終わり往く者   作:何もかんもダルい

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あんまり進まないけど許して。戦闘はまだまだこれから。


雪豹の思惑/Before Hanting

 ―――――初めて彼に出会ったのは、息抜きと称して少しばかり外出した時、その路地裏だった。うだつの上がらない顔、死んだ獣のような目。何より印象的だったのは、血の通わぬ鋼の両腕。服装は質素だが動きやすいもの。聞けば、兄が新しく雇った傭兵とのこと。

 

「…………あー、傭兵こと一文無しのカイナっす。もう金輪際会わんと思いますけど宜しくお願いしまーす」

 

 そんな無礼極まりない挨拶と共に適当に下げられた頭。気怠そうに頭を掻いて溜息を吐く姿はいっそ滑稽で、同時に軽率、軽薄といったものとは全く別の雰囲気を感じてしまった。

 

「……貴方は…………」

 

 本当に小さな声で、誰にも届かないであろう音量で呟かれた独り言は、声を掛けた相手にすら届いていない。―――――彼は、()()()()()()()()。何もかも、こと自分自身に対して一切の希望を持っていない。ゆえに軽率、自他への影響を顧みない。

 

「まるで、痩せた野良犬――――」

「あ、分かります? 俺は()()の捨て犬ですから」

 

 へらりと笑う青年。だが、その気配はただの捨て犬などではなかった。

 怯え、憎み、そして淀んだ瞳から絶望をぶち撒ける。腰が引けてあばらの浮いた身体のまま、牙だけは剥き出しにして病毒の涎を垂れ流す狂犬。そんな濃密な悪意が滲み出ていた。

 

「そんじゃ、アンタみたいな見るからに高貴なお方の前からは消えるとしますわ」

「あ…………」

 

 ―――――どうしてか、その煤けた後ろ姿から目が離せなくて。何もかもに絶望したようなその目と合わせて、どうにも放っておけないと感じてしまったから。

 

「あの」

「…………なんです?」

 

 あと、声を掛けたらもの凄く嫌そうな顔をされたのが癪に障ったから。そんな風に理由をつけて…………

 

「少し休憩したいので、貴方のお家に寄らせては貰えませんか」

 

少しだけ、ほんの少しだけ、この飢えて怯える狼犬の世話をしようと思ったのだ。

 

#####

 

 

 

 イェラグという国は世界的には珍しくない貴族制でありながら、そこに宗教が強く絡んでいる特殊な国だ。宗教的トップの前では貴族の頂点ですら礼を欠かしてはならないと言えば、どの程度根付いているかは分かってもらえるだろう。また、その一方で天災が少ない地域であり、対策としての移動都市化の不必要性から文化の発展は遅れ気味で、排他的かつ封建的な政治色も強めだった。

 しかし、そこに一石を投じた貴族がいる。軍閥・カランド貿易のトップであり、シルバーアッシュ家の当主、シルバーアッシュ。陰謀により没落した実家を飛び出して留学、そして帰国後は天才的な手腕と外交で富を築き、血筋を再興させた麒麟児。外交のみならず経済貿易、国際政治、戦術立案にも長け、終いには剣術を始めとした実戦にも才を発揮するその様は、カイナからすれば紛う事なき『主役』側の人間であり、同時に『怪物』ですらあった。 

 

 ―――そして、そんな超大物その人が眼前の豪奢な建物に存在しているとなれば、小物(カイナ)としては腰が引けざるを得なかった。何の因果か流れ者としてイェラグに居着いた所を唐突に訪れられ、あれよあれよという間に金次第で仕事を請け負う臨時的な勤め先になってしまった場所でもある。

 最初に出会ったときは驚いたものだ。何せ、唐突に護衛二人を連れた明らかにビッグな人間がこれまた唐突に契約を持ち掛けて、こっちが怯えている間に交渉終了。おまけに初仕事で()()()()()()()()()()()()()()()()()ときた。これで苦手にならないはずがない。今でも金の臭いで足が引け、先程の出て行くと口走った事を無かったことにしたいとすら考え始めている。

 笑うなかれ、小心者の性だと自嘲しながらその大扉を開いた。

 

 中へ入れば空気すら一変し、煌びやかさで帰りたくなる。

 顔を見ても誰一人咎めないのは、自分がVIPだから。当主が直々に任命した無職こと何でも屋であるが故に、屋敷の人間は皆何一つ言わずに素通しだった。だからといって丁重にもてなされるわけでもなく、それこそいない者として無視される。

 

 屋敷の中を無言で歩いていく。村八分のような状況なのは、シルバーアッシュの家族との関係もあった。雇い主である当主に気に入られて鳴り物入りで雇用され、おまけにどういうわけか「巫女様」にも気に入られた流れ者の某か。そんな奴、自分だったら絶対に付き合いたくないというものだ。要は腫れ物扱い、しかしそれが逆に気楽でもあった。

 特別扱いしなければいけないが、しかし公にするのも憚られるし、あとそんな怪しい奴と関わり合いになりたくない。だからいつでもお好きにどうぞ、と。無音のままに促されて、遂に当主様(ヤツ)の部屋へと到着した。

 

 憂鬱が過ぎて苛立ちすら覚えながら戸を叩く。仕事の話となると三割り増しで目と勘と圧力が鋭いから嫌なんだよ、あの野郎。

 

 戸を三度叩き、返事が返ってきてから扉を開いた。

 

 

 

 

 

「…………それで、契約を破棄したいと」

「ああ、気に入らねぇなら今までの財産全部没収でも構わない。どうせ国から出て行く」

「そうか、分かった」

 

 想像していたよりもあっさりと終わった雇用契約の破棄。理由を問われることも無く了承されたことに拍子抜けになって、そんな簡単で良いのかと聞いた。

 

「こう言っては何だが、お前は優秀だが替えが利く」

「なるほど、納得した」

 

 つまりは用済み。興味があったから雇ってみただけで、優秀な人材は手持ちに幾らでもいるということだろう。それならそれで構わない。どうせ自分は唯の浮浪者、強い奴なら吐いて捨てるほどという輩の一種なのだから。 

 

「ならこれで自由の身だな、そんじゃ」

「ああ、()()()()()を楽しみにしている」

「……嫌だね、二度と会うものかよ」

 

 どうにも含みのあるその一言が喉に引っ掛かって、だがそれよりも一刻も早くあの強者(バケモノ)の眼前から離れたいという衝動には抗えずにカイナは足早に屋敷を後にした。

 

 

 

「…………本当に良かったんですか? 案外気に入っていると思っていたのですが」

 

 部屋の影から現れるイトラの青年―――クーリエの言葉に、シルバーアッシュは苦笑と共に嘆息を漏らす。それは長年仕える(クーリエ)をして珍しいと思わせる反応であった。

 

「あの男は元々、何処か一点に縛られるような質ではないからな。奴からすれば、恩や忠誠の類は納得はすれど理解し得ないものだろうよ」

「レユニオンを見限り、ロドスから逃亡した。その経歴であればむしろ納得いきますがね。しかしどうにも」

「相も変わらず覇気がない、か?」

 

 頷くクーリエ。カイナという男には奇妙な、というより歪な点が多い。

 戦いに身を置く人間なら大なり小なり持っている筈の信念や理屈といったものが凄まじく希薄で、恩義や忠義などの主従の精神論とは全く反りの合わない性格。その反面、一切の信念無き戦いは残虐そのもの。相手の心を踏み躙り、身も心も犯し尽くして殲滅する容赦の無さは敵味方双方から畏怖を抱かれたのだろうと推測できる。

 

 しかし、戦闘時は非常に及び腰で戦い慣れしているとは思えない怯え様を見せ、そして何かが気に障ったかのように突然ギアを跳ね上げ虐殺してみせる。かつて暗殺者の撃退で共闘した経験のあるクーリエとしては、その在り方に疑問を抱かざるを得なかった。

 

実力(カラダ)精神(ココロ)が釣り合ってない、とでも言えばいいんですかね。八つ当たりみたいな行動原理なのに、戦い方は熟練の暗殺者。レユニオンで培ったとか叩き込まれたとかならもっとこう、“壊れた”戦い方をすると思うんですが」

「要はあの男が独自に錬磨した技ということだな。それだけの地力が有りながら、自身の実力を欠片も信じていない」

 

 冷静に分析するも、しかし見えてこない。相応に熟達していた筈の暗殺者の集団を()()で惨殺した男は、一方で己を無力と本気で信じている。どんな経験をしたらそんな状態になってしまうのかと思えて仕方がない。

 

「だが、実力は確かなもの。戦力として失うのは惜しい」

「……それは、つまり」

 

 王者に相応しき風格と共に、シルバーアッシュは笑う。しかしそこに在るのは支配への圧ではなく、()()

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()さ。彼は余りにも恨みを買いすぎた」

「なるほど、それはまた……」

 

 “(カイナ)”は何とも不幸だと、クーリエは思わず同情してしまう。雪境(ひいら)の王者の元に居た一介の狼犬、放浪の雑種風情に蹂躙されて計画を台無しにされた連中はごまんといる。おまけにあの巫女様に異様に気に入られていながらの脱走となれば――――――イェラグ(ここ)に、シルバーアッシュ家以外の逃げ場など有りはしない。そもそも国外への脱出すら叶うか分からない。

 

 カイナの与り知らぬ場所で、彼を食らうべく包囲網は狭まっていく。どうしようもなく、一点の逃げ場も許さないと言わんばかりに。

 

 

 

#####

 

 

 ―――――苦しい、苦しい、悲しい。

 どうして、何でという感情ばかりが心を埋め尽くし、それでも身体は日々の雑務を難なくこなしていく。

 突如として告げられた離別。避けられることはあっても、あれほどに明確で強烈な拒絶を向けられることは一度も無かった。世話をするなどと適当な理由をつけて彼に付き纏って、彼も口であれこれ言う割には嫌がっていないように見えたのに。

 

 迷惑だったのだろうか、自分の錯覚だったのだろうか。本当は鬱陶しくて、自分のことなど視界に入れたくない程に嫌っていたのだろうか。いつの間にかあの家で寛ぐことを愉しみにしていた自分は彼にとって異物でしかなかったのかと考えると、嗚咽と涙が零れそうになる。

 彼の家で、彼に“帰れ”と言われながらもそっぽを向いて誤魔化して、そうやって時間を潰すことが楽しかった。奮発して買ったと自慢していたソファー以外には何もなく、暖炉代わりの野宿道具が広げられている以外は閑散とした家。それでも、彼と日々の愚痴を零したり零されたりの日々は、ほんの少しだけ自分の立場を忘れさせてくれた、大切な時間だったのだ。

 

「……っ」

 

 涙が零れそうになって、堪える。まだだ、まだ務めが残っているのだから鉄面皮を保たねば。

 皆の前では「カランドの巫女」として、有るべき姿でなければならない。それこそが、この身に課せられた責務。巫女として選ばれた者に、我欲など許されないのだ。

 だけど、ああ、それでも。

 

「…………」

 

 言葉にできない。辛いのに、苦しいのに、悲しいのに、身体はそれを表に出そうとせずに『巫女』として有るべき姿で在り続ける。

 最早、彼以外に自分の素顔をさらけ出すことは出来ない。彼のような人物はもう二度と現れないと、直感が告げていて、そして万が一現れたとしても拒絶してしまうだろう。

 

 ―――――()()()()()()()()()()()()()()()()

 巫女にあるまじき執着心が顔を出して、そしてそれを強引に抑え込む。()()()()()()()()()()()()()()()()()と、あくまで彼の事を考えて自身の心を縛り付ける。大丈夫、我慢するのは得意だから。耐え忍ぶことは得意分野だと自己暗示を掛けて、黙々と務めを果たしていく。

 

 そして、だからこそ、聞こえてきた言葉は何よりも心をかき乱す。

 

「―――――あの青年……カイナ殿だけど、シルバーアッシュ家から去るそうよ」

「本当に? てっきりずっとイェラグに居るものだと思っていたのに」

「元々根無し草だったみたいだから、一所に留まっているのが性に合わないんじゃないかしら」

 

 ずきりと軋む。世話係の者達の、いつも通りの井戸端会議。普段は気にも留めない筈のそれ一言一言が、地に滴る水滴のように心を削っていく。

 同時、言いようのない苛立ちが浮上してくる。()()()()()()()()()()()()()と理不尽にも咎めたくなって、それもどうにか抑え込む。

 

 巫女でなければ、巫女として相応しく在らねば。

 巫女として、巫女として、巫女として―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――でも、放浪の旅人って言うと何となく憧れがありますわね」

「―――――――もしかして、()()()()()()()()()()なんかもあったりして」

「やだ、ロマンチック~」

 

 

 

 ずがん、と。

 

 今度こそ、心を抉り取られた。

 




巫女様と当主様、スイッチオン。
次々回くらいに主人公は死ぬ。


Q.巫女様の世話係とか居るの? 居たとしても井戸端会議なんてする?
A.知らね。重要人物だから世話係の数人くらいいるだろうし人間なんだから井戸端会議くらいするでしょ(適当)

Q.口調に違和感ある気がする
A.むしろ完コピ出来てたら預言者では

Q.プラマニクスさんが恋する必要ある?
A.うるせぇこの世界線では恋するしヤンヤンするんだよ

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