東方小噺竒   作:加具

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この作品をアイデアを提供してくださいましたkoth3様に捧げます。
少し長いですがご容赦を。
読んで感想が頂けたらなおうれしいなぁ・・・


鬼一口

遠く、声がする。

延々と続く様に見えた楽しき日々に、終わりを告げる声がする。

 

 

平安の時代

私達は本当に好き勝手だった。

傍若無人で、残虐無比でさぞ人から恐れられただろう。

私達の力はとても強いから、その分私達の持つ器は大きくて、其処をもので埋めようと貪欲になる。

昨日は姫たちを攫って喰ったし、其れを追う奴らとも戦ったけれど、如何にも満たされない。

 

最近は人間も頭を使いだして、私達相手に立ち向かってくることもなくなって。

少しづつ、少しづつ、私達は意味をなさなくなりつつある。

 

相手が欲しい。

ただそれだけなのだ、お互いが全力を尽くし、よくやったと、お前は凄い奴だと誉めたたえたいのだ。

私達は強いから、その強い力に歯向かうと言うことがどれだけ勇気のいることか、どれだけ尊いことか分かっているから。

その輝きを見た時、私達は思うのだ、“人間っていいなぁ”と。

 

愛しているのだ、狂おしい程に慕っているのだ。

断言出来るほどに、私達は人間が大好きなのだ。

 

同時に仕方ないとも思う。

私達の愛は過剰すぎる。

認めた相手には鬼は最大限の愛情を示すし、友の為ならば命なんて簡単に投げ捨てる。

どれをとっても過剰なのだ。

加減というものが効いていない。

 

そうして相手に愛想を尽かされておしまい。

そんな流れを私達は受け入れるしかないのかもしれない。

なんせ私達は変われないから。

一度誇らしいと思った自分の生き方に背を向けられないから。

 

茨木童子の片腕を斬る者がでたという噂を聞いたのはそう思い悩んでもやもやしている頃だった。

 

京の都の一条戻橋にて、対峙したそのものは見事に打ち破り、片腕を斬って見せたというわけだ。

私は戦いたいと思った。

四天王の一人を打ち破ったその男なら、私の期待にこたえられるのではないかと期待した。

 

茨城から話を聞くと、片腕を返してもらう為に家に乗り込もうと思っていると言った。

ならば私が行こうと名乗り出て、朝までには戻ってくると言い置いて、渋る茨城をおいて。

そのものの家に転がり込んだのである。

 

 

「なんだ、また鬼か」

 

そのものは私を見て嘆息した。

一瞥しただけで私の正体を看破され、一定の力を持っていることは確認された。

 

「なんだとはごあいさつだね、あんたこの前鬼を退治したんだろう?」

「んぁ?そんなこともあったかな?」

 

そういって頭をポリポリ掻く男。

 

「その鬼の腕、取り返しに来させてもらったのさ、さぁ尋常に勝負しな」

「ふむ、俺にも肯と言えることと言えんことがある」

 

空気は一瞬で引き締められ場は一瞬で静謐に包まれた。

 

「名乗ろう、大江山の四天王、酒呑童子、伊吹萃香」

「大層な名ではないが渡辺源氏綱」

 

「「いざ尋常に勝負!!」」

 

その瞬間に駆けてきたのは源氏の男。

人間にしては早い身のこなしで刀を振りかぶる。

 

ビュン!!

 

「こんなものかよ?」

 

私は其れをそのまま指で摘まむ。

 

「そんなものよ」

 

指に違和感。

後、止めていたはずのその刀が私の体目掛けて襲いかかる。

 

「お前こそ、そんなものかよ?」

 

視線は鋭く私へ向かう。

咄嗟に体を疎にして攻撃自体は避けたが…

私の右手の指は綺麗さっぱり亡くなっていた。

 

「その刀、何ぞ謂われがあるみたいだね」

 

視線を刀に向けると彼は惜しげもなくその秘密を話した。

 

「うむ、この刀は髭切といってな、筑前国三笠郡の出山に住む唐国の鉄細工に頼んだものなのだが。罪人を試し切りした際、髭まで切れたというのがこの名の由来よ。」

「それだけじゃないね」

「ふむ、よく分かっておる、俺が茨城童子を切った後この刀は我が主より名を変えられたのよ」

 

そう謂いながら私に向かって再度刀を振りかぶる。

私は刀に触れない様に、慎重に避けて行く。

 

「名を、鬼切、茨城の血を吸ったこの刀、鬼の体によく馴染む様になった」

 

絶え間ない一閃一閃は確かな技術に裏打ちされたもので、その技術を補填する様に刀が補っていた。

 

「面白い話を聞かせてもらったよ」

 

名は体を表すという。

名刀といってよいだろうその刀は、鬼を斬ることに力を貸す強力な霊刀となったのだろう。

しかし、驚くべきことが分かった。

鬼に勝ったのだ、そのものが神器であったり、何かしらの力をもった道具を持っているだろう事は私だって考えていたし、一対一で勝つためには私達が手加減しない限り当然のことと言えた。

 

しかし、勝ったのだ、この男は、茨城童子に、唯良く切れる刀のみを携えて。

その事実に私はただ驚いていた。

 

私もかつて負けたことがある。

あれを負けたと言うのは腹立たしいが、毒を盛られ、その間に首を斬られたのだ。

幸いというか、私は首を斬られた程度じゃ死なないのでこうしてここにいるけれど、回復するために其れなりの力と時間を要したのは事実だ。

 

そんな私が、純粋に鬼に打倒しうる男を前にして、奮い立たない訳がない。

 

「私の力も教えるよ、私は密と―」

 

体を霧に変換、源氏の前に現れる。

 

「疎を操る能力を持ってる」

 

ドッゴゥン!!!

 

金属的な音を立てながら、彼の体は吹き飛んだ。

 

「防ぐのかよ、いいな、人間」

 

刀は弛み衝撃を吸収し、あたしの一撃は受け流されている。

殴った拳に痛み、刀に触れた部分が煙をあげ、肉が焦げる嫌なにおいがした。

 

「そんで―」

 

しかし止まらない。

 

「力がとっても強いのさ」

 

振りかぶる、その瞬間、私の振りかぶった右手が切断された。

 

「振りがなってないよな、隙が大きすぎるんだ、お前達はいつもそうだ」

 

つまらなさそうに呟く。

 

「お前たちは早いよ、力も強い、でもいつもそうだ、人間達を最初になめてかかる」

 

男は振りかぶった体勢から体を構えなおし、此方を向いて言い続ける。

 

「ふざけるな、不愉快だ、お前達は死合を侮辱する気か?」

 

一つ一つ心に刺さる。

だって仕方ないじゃないか。

人間の体は弱くて、本気なんて出せば簡単に砕けちゃうじゃないか。

ならば、少しの無聊でも慰めたいと思っても仕方ないじゃないか。

 

「本気でかかれよ、俺は其れを受け止められる人間だ」

 

受け止めてくれると言った。

本当に?本当に私を受け止めてくれるのか?

 

「なら受け止めてみろよ」

 

私は巌を萃め形にする。

その巨岩を目の前の男に放る。

 

“戸隠山投げ”

 

屋敷の庭は吹き飛び、瓦礫の山が重なる。

 

「お前は受け止められるのかよ」

 

土煙が晴れた中、その巨岩を切り捨てて、平然と立っている男がいた。

私を見据えて、もう一度、その男は言った。

 

「こんなものかよ?」

 

震える。

今まで体験したことのない様な感情に戸惑う。

至福だ、あぁ、至福だ。

お前は私が力をだしてもそれに怯えもせず、向かって来てくれる。

 

「あんなもの序の口さ」

 

“燐禍術”

 

妖力を込め火をつくりだす。

辺りを一面火の海に染めながら、燐禍は進む。

 

ゴウッ!!

 

しかし、それすらも彼は万物の法則に反して切り捨て此方をみて言い放つのである。

 

「こんなものかよ?」

 

もう、迷わない。

口がにやけるのが止められない。

 

私の小手先の技術は全て切って捨てられた。

嬉しくて嬉しくて、今からはその歓喜に身を任す。

思わずその口をついて出た言葉は―

 

「ありがとう、綱」

 

“雲集霧散(うんしゅうむさん)”

 

私は体を疎す。

分解する体の中で私は私を再構築。

落ちていた腕は私の元に戻り全てが元通りになる。

 

振りかぶる。

何もない空間から腕だけがでて、彼の体を襲う。

飛んで行った先にはまた私がいる。

 

先程の一撃は防がれたようだけれど、背中からの一撃に対応は出来まい。

 

ドゴン!!

 

想像通りうまい具合に背中に入る。

恐らく腰椎を粉砕。

 

その衝撃で飛んでいく体を追いかける。

容赦はしない、彼は受け止めるといった。

なら、彼を信じる。

ここで躊躇することこそが何よりの侮辱だと思うから。

 

飛んでいく体の真下に出現。

地面をバネにして思いっきり足を振りぬく。

 

ガスッ!

 

顔面に入る。

のげぞった顔と自分の今の威力からして首の骨が砕けた。止めとばかりに打ち上げられた上空に移動。

体が浮き上がってくるその瞬間に―

 

ガゴッ!!

 

上空で一回転したのちの踵落とし、脳天に喰らい地面にたたきつけられる。

鈍い音が聞こえる。

 

地面に着地するまでの間、彼は立ちあがって来なかった。

 

「立ちあがってみろよ」

 

私はそういう、けれど無理なのは理解している。

結局期待外れだったのだ。

本気をだすとすぐ人間は壊れる。

称賛出来るのは最後まで武器を放さなかったことか。

彼は立ちあがって来ない。

 

「まぁ、無理だよな」

 

熱が消える、歓喜がなくなっていく。

結局淡い期待で終わってしまった。

もういい、久々に当たりだと思ったのに、もういい、めんどくさい、私も地下に帰ってしまおう。

そんで人とは縁を切って、死んだように暮らすのだ、人に期待するのはもうやめよう。

 

「待てよ」

 

その言葉が振りかかったのは背後から、其処にはもの言わぬ骸と化したはずの男だけがいるはずだった。

もう一度、淡いが期待が蘇る。

振り返ると、其処には先程まで倒れ伏していたはずの男。

 

刀を此方に向ける。

 

「この、程度かよ?」

 

唇の端には血がにじんでいた。

しかし、目に視えて変わっているのは其処だけ。

 

「おかしいね、確かに全部あたったはずなんだけど?」

 

そういう私は彼から見たらニコニコと楽しそうに見えたことだろう。

 

「あいにく、体は鍛えている」

「いや、そういう問題じゃねぇだろ!!」

 

今度こそ私は笑い出してしまった。

 

「アハハハハ!、あんた、絶対人間じゃないって、もう妖怪レベルじゃん!!」

 

笑い転げる私に少し憮然とした表情の彼。

そんな無防備な私に剣を振りかぶらないのは彼なりの優しさなのだろうか?

 

「失礼な、俺はれっきとした人間だ」

「アハハ、分かってるって、冗談だよ、冗談」

 

彼の体は人間の体でしかない。

疑わしいあの刀だって人を害する類のものじゃない。

 

「人の身でよくそこまでいったもんだ」

 

彼にあるのは単純な体の強さ。

そして、つきつめられた探求の痕。

 

「お前達を失望させてはたまらんからな」

「……嬉しい事を言ってくれるねぇ」

 

本気だ、もう知らない、大丈夫。

どんなに本気を出しても、彼なら、受け止めてくれる。

 

「殺す、あんたを殺してこの身にその名を刻み付けるよ、渡辺源氏綱」

「おうよ、かかってこい、俺は元よりそのつもりだ」

「ぬかせッ!!」

 

剣と拳が交わる音。

心地よい音。

永遠に、永遠に続けていたいと心底思った。

 

“百万鬼夜行”

 

私がひきいた百鬼夜行は悉く斬られ

 

“百万同一鬼”

 

ならばと私が萃まればそれこそ雲散霧消に消えて行く。

彼は特に特別な技はもっていなかったけれど、その全てを刀で斬り伏せそれでも私の前に立っていた。

流石に無事では済んでいない。

左の手は魍魎達に喰われ千切れかけ、片目は攻撃の際に飛来した礫に当たり潰れ、右足は私達の萃まりにつぶされた。

 

それでも、彼は立っている。

私の大切な彼は、これだけの攻撃を受けて、立っていてくれる。

勿論私も無事ではすんでいない。

 

配下の百鬼達は破れ、同一鬼の鬼悉くが斬り伏せられ、すなわち私の傷となり、唯でさえ復活の為に衰えていた妖力がもうほとんど底を尽きかけていた。

体に刻まれた無数の傷は際限なく私に痛みを与えてくるし、体は軋むし、力も出ない。

でも倒れはしない、私以上に傷ついた彼が倒れないから。

 

「ほんと、化物染みてるね、もう倒れてもおかしくないだろうに」

 

血塗れになりながら、この会話の内でもう息を整えつつある彼は何かを言う。

 

「ここで…倒れたら、お前に名を……覚えてもらえない」

 

そういって私の前に立ちふさがる彼はとても輝いていた。

断言できる、彼を愛している。

彼が望むのなら、その万難を排して共に歩んでもいい。

どんなに使いつぶされようと、彼にならいい。

生き方に惹かれ、憧れすら抱いてしまった私は、唯彼を抱きしめたい気持ちでいっぱいになった。

 

「……本当に、ありがとう、人間」

 

瞳から零れるのは感謝の涙だ。

私はここに立っている存在に最高の感謝を捧げたい。

私はあえて人間と言った。

彼の名前ではなく、その種を、可能性を示してくれるその種を称賛した。

 

鬼にはそんな事出来ないのだ。

私達はとても強いから、強いからこそ、人間達のその姿に憧憬を抱く。

恐怖を克服し、勇気をもって強い何かに立ち向かう。

 

「私はやっぱり、人間が大好きだ」

 

最後の一撃に出よう。

私の残りの力を振り絞って、彼を殺そう。

そしてその名を永遠に、永遠の果てまで遺してみせる。

 

最後の力で自分を霧に変換、彼の傍まで近付く。

実体全てを表して、地に足をつけ、しっかりと踏ん張る。

その距離は余りに近すぎて、彼を抱きしめているような、そんな体勢にも見える。

 

“大江山悉皆殺し”

 

その瞬間私は渾身の力を込めて、彼を持ちあげ、何度でも、何度でも地面にたたきつける。

彼の腕は千切れて何処かに飛んでいき、顔も原型をとどめない程潰れ、全身が粉々に粉砕された。

 

それでも、彼の手は鬼切を絶対に離さなかった。

 

朝の陽ざしが地平線から零れ出す。

もうすぐ夜明けだ。

約束の時間はもうすぐそこだ。

 

 

「本当に、ありがとう」

 

私は、その襤褸襤褸の死体を大事に抱える。

 

「永遠に、私は永遠にあんたの名を憶え続ける」

 

そう言って彼の顔を見る。

すると―

 

ピ、ピクピク

 

「う、嘘だろ?い、生きてる……」

 

ありえない、私の掛け値なしの本気で倒せないなんて……

 

「もうコイツ、妖怪だろ」

 

逆にひくわ、気持ち悪い。

約束の時間が来てしまった。

朝には帰ると言っている。

鬼は嘘が嫌いなのだ。

 

私はもう大江山に帰らなくてはならない。

この彼をおいて行くのは忍びなかった。

 

「もう、仕方がない」

 

萃める、萃める。

彼の体を萃めて、そして疎す。

 

言っておくが妖力の出し惜しみをしていたわけではない。

妖力がない今の私は命を削って力を使っている。

 

それだけの価値があるからだ。

愛してしまった人の為ならば、鬼は命も掛けられる。

 

一応の体の修復は済んだ。

後は適当に転がしとけば、この変態なら生きていられるだろう。

 

「じゃあな、綱」

 

私は傷む体を引きづりながら大江山へと帰って行った。

 

―――――

 

再び源氏綱の家を訪れたのは、それからすぐの晩だった。

邸宅に勝手に入ると―

 

「なんだ、また鬼か」

 

襖の向こうから、少し渇いたしわがれ声が聞こえる。

 

「あぁ、大江山の鬼、萃香様だよ」

「……やっぱり腕をとりに来たのか?」

 

体を動かす気配がする。

 

「それも良いけど、華扇がいいってさ」

「そうか」

 

襖を開くと、其処には綱がいた。

眼帯をはめ、全身はほとんど動かず、傍に鬼切が建て替えられていた。

 

「おもしろい姿だね」

 

その姿をみて私は言った。

もう一生、彼の体は動かない。

萃めたのは彼の体だけ、そう簡単に人間が回復しては私達がたまらない。

 

「そうだろう?でも、お前達にくれたんなら悪くない」

 

どうしてこんなにもこの人間は私達が嬉しそうな事ばかり言ってくれるんだろう。

 

「あんた、何でそんなに鬼に付き合うんだい?」

 

私の問いは当り前のものだと思うのだ。

だってそうだろう?

命を掛けて鬼と闘って何があんた達に残るんだ?

 

「……俺の主君は源頼光様だ」

 

その瞬間激震が走る。

その名を聞きたくもない。

 

「そう、お前達を毒で酔わせて殺した張本人だよ」

 

そうだ、あの時楽しげな笑顔を浮かばせながら、あいつらは毒を盛った。

 

“明日は力比べだ、だから今日は呑もう”

 

そう言って酒まで持ってきたあいつらの豪胆さに私達は感心し、各々が名を刻む事を誓った。

それなのに、それなのにあいつらは―

 

「俺はそこにいた、お前達が恐かった。」

 

その声はか細くて、今にも途切れそうだった。

 

「たくさんのお前達を見て、腰が竦んだ、諦めた」

 

それがどういった感情からかは分からない。

しかし、綱の片目からは涙が流れていた。

 

「お前たちに勝てないと、自分の根本が認めてしまっていた」

 

それは慟哭、まるで私に謝る様に、その声は悲痛だった。

 

「酒に毒を仕込んだ時の皆の顔を今でも忘れない。あの時、鬼を退治して行く皆こそが、この世の真の鬼だった……」

 

体は動かない。

だから涙を拭う手はない。

零れる涙はただ頬を伝い零れ落ちて行くばかりであった。

 

「そして気付いたんだ、この世で最も醜いと思ったものと俺が同類であることに」

 

みんなの奇妙な、狂った様な、笑った様な表情が目に焼き付いて離れないのだと。

 

「だから俺は焦った、茨城童子と名乗った彼女が、もしかしたら仲間を連れて復讐に来るんじゃないかと」

 

彼は追い掛けた、髭切の太刀を手に、京の一条戻橋まで。

 

「そして一騎打ちだ、信じられない事に俺は勝てたが、彼女は片腕をおいたまま去ってしまった。」

 

彼女の戦い方は真っ直ぐで、乱雑で、ぶっきらぼうで、決して戦略の体をなしていなかったけれど潔かった。

彼女と闘っている間、俺は何と言うか惹かれたのだ。

この鬼達と潔く戦って死ねたら本望だと思えたという。

 

「彼女は、華扇と言った。最初に名乗って、俺達は約束事をした」

「あんたが勝ったら生きるために最低限の生命しか殺さない」

「そうだ」

 

事実彼女は後生約束を守り、人を攫うことや襲うことも最小限に留めて生きるようになった。

 

「だから俺はあの腕は渡さんのよ」

 

彼は少し誇らしげに言う。

 

「あれは彼女との約束の証しだ、彼女が俺の名を刻んでくれるのなら、俺だって彼女の名を刻んでやる」

 

未来永劫、語り継いで、永遠に遺してやる。

 

「萃香、それはあんたも同じだ」

 

彼は誇らしげだった。

誰かに向けて、自分はこれだけの事をしたんだと、自慢したがる子供のようだった。

 

「俺の話は物語になる、あんたの事を書いてもらうよ、茨城童子のことも、もちろん、大江山の事だって」

 

自分で書きたいけど手が動かせないからな、そうやって笑う綱の姿は本当に子供みたいで、嬉しそうだった。

 

「鬼は名を刻んでくれる、勇気をもって立ち向かった分、正当に俺を見てくれる」

 

そうだろう?

綱の視線は私に問いかけている様だった。

 

「だから、安心して胸を張れる」

 

だから、俺はこの様がいいのだと―

 

「萃香、一つお願いがある」

「……なんだい?」

 

今の私は綱の言うことだったらなんでも聞くだろう。

それほどまでに愛せる人間だった。

本当に恋してしまっていた。

 

「お前たちはこの世界を離れようとしているという話を聞いた」

「……」

 

沈黙、彼が何を求めているのか、私にはまだ掴めない。

 

「人に絶望し、愛想を尽かして、この世界を離れようとしていると聞いた」

「……そんな奴もいるね」

 

でも、大丈夫だよ、あんたがこの世にいる限り、私は傍に居続けると決めたから。

遊ぼうよ、たくさんのところに連れて行ってあげる。

苦労なんてかけさせないよ、私が全てを―

 

「お前達もそうしてあちらの世界に行って欲しい」

 

大丈夫だと、失望などしていないと言おうとした瞬間にその言葉は発せられた。

 

「……どうして?」

 

こんなにも私の体からか細い声がでるとは思わなかった。

 

「な、なんでさ!?」

 

綱はその私に笑顔を向けるだけ。

また裏切られたのか?

こんなにも、こんなにも美しい人に会えたと思ったのに……

 

けれど、綱の言葉は其処で終わりではなかった。

 

「これから、時代は進み、争いは続き、人々は鬼となり果てる」

 

時代のうねりは止められず、これから長く戦乱の世が続くだろうと。

 

「だから、お前たちは見ていてくれ、お前達が認めた俺の中にも鬼が潜む様に」

 

其れをお前たちは唯見ていろと。

 

「人々の心の中に、鬼は潜む」

 

危険のない安全な場所で、友や知り合いが死んでいくのをただ見て行けと。

 

「人は弱い、誰しもが勇気を持っているわけではないし、汚い、狡賢い手も使うだろう」

 

それは酷いお願いだと言うことも分かっているのだろう。

 

「けれど、絶望しないでくれ、」

 

人間の汚い所を見て、愛想を尽かした振りをして。

 

「一度は後悔した俺でさえこうしてお前に認められることが出来たのだから」

 

お前達は待っていてくれと。

 

「いつしか再び平和な時が来て、人間達の本当の強さをお前達に見せつけるその時まで」

 

いつしか胸を張れる日が来るから、それまで永遠に―

 

「恥ずかしいから目を背けて、俺達を見ていてくれ」

 

それは唯の自分の我儘だと最後に前置きをおいて。

彼はお願いできるか?と私を見た。

私は体を起こし、彼の頬に未だ伝っていた涙を拭う。

そして、ニッコリと笑って彼の部屋を後にしたのだった。

 

――――

 

「で?あんたは外に来て何を見ているのよ?」

「今の日本の姿さ」

 

上空から見る現代の日本は光があちこちに灯って人々が行き交う。

 

「確かに見えるよ、鬼の姿が」

 

街の片隅、路地裏、ちょっとした横断歩道や街頭の少ない夜道。

 

「私は何時だって帰る準備をしてるんだよ」

 

 

渡辺の源氏綱に唆されて私は約束を守り続ける。

鬼は約束は守るからね、いつか帰るよ

 

あんたと約束した

 

いいよ、人間、力がないなら補えよ、私は待つよ、非力なお前達がまっとうに私の前に立つ其の日まで

強い意志をもって、私達と誇り高く戦える、そんな胸を張れる日本の時代が来るまで。

 

「私には意味が分からないわね」

「私達の気持ちが、簡単に霊夢達に分かってたまるもんかよ」

 

いつか、その時まで。

私達は待ち続けよう、なんせ

 

―私達は人間が大好きだからね

 




読んで頂けた方はありがとうございます、ご指摘やアドバイス、感想、なんでもいいので頂けたら幸いです。
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