啜る音以外、何も聞こえない。
しばらくすると、ガヤガヤと外が騒がしくなってきた。
ガチャッ。
扉が開く音。三人が振り返ると、現れたのは、魔法大臣とその連れの男たちだった。
「アルバス、先程ぶりだな」
「ファッジ……」
「何をしに来たのかは、分かっているな?…令状を」
大臣の後ろに付いていた男が羊皮紙を取り出す。大臣はそれを受け取ると、大袈裟な振りをして見せびらかした。
「12月25日、シエル・スタージェントを以下の罪状により現行犯逮捕する。懲役10年、アズカバンに収容することを決定した」
「この状況を見て、逮捕すると言えるのか!」
黙っていたセブルスが怒りに震えながらそう言った。しかし、大臣はシエルを一瞥し、鼻で笑う。
「フッ、分からないのなら教えてやろう、セブルス・スネイプ。この小娘が要ることで、魔法省は揺らぐのだよ。ただの小娘なのに、
「何だと!?貴様は……「そこまでじゃ、セブルス」
大臣に掴み掛かろうとしたセブルスをダンブルドアが止めた。セブルスは渋々下がり、大臣を睨みつける。ダンブルドアはその間に入った。
「ファッジよ、懲役等については裁判を取り行おう。私怨が混じっていては、公正さに欠けるしのう。今、魔法省の信頼を揺るがすようなことがあれば……言わずともお主なら分かるじゃ」
「しかしな、アルバス、彼女は……「ファッジよ」
ダンブルドアの諭すような声に、大臣は渋々頷いた。
「分かった。では、そうしよう。裁判は明日だ。健闘を祈るぞ、アルバス」
ローブを翻して、大臣らが出ていった。それに続いて、セブルスも去っていく。
「何処へ行くのじゃ、セブルス」
「……」
セブルスは何も答えなかった。
「ダンブルドア様、シエル様は……?」
「大丈夫じゃよ、フェッタ。シエルは必ず助ける。しばらくの間、スタージェント本家を頼んでも良いかの?」
「かしこまりました」
フェッタも病室を出ると、癒者とダンブルドアの二人となった。
「癒者殿…少しよいかね?」
「ええ、構いませんよ」
「彼女が目覚めない原因は…きっと最愛の者を亡くしたことじゃ。目の前で、自分を守る為に。その記憶を消せば、彼女は目覚めるのでは無いかね?」
ダンブルドアの問いに、癒者は顔を顰めた。
「可能性はあります。ただ…もし目覚めたとして、彼女はもう彼女ではありませんよ。記憶を消す……その意味を貴方は分かっている筈でしょう?」
「うむ…。しかしのう、何もせずに終わらせてしまった痛みも知っておる。わしは、彼女を護ると約束したのじゃ。これ以上の危険を、苦しみを、痛みを、彼女に知って欲しくはない…」
病室の窓から少しだけ見える空から雪が降り始めた。今日はクリスマスだと言うのに、此処にはそれを祝う者は誰もいない。
「どうか……」
ダンブルドアはそう零すと、病室を出た。
裁判はダンブルドアの優勢で、懲役四ヶ月という異例の結果となった。
シエルは執行猶予の間に治療を終え外傷は消えたものの、目覚める前にアズカバンへ収容されてしまった。
──そして、四ヶ月後。
アズカバンから帰還したと言う知らせを聞いたセブルスは、急いで聖マンゴ病院へ向かった。
「シエル!!」
病室に入った瞬間に彼女の名を呼ぶ。しかし、ベッドの上に座る少女はーーシエルでは無かった。
「……校長……彼女は?」
見舞い用の椅子に座っているダンブルドアにセブルスは声をかける。振り返った彼の頬に涙が流れていた。
「……シエルじゃよ……」
思わず耳を疑った。
目の前の少女は、本当に、シエル・スタージェントなのだろうか?
「アズカバン……いや、吸魂鬼…?まさか……」
セブルスの言葉にダンブルドアはこくりと頷いた。
そして…隣に居た
「
その呪文と共に“彼女”は眠りについた。
『月満ちる日に生を受ける金銀の少女よ。
髪は心を。光照らせば
瞳は死を。生に授かれば翡翠に、死に亡くなれば真紅に染まる。
気をつけよ。光と闇が交じる時、少女は過ちを犯す。して、少女は生と死をを転ずる者となるであろう』
「まさか、シエルが……」
「予言というのは必ずしも当たるとは限らぬよ、セブルス」
「ですが……」
「もしそうだとしても、わしらの手で護るだけじゃ。彼女が過ちを犯さぬ様に」
すやすやと寝息を立てて眠るシエルの横で、セブルスは彼女の手を握っていた。真っ白で自分の手で隠れてしまうくらい小さくて、ほんのりと伝わってくる熱は彼女が生きていることを教えてくれていた。
あれはいつだったか。彼女に聞かれた問いをふと、思い出した。その答えが今分かった気がした。
「シエル…我輩は……」
とその時、握っていた手がぴくりと動いた。はっと顔を上げる。
「シエル……?」
「ん……」
ゆっくりと、彼女の瞼が開いた。碧の瞳にじっと見つめられる。吸い込まれるような彼女の瞳は光を映していた。
「……セ、ブ…?」
「シエル……!」
思わず、セブルスはシエルを抱きしめた。
シエルが目覚めた。
セブルスから告げられたその報せを聞いたダンブルドアは、ふぅっと安堵のため息をついた。
病室に着いた時には、癒者の診察も終わり、シエルはベッドの上に座っていた。
「
「……シエル……」
罪悪感を押し殺して、ダンブルドアは微笑んだ。
目が覚めると、そこにはセブがいた。覚えのない天井と寝心地から此処が私の部屋では無さそうだった。
「……セ、ブ…?」
彼の名を呼んでみる。するとセブは、私の名を呼んで、抱き締めてくれた。
しばらくそうしていると、ふわりとセブとはまた違った薬品の匂いがした気がした。気になった私は聞いてみる。
「セブ、此処は病院ですか?」
「ああ、そうだ。…少し待っていなさい」
セブが部屋から出てから少しすると癒者が私の診察にやってきた。どうやら、すぐに退院出来るくらいには回復しているらしい。癒者の診察が終わると、セブとまた二人になった。
「それで……一体何があったのですか?」
私の問いに答えようと、セブが口を開く。しかし、その続きを聞き取る前に扉が開いた。
「お爺様?」
「……シエル……」
そこに居たのは、ダンブルドアお爺様だった。お爺様は私を見て微笑む。一瞬だけその瞳に映ったものにシエルが気づくことはなかった。
「体調はどうかね?」
「癒者様が仰るには、今日にでも退院出来るようですわ。私としては眠りすぎて体が少し重たいくらいでしょうか」
「そうか、それなら良かった」
にこにこと微笑むお爺様。私は次こそは、と私は質問した。
「それで……お爺様、セブ、一体何があったのですか?」
「それはのう……」
お爺様から告げられた
ドラコのお家で開かれたクリスマスパーティーに出席した私は、帰り道に賊に襲われ負傷。頭を強く打ったために中々目覚めず、四ヶ月ほど眠っていた……というものだった。
「頭を強く打つと、どうしても記憶が曖昧になったりするようじゃ。シエルよ、何か不鮮明な所などは無いかね?」
私はうーんと首を傾げた。
私の名前はシエル・
ふと、私は一番新しい記憶を思い出した。
クリスマスパーティーの後……どうなったの?
みんなとプレゼント交換をして、ドラコともお話して、ルシウスさんにもプレゼントを頂いて……それから……。
あれ……?私はあの日、何の為にパーティーへ?
「シエル?」
お爺様が私の顔を覗いていた。私は慌てて思考を外に戻す。
「不鮮明な箇所はありませんでした。ただ、まだ起きたばかりなので、混乱しているようです……少し休んでもよろしいでしょうか?」
「そうじゃな……では、また出直すとしよう。セブルス、お主も少し一緒に来てくれるかね?」
「分かりました」
二人が病室を出ると、私はベッドからふらふらと降りて窓を開いた。
ふわりと吹いた風に髪がなびいた。冷たかったはずの風はいつの間にか、春の匂いを乗せている。
向こう側の窓に映った自分を見つめる。
──あれ?
私の髪はこんな色をしていた?
私の瞳はこんな色をしていた?
私の顔は、腕は、足は、心は、
「私は一体“
私は窓を閉めて、ベッドに戻った。途中にあった、羊皮紙と羽根ペンを手に取る。
今の不安を、違和感を、私は余すことなく全て書き留めた。
全てを書き終えた私の頬に伝わる涙の理由を私は