ハリー・ポッターと金銀の少女(改) 作:Riena
次の日。朝食を済ませたシエルは、リビングのソファーに座り客人を待っていた。
ちらちらと暖炉の方を確認しては手元の本に視線を戻す。時計はもうとっくに約束の時間を差し、通りすぎてしまっていた。暫くして、しびれを切らしたように、立ち上がった。
「遅い、それにしても、遅すぎではありませんか!もう30分も時間は過ぎていますよ!今すぐにでも私が…」
暖炉に置かれた
「いらっしゃいませ」
フェッタが会釈をする。シエルは機嫌が悪そうにソファーに座り込んでいた。それを見た彼女は慌てて謝った。
「待たせて、すまなかったわ。…あなたが当主さん?」
「ええ、そうです。遅かったことにとやかく言うつもりはありません。闇祓いの方はお忙しいでしょう?
私はシエル・スタージェント。普段は、シエル・エンヴァンスです。呼び方はお好きに」
「シエルね、よろしく。私はフィナーラル・セナ・ソードよ。ソードと呼んでちょうだい」
ソードと名乗った女性。明るめの茶髪は短く切り揃えられ、大きめの蒼い瞳が特徴的だ。
「それで、貴女が今日から私の護衛であると?」
「ええ。それと、護身術、防衛術を教えるように頼まれているわ。
外出時は必ず同行。その他平日の10時から16時まで、護衛をするわ」
なんだ、と思った。どうやら、魔法省は私の監視というよりは、私の強化に励んでくれるらしい。いや、この際魔法省は、と言うよりダンブルドアは、と言った方が正確か。
私はリーサとの魔法の制御の練習も日常的な魔法が多かったため、今のところは戦闘時の魔法を使えない。『この世界』で生きていく上で、戦闘は免れないのだし、やっておくことに損はないと感じた。
「よろしくお願いします、ソード」
「では始めましょうか。杖を出して?」
「えっ、あの、私……」
言葉を濁したシエルにソードが「ん?」と聞き直す。
「ソード様、シエル様はまだ、杖をお持ちではありません。聞いたところ、杖なし呪文は使えるそうですが…」
フェッタの言葉に、ソードは驚愕した。
「えっ、今、なんて?杖を持ってないって言った?……もしかしてシエルってまだ、11歳以下?」
「8歳ですが…」
「は、はぁ?!うちの子と同い年なんですけど!そんな子をスタージェント家当主にしたっていうの!?あの、狸爺、今すぐ抗議しに行ってやる!」
すごい暴言が聞こえた気がする()
出ていこうとするソードをフェッタが慌てて取り押さえ宥めると、結局、杖を買いに行くことになった。
姿現しを使い、向かった先はダイアゴン横丁。
見覚えのあるペットショップを通りすぎると、あの時のことを思い出してしまった。
「シエル様?」
私の異変に気がついたのか、フェッタが声をかけてくる。「何でもない」と返すけれど、心の中のもやもやとした気持ちは晴れてはくれなかった。
チリリン。ドアに付いていたベルが鳴る。店の中は古い埃の臭いでむんとしていた。
壁のてっぺんまで高く積み上げられた箱。それを見ていると誰かが声をかけた。
「いらっしゃい、小さい魔女さんのご来店かな?後ろにいるのはソードさんとフェッタさんだね?」
「初めまして、オリバンダーさん。シエル・エンヴァンスです」
「久しぶり、おじいさん」
「長らくでしたね、オリバンダーさま」
挨拶を交わすと、彼は二人の杖について何言か話し、最後に私の方を向いた。
「君は……スタージェントの子だね?」
「なぜ、それを…?」
「スタージェント家の者は皆、魔力が独特でね。こう、見た瞬間に分かるのだよ。それで、今日は君の杖を買いに来たんだね?」
「ええ」
「では、これを」
そう言うと、オリバンダーは一本の杖を取りだし、私に差し出した。見た瞬間に、本能的な何かが、私に語りかけた。
『手にとってごらん?』
私は躊躇いもなく手を伸ばした。そして、握りしめる。
ふわりと風が吹いた。私を包みこんだかと思うと、それはすぐに消え去った。
パチパチと、あオリバンダーが拍手をした。私は呆気に取られてしまう。
「ブラボー、ブラボー。いやぁ、やはり、君にはそれだったか。桜の木に芯材は不明。24センチと少し短め。強い主にしか従わず、攻撃呪文に適す。彼はこう呼んでいたよ、『傷つけるための杖』とね」
「彼とは、一体……?」
「君の父親だよ。実はその杖は代々スタージェント家が受け継いでいるものでね。彼らは幾度もこの杖を使い、人を殺めた。しかし、それは誰かを護るためであって、傷つけるためのものではなかったんだ。しかし……」
コホンと、フェッタが咳払いした。オリバンダーはやってしまったと言わんばかりに顔をしかめる。
「おっと、すまないね、話しすぎてしまったようだ。私は預かっていただけだからお代は気にしなくていいよ。では、わたしは仕事があるので失礼するよ」
そそくさと、奥の部屋へ去っていくオリバンダー。残された私は杖を握りしめた。傷つけるための杖かぁ……。
家に帰ると、早速ソードとの特訓が始まった。何故か、フェッタも参戦している。
「まずは、簡単な防衛術からやってみましょう。
紅い閃光がフェッタの手元に当たり、杖が吹き飛んだ。そして、ソードの手の中に握られる。
「ありがとう、フェッタ。今度はシエルの番よ、私の杖を飛ばしてみなさい」
私は杖を構えた。フェッタは無言でその様子を見つめる。一方ソードはどう手加減しようかと考えていた。その時。
「
シエルが呪文を唱えた。次の瞬間……
「ぐはっ!」
「はっ、ソード!大丈夫ですか?!」
慌てて近寄ると、ソードがそれを手で制す。彼女は杖を出して、自分自身に治癒魔法をかけると、すぐさま起き上がった。そして、シエル……ではなく、フェッタの方を向く。
「貴女のご主人様はどうやら、桁違いの魔力をお持ちのようね」
「言い忘れておりましたが、シエル様は無言呪文に
「……え、なにそれ!?」
その日から、私の特訓内容は文字通り魔法の制御になった。
どうやら私、魔力が桁違いなのだそうです(他人事)
それから二週間が経った。
ソードとの特訓は武装解除呪文が幾分か上達し、やっと次の呪文である、盾の呪文を教えてもらっていた。
「
相変わらず、魔力が強いので、魔法でできた盾の大きさと強度は馬鹿にならないが()
ある程度きりがつくと、昼食にすることにした。
リビングに着くと、ソードはいつものごとく一度家に帰った。昼食は娘と食べたいらしい。ソードと交代するようにして現れたのは、セブルスだった。
「昼食は食べたかね?」
「いえ、まだ」
「では、一緒に取ることにしよう」
「準備をして参ります」
フェッタが居なくなると、なんとも不思議な雰囲気が二人の間に流れた。取り敢えず席につく。
「……特訓は順調か?」
「は、はい、今日は盾の呪文を練習していました」
「そうか…」
また沈黙。今度は私から声をかけてみることにした。
「セブルスは…その…何をしていたのですか?」
「うむ。吾輩は馬鹿共に魔法薬学を教えている…」
「えと…楽しい、ですか…?」
何となく、私はそう聞いてみた。彼は返事の代わりに顔をしかめてみせた。
「ではなぜ、セブルスは魔法薬学の教授になったのですか?」
ならば、とそんな質問をしてみる。セブルスは一瞬驚いたような顔をして、私の瞳をじっと見つめこう答えた。
「…ある女性がいた。君と同じ瞳を持つ女性だ。昔、今、君が聞いた質問と似たようなことを、聞いた。それは、魔法薬学の事ではないが…それと同じようなものだ。好きではないのに何故、続けるのか。その時に吾輩は答えられなかった。シエル、君は……」
丁度その時、フェッタが現れた。
「準備が整いました。昼食に……失礼しました。お話し中でございましたか」
私たちの空気を読んだのか、フェッタがそう尋ねる。なんともタイミングの悪い。
「……いや、構わん」
セブルスはそう答えると私から視線を外した。
その続きを聞くことはもうないだろうな。そんなことを私は思った。
その日の午後。シエルの元に一通の手紙が届いた。
宛名には『ルシウス・マルフォイ』と書かれている。
『パーティー会場でお会いできることを楽しみにしています』
「フェッタ、ドレスの手配を頼みました」
「かしこまりました。とびっきりのおめかしをご提案致しますね!」
上機嫌にそう答えるフェッタ。
……そういえば、“私”まだ化粧もしたことなかったっけな。