カイトがメイコからの“土産”を受け取ってから数日後。
大臣や有力貴族たち主流派の間に、静かだが衝撃的な事件が起きた。
それは彼らにとって無視できない事態であり、同時に決して表沙汰にできない事件だった。
彼らの屋敷から、土地の売買に使われた書類が次々と盗まれていた。
それも、主要な市場となっている通りに関する書類ばかりというのが、彼らを悩ませた。
前述したとおり、通りというものは元々は公共つまり国のものだ。
王制という政治体制であるならば、それは国王のものと言ってもいい。
主流派はそれが法律として明文化されていないことをいいことに、法案制定のどさくさに紛れて私物化していた。
無論、彼らとて馬鹿ではない。
それが法的にも認められるよう、法案の改正、いやむしろ改悪を行い、その他にも拡大解釈を駆使して、強引に合法化していた。
だが、それはあくまで“非合法ではない”というレベルでの合法に過ぎず、さらに国王であるレンの目を盗むかたちで密かに推し進めたことは間違いない。
つまり、国王に対する背信行為と言ってもいい。
盗まれた書類は、その背信行為の証拠だった。
――盗んだのは、もしや国王の親衛隊か?
レンが、昨年末からのぞかせ始めた才気の爪の鋭さを、主流派、とりわけ法務大臣をはじめとする中枢部の人間たちは警戒していた。
だがその警戒は、忠誠につながる畏怖ではない。
敵に対する、恐怖だった。
反主流派をめぐる陰謀では、レンと親衛隊にまんまとしてやられた。
そのために例の三案件を呑まされるという屈辱を味わったのだ。
だから、そのために失った利益や権益を少しでも取り戻すために、密かな策を巡らせたのだ。
ここまで面倒なことは、飾り物の君主相手なら行う必要などなかった。
――まったく、厄介な子供だ。
いずれ国王の座から引き摺り下ろさなければならない。だが、今はまだ彼ら主流派の方が不利だ。
だから、表向きはレンに従う。
忠実な下僕を装う。
そのためには……少なくとも自分ひとりが助かるためには、あの盗まれてしまった書類だけは決して世に出してはいけなかった。
あれがレンの目に止まれば、その者に対し必ずや処罰を下すだろう――
――と、書類を盗まれた者たちは皆、そう予想した。
このままでは、自分ひとりが処罰される、と。
主流派の他の仲間たちも同罪だが、もし彼らの書類が盗まれていないのなら、彼らはあっさりと仲間を見限り切り捨てるだろう。
あわよくば自分たちの罪さえも押しかぶせ、無関係を決め込むに違いない。
なぜなら、立場が違えば、自分は絶対にそうするからだ――
――誰も彼もが、そう思っていた。
さらに、もしかするとこれは親衛隊ではなく、同じ主流派内部のライバルの犯行ではないかとさえ疑い始めていた。
味方はいない。
全てが敵だ。
書類を盗まれた者たち……それは主流派のほとんど全員だったが、誰もがそう思い、誰もを敵視し始めた。
もはや、そこに主流派などという派閥はなかった。
元々は反主流派に対する派閥であっただけに、敵を葬った以上存在価値などない派閥であったから、それが瓦解するのも当然だった。
だが、あとに残ったのは、これまで以上に悪化した疑心暗鬼と、
そして国も他人も顧みない、浅ましい自己保身への執着だけだった。
夜。
月もなく、厚い雲に遮られて星も見えない真夜中。
王宮の高い城壁をよじ登る、ひとつの人影があった。
そこは王宮の西側。
小高い丘陵の上に立つ王宮の周囲でも、その西側の一角はひときわ切り立った絶壁のような斜面となっていた。
三十メートル近い崖の上に、さらに数メートルの高さの城壁がそびえ立つその場所。
そこを、黒服に身を包んだ男が、ほんのわずかな凹凸に手足をかけ、音もなく素早く登っていく。
黒服の男はあっさりと城壁の上に達すると、そこから王宮内部を眺め下ろした。
目を凝らすと、闇に沈んだ庭園や、その奥の王宮の建物のあちらこちらで、巡回する兵士たちが持つランプの明かりが、ちらちらと揺れながら移動している。
男は、いちばん近くにいたランプが徐々に遠ざかっていくのを確認すると、高い城壁から躊躇なく飛び降り、庭園の茂みの中に身を紛れ込ませた。
男はそのまま、庭園に拡がる闇と同化しながら、王宮へと忍び寄っていく。
しかし、闇が濃かったのも庭園の一部だけだった。
王宮に近づくに連れ、灯りは数を増し、巡回する兵士の数も頻度も増した。
その厳重な警備の中を、男は、地に伏せ、壁を登り、屋根を走り、およそ常人には踏破不可能なルートを通って、奥へ、奥へと進入していった。
そして………
……閉め切られた窓の隙間に、外側から鋭い刃の切っ先が差し込まれた。
その刃は隙間を下から上へと滑り動き、掛け金を外す。
わずかに開かれた窓から夜気が流れ込み、内側のカーテンがかすかに揺れた。
暗い部屋の中に、まるで影そのもののように、男が居た。
その右手には、窓を開けるために使った短剣が握られている。
そこは、王宮の最奥部。国王、レンの私室だった。
男は静まり返った広い部屋の中を見渡し、暗闇の中でもそれとわかる豪奢なベッドの影を見つけると、そのそばに忍び寄った。
ベッドの中央で、厚い毛布が丸く盛り上がっている。
男はベッドの枕元で片膝をつき、そこで眠る者の存在を確かめるように、じっと息を潜めていた。
男はしばらく枕元でベッドを眺めていたが、やがて、おそるおそる右手をベッドの中へと伸ばし始めた。
その手には、握られたままの短剣があり、刃を毛布に向けていた。
だが、そこで男の動きが止まった。
男は、自分が右手に短剣を持ったままだということに今さら気がついたようで、慌ててその手を引っ込め、短剣を腰のベルトに差した鞘に収めた。
そして、男が改めてベッドに向かって手をさし伸ばそうとした、
その時、
「獲物を前にして武器を収めるとは、妙な刺客だな」
「っ!?」
ベッドの中ではない。
別の方向からかけられたその声に、男はとっさにベッドから飛び退いた。
一息に窓際まで後退した男の手が、再び短剣を抜き放とうとして――
――その動きを、自ら止めた。
「どうした、抜かないのか?」
問いかける声に、男は答えた。
「俺は……刺客ではない」
「じゃあ、何をしに来た? まさか、夜這いにでも来たのか?」
声の主は部屋の隅で、くっ、くっ、と笑いながら、傍らの机に置いてあったランプにかけられた覆い布を取り払った。
弱く抑えられたランプの灯りが、部屋の隅に立つレンの姿を浮かび上がらせた。
シャツに短パンというラフな格好だが、その右手には抜き放たれた剣が下げられている。
レンは右手に剣を下げたまま、左手でランプのつまみを調整した。
強くなった灯りが部屋全体を照らし出し、窓際に立つ男の姿も露わにした。
そこにいたのは、カイトだった。
「……いつから、俺の気配に気づいていた?」
「おいおい、そんなことよりさっきの質問に答えてくれないか。それともまさか、本当に夜這いに来たとか言う気か? だったら斬るぞ」
ひゅ、と空気を切って、剣の切っ先がカイトに向けられた。
たったそれだけの動きだったが、それでもカイトがレンの力量を見抜くには充分だった。
(……美事だ)
かなりの遣い手だ。
恐らく、あのオリバーをも超えるかもしれない。カイトはそう思った。
「おい、早く答えろよ。でないと本当に斬るぞ」
「………」
それも良い、とカイトは一瞬そう思った。
どうせ死ぬなら、この美しい少年に斬られてみたいと、理性ではない本能的な部分が囁いていた。
カイトは首を横に振って、その馬鹿な考えを振り払った。
「俺も、男を抱く趣味は無い」
「そうか、よかった」
レンは安堵のため息を着くと、そばに立てかけてあった鞘を拾い上げ、剣を収めた。
そのまま剣を壁掛けに戻しながら、レンは言った。
「そうそう、さっきのお前の質問な、別に気配とかそんなんじゃなくて、窓から見えたんだよ。こっちに来るお前の影がな」
「窓から? まさか、ずっと起きていたのか?」
「最近忙しくて、真夜中ぐらいしか鍛錬する暇がないんだ。……素振りが終わって休憩がてらに窓から外を眺めたら、お前を見つけたんだよ、カイト」
レンは机の椅子を引くと、それをベッドの近くにまで運ぶ。
「まあ座れよ」
そう言って、レン自身はベッドに腰掛けた。
「………」
カイトはしばし迷った末に、その言葉に従って椅子に腰掛けた。
そのすぐ目の前、手を伸ばせば触れそうな距離に、レンが居た。
その瞳が、心なしか喜びに輝いているようにさえ見える。
「で、カイト? 何をしに来た? もういちど歌いに来たのか?」
「なんでそうなる?」
「お前は声楽家だろう。刺客じゃない、夜這いでもないなら、他に何かがあるんだ?」
なるほど、合理的な考えかもしれない。と、カイトは一瞬納得しかけた。
だが、それだけのために警戒厳重な王宮に忍び込んでくると考える方がどうかしている。
もっとも、現にこうやって忍び込んでいるのだが。
「俺は……わたしは、レン国王、あなたに現実を見せに来た」
「現実?」
「あなたが為そうとした改革の、その顛末だ」
カイトはそう言って、背中に背負っていた革袋を下ろした。
縛られたその口を開くと、そこには、大量の書類が納められていた。
「これは何だ?」
「主流派と呼ばれる者たちが買いあさった土地の利権書だ。公有地であるべき市場の通りにまで及んでいる。奴らはこれを盾に、公然化した市場から店税以上の賃貸料を取り立てている」
「そんな話は聞いていないぞ……だけど、そうか。市場の復興がなかなか進まないのはおかしいとは思っていたが、これが原因だったのか」
レンは革袋をひったくるように受け取ると、中の書類に次々と目を通し始めた。
「……くそ、私有地と公有地の規定を法律で明確にすべきだった。ひどいこじつけだが、奴らうまく合法化している。これが本物なら、まんまと出し抜かれたぞ、くそ!」
レンは書類から目をあげ、天を仰いだ。
そして再び食い入るように書類を読みながら、
「直筆サインもある。本物で間違いなさそうだ。カイト、これをどうやって手に入れた?」
「屋敷に忍び込み、盗んだ」
「さらっと、とんでもないこと言ってるな。そんな簡単に出来ることか?」
「ここに俺が……わたしがいることが証拠です」
「だよな、納得した。……あと、その変に慇懃な態度はやめてくれ。忍び込んでまで諫言に来たんだろ。だったら賊みたいに、もっとふてぶてしくていい」
「……俺は、賊じゃない」
「そうだな、悪かった。だけどそれでいい。なんて言うかな、お前とはもっとざっくばらんに話したかったんだ」
「俺と?」
「ああ、最初に会った時から、お前と二人きりで話がしたいとずっと思ってた。……あの日、命を捨てる覚悟で僕を批判した、お前と」
レンは書類から目をあげ、カイトを見据えた。
ランプの炎に輝く金髪、蒼穹の空のごとき碧眼、白く透けるような肌、優雅と気品を備えたその顔立ちが、カイトを見つめる。
「カイト、お前はあのとき、死ぬつもりだったんだろう。死んで、国民を立ち上がらせるつもりだった」
「………そうだ」
「反乱分子、いや、革命勢力か。お前が指導者か?」
「いいや、違う。第一、そんな男が国王に換言するとでも? その前に殺している」
「そうかな? 暗殺なんて方法じゃ革命は成立しないだろう。革命は、主権委譲のプロセスだ。お前たちが目指す革命が王政の打開であり新たな政治体制の構築なら、それは陽のあたるところで明確に行われなくてはならない。でなければ新たな政治体制の正当性が確保できないからだ。だから、僕が革命指導者なら暗殺だけは絶対にやらない」
「むしろ暗殺が失敗に終われば、それは革命勢力を弾圧する大義名分となる、か。……だから、俺が忍び込んだ時もすぐに騒がなかったのか? 刺客など来るはずがないと思っていた?」
「あ~、いや、刺客が来ない云々はいま思いついたことだ。正直、最初は刺客だと思っていた。騒がなかったのは、僕自身で斬ってやろうと思ったからさ。自分の剣がどれほどのものか試してみたかった」
「………」
「おい、そんな呆れたような目をするなよ。それよりもさ、いい加減お前のことを教えてくれないか。ここまで忍び込んだことといい、オリバーと真っ向勝負して傷をつけたことといい、何者なんだ?」
「本業は声楽家だ。ただ、幼い時から生きていくためになんでもやってきた。盗み方も、戦い方も、生きるために覚えた………歌と出会わなければ、きっと俺は、獣同然の生き方をしていただろう」
「街の人々を救っているそうだな」
「そんな大層なことはしていない。俺ひとりができることなど、ちっぽけなことだ」
「だが、リンを救ってくれた」
「………」
「そして、僕に真実を教えてくれた。お前は、僕の味方なのか?」
その問いに、カイトは首を横に振った。
「敵も味方もない。俺はこの国で生まれた人間で、お前は国王だ。国は民のためにあり、もし国が民をないがしろにするならば、民はいかなる手段をもってしても国を正す。それが言葉でなされるなら直訴や諫言であり、武力を用いるなら革命となる」
「……僕の対応次第ということか」
「その通りだ。レン国王よ、いまやこの国の民は限界に近づいている。誰もが明日に希望を持てない世の中だ。革命は、いつ起きてもおかしくはない」
「だからだ。だから、急いで改革を進めなければ――」
「いや。それは違うぞ、レン」
「――え?」
「お前が、そう焦る気持ちはわかる。しかしその結果が今のざまだ」
「……っ」
レンは悔しそうに唇を噛み締めた。
「確かにその通りだ。僕は奴らを出し抜こうとして、逆に出し抜かれた」
「レン、相手を出し抜こうなどとと考えるな。政治とは陰謀を巡らすことではないはずだ」
「わかっている。わかっているんだ、そんなことは……。だが、こうでもしなければ改革など夢のまた夢だった。この国にはもう時間がないんだ」
頭に手をやり、イライラと金髪をかき回すレン。
カイトはその姿を見つめ、そして、密かな決意をこめた声で、こう言った。
「……時間は、俺がつくる」
「なんだって?」
「三年……いや、二年だ。それぐらいなら、恐らく革命を引き伸ばすことはできる。いや、引き伸ばしてみせる。だから、レン。お前はその間に力を蓄えろ」
「カイト、お前……」
「本当なら五年は欲しいところだ。だが、無理だ。……レン、ミク公女との婚姻を急いだほうがいい」
「あれは、僕が十六になってからの話だ。まだ一年以上ある。だが……わかった、緑公国と交渉し、前倒しさせよう。最低でもそれさえすれば、突破口は開かれる」
「そうだ。そのためにも、必ずミク公女をお前のもとに嫁がせよう」
「…?」
カイトのその物言いに、レンは疑問を抱いた。
まるで、ミク公女の婚姻がカイトの一存にかかってるかのようだ。
確かに、レンは既に、ミクがカイトを好いていることを知ってはいるが……
「レン、ミク公女のことだが……」
カイトが、レンのその疑問を汲み取ったかのように、口を開いた。
「……彼女は、今――」
その時だった。
部屋の外で微かに気配が騒ぎたち、二人はとっさにその場から立ち上がった。
それは、本当に僅かな気配だった。
どこか王宮の一角で、おそらく巡回中の兵士だろう、それが足音を立てて走っている。
たったそれだけの微かな音だったが、この王宮で、それも真夜中に兵士が走る状況などまず有りはしない。
あるとすればそれは、火急を告げる事態が発生した時のみ。
「カイト、ここへ来るまでに誰かを傷つけたか?」
「いや、誰ひとり接触していない」
「その言葉、信じるぞ」
レンは机のランプを消し、そして窓際に寄ってカーテンを微かに開き、外を眺めた。
「番兵たちが増えている。緊急事態だ。親衛隊も直にここに来るだろう。逃げるとすれば警戒の薄い西の城壁しかないが、あそこは険しすぎる……」
「侵入路はそこだ。問題ない」
「嘘だろう? あの絶壁と城壁をよじ登ってきたのか?」
「レン、俺に構うな。お前は国王として為すべきことをしろ。頼むぞ」
カイトはそう言って、窓を開け、そこから身を乗り出した。
「カイト」
飛び降りようとした彼を、レンは呼び止めた。
「また、会えるよな」
「そうだな……」
カイトが振り返り、答えた。
「……次は光差す場所で、明るい話題で語り合えることを願おう」
彼はそう言って、ふと表情を緩めた。そのまま笑みだけを残し、窓の外へ、すっと身を躍らせた。
僅かな物音を最後に、カイトの姿は闇に消えた。
「カイト……ありがとう……」
闇に向かってそう告げて、レンは、窓を閉めた。
閉めた窓にカーテンを引く前に、レンはもう一度、外を眺めた。
遠い塀の向こう、街の上空に低く立ち込めた夜の雲の一画が、うっすらと朱色に染められている。
夜明けにはまだ早すぎるし、そもそも方角からして違う。
(火事か?)
レンはそう思った。
しかもこの部屋からも見えるということは、かなり大きな火災かもしれない。
レンはカーテンを引くと、クローゼット室から執務用の簡易礼装を引っ張り出してそれを身に着けた。
ちょうど着替え終えた頃に、部屋の扉がノックされた。
「陛下、お休み中のところ失礼いたします」
「レオか。起きている、入れ」
扉を開けて現れたレオンの背後には、武装した親衛隊員が二人、控えていた。
(……やはり、カイトの侵入がバレたのか?)
レンは不安を押し殺しつつ、
「何事か?」
と聞いた。
だが、レオンの答えはレンの予想とは違っていた。
「城下街で暴動が発生しております。この王宮のすぐ近くまで迫っているとのこと」
「暴動だと。なぜだ?」
「はっ、それが……」
レオンは一度息を飲み、そして重い口調で言った。
「……城下の刑務所で火災が発生したのが原因にございます」
「なっ――!?」
レンは絶句し、思わず窓際に駆け寄った。カーテンを引き、先ほど見た朱色の雲を見る。
そうだ、あれは刑務所の方角だ。
あそこには、法案を改正したとは言え、いまだ多くの店税未払い者が収容されている。
「レオ、まだ燃えているのか!?」
「燃えております。火災は既に刑務所施設全域にまで及び、多くの死傷者を出しているもよう」
「消火作業は? 警備隊は何をやっている!?」
「夜間の出来事であり、出撃が遅れたそうです。警備隊より先に、火災に気づいた周囲の住民が総出で消火にあたっておりましたが――」
レオンは一度、言葉を切り、そして感情を無理やり押さえ込むようにして、言った。
「――住民が焼け出された囚人を助け出しているのを、駆けつけた警備隊が脱獄とみなし逮捕に乗り出したために、住民側と衝突、暴動に発展した模様にございます」
「っ!?」
愚か者どもがっ。
レンは、そう罵倒する声さえ出せなかった。
なんという度し難い事態だ。
人命を救おうとする人々の目の前で、その行為を踏みにじるとは!
「暴動のため消火作業が進まず、このままでは街に飛び火するおそれも。加えて警備隊そのものが住民から敵と見なされ、治安を維持することが難しくなっております」
「法務大臣は!?」
警備隊は、法務大臣の直轄だった。
だが、
「館へと使いを出しておりますが、この暴動のため到着したかどうかすら定かではありませぬ」
「レオ!!」
レンは壁にかけられた剣を掴むと、それを腰に差した。
「陛下?」
「親衛隊を集めろ。街へ出るぞ!」
「なんですと!?」
「警備隊と住民を抑えるには、僕が直接行く以外にない」
「そのようなこと、なりませぬ! その御身に万が一のことがあれば……」
「このまま放っておけば反乱になるぞ。役たたずの法務大臣に任せてしまえば、間違いなく革命に突入するだろうな」
「しかし」
尚も言いよどむレオンを押しのけるようにして、レンは部屋を出た。
「親衛隊は十分以内に広間へ集結せよ。馬を引け!」
こんな形で、革命は起こさせない。
レンは固くそう決意した。
カイトの努力と信頼を、無駄にしてなるものか――
――火災の原因は、ストーブだった。
リツを通じて法務大臣に伝えられた、刑務所の待遇改善案。
冬の寒さに震える囚人たちの要望に、法務大臣は迅速に対処した。
ただ、それが適切で、そして誠実であったかは別問題だった。
刑務所内には場当たり的に古びたストーブが急増され、防火対策もおざなりなまま、それが使用された。
しかも燃料となる薪も炭も不足していたため、囚人たちはぼろ布や、木材の切れ端、壊れた道具などをかき集めて、それを燃やしていた。
根本的な解決を一切取ることなく、ただその場しのぎで対応した結果が、この火災だった。
夜半過ぎから発生した火災は、夜明けになって降り出した雨によって、ようやく鎮火した。
実に受刑者の八割が、犠牲になったと伝えられている。