終わり往く者   作:何もかんもダルい

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怨嗟と絶望の中で、光を目指し一心不乱に駆け抜ける。それはきっと、誰もが眩しく思うだろう。


しかし忘れる無かれ、「見たこともないものを追い続けられる」のは狂人の所業に他ならないのだと。



始まります


人と獣、それから。

 龍門のスラム街。絢爛な摩天楼に近づくことすら許されなかった穢れの結晶。感染者が移動都市の外周に形成した地域の路地裏で、二人の人間が話をしていた。

 片方が金銭を渡せば、もう片方は喜色ながら警戒した面持ちで対価―――情報を明け渡していく。それは無法の場において暴力の次に有効な手段。感染者は新聞という情報媒体の入手ですら手こずり、法外な金をむしり取られる場合がある。故に()()()から直接得るほうが有益な場合も多分に存在しているのだ。

 

「チェルノボーグ…………ああクソ、タイミングが悪すぎた」

 

 レユニオンの蜂起。タルラが遂に動いたのだと知って絶望的な気分になった。

 チェルノボーグは龍門から比較的近く、そして感染者の恨みが募りやすい場所の一つ。まず確実に狙っていると見ていいだろう。感染者の扱いで言えば移動都市を抱える国などどこでも同じようなものだが、それは逆説的に近場であればどこが襲われてもおかしくないということでもある。

 

「……難民移動の先陣がつい数日前。今はもう続々と到着してるってことは―――――」 

 

 難民に紛れ、レユニオンの尖兵がスラムへ侵入していたとしても可笑しくない。戦力がある程度集結するまで無茶な行動はしない筈と信じたいが、怨念の塊のような連中だからそれも読めない。

 もっと情報を集めるか、それとも潜伏先を予備を含めて早めに決めるべきかと思案していると、先程情報を貰った壮年の感染者から声を掛けられた。

 

「なああんた、あんたも感染者なんだろ」

「まぁ、そりゃあな。というか感染者でもなければここには居ないだろ?」

「それは、そうなんだが、な」

 

 そう言うと、男は口ごもってしまう。泣きそうな顔で拳を握り締める男の手の甲には、黒光りする結晶が存在していた。天災に巻き込まれて飛んできた源石の欠片が腕に突き刺さってしまったのだという。

 言うべきか否かを迷った後で、憔悴した顔で男は自分へ訪ねた。

 

「なあ、感染者ってどれだけ生きられるんだ? 娘が居るんだ、まだこんなに小さくて、俺みたいに刺さったわけじゃないのに酷い速さで体中の石が増えてるんだよ」

「……」

「直す方法をなんて贅沢は言わねぇ。せめてあとどれくらい生きられるか、あんたの経験からでもいいからおしえてくれ。頼む、どうか……」

 

 藁にでも縋りたいと言わんばかりの顔だった。叶うなら治してくれ、いいや遅らせるだけでも―――――と。自分がどうなってもいい、だが子供はどうか、と懇願している。

 ……此処で理想論を語るほど、自分は優しくない。自分にできるのは、傷口が膿まないように焼いて消毒することだけ。だから―――――

 

「源石は、身体全体から見て何割だったか分かるか」

「……おおよそ、1割」

「…………夢を見せるのは残酷だからはっきり言うぞ。半月持つか、最悪あと数日だ」

「――――――――」

 

 男は絶句した。顔面が蒼白に変わっていく。そんな顔をするなよ、分かりきっていたことだろうがと叫びたいのを飲み下して、証拠となる経験を告げた。

 

「鉱石病は進みが速い奴と遅い奴が居る。基準は分からんが、身体に刺さらないでその進行速度だと恐ろしく速い。そもそもこの病気は体に出てきた時点で手遅れ一歩手前なんだよ。見た目で分かりづらいだけで、内側はこのクソ忌々しい石ころにどんどん置き換わってる。侵される内臓次第ですぐにでも飲み食いすら困難になる」

 

 自分の場合は体が表層から侵食される異常体質と鬼の再生力の二つを有しているお陰で、結晶部分を肉ごと削ぎ落して治癒を待てば強引に()()できる。だが、皆が皆こんな奇跡みたいな身体を持っている訳は無いんだ。むしろ、苦痛が長引かないだけ有情と言う奴もいる始末。致死率100%は伊達じゃない、必ず死ぬ。

 

「ロドスに縋っても、その子が持つか分からない。数日以内に治療を開始できなければ…………おそらく、間に合わない」

「そん、な……」

 

 男は声すら出せず、項垂れるしかなかった。ひとしきり絶望して、そして次にやって来るものは――――  

 

 

 

「…………けるな」

「……」

「ふざけるな、そんな、そんな……!」

 

 ()()だ。八つ当たりと知りながら、男は自分の両肩を指がめり込むほどの力で掴みかかった。

 辛いよな、苦しいよな、痛くて悲しくて、そしてどうしようもないから自棄になるしかない。そうやって負の螺旋階段を転がり落ちていくんだ。

 

「まだ5つなんだぞ!? 学校にも行ってないんだぞ!? あの日が誕生日で、妻と一緒に祝って、それだけだったんだ!」

「そうか」

「私はどうなったってどうでもいいさ、プロパガンダに騙されて散々差別をしてきた屑だと理解出来たからな! だが、だがあの子は幸せだっただけだろう!? …………当たり前の、ささやかな幸せを喜ぶことすらアイツ等は、レユニオンは罪だというのか?! 恨みを晴らすためなら子供の命を踏み躙っていいのか!?」

「…………そうだな、許されないよな……」

「―――っぐ、う……うう、うううう、うああああぁぁぁァァァッ!」

 

 路地裏に慟哭が響く。四つん這いで蹲って、無力と憎悪をどうにかぶちまけようと迸る叫びを止める権利は自分にはない。彼がたった一人で、近くに妻らしき女性が見当たらないのは()()()()()()だろうから。

 

「リオン、リオン―――――ッ、すまない、すまない…………無力な父さんを許してくれ…………」

「……」

 

 …………そうだ、彼を慰める権利は自分にはない。かつてこんな絶望を植え付ける側だった屑が希望を語るなんて、そんなマッチポンプは許されない。おまけに、その無差別な人殺しの動機が衣食住のためだったなんて―――――そんな塵に宥められたら、彼の慟哭まで貶められてしまうから。

 

 ―――――ああ、だけど。

 ナイフで指に傷を付け、近場にあった古新聞に血文字を刻む。唐突に行われた猟奇的ともいえる行動に、男は疑問を浮かべる事しか出来ない。

 そして、全てを書き切ってから血文字だらけの古新聞と共に数枚の硬貨を渡した。

 

「これ、は」

「……ロドスの裏番号だ。ここから100mも行けば無線式の公衆電話が置かれてる。誰が置いたかは分からないし、相当古いがまだ使えるはずだ」

 

 どうしても、どうあっても、自分は冷血になりきれない。

 中途半端に人間で、中途半端に狂犬で。自分の為なら他人を容易に貶められる癖に、こんな無形の激痛一つにすら耐えられない。

 

「そこで俺の名前を出せ、カイナだ。それでも怪しまれたら、“半端者のビーストから教えてもらった、()()()()()()()なら分かる”と言えばいい。―――――延命位なら、どうにかしてくれるはずだ」

「だ、だが、何で」

「行けよ。()()()()()()()()

「――――――――――!!」

 

 失う、その一言で男の瞳に炎が灯った。これ以上奪われてたまるかと、涙を拭って走り出す。

 

 

 

 

 

「…………何やってるんだろうな、俺」

 

 ―――――その泥臭くも眩しい姿を見届けて、カイナは路地裏へと消えた。

 

 

#####

 

 

 此処(スラム)が全ての始まりだった。

 選民思想と気合と根性に晒されて、無能扱いをされて放り込まれた掃き溜め。どうしようもない絶望の中で必死に足掻いた過去は、周囲の風景と共に否が応にも再生される。

 

 生き抜くためにまず必死で会得したのは人殺しの技。その頃にはある程度―――無いよりマシ程度だが―――アーツは使えたから、自分を傷つける敵を全て排除するための技を我流で覚えた。

 そんなことをしていれば、当然同年代の子供達からは浮く。そもそも同年代どころか年下の小さな子供すら信用していなかったことが一番の原因だろうと今は思う。周囲が徒党を組んで大人という強者に対抗していく中で、自分が覚えたのは住処の周囲に()()()()を置くことだった。

 

 スラムの強者は反撃されない弱者(カモ)を求める。なら逆に、自分と同じぐらいの体格の奴が無惨になっていたら? 例を挙げるなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()どう感じるだろうか。

 答えは簡単―――――“此処は近づいてはいけない”と、粗雑な直感で()()()()の周囲を避ける。

 

 日に日に腐りゆく肉の臭いと衰弱していく人間の姿を前にして、しかも無視して侵入してきた屑を血祭りにあげ続けて正気を保てただけでも奇跡だろう。実際は相当ギリギリだった瀬戸際でレユニオンという存在を知って、一も二も無く飛びついた。

 連中が掲げているようなお題目なんて何一つ興味も無く、ただ安全な寝床と飢え死にしないだけの食事が保証されるというだけで、暴力の渦に加わったのだ。

 

 端的に言って、自分で自分が情けない。だというのに面倒になったら切り捨てて逃げて、それを繰り返した果てに無駄に禍根やら繋がりやらをそこら中に残す結果を招いているわけで……

 

 

 

 

「もうバレてんだよ、黙ってないで出て来い」

 

 挙句今、こうして尾行を許してしまっていた。

 誰も居ない道端で振り返り、声を掛けるが帰ってくるのは白々しい沈黙。強引に引き摺り出そうかとナイフを構えれば、観念したかのように下手人は姿を現した。

 

「久しぶりだな、ビースト」

「今はもう唯のカイナだ。そっちは……スカルシュレッダーって呼んだ方が良いか?」

「ああ」

 

 ガスマスク越しの声は昔よりも若干低くなっているが口調は殆ど変わっておらず、それがどこか懐かしい。両手の榴弾砲は銃口が下げられてセーフティも掛けられており、攻撃の意思が無いとは確認できる。だが、逆に言えばそれだけだ。自分はレユニオンの離反者にして元ロドスオペレーター。後顧の憂いを断つために此処で完全に殺しにきているという線も捨てきれない。

 

 アーツによる音響探知の外側から波状攻撃でも仕掛けられれば完全に詰みだ。仮に回避し切れたとしても次の瞬間には眼前で榴弾が炸裂するだろう。スカルシュレッダーの榴弾砲は近接用の改造も施されており、切れ味はまともに食らえば骨諸共内臓が切り裂かれかねない程。遠近双方に対応した恐ろしさは良く分かっているだけに油断できないし、したくない。

 

「話がある、此処で誰かに聞かれるのは避けたいから付いてきてくれ」

「嫌だと言ったらどうする? お前には悪いが、こちとら前科持ちだ。アンタ達に粛清されるパターンだって想定してる」

 

 それを理解してか知らずか、此方に拒否させる暇も与えずスカルシュレッダーは依頼内容を告げた。

 

「―――――――――――――――――――」

「……」

「…………これは俺の個人的な話だ、断ってくれたってかまわない。傭兵としての仕事しかしないというのなら、俺に出来る範囲で報酬も支払う。だから、どうか頼む」

 

 依頼内容を馬鹿げたものだと自覚しながら、彼は頭を下げた。

 はっきり言ってしまえば、馬鹿正直に頼み事を聞く義理は無い。連中は最早テロリストだ。一方的に決別を叩き付けて、さっさと龍門から逃げてしまったとしても誰も非難しないだろう。()()()()()リスクとリターンを計算するのは当たり前であって、どれだけ実入りが良くてもリスクを鑑みて受けるか切るかの選択をしなければならない。

 スカルシュレッダーはレユニオンの中でも比較的若いが、だからと言ってその道理が分からないほど阿呆ではない。感情的になりやすい一方で、ちゃんと戦術や策謀を練れるだけの頭を持っている。

 

「……俺が何したか、知らない訳じゃないだろ」

「当事者だったからな。()()()()で、お前に頼みたい」

「何でそうまでする、他にも宛はあるだろう?」

「……正直言って、確証が持てないというのが一つ。レユニオンにはあまり関わらせたくないし、ロドスは論外だ。そうなれば俺にとって頼れる部外者は一人しか居ない」

 

 眼前の相手が同胞などではない、明確な()だと理解している。自分が過去に起こした所業を理解した上で、テロリストは“お前しかいないのだ”と嘆願していた。

 そうまでされたら此方も弱い。損得勘定だけで心からの頼み事を断り切れる精神性をしていない半端者だから、

散々迷ってから……

 

「…………分かった。気が向いたら、受けてやるよ」

「それでもいいさ。………有難う」

「止せ止せ、そういう無邪気な感謝は苦手なんだよ」

 

 相変わらずだとスカルシュレッダーは苦笑した。当然だ、数年で変われる程自分は()()()じゃない。それを知ってか知らずか、今度は茶化すように笑う。

 

 それから少しの間だけ、爆殺鬼(テロリスト)の少年と皆殺しの塵狼は互いの立場も忘れて語り合った。




Report

 先日の龍門スラムからの通報により、対象の位置が特定されました。

 対象はレユニオン幹部“スカルシュレッダー”と接触。何らかの交渉を行ったものと推測されます。

 しかし、今圧力を掛けてしまえば再び対象は行方を眩ませるでしょう。

 対象の観察段階は継続。捕縛段階の延期を推奨します。


補遺
 彼をこれ以上追い詰めないでくれ。
 彼はもう限界だったんだ。戦力には成りうるし、連中との交換条件にだってなっている。けれど、もう一度その渦中に叩き込まれたら今度こそ壊れてしまう。本物の“ビースト”に成り果てて、何もかもを皆殺すだけの戦闘兵器になってしまう。
 あんな生き方は人間じゃない。文字通り自分の肉を削ぎ落しながら延命する姿を忘れたのか? 訓練ですらも怯え続けて、オペレーター達の全てを避け続けていた姿を忘れたわけじゃないだろう。

 お願いだ。彼の身を本気で案じるのなら、彼から手を引いてくれ

―――――――オペレーター サリア
 

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