終わり往く者   作:何もかんもダルい

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負け犬系主人公が書きたかった。後悔はやっぱりない。


慟哭の塵狼/Crying Beast
疾走する者/Lostic-Beast


 誰だって、最初の内は勇敢だ。明日を変えたい未来を変えたい、こんな世界は間違ってると、綺麗事を並べて自分の身を固めて、そして組織に所属して仲間を増やす。

 それは決して悪い事ではない、むしろ正常なことだろう。だが、問題はそこからだった。

 

 どんな組織であれ、それが人間の構成するモノである以上は『成長』という因果から絶対に逃れられない。自分より強い相手に勝つためには自分も強くならねばならず、大国を相手にするには自身も大国となるしかないのが基本の原則だ。

 しかし、『成長』が拡大するにつれ()()()というものは必ず生じてしまう。分かりやすい例を挙げれば、上層部の腐敗や市民・構成員の鬱憤の蓄積、そして目的の劣化だろう。組織が富めば富むほど上層部はその恩恵を受けやすく、必然金や権利の亡者が出現する。一方で、増えすぎて余った人員は対価を得るための労働に就くことも出来ずに富からあぶれ、そして怒りや不満といった他者への負の感情を娯楽として楽しむ生き地獄が出現してしまう。

 目的の劣化は言わずもがな、組織が結成された当初の理念というものは、トップの代替わりや組織の成長による価値観の絶対数の増加が手段と目的を逆転させてしまうことも珍しくない。

 

 かと言って、『成長』の反対、『退化』はどうだろうか。

 これはもう駄目だ。どう足掻いても先細り、そしていつか自然消滅する。加えて『成長』と同時進行で襲い掛かるリスクのような物なのだから恐ろしい。

 故に、『成長』し続けて『退化』に抗わなければならない。生物が熱力学における熱拡散に抗って熱生産を行うのと同じ。“法人”――――組織を法的に個人と見做す――――という言葉があるように、生物の群体である以上は生物の原則から逃げられない。

 

 負け続ければ熱的死、逆に勝ち続けても内側から自壊していく。そのバランスはすさまじくシビアで、歴史上滅びを経験したことのない国が存在する地域はないと言われれば納得できるのではないだろうか。

 時に此処は譲る、しかしここは絶対に死守するといったような譲歩が必要になる瞬間は何時でも存在している。戦記物の小説で大抵の場合主人公側が苦境なのは、“これ以上負ける必要が無い”という予防線を張る意味も持っているだろう。亡国が再興しても、いつかはその交渉や配慮の手札が必要になる瞬間はきっと来る。絶対に避けられない。

 

 当然、先程も言った通り「成長するな」とは言わない。それは退化と共に自滅への一本道だ。今をしのげても、いつかは崖っぷちに追い詰められる。無制限に停滞や後退を認めてくれるほど生存競争は甘くない。

 

 

 大言壮語というが、口に出し、夢に見る分には自由だとも。だが、目指した果てに惨めな結末が待っているとしたら、それは挑戦する意味などないのではないか、と思ってしまうのだ。十分な安全マージンを取って、その範囲内で事を済ませられる方向に努力するのが、結局は一番“賢い”と言われる生き方なのだろう。

 それこそ『退化』だ、という言葉も最もだ。目指せる奴はどんどん前へ前へと行けるし、出来ない或いはやろうともしない奴は前に居る奴を詰るだけ。敗者や弱者の中でもいっとう質の悪い連中だ。

 

 

 ―――――では、問おう。

 

 『主役』とは、何だ?

 

 『脇役』とは、どうやって決まる?

 

 先述の前へ進む者が主役だとしたら、後ろで陰口を叩くのが脇役だろう。それが好評であれ悪評であれ、口ばかりで何も出来ない者は問答無用で脇役になる。

 人類皆主人公なんて嘘っぱち。結局は成功者の美談の結晶体、氷山の一角でしかないのだ。

 

 それになぞらえるなら、ああ、自分という人間は『脇役』の側なのだろう。人としての器が小さい。大した理想や信念がある訳でもなく、その日をそれなりに平穏無事で過ごせればもう満足。それ以上など目指すべくもない。

 受動的で、情けない。

 

 それでも言い訳をさせてもらうのなら、己の人生について語らせてほしい。

 

 “鉱石病(オリパシー)”という単語を知っているだろうか? 感染性かつ致死率100%、そして感染源は感染者の亡骸と源石(オリジニウム)というエネルギー資源。その特異性故に世界各地で迫害が起きているのだが、自分の生まれ故郷は特に酷く、発見次第即殺されても文句が言えないという程。奇跡的に自分は感染を免れていたが、此処で悲運なことにオリジニウムを介した特異現象―――――通称“アーツ”の適性が見つかってしまった。

 

 悲惨だったのはそこからだ。過程は省略するが、簡単に言えば長く源石と接触し過ぎたせいで鉱石病を発症してしまった。

 

 そして一瞬で身寄りを失い、衣食住を失い、加入したのはレユニオンという感染者で構成される組織。これは特に何か恨みがあったからという訳では無い。レユニオンに加入し、その御旗を掲げれば、それだけで衣食住がある程度保証されるというだけ。

 そして、その中でアーツの適性を買われて略奪や殺戮、悪行の限りを尽くして()()()()()をし続けた。滑稽な話だ。ただ生活を安定させたいがために無辜の民に危害を加えまくり、結果としていつの間にか幹部扱い。バカなんじゃないかと思って、ああ結局こいつらは鬱憤を晴らしたいだけだと愛想が尽きた。

 

 そんな環境に嫌気が差して、次に加入したのはロドスアイランドという組織。こちらは鉱石病の治療を目指し邁進する製薬企業――――の皮を被った、感染者専門の対策組織。

 感染者の救助・雇用、支援、更には感染者関連の戦地介入まで。やってることは正しかったし、居心地も良かったには良かったが、やはりそこでも苦痛はあった。

 

 感染者には当然、怨念のままに殺し続ける連中だっている。そういう奴らは説得したところで無意味だから、当然殺す。

 

 多く居るが替えは聞かない戦力として、生き残るために死力を尽くした。

 だが、状況は改善の兆しも見せない。傷が癒えぬうちに次の戦場、そしてまた次の、次の次の次の次の……

 勝って成長してまた勝って、どれだけ繰り返しても状況が改善しないのだ。それどころか負傷や物資・人員不足が相まって難易度はどんどん上がっていく。

 

 身をすり減らしながら勝利すれば、より手強い無理難題。

 無数の犠牲と共に生き抜けば、不慮の事態でさらに犠牲が生まれる。

 当然、犠牲者が出れば悲しむ者だって出てくる。中には“何でお前だけが生き残った”と罵倒を浴びせるような精神状態の人間だっていた。そして、そんなことがあったとしても組織は『成長』のために止まれない。

 次の敵、次の課題、次の犠牲、次の烙印―――――――生存者が負うべき責務。

 

 お前は生き残った、即ち『成長』したのだから、さあ次の『成長』だ。次へ進むのは当然で、そして更に『成長』するのだ。……とでも?

 そんな生き地獄が生存者の責務と? ふざけるな、そんな話があってたまるか。

 

 誰でも同じ、()()()()()()()()()()()()()というのに、自分については成長したところで一向に何かが良くなった試しがない。それどころか自分で自分の首を絞めていく始末、嫌になるのも当然だ。

 そして、敗走や撤退だって何度も経験した。それについても同じく、誰かが慰めてくれたり何だかんだというものは一切なく、ただ「よく生き残った」「何故生き残った」の一点張り。泥水を啜り、ウジ虫のように地を這って逃げ帰ったことだってあるのに、誰も共感してくれなかった。

 正直言って、頭が可笑しくなりそうだった。同時、「自分はここに居るべきじゃなかったんだ」と強く感じてしまって、でも今の衣食住を手放したくなくて。

 もういいやと疲れ切って、このまま流され、長い物に巻かれで生活していこうと決めた。

 

 ――――――――そうやって、自分が卑小な存在だと受け入れたのに。

 

 

 

 

 ――――――頑張りましょう、もう少しですから!

 ――――――頑張れ、あと少しだ

 ――――――頑張れ、もうすぐだ

 

 ―――――――――――――あの瞬間、心はぽっきりと折れてしまった。

 この世界において、彼等こそが『主役』。自分は『脇役』と、悟ってしまったから。

 

 一世一代、最後の大博打に出て、そして全勝ちしてしまった。

 

 

 『成長』という、最悪の呪いを押されてしまった。

 

 

 

#####

 

 

「あ、ああぁ……」

 

 味方は全滅、武器は損壊。眼前には敵軍の大将。

 本来ならばその細い首を噛み裂いてでも勝利するべきなのだろうが、彼女を取り囲む地獄がそれを許さない。

 

 弾丸が水滴みたいに蒸発した。ビルが熱されたバターみたいに溶けた。道路が一瞬で炭化した。存在そのものが灼熱の恒星のような女は、その手の剣を振るうことなく、ただ一睨みするだけで全てを文字通りに()()させていく。

 文字通りの災厄、ヒトの形をした太陽。其処に存在するだけで全てを蝕む。

 

 逃げるにはただ一つ、勝つしかない。相手と同等の領域まで『成長』、して…………

 

「無理、だ」

 

 出来ない。十把一絡げではこいつには勝てない。こいつの領域まで到達できない。

 

 

「……哀れだな」

「……え、は」

 

 その声にすら圧力があるかのような恐怖に駆られる。相手に小馬鹿にされたことなど気にならない。

 ただ理解できるのは、眼前の女が自分へ()()の視線を向けているということ。

 

「……貴様も同胞、これ以上何もせぬというのならば、此方も手出しはせん。……去ね、塵狼(ビースト)

「ぇ、あ――――――――」

 

 剣が薙ぎ払われる。右から来ていたロドスの生き残りはそれだけで胴体を()()させられ、頭部だけを此方に転がしてきた。

 死すら理解できずに固定された生首が、自分の未来を映し出して―――――

 

 ――――――――――死ぬぞ、と、聞こえたから。

 

 

「ひぃ、あ、ひ…………」

 

 見ないでくれ、頼む、こんな浅ましい奴にそんな非難がましい目を向けないでくれ頼むから。だか、ら………………

 その目を止めてください、そんな、そんな縋るような目で――――今度は『成長しろ』、なんて。

 

「…………あ」

 

 二つの幻聴で、心が砕けた。もう、立ち向かえない。

 

 

 

 

「うあ、ああ、ああああああああああああああ――――ッ!!!!!!」

 

 女児の金切り声にも等しい絶叫と共に、地獄の中を駆け抜けていく。涙が止まらない、絶叫も止まらない。こわい、こわい、誰か助けてと子供のように心の中で祈りながら疾走した。

 走りながら死に掛ける筋肉と骨を無視して限界まで加速して、周囲の情景を見ないで済むように中空だけ見ながら走っていた。周囲の敵兵は一切此方へ攻撃をしないが、それすら狂乱した頭にとってはどうでもよかった。

 頭に浮かんでいたのはたった一つ、こんな絶望はもうたくさんだ。

 

「バケモノが、怪物が、勝手にやってろ近寄るなあああぁァァァァッ!! 目的のため野望の為と、御大層なお題目勝手にやってろ結構だ、好きなだけやってくれよ俺の知らないところでよぉ! そのまま何処かで野垂れ死ね、二度と眼前に出てくるなあああぁッッ」

 

 投げつけた罵詈雑言は誰一人として聞いちゃいないだろう。彼らは『主役』、自分は『脇役』。主役は脇役程度の言葉では止まらない。 

 だからこそ、もう二度と立ち向かったりなんてするものか。

 

「逃げるんだ、アイツ等の手の届かない遠くへ。ロドスは駄目だ、アイツ等に必ず関わる…………!」

 

 何処へ行っても感染者である限り、レユニオンとロドスからは逃れられない。だというのに言い訳をして、この体たらく。全くもってお前はゴミだと自嘲しながら言い訳を重ねていくのだろう。これからも、ずっと、ずっと。

 自分の一族が最も忌避してきた、“負け犬”という言葉の通りに。

 

 

 

 

 

 

「俺は、もう戦いたくない…………当たり前に生きて死にたい」

 

 絶対に叶うことのない願いすら吐き捨てて、暗闇の向こうへと逃げ去った。  




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