東方小噺竒   作:加具

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この作品は創想話の方にも投稿させて頂いております。

この話しは終わり方が二通りありまして創想話の方では途中からの話しの流れなど少し変わっておりますので気がむかれましたらそちらも読んでやってください。

題名は同じで名前は“鹿野華”と名乗っています。

感想、ご指摘いただけましたら幸いです。
この作品をリクエスト頂きましたさかまた様に捧げます。


どんな朝もあなたにおはようというから

―少し時間がかかっちゃったけどちゃんと帰って来たでしょう?

 あなたにはたくさんの話したい事があるのよ。そう、約束をしていたわね、おはよう、勇儀

 

 

地底にだって雪は降る。

カラカラの大地を白に染め上げて、枯れ木に降り積もり雪は深々と降り積もっていく。

 

「さむいなぁ~~」

「……妬ましいわね」

 

私はパルスィを背中に負ぶり、寒い参道を歩いていた。

 

「何が妬ましいというんだ」

「この雪の白さよ」

 

我が友人は本当に何にでも妬み、嫉みを向ける奴である。

 

「いいじゃないか、雪は白くて当たり前なんだ」

「当たり前に白いのが妬ましいのよ」

 

我が友人ながら良く分からない女である。

 

「そうかい」

「大体、私を負ぶるあなたの強靭な腕も妬ましいわ」

 

曖昧に、あるいは適当に頷く私に向かってもその感情は向けられる。

 

「でもそうじゃなかったら私はあんたを此処まで連れてこれなかった」

「……だから妬ましいのよ」

 

病弱な彼女を負ぶって今日は雪を見に来た。

昨日は地霊殿で火車が育てる花畑を見た。

次は何処に行こうかと考えていた。

 

「勇儀、私眠くなってきちゃった」

「……もう少し我慢してくれ」

「私に命令するなんて……妬ましいわね」

「はいはい」

 

この峠を越えれば綺麗な景色が広がっているはずなのだ。

深々と雪は降り積もり、地底を銀で染め上げてくれる。

いつもの変わり映えしない茶色の土壁が唯一姿を変えるのだ。

 

閉塞的な地底で何故雪が降るのかは知らないが、火車に聞いた時にきょとんとした顔で“冬だから”と言われた時には逆に納得してしまったものだった。

 

「パルスィ、寝てないか?」

「……うるさいわね、起きてるわよ」

 

声を掛けながら、私は出来るだけ急いで峠を登った。

歩くたびにギュッギュっと音が鳴る雪は深く降り積もり、気をつけないと足をとられてこけてしまいそうになる。

 

如何にか峠を越え、目の前に広がった光景を見る。

 

「どうだ、パルスィ」

 

そこに広がっていたのは夜空の流星群。

 

地上へと到る道筋には発光性の茸達が群生しており、彼らは時に胞子をだす。

その胞子もまた発光性を持ち、打ち上げられて気流に流されながら繁殖を行っていく。

 

真っ暗な地底の其処で、ぼやっとその道を照らしながら流れていくその様は繁殖期の蛍のようである。

長い地底への道をこの不思議な光だけに照らされながら降っていくこともこの通路の醍醐味ではあるのだが、白銀の世界では空気中の胞子が雪に付着し、光を放ちながら降ってくる。

胞子は空気中に舞うことが可能な質量を越え、ゆっくりではあるが地上にそのまま落ちてくるのだ。

 

頭上に何メートルもの高さをもつ渓谷の上にもその茸は群生するものだから、暗闇の世界で光りながら、それは流れ星の様に落ちてくる。

触ると溶けてしまう儚い雪の残滓を手に握りしめながら、私はその光景に感嘆していた。

 

「……本当ね、すごく綺麗、妬ま、しいわ」

 

その景色を眺めると嬉しそうに目を細め、それから私に体重を預けるように一層体が重くなり、首筋から彼女の小さなスゥスゥという呼吸音が聞こえてきた。

 

「次はどんな景色を見にいくかねぇ……」

 

私は聞く相手がいないことを知っていながらも小さく呟くのだった。

 

―――――――――――――――

 

「ねぇ勇儀?」

「なんだ?」

「……これに入るのは流石に無謀じゃない?」

 

目の前にあるのはグツグツと煮えたぎる温泉。

地底の熱で熱せられた間欠泉が湧きあがり温泉となっているという噂を聞いてやってきたのだが……

 

目の前にあるのは明らかに温泉というより熱泉である。

嫌な予感がしたので負ぶっていたパルスィを置いて風呂に入ってみる。

 

「……いや、大丈夫、大丈ぶっ!!」

 

痩せ我慢もすぐ限界が来て即効で温泉からでる私。

もはや温泉というか地獄の釜の様なものである。

 

「大、丈夫?」

 

そうやって横たわったまま声を掛けてくるパルスィ

 

「あんまり……大丈夫じゃ……ないかな」

 

肌を真っ赤にしながらうずくまる私。

体の皮膚が全部めくりあがったかのような激痛に襲われた。

 

「痛いのを、我慢するなんて、妬ましいわね」

「いや、其処は妬む所では絶対にない!!」

「そうかしら?」

 

クスクスと笑う彼女。

痛みに耐えながらの突っ込みはとても辛いものがあったが、彼女が笑ってくれたのなら、意味はあったのだと安心した。

 

「これは入るものじゃないみたいだ」

「そうね、みるだけなんて妬ましいわね」

 

そうは言いながらも間欠泉を眺めるパルスィ。

周りを見渡すと同じ様な間欠泉がいくつもあった。

 

地面に籠もる熱の影響もあってあの土地は間欠泉が湧く。

岩棚の様に段々になってそれぞれから湯が溢れていた。

熱されたそれは土地の影響を直に受けているためかなりの温度になっているのだろう。

熱された地面が赤く光り、天井に照り返してこの空間全体が淡く光っているかのようだった。

懇々と湧きでる湯に淡く光る空間、時々噴きでる間欠泉。

湯気からの熱気で時間をかけて形を変えて行った空間は鍾乳洞となって、全体的に丸みを帯びた形状をしながらも壮大な場所であった。

 

「これはこれで絶景か……」

 

そう呟いた私の背中に天井で再び水滴となった生温かい水が滴り落ちた。

 

「勇儀、あれ、なに?」

 

そういって横たわったパルスィが指差す先には―

 

「……たまご?」

 

何か網の様なものに括りつけられて湯に沈められていたものを探る。

それは5,6個の湯につけられた卵だった。

 

「ゆで卵を、作ってる人がいたのね……妬ましいわ」

 

それを見てまた妬み始めるパルスィ。

 

「どうせだしさ、食べちまおうぜ」

 

パルスィの近くまで寄って卵を網から取り出す。

 

「いけないわ、それは誰かが楽しみにしている卵かもしれないでしょう」

 

こういう所は優等生な解答のパルスィ。

 

「じゃあお前はいらないのか?」

「あぁ、そんなこというの?……妬ましいわ」

「ほら、食べちまおうぜ」

「……ちょっとだけよ」

 

火照った体を抱え、上目づかいで頬を赤らめながら言うパルスィに鼻血が出そうになったのは内緒である。

というかそこは妬ましいではなかったのだなとちょっと嬉しくなる私。

 

卵を割るとそこから出てきたのはとろとろの白身とぷりぷりした黄身。

熱湯に浴びせられていたものだから中身もほこほこと湯気をたてて、実に食欲をそそる。

 

ズズッズ

 

「うめぇ……」

 

しみじみといってしまった。

 

おいしい、実においしい。

口の中でとろけてまろやかになるそれ。

呑みくだす時も独特のとろみがあって喉を綺麗に通っていく。

 

「はぁ、このおいしさ、妬ましいわね」

 

うっとりと目を細めながら卵を食べるパルスィ。

 

「美味しさを妬むって、お前食べ物にでもなるつもりなのかよ」

「うるさいわね、妬ましい」

 

ついには愚痴をこぼす私にまで妬みだす始末。

 

「きもちいいわねぇ……」

「そうだな」

 

うとうととしているパルスィの姿を見る。

 

「昨日は雪を見たわね、それで今日は温泉」

 

彼女は遠い何かをみるようにして感慨深げに呟く。

 

「ステキ、まるで、……夢みたい」

 

そう呟いたきり、目を閉じたパルスィは規則正しい寝息をたてはじめた。

 

「夢じゃないよ……夢じゃ…………ないんだ」

 

 

――――――――――――――

 

彼女と出会ったのはつい最近のことである。

地底から動くつもりのない私にとって、地上への通路に住む蜘蛛のことなんてこんなことも無かったら知らないまま過ごしていた可能性は高い。

 

「其の人は良くない病気を持っているね」

 

其の蜘蛛は楽しそうにそう言い残し、すぐに渓谷の谷間に消えて行った。

 

「……そんなこと分かってるよ」

 

吐き捨てるようにそう言って元来た道を戻って来たことは記憶に新しい。

地底の棲みかに戻った私は眠り続けているパルスィを布団に寝かし彼女を見つめた。

 

「なんでだろうね、こうやって見ていたら、あんたが何処か遠くに行きそうな気がする」

 

規則正しく、安らかに眠っているだけなのに。

私は彼女の横に座り、手で顔を撫ぜた。

白い肌、星屑を吸いこんだ様な金色の髪、今見る事は出来ないけれど、全てを目に止めるエメラルドの様な緑の瞳。

 

細くて骨ばった体は見た目にも華奢で、少しでも力を入れようものなら一瞬で崩れてしまいそうな気さえした。

 

「どんな夢をみているんだい?」

 

想像してしまう。

彼女はどんな夢を見ているのだろう。

きっと素敵な夢に違いない。

なんせこの笑顔だ、幸せな夢に浸っていることだろう。

 

「クジラとおしゃべりをしているのかな?」

 

想像するのは他愛もない妄想。

 

「それともネコと冒険の旅にでているのかな?」

 

彼女が幸せそうに笑っていて

 

「ソラの上でわたがしを食べる夢とかどうだい?」

 

誰も妬まなくて済む世界。

 

「外を元気に走り回ってたりしてな……」

 

彼女のこんな細い足では、走り回る事なんてもう難しいのかもしれなかった。

 

「友達もたくさんいて、たくさん遊んで、お前はとても幸せそうな顔をするんだろうね」

 

だから、せめて夢の中では幸せに、そう願うのは悪いことなのだろうか。

 

「あんたのことをいつも考えるよ、どっちが幸せなんだろう、こんな世界があんたに必要なのかってね」

 

盃に酒を注ぐ。

この儚くて、塵芥で、何者をも妬む彼女はこの世界に価値を見出すのだろうか。

 

「酒はあまり呑める口じゃなかったもんね」

 

思えば彼女とお酒を交わしたことなんてあまりなかった。

鬼の私と比べるのは酷かもしれないけれど、それを差し引いてもそんなに彼女は酒を嗜まなかったと思う。

 

地霊殿に近いこの場所では、灼熱地獄の熱で雪なんてすぐに蒸発してしまうから、いつも通りの殺風景な土の通路がこの町には広がっている。

白銀のあの世界でなら、境も何もかもを真っ白に染め上げていたあの世界なら、私達は何処まででも行ける気がしていたのに。

目の前にあるのは閉塞感。

 

此処から先は行き止まりで、何かを下ろして行かなければ先に進むことは出来ないのだ。

 

誰かが嬉しそうに目を細めてそう笑う声がした気がした。

“その何かとは何か?”そう言及することは私自身が許せない様だった。

 

 

「―随分参っているようですね」

 

その声が聞こえたのは住居の入り口からだった。

 

「参ってなんかいないさ、……ってあんたには嘘をつくことも出来ない」

 

そこにいたのは地霊殿の主、古明地さとり。

彼女は部屋に入ってくると私の前に座り、安らかに寝ているパルスィの寝顔を見つめた。

 

「幸せな夢をみているのね」

「そうなら少しだけあたしは救われる」

 

彼女は一気に杯の酒を煽(あお)る。

 

「医師には?」

「見せたけど、誰も彼も分からないとさ」

 

少なくとも彼女の身に何が起こっているか知ることが出来た医師はいなかった。

 

「そうでしたか」

 

少し残念そうな顔をする彼女。

 

「心配してくれてありがとうよ」

「いえ、何も手助け出来ずに申し訳ありません」

 

そう言って頭を下げる彼女。

 

「眠り続けるだけとは本当に不思議な病気もあったものですね」

「そもそもこれが病気なのか私には疑問なんだ」

 

最初は本当に小さな変化だった。

少しづつ、少しづつ、パルスィの寝ている時間が少しづつ増えて行った。

 

「今では目を覚ますのは一年に一回程でしたか」

「……そうだね、こいつにとっては一日一日で繋がった出来事みたいだけど」

 

まだ数か月に一回だった頃、さとりに頼んでお燐が作っている花畑を見にいった。

そして彼女は一年に一回目を覚ます様になって、二人で雪を見にいった。

次に温泉。

その次は何だったか、地底で有名な屋台を冷やかして回ったこともあったし、ただ家の中にいて二人でずっと話していた日もあった。

たくさんの所に行ったけれど、動かない彼女の体は、この世界で活動することを拒否しているかの様に少しづつ、少しづつ衰えて行った。

今では、自分で歩くことなんて不可能な程である。

しかし、不思議なことに彼女の外見はいくら時間がたっても昔の彼女のままだった。

彼女の中で時間が止まったかのように、起きる度の彼女は自分の姿に全く疑問を抱くこともないし、心底目を覚ます度の一日を昨日から続いている出来事として受け入れているのである。

 

彼女にとって、日々一日一日の毎日が刺激に溢れた一日となっているのであろう。

 

“妬ましい”

 

世界にそれだけを叫び続けた彼女にとって、この世界はどんな風に見えたんだろう。

誰かを妬まずにはいられないから、彼女は都合の良い、自分の世界に、夢の中に自分の在り様を求めたのかもしれなかった。

 

「パルスィは今のままが幸せなのかもしれない……」

「それを否定したいからこそ、この世界の綺麗なものを彼女に見せようと、あなたはしたのでしょう?」

 

彼女が妬もうが、この世界も捨てたものではないと

この景色を見るためなら生きているのも悪くないと

 

「ほら、あなたの心の声はそんなにも正直ではないですか」

 

私の心を覗いて、さとりはとても綺麗に笑った。

 

「心をそっくり覗かれるのは気に喰わないけどさ……」

 

ゆっくり腰をあげ、もう一度パルスィを抱き上げた。

 

「言葉にしないと、失くしてしまいそうになるそれを、あんたははっきり聞いていてくれるから、私はあんたが好き」

 

さとりにお礼をいって彼女を背中に負う。

綺麗な場所を見に行くんだ。

 

「ありがとう、感謝するよ」

「いいえ、私は何もしていません、あなたが自分とちゃんと話しあっただけなのですから」

 

そう言って笑っているだろう彼女に背を向けて、私はまた、地底の固い土を踏みしめた。

 

――――――――――――

 

「まるで精霊流しね」

「そうだな、焼かれた人達が空に昇っていくんだよ」

 

旧地獄であるこの場所は未だに機能している地獄も残っている。

 

“灼熱地獄”

 

そう題された地獄は過去に処されたその罪人達を未だに焼いているのである。

 

人の焼かれる匂い

叫ぶ度に気道を焼かれながら苦しむ人々の慟哭

その焼かれる人を源として、さらに燃え続ける永遠の業火

 

その中で、今日一日だけは、地獄の釜の火が落とされて釜休みになる日なのである。

燻り続ける地獄の中でやっと咎を許された罪人の魂が空に浮かび上がっていく。

 

ぼやっと光った魂達が一つ一つ天に昇って、流れていく様は盆に川を流れる精霊船達のようだった。

 

「妬ましいわね」

「あぁ、それには私も同意するよ」

 

一つ一つが命の塊で、悪い事をしたかもしれない。

それは誰かにとって許しがたいことなのかもしれない。

 

それでも、永かった苦しみを終えて、魂が天に昇っていくその光景は生命の、命の脈動そのもので、純粋に美しく思った。

 

「こんな光景がたくさんあるなんて、地底は妬ましいわよね」

「其処は素晴らしいと言う所だと私は思うよ」

 

肩を寄せ合いながら二人で見晴らしの良い峠の石から眺めるそれは、光景そのものもあるけれど、彼女とそうやって会話できていること自体で、私は涙が出そうになった。

 

「ねぇ、勇儀」

「……なんだよ」

 

顔を逸らして、彼女からは見えない様に気をつけながら、問いかける。

 

「昨日は素敵な夢を見たのよ」

「へぇ、どんな夢?」

 

果たしてニッコリ笑って言う彼女にさりげなく聞けただろうか、知らず知らずに拳を固く握っていた。

 

「慌てん棒のネコと一緒に冒険をするのよ、不器用で足が遅くて、おまけに口が汚いけれど、私の相棒なの」

 

強風が吹く谷での決闘の話。

荒野の中で拾った黄金の豆、囚われた御姫様を攫った大魔王の話。

 

「私が物語の主人公なのよ」

 

彼女の言葉はどれも弾む様で、だからこそ弾けて何処かに飛んで行ってしまって、私の耳にはなんの余韻も残さなかった。

私には、彼女の話を黙って聞いて、曖昧に笑うことしかできなかった。

 

そして、その会話の最後に、私達の爆弾が眠っていた。

 

「その相棒がね、昨日私に言ったのよ、“お前はこちらの世界の人間なんだって”」

「……」

 

流石の私も、これには何も返すことが出来なかった。

 

「私は夢の中の人間だって言うのよ」

 

少し困った様に笑うパルスィ。

 

「それで、パルスィはなんていったんだ?」

「ちゃんと違うって言ったわ」

 

少しだけ安心してしまった私は悪くないと思う。

今日の彼女は何時にもまして不安定で、如何にも不透明で、存在感が希薄だった。

 

「そっか」

「でも、話はどうもそれで終わりにはならなかったらしいの」

 

返す言葉で彼女は続けた。

 

「世界が破滅の危機なのよ、急いで私は相棒と一緒に大魔王を倒さないといけないの」

「……夢の…………話だろう?」

 

そう彼女に聞いた私の声のなんとか細いことか。

 

「そうよ、全部夢の話、今日は魔王の城に攻め込む前に最後に挨拶をしてきなさいって言われたの」

 

そうやって悲しげに笑う彼女。

 

「意味が分からないよ、突然何を言い出すんだよ」

 

頭の中には疑問符と衝撃しかなかった。

 

「私も、自分が何を言っているか本当は分かっていないのよ」

 

悲しげに浮かぶ笑みは何を思ってのものだったんだろう。

 

「ねぇ勇儀、これあげる」

 

そう言って首にかけてきたのは青い水晶が括りつけられた可愛らしい小さな首飾り

 

「一生懸命作ったのよ、大事にしてね」

 

ほにゃっと笑う彼女からは、いつもの妬み、嫉みでの険が表情からとれているようであった。

いつ作ったというのだろう。

その小さな水晶は、小さいながらも綺麗に磨かれていて優しげに私の首で揺れている。

 

「何でこんな物を?」

 

そう聞かざるを得なかったけれど、聞いてしまったことを私は一瞬で後悔することになる。

 

「私ね、次に眠ったらもう起きれないような気がするの」

「…………」

「でもね、救わなくちゃいけないの」

 

そうやって言うパルスィの笑顔の中の瞳には消せない何か熱い色があった.

魂達が空に昇っていく。

 

「あの世界は現実ではないわ、それでもあそこの世界でも人が死ぬのよ」

 

彼女は夢の中でどんな体験をしたのだろう。

長い眠りの中でどんな体験をして、どんな冒険を乗り越えてきたのだろう。

 

「私はあの世界では主人公なの、……主人公がいなくなったら、みんないなくなっちゃう」

 

昔見た話しを思い出す。

木の根っこが不思議の世界に繋がっていて、そこで主人公は動物を追いかけていくのだ。

話は彼女が夢から目を覚まし悪い夢だったという所で終わるけれど、彼女の見ている夢が同じ様に何処かに繋がっているのなら……

 

「あの夢は私が作ったものだから、最後まで私が幸せにしないと格好がつかないでしょう?」

 

彼女は震えていた。

 

「たくさんの人を救って、たくさんの笑顔に包まれて、物語をハッピーエンドにして、心底私が頑張ってよかったと思いながら幕を引きたいわ」

 

きっと恐くて怖くて堪らないのだろう。

 

「自分が自分勝手に作った話の主人公でも、だからこそ、私はちゃんと皆を幸せにして終わりを迎えたい」

 

隣合う体からは彼女の温もりと共に怯えも伝わってきた。

それでも……彼女は頑張ると言った。

 

「大丈夫、勝つわ、どんなに辛くて、痛くて、逃げたしたくなるような困難があっても」

 

皆を妬んで、呟いてばかりだった彼女が。

 

「どんな酷い裏切りも受けても、大切な人がいなくなっても、最後は皆が幸せに笑える世界にするの」

 

私に頑張るといったんだ。

 

「それが物語の主人公というものでしょう?」

 

体を震わせながらも彼女は私を見て笑った。

魂達の光に照らされて見える彼女の笑顔は儚いながらも、何処か愚直な力強さを感じさせた。

 

「……」

「勇儀」

 

何も言えない私に彼女の言葉は続いた。

 

「あなたの隣は心地よくて、何処にでも連れて行ってくれるあなたの手はとても力強くて、あたしをおぶってくれるあなたの背中はとても暖かいわ」

 

地底の天井を眺めながら彼女は言う。

 

「あなたの夜空の星を散りばめた様な金色の髪も、真っ直ぐな意思を秘めた真っ赤な瞳も、全部全部大好きだわ」

 

昇っていく魂達は天井を突き抜けて、空を目指して昇っていくのだ。

彼らに地底の境界なんて意味をなしはしなかった。

 

「私頑張って来るから、あっちであったこと話すわ、だから、……あなたは好きな事でもして待ってて」

「…………」

 

そう言う彼女には自信とかそういったものは見えなくて、不安気に揺らめく彼女の瞳は私のことを縋るように見ていた。

彼女は主人公なのだ、その世界で死んでしまうかもしれない。

死んでしまったらどうなるのか、考えたくもないけれど、それでも、彼女は行くと決めたのだった。

“羨ましい”と世界に叫び続けた彼女が、震えながら前に進む道を選んだのだ。

なら、私も腹を括った。

 

「パルスィ、この前の温泉、楽しかったかい?」

「えぇ、とても」

 

答えは即答だった。

 

「谷底の雪景色は?」

「とても」

 

「今のこの景色は?」

「とても」

 

彼女は嬉しそうに笑っていた。

 

「私さ、探すから、あんたが帰って来た時に驚く位に綺麗なものを」

 

楽しいものを、いろんなものを

 

「何度見ても目を奪われて、何度行っても楽しめる、そんな所を探すから」

「まぁ、それは楽しみ」

 

クスクスと笑っている彼女

 

「だからさ、いつかまた一緒に遊ぼう」

 

今の私にはなんの手立ても思いつかなくて、彼女の興味を此処に向けることしかできそうにない。

 

「“いつかまた”でいいから、私はずっと待ってるから」

「…………あなたのそういう所が一番妬ましいわ」

 

彼女は顔を見せてくれなかったけど、それでも、鼻をすすっている音が聞こえて、かすかに嗚咽の声も聞こえて、望まれていなかったことをしようとしているのではないことに安心した。

 

「勇儀、私あなたに“おはよう”って言うわ、一番最初に、あなたに笑って、寝癖がついていても許してね」

 

そういって彼女は私に儚く笑い、頭を預ける様にしてすぅすぅと可愛らしい寝息をたて始めた。

 

「おやすみなさい、パルスィ」

 

その呟きに返事をした訳ではないのだろうけど、小さくウンと呟いて、彼女は綺麗な眠りについた。

 

 

 

 

 

 

 

 

―あら、何あんた?

 え?土蜘蛛?薬を持ってきてくれたの?

 いらないわよ、というか私のは病気ではないみたいだし……

 

 あぁこれ?

 橋姫のお守りなの、大切な人に作っているのよ

 妬みの籠もった視線から身をまもってくれるお守り

 今のあたしは如何にも現実味がなくて、今も夢の様だけど

 さびしそうな顔をしているその人をお守りが守ってくれるのよ

 私、いつかもう一回その人と流星群を見るの。

 

 限りなんてないと、妬むことさえ馬鹿らしくなった真っ白な雪の流星群を―

 

 

 

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