あと主人公が割とメンドクサイ。
襲来する刃はまるで鎌鼬。どれ一つとっても致命打であり、カイナの身を切り開いて血と臓腑の花を咲かせる。
「――――ぎ、ぁ」
刃が到達する寸前、三閃に生じるコンマ1秒の差を縫うように防御し、即座にその場から移動することで追撃のアーツをかわす。当然狙って可能な芸当などでは断じてなく、理由としては相手の太刀筋を何度も何度も食らっていたから。つまりは
それを証明するかのように手は痺れている。
「ぐ、糞が」
氷が飛んでくるといった物理的な攻撃は無いが、しかし此方を狙って的確に身体の節々を表面から凍てつかせることで機動力を削いでいく。対処法として振動を自分自身に付与して凍結を破壊し、己の血筋が損壊した肉体を再生させる。高周波振動による物理破壊能力と再生能力、そして連中の手の内のどれか一つ欠ければ自身に勝機は無く、だからこそ文句の一つも言いたくなる。
ああ、きっとロドスやレユニオンの連中ならこんなもの鎧袖一触に出来るのに。
心中で自分自身を口汚く罵倒しながら弾き、躱し、そしてまた弾いて避ける。心の底から湧き上がる後悔と恐怖を必死に押さえつけて、そしてがむしゃらに敗北だけを拒絶して抵抗する。
それは何か高尚な覚悟や何某かがある訳では無い。ただ、連中が『主役』で自分は『脇役』だから。『主役』の傍に居る『脇役』は否が応にも物語の壇上へ引き摺り出され、そして『主役』を輝かせるために華々しく、あるいは惨めに散っていく。
そんな生き方は出来ない、自分はもう壇上にも上がらない
ただただみっともなく、無様に雪原を転がって足掻く。連中にはさぞ滑稽に映っていることだろう。
頭を占拠するのは傷つきたくない、痛いのは嫌だという俗な感情。ああ畜生悪いかよ、これが俺なんだ勘弁してくれと泣きそうになりながら無我夢中で拒絶する。そして、その中で深く煩悶し続ける。
―――――どうするのが正解だ、どうすれば跡を濁さず終われる、そもそも自分は相手をどうしたいのか、決めたところで実行できる領域なのか、どうなんだ、と。
分からない、そんなもの分かる訳が無い。分からないから足掻いているんだ。
勝って成長して前へ進む、もうそんな無間地獄には戻りたくないんだよ、だからどうか許してくれと。
依然、シルバーアッシュ達の攻撃は続く。それは止めどない暴風のようで、ほんの少し気を抜けば即座に自分は腹の中身を物理的に冷やす羽目になるだろう。彼らの練度は凄まじい。一端の傭兵としても十分食っていけるだけの業がここにある。
そんな連撃を、やはり泣きそうな顔で拒絶し続ける。音速に迫ろうという刃の挙動を回避し、視認不可能なアーツの攻撃を発動者の視線を基に防御する。どれもこれも紙一重、繰り出される高度な連携と探知不可能な死角からの殺意を生存本能に臆病さでブーストを掛けて回避して、ああそれから。
「ぐう、っ」
悔しさと疲労に声が漏れる。何せ
こんなだから自分は雑種で劣等なのだ。例えばこれがロドスの
そして、そんなことを考えている暇なんて無いのに、ほら。
「ふ―――――!」
「せァ―――!」
「っ、がああぁ!!!」
迫るマッターホルンのシールドバッシュをナイフの振動で弾き飛ばして回避、瞬間背後から迫るクーリエの一閃を屈んで回避、そしてプラマニクスのアーツにより凍結する膝関節を振動で破砕、再生している間にトドメと言わんばかりのシルバーアッシュの音速の刺突を火花を散らしながらいなす。
どれもこれも一撃必殺、それが何重にもなって襲い来る様は
故に、「運が良かった」のだ。たまたま事前知識があったから手口を読み解けて、そして防御できるというだけ。それ以上も以下も無い、
「くそ、どうして…………」
怯えて逃げて逃げ続けて、
だから、ああ畜生、決断できない。いつやるべきか、今か、数秒先か、それともコンマ数秒先なのかと伺っても全く活路が見えてこない。そんな状況だから焦燥感ばかりが募って、おまけに夜の雪原という状況下で体温も奪われ思考能力は刻一刻と鈍る。
迫るタイムリミット。焦りは確かに存在しているのに、それでも此処だと決める勇気が持てない。
そして、ああそんなだから。
「っぐ…………!」
一撃貰ってしまった。修復が始まるも、傷口を凍結されて阻害される。
隙を晒して、その瞬間肩口へと何かが突き刺さった。見てみれば、それはシルバーアッシュの猛禽。先程から姿が見えなかったソレは、此方に隙が出来るのをずっと待っていたのだ。
爪を引き抜いた猛禽は続いて嘴で目玉を狙ってくる。ナイフに振動を付与する暇もなく振り払えば、弾けはしたものの明確な隙となってしまい――――――
「ぜああぁぁぁッ!!」
「ご――――――――――――」
マッターホルンのシールドバッシュをモロに食らってしまい、今まで弾いてくれたお返しだと言わんばかりに吹き飛ばされた。
そしてそして、そんなもので終わる訳など到底なく。
「シィ―――――」
「 ――――――げ、ぱ」
バウンドした自分の体にシルバーアッシュの鋭利な一閃が、喉仏へと命中した。全身の骨に亀裂が走り、そして急所への一撃。これでも死ねないのだから自分の体が恨めしくなる。
「―――――我らが神よ―――――――」
「は…………ぁ、ぐ」
トドメと言わんばかりにプラマニクスのアーツが襲来し、全身の皮膚が凍結した。今動こうものなら筋肉ごと引き裂かれて砕けて使い物にならなくなるだろう。
此処に、勝敗は決した。当たり前のような事実だけがカイナへと圧し掛かる。
「…………ああ、くそ」
満身創痍、致死寸前。だというのにカイナの体は死を許さず、今この間にも造血と修復を敢行している。
逃げるための準備だって、今となってはもう遅い。
接近してくる足音が地獄の悪鬼みたいに聞こえてくる。出来ない、無理だ、やりたくないと文句タラタラだった末路がこれかと自嘲だってしたくなる。
だが、それでも嫌なのだ。死ぬことも、負けることも勝つことも、
「…………誰か、教えてくれよ……“成長”って、何なんだよ」
誰に聞くわけでもなく、倒れ込んだまま呆然と呟く。
シルバーアッシュなら、プラマニクスなら分かるのだろうか。“成長”とは何なのか、その答えが。応じてくれるのならどうか答えてくれよ。こんな惨めな醜態晒した雑種にも分かるように教えてくれよと泣きたくなる。
“
もうどうしようもないんだ。なのに、こんなにも情けないのにどうして未練だらけなんだ。
――――――ああ、こんなものが自分の運命だというのなら。
結局、病害を撒き散らして光に怯える負け犬だというのなら、もういっそ。
「―――――――――――――――吹っ飛べよ」
刹那、雪原が爆発した。一か所の炸裂から連鎖するように、火薬を伴わない雪の破裂が周囲全域を包んでいく。シルバーアッシュ達は何事かと周囲を警戒し始めるが、
全身へ付与した高周波振動が氷を自身の肉体ごと粉砕し、身体は最低限の筋肉を急速に再生していく。同時、ナイフへと振動を重ねに重ねて――――――
「
一気に雪面へ叩き付けた。蜘蛛の巣のように広がる亀裂から粉砕された雪と氷が噴煙のように吹き上がり、前座の雪原の爆発が遊戯に思える勢いで周囲一帯を白色に包み込んだ。
しかし、振動とは伝わっていくもの。当然狂乱するナイフから肉体へとそれは伝わり……
「ひィ、っぎ、ああぁぁァ!!」
凍結した雪の塊が粉砕される程のエネルギーで全身を激震させられて無事で済むはずがない。無様に悲鳴を上げて、しかしその激痛で正気を保ちながら、好機は今しかないとカイナは全速力で離脱した。
未だ地震のように揺らぐ視界と四肢を必死に操って、自分自身を誰より呪って、そして自分の力に蝕まれながら、狼犬は闇夜に紛れて何処かへ消えた。
#####
「…………逃げられた、か」
仕込み杖を納めつつ、シルバーアッシュは呟く。カイナは
「どうしますか、シルバーアッシュ様」
「……戻るぞ。やるべきことが出来た」
無言のままに主の決定を仰ぎ、クーリエとマッターホルンも去っていく。その中で、プラマニクスだけは雪原の向こうをじっと眺めていた。その目には先程までの冷たさはなく、ともすれば熱すら灯っているかのようで、それにシルバーアッシュは瞠目していた。
「……どうされましたか、
「…………いえ、何も。身共にも、やるべきことが出来たというだけです」
「ほう、それはまた」
あくまで他人のように振舞う兄妹。視線は一切交わらず、しかし向いている方向は同じだった。片方は己が手札を増やすため、そして片方は清冽で凄烈な胸の内をいつか“彼”へ吐露するため。
今この一時、彼等は見る物を同じくしていた。
「行こう、ロドスへ」
「行きましょう、ロドスへ」
「「御意に」」
――――――――運命は、
#####
「ああ、あああ、があああぁ…………っ!」
決死の想いで逃げ込んだ洞窟の中、全身を揺さぶる運動エネルギーに耐えかねて、カイナは血反吐をぶち撒けた。
まるで振り子のように反響する振動が、起動したままの電動カミソリの山に全身を突っ込んだと言わんばかりに破砕していく。のた打ち回る姿は文字通りの狂乱で、脳ですら激震しているせいで思考まで覚束ない。おまけにこんな状態でも肉体は修復を続けているものだから余計にダメージは積み重なっていく。
「いぎ、ひガ、あぎぃ……っぐ、あぁ、あひ、ひぎィア―――――」
手首を噛み裂く、肉を食い千切る。激痛さえ上回ればこんな状態でも正気を保てるはずと、物理的に暴れ狂う頭でどうにか自分の状態を解釈して自傷行為に走る。しかし振動する歯ではうまくかみ合わず、唯管に肉を噛み潰してててててててて――――――
「とま、とま、とまあれれれええれれええええっっ!!?!?!?!!」
発狂寸前、しかし死は許されず。脳が激震する苦痛に耐えかねて地面に頭を叩き付ける。ガンガンゴンゴン、めきりと頭蓋骨に罅が入るも、致命傷から癒えていく。そのせいで、振動は止まらない。
皮膚の下で肉が弾ける。血管が砕ける。骨が潰れる。全身が溶岩にでも浸されたかのような神経がむき出しの激痛の中で、自分の行動を後悔し続ける。“狂乱振”と名付けたその技は、高周波振動を付与できる自身のアーツによって全く同じ波長の振動を重ね合わせて爆発的な威力にするというもの。そのエネルギーは大地震のそれにも匹敵するが、当然伝播した振動はアーツの発動者自身を崩壊に追い込む。
通常の振動付与でさえ、血筋による再生能力が無ければとうの昔に自壊していた欠陥品。故に無価値、塵芥と卑下したくもなって…………
「ぎぃ、ああ、あがああ、ががが」
生き残ることが出来ても、逃げるより先に振動を止めなければこうして自身のチカラで蝕まれていくのだ。地震にも相当するエネルギーを一身に浴びて無事でいられる訳が無い。
損壊した内臓は端から修復され、そのせいで苦痛が長引く。なまじ瀕死状態が無限に続いているせいで再生能力が増大して、もう手が付けられない。息をしているだけで死へと向かい、そして生に引きずられる様はまるで四肢を牛に引かれて裂かれる受刑者のよう。
「潰す、潰す、振動、つぶ、すぅぅ――――!」
崩壊しては再生する手でナイフを持つ。亀裂が入り、破損寸前のソレに、最後の力で逆位相の振動を付与する。こうでもしなければ死んでしまうと腹を括って――――――
「―――――っぎ、ああアァぁぁァァァァァァァァァァァァ!!!!!」
肩口へと、切っ先を深く突き刺した。身を蝕む振動と逆位相の振動がぶつかり合ったことで混線し撹拌され、そしてようやく鎮まった。
過呼吸のように定まらない息をしてどうにか酸素を取り込み、過敏になっている神経をなるべく刺激しないように寝転がる。思考は狂乱状態から解き放たれた影響で安定せず、身体は休息を求めて意識を落としていく。
「――――そこの貴方、大丈夫ですか」
「 ―――――、 ――――」
誰かが話しかけてきたが、もう答えることもままならない。相手が男か女かの判別すら不可能な程に五感は損耗していた。
話しかけてきた人物の顔が近づくのをただ眺めながら、カイナは眠りについた。
口調なんて台詞見ながら書いたけど分からんべ……だれか教えてくださいな
次回からはリアルの都合上更新が遅くなると思いますが悪しからず。基本不定期、書けたら投げる。
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