東方小噺竒   作:加具

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目覚めの朝に“おやすみ”を言いに行こう

―ひな、おもしろい話をしてあげる。これはもしかしたら幻想郷(このせかい)にうまれてきたかもしれなかった神様の物語だ。

 

幻想郷にも夏が来る。

永遠に続くかのように蝉時雨が森を満たし、きらきらと差し込む木漏れ日に照らされて水面は涼やかに流れゆく。

 

「私は大変なものを発明してしまったよ!」

 

その声は人気のない川に人知れず響いたのだが、人ではない誰かはそれを聞いていたようだった。

 

「大変なもの?」

 

疑問府を頭に浮かべ、コテンと可愛らしげに首を傾げるのは流し雛のひなである。

川の近くの石にポテンと腰掛け、先を促すかのように物欲しげな視線を向けている。

 

「奥さん、こんなのはどうですか?」

 

そうやって取り出したるは取っ手が赤く塗られた細工品

 

「奥さんて……い、いや、それよりそれはなに?」

 

突っ込みを抑え商品への興味を示すひな。

気を使ってくれて実に助かる。

 

「これはスイッチを押せばホラ!」

 

その声とともに器具につけられたスイッチを押した瞬間、パッと先端に灯りが点った。

 

「まぁ、光ってるわねぇ」

「驚きが薄いよひな」

「ご、ごめんなさい……」

 

紹介しているのはひなだけだからつい自分の期待していた反応をひなに押し付けてしまう。

まぁこんなものは恒例行事のようなものだからいいのだ。

 

「先端が光ってその先を照らします、スイッチ入れるだけのお手軽さ、胸の中に入れて気軽に持ち運びできる便利さ、私はこれを“懐中……どうしたのさひな?」

 

まだ説明の途中であったが、あたしはひなの何かもの言いたげな雰囲気に押され、話の矛先を向ける。

 

「それって提灯じゃ……駄目なの?」

「…………ひななんか嫌いだ」

「ご、ごめんなさい!!」

 

軽く論破される私。

そのあと好きなようにつけたり消せたりできる、場所をとらない、明るいなどの利点をのべていった。

しかし、提灯より明るいと夜道でより妖怪を引き付けてしまうとのことで人間には向かない、妖怪は夜目が効くからそもそも必要ないときて、とどめに電力で動くというのが最大の理由となりこの発明はお蔵入りとなった

 

「じゃあこれは?」

「……なにそれ?」

 

次に取り出したるは一見ただのステッキ

 

「これはかつて白い悪魔と呼ばれた人が使っていた杖のレプリカだよ!名前はレ―」

「うん、それが駄目なのはにとりももうわかってるのよね?」

「……うん」

 

優しく諭されてしまった。

魔力という怪しげな成分だけに現実味は十分だとは思うのだが、やはりどんな世界でもパクリはいけないということなんだろう。

最初からわかっていたから別に未練なんてない。

 

ひながありがちな変身呪文を唱えて少しエッチなお着替え……もとい変身シーンを見せてくれないかと少し期待しただけだ。

 

「なによ、今日のお披露目会の観客が私だけなのは私の少しエッチな変身シーンを見たいってだけの理由だったの?」

 

……どうやら心の声も筒抜けであるらしい。

理由はそれだけではないのだけども。

 

「ひな、私は大変なものを発明してしまったのさ」

「それはさっきも聞いたわ」

 

ハイハイと流すひな。

 

 

「ねぇ、ひな、幻想郷(このせかい)には新しい神様は必要かな?」

 

 

その瞬間空気は止まった。

そしてその瞬間、底知れぬ何処かで、世界と呼ばれるような何かがぎょろりとこちらを向いたような気がした。

 

「何をいっているの?」

 

慎重に、言葉を選ぶかのようにその言葉は発せられた。

 

「私は大変なものを発明したのさ」

 

私は懐がら一粒の鉛を取り出した。

 

「今までの物事のすべてが伏線で、これを出すための下準備さ」

「それは、何?」

 

まだこれが何かわかっていないひなはそれを不思議そうに見るだけだった。

 

「最初の構想は子供たちが作ってる 紙風船の破裂だったんだ。」

 

思い出すのは村の子供たちの遊んでいる風景。

風船の中には子供達が戯れに入れた木の実が入っていた。

 

「人力で空気を圧搾すると少しづつ空気は圧力を上げながら一か所にたまっていく」

 

他の子供を驚かそうと思った子供は紙風船を振り回し、その子供の目の前で風船をパァンと割って見せたのである。

 

「最大限に圧搾した状態で力の逃げ道を作ってやると膨張しようとする圧力に耐え切れなくなってその方向に大きな力の流れが発生する」

 

風船が弾けた瞬間、先端にあった木の実は押し出され、結構な速さで相手の子供を直撃したのだった。

ビャービャー泣く子供に、そんなつもりはなかった子供はもらい泣きをして二人して大きな泣き声をあげていた。

いやはや、あのときは本当に難儀だった。

 

「この現象に私は興味が沸いた」

 

私は思考錯誤の日々をひなに伝えた。

 

とりあえず私は全体に均等に散っていた力を一方向に向けるための形を考えた。

 

「考案した形は色々あったけれど、最終的に残ったのは筒状の今のこの形」

 

次に人力による空気での推進力では限界があると考え瞬発力のある力を探す。

 

「私はこれに藤原のが使っていた花火の火薬に目を付けた」

 

火をつけた一瞬での瞬発力は目をつけた私の目が正解だったことを明確に示していた。

 

「この時点で空気の圧縮、膨張、炸裂の現象が火薬の燃焼、爆発に置き換わった」

 

適切な量と適切な力の逃げ道、それがそろった中で当初入れていた木の実は形状を維持できなくなり、途中で潰れてしまい十分な効果を示さなくなった。

込めるものはもっと堅いものが必要であると判断する。

 

「知ってるだろうけど、私は気になることはとことん気になるからさ、何かに役に立つからとかそんな理由で行動してなかった」

 

こうすればこうなる。

少しづつ目に見えて向上していく自分の研究成果にすっかり心を奪われた。

 

「自分でも内心わかってはいたんだろうけど、途中から、私はどうやったらもっと効率的に、労力なく、最大限の効果を発揮できるか、その向上に夢中になってた」

 

香罧堂で見つけた金属のインゴット、私はそれを溶かし、固めて一粒の塊にした。

 

「込めるものは鉛の塊に変わり、いざと試した途端その結果に私は考えてしまったんだよ」

 

其処から発射された塊は、標的にしていた木にぶつかり、あたった部分に円状の深い傷をつけた。

 

「不思議なことにぶつかったときにできる傷跡は私が作った弾よりも明らかに大きくなっているんだ」

 

物体が帯びた火薬の爆発の際の熱の力、凄まじい速度での物体の移動。

 

「鉛を使ったその弾でも速さには耐え切れないのか途中から形状が変わってしまうらしい、命中した時には後方から着弾の接地面にむけて大きくなった形になりより大きな破壊を起こすことが分かった」

 

その説明をひなは呆気にとられて聞いていた。

反論をしようにも話題が難しすぎて彼女がどこまで理解できているのかはわからない。

でも、次の一言があればそれだけですべてが理解できるだろう。

 

「明らかにそれには殺傷力があったよ、火薬を入れて飛ばした鉄の塊は人間程度ならすごく簡単に殺してしまうことがわかったんだ」

「そ、そんな……」

 

最後の一言を聞いたひなはそれだけこぼした、幻想郷のバランスを崩しかねない発明だということが理解できたのだろう。

 

「だからさ、ひな、もう一度聞くよ?」

 

 

 

「幻想郷(このせかい)には、新しい神様が必要かな?」

 

 

 

 

 

この発明はもしかしたら世界を変えるかもしれない。

何処か遠い先のこれからへ自分たちを連れて行ってくれるのかもしれない。

世界から向けられる視線の圧力が強くなる。

 

「一つ質問をさせて頂戴」

 

私の質問に彼女は質問で返してきた。

 

「どうぞ」

 

私はそれを許容し、彼女の質問を待つ。

 

「その鉛の弾丸を作ったことと、新しい神様とはどんな関係があるの?」

 

彼女なりに気を使っての発言であることが十分にわかる質問だった。

もう一つの可能性を根底から考えていないんですという体での質問であったからだ。

 

彼女からすれば可能性は二通りある。

一つはこの発明によって新しい神様ができるということ。

そしてもう一つは―

 

「私が幻想郷の賢者を殺して他のだれかを神様に据える」

 

圧迫感は次第に増していく。

世界を監視するたくさんの目に私はどう映っているのだろうか。

 

「そんな訳ないじゃない。これでも私は、この幻想郷を気に入ってるもの」

「そ……そうよね」

 

緊迫した空気の中ででも私には余裕があった。

しかし、確かめたいこともあったのだ。

 

「これを人間が手にすれば、きっと新しい神様が増えると思ったのさ」

 

私たちは根本的に人間ありきの存在である。

 

「人間の恐れ、感謝、不安、喜び。感情の発露の先に私たちはいるんだよ」

 

目の前の彼女だってそんな人間の一部分を一身に受け止める存在だ。

 

「人間はこれに感謝すると思うんだ、命を守れる幸運に」

 

たくさんの未来があって、これを手に入れた彼らが何をするのだろう。

 

「人間はこれに憎悪すると思うんだ、命を奪われる災難に」

 

たくさんの未来を守れる中で、それでもその後ろ側で誰かの泣き声を聞くこともあるだろう。

ちょうど、紙風船の木の実に当たった子供の様に。

 

誰かを抱えて泣きじゃくるかもしれない。

 

「そんな時、この世界はきっと素敵な奇跡を起こすよ」

 

何時だって神様は誰かの助けを聞いてくれる。

願いを聞いた神様が何時だって助けてくれるかは別だけれど。

 

「面と向かって彼らに会えるこの世界では、祈りは神様に届くからさ」

 

何時だって神様は誰かの慟哭を受け止めてくれる。

慟哭を聞いた神様が何時だって慰めてくれるかは別だけれど

 

「その神様が人間を愛してくれるかは別になっちゃうけどさ」

 

未だ見ぬその友達に、気づけば手を伸ばせば届きそうな位置にいて。

無性に私はその手を伸ばしたくなる。

 

「幻想郷(このせかい)はそれぐらいには素敵なところだと思うんだ」

 

こんな台詞を大真面目にいえるくらいには、私は私たちを見る誰かさんに感謝をしているのである。

 

「だから、人間に作られるべくして作られ、いつの間にか今になったひなさんに聞きたいの」

 

彼女は人間を愛している。

触れてはいけない性でも、人間を遠くから見て嬉しそうにほほ笑む彼女を何度も見てきた。

 

 

「幻想郷(このせかい)に新しい神様は必要?」

 

 

とても申し訳ないことをしている自覚はあった。

自分が作ったことの発端を彼女に委ねようとしている。

彼女の答えだけがすべてではないけれど、彼女に片棒を担がせようとしているのは事実であった。

 

「大丈夫だよ、どちらを選んでも彼女は私たちの邪魔をしないと思うから」

 

未だ私たちを何処かで見つめている賢者のことは心配いらない。

 

「こんな発明、賢者は止めに来ないさ。どうせ切ったはったがこれに代わるだけで、世界は何も変わらないもの。」

 

それは手段が増えるだけで、あり方そのものを歪めてしまうわけではないから。

 

「それでも彼女が見るわけは、私たちがどんな答えを出すか見たいからじゃないかと思うんだよね」

 

話し続ける私を半ば無視するようにして、彼女は深く考えていた。

私が本当に話しかけている相手がひなではなくて、境界の向こう側にいるあの人だということがわかっていたのだと思う。

 

「私は―」

 

彼女の言葉はこう続いた。

 

「私は世界に生まれてこれたことを感謝している」

 

人間の厄を一手に引き受け、流していく彼女は困難ばかりを背負う存在でもこの世界に感謝していた。

 

「人の厄はとても強くて、人とふれあえないのは悲しくて、遠くから見守るばかりの今でも」

 

ゆらゆらと漂い、虚ろに時間を過ごしてきたこともあった。

 

「里の人が私に少しでも感謝してくれているそれだけで、私はこれからいくらでも頑張れる気になる」

 

それでも私はいいのだと、彼女は語った。

 

「そして、人間に会えないそんな私でも、私はあなたに出会えた」

 

まっすぐ私を見つめる視線は純粋過ぎて私のほうが目をそらしてしまう羽目になった。

 

「その彼女はたくさんのつまらない発明をして、たくさんのくだらない閃きをして私を楽しませてくれるの」

 

私に向かって彼女は手を伸ばした。

 

「そして、そして時々、今日みたいな本当にすごいものを作ってしまうのよ」

 

私はその手を思わず掴んでしまう。

ひなはにぎにぎと私の手を握って、ほにゃっと笑った。

 

「私、そんなあなたがたまらなく好きなのよ?」

 

いや、そこで疑問形は可笑しいと思う。

 

「もしも新しい神様がいて、人間たちとふれあって、もし私のように素敵な友達と出会えたのなら。きっと幻想郷(このせかい)を好きになると思う」

「じゃあ―「でも」」

 

遮るように彼女は続けた。

 

「自分の存在が誰かを傷つけていると知った時、その神様はどう思うのかな」

 

そうあるようにつくられたのだから、そうなるのは当たり前なのだけれど。

 

「根源が誰かを傷つけることである神様は自分のことが嫌いになってしまうかもしれないわね」

 

でもその当たり前が、形を作ってしまう前の何かに傷をつけてしまう気がした。

 

「私はやっぱり、私の意見しか言えないわ。私は幸せだったけれど、新しい神様の幸せを私は決められないもの」

 

彼女はそうやって未だにもにょもにょ握っていた手をそのままに私に言ってのけた。

 

「決めるのはあなただと思うわ、にとり。だってあなたはお母さんだもの」

 

そう、こんな発明賢者は止めに来ないさ。どうせ切ったはったがこれに代わるだけで、世界は何も変わらないから。

 

「ならね、ひな、その新しい神様を私は消すことにしたよ」

 

それでも、きったはったでいいのさ。

こんな鉛にお願いしてしまっては幻想郷は面白くなくなる。

 

妖怪に食った食われたで騒いで、人が殺したなんだで騒いで、平等に世界を楽しもう。

あるがままでいいのだ。

そういうものがそういうままに生きていく世界。

強いとか、弱いとか、関係なく、自分自身が決めたものに立ち向かっていける世界。

 

この美しい世界にはいささかこれは無粋なようだから。

 

「撃鉄を下すのはやめにするよ。私たちにはこの声がある、握れるこぶしがあって、踏み出す足がある」

 

一生懸命考えて、一杯一杯努力して、私はこの子のお母さんになったけれど。

 

「こんなものに祈りをささげるのはやめにしよう、世界にそんな新しい神様はいらない」

 

だからさ、ひな、これはあんたにだけする御伽噺さ、

だからさ、ひな、覚えておいておくれよ、この鉛の一粒の無限の可能性を

 

「これがあれば今まで守れなかったたくさんのものが守れるかもしれない」

「これがあればもしかしたらたくさんのこれからがあったのかもしれない」

「これがあれば恐怖に震えながら夜をこすだれかの少しの支えになったかもしれない」

 

間違いなく救える誰かがいて、もしかしたら友達になれたかもしれない誰かを諦めて。

 

「でも、私はそんなこれからは来ないようにしようと思うんだ」

 

それでもこの発明は世界を変えてしまうもので、誰かを傷つけてしまうもので、幻想郷(このせかい)にはいらないものだと信じているから。

 

「こんなものがなくても守れるものはあって」

「こんなものがなくてもたくさんのこれからがあって」

「こんなものがなくても、恐怖に震えるだれかが歯を食いしばって生きていけるならば」

 

「私はそんな未来(これから)を未来(これから)のままにしておくことにしようと思うんだよ」

 

鉛なんてなくても生命は死ぬし、たくさんのこれからはまだたくさんのまま広がっている。

 

「こんな未来(これから)があってもいいと思うんだよ」

 

指先でピンと弾いたその鉛の塊は小気味いい音を立てて宙を舞い、ちゃぽんと少しだけ水面に波紋をたてて何処かに流れていく。

 

「だからさ、ひな、覚えておいてよ、こんな一粒の鉛にそんな話があったってことをさ」

 

これは幻想郷の片隅であった一粒の鉛にまつわる御伽噺。

幻想郷(このせかい)はいつもと変わらず蝉時雨に耳を傾け、肌を刺す熱い日差しに身を焦がしていた。

いつもと変わらぬ夏がくる。

 

「そんなに泣かないでよ、にとり、よく頑張ったわね」

 

―ひな、おもしろい話をしようよ、これは一粒の鉛の神様の物語だ。

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