悪ノ王子――ボカロ(悪ノ娘)二次小説――   作:PlusⅨ

13 / 30
第十一話・リン、ミク、メイコ~悲劇のプリンセス~

 メイコに連れられて街を歩いている間、リンも、ミクも、オリバーも、誰もなにも口を開こうとはしなかった。

 

 リンやミクにとっては全ての状況が急激に起こりすぎていて、いったい誰に何から聞けばいいのかわからない状況だった。

 

 オリバーにいたってはそんな状況下で、この二人の姫を命に替えても守らなければならないという重責と周囲への警戒心でいっぱいだった。

 

 そこに降り注ぐ雨が、一行の口を更に重いものにしていた。

 

(この女が、メイコか……)

 

 警戒心で鋭くなったオリバー右目が、先を歩くメイコの背中を見つめる。

 

 ハクやカイトの口ぶりや、あの酒場での様子から、彼女が革命勢力の中心人物だというのは確かなようだった。

 

 しかし、

 

(そんな女が、護衛もつけずに親衛隊員に背中を見せて歩いているだと?)

 

 オリバーにとっては理解を超えることだった。

 

 オリバーがその気になれば、ハクがリンに対してしてみせたように、メイコを人質に取ることも可能かもしれない。

 

 だが、その気になれないことが問題だった。

 

(いまさら人質をとってどうする?)

 

 周りにはもう、牽制すべき革命勢力もいない。逃げたければ、勝手に逃げればいいだけの話だ。

 

 なのに、なぜ逃げられないのか。

 

 相手はメイコひとり。

 

 しかしそのメイコが、時折、後ろの少女たちを気にかけるようにわずかに振り返るたび、その深くかぶったフードの下の視線に、オリバーは逃げようとする気勢を削がれてしまうのだった。

 

(なぜだ、なぜ逃げられない…っ!?)

 

 それはもう理屈ではなかった。

 

 恐怖でもない。

 

 メイコの意思に従うことが正しいのだと、従わないことは間違っているのだと、親衛隊員にして、そう思わされてしまう何かが、メイコにはあった。

 

 やがてたどり着いたのは、路地裏の奥深くにある一件の教会。

 

 メイコが営む孤児院だった。

 

 その入口の扉は開かれていて、そこに一人の少女がメイコの帰りを待ちわびるようにして立っていた。

 

 ネルだった。

 

「メイコさん、無事で良かった。こんな時に急に出かけていくから、すごく心配で――」

 

 メイコを待ちきれずに雨の外に飛び出してきたネルが、後ろの三人に気づき、足を停めた。

 

「――もしかして、リン?」

 

 不安気だったネルの表情が一瞬、困惑に揺れたが、しかしすぐに歓喜の表情に変わった。

 

「リン、リンだよねっ、どうしてここに!?」

 

 ネルはリンのもとに駆け寄ろうとしたが、

 

「待て」

 

 その目の前に、オリバーが立ちはだかった。

 

「ちょっと、あんた何よ。邪魔しないで」

 

「黙れ、この方をどなたと心得る。お前ごときが近づいて良いお方ではない」

 

「はぁ、なにそれ。どなたもなにも、リンはリンよ。だいたいあんたこそ何者よ?」

 

 そう言い返して、ネルはそこで、相手が軍の制服を身に纏った兵士であることに気がついた。

 

「兵隊…? なんでそんな奴がここに…?」

 

 ネルの目が再び不安に曇り、説明を求めてリンやメイコのあいだを彷徨う。

 

「………」

 

 リンはその視線に、何も答えることができなかった。

 

 自分の正体を明かしたら、ネルは受け入れてくれるだろうか。

 

 それが不安で、何も答えられなかった。

 

「大丈夫よ、ネル」

 

 見る者すべての不安を解きほぐすような優しい笑顔で、メイコは言った。

 

「それよりも、彼はどうしているかしら?」

 

「あ、はい。奥でメイコさんの帰りを待っています」

 

「そう」

 

 メイコはひとつ頷くと、リンたちに振り返った。

 

「あなた達を待っている人がいるわ。特にミク、あなたをね」

 

「私を…?」

 

 訝しげに眉をひそめたミクだったが、すぐにその意味に気がつき、後ずさった。

 

「わ、私、帰らせてもらいます」

 

「どこへ? 本音亭は、あなたの帰るべき場所ではないはずよ」

 

「っ!?」

 

 優しげな笑みのまま、しかし容赦ないその言葉に、ミクの足が止まった。

 

「私は……私は……」

 

 戸惑うミクに、教会の中から別の声がかけられた。

 

「ミク様……」

 

 さびを含んだ低い男の声。

 

 教会の中から現れたその男の姿を、三人は知っていた。

 

「ガクポ……」

 

 そう、それはかつてレンに仕えていた男。

 

 そして今はミクの護衛官として仕える、剣豪ガクポその人であった。

 

「ガクポ殿、何ゆえ貴殿がここに居られるのですか」

 

 真っ先に声を上げたのは、オリバーだった。

 

 しかし、ガクポ本人が口を開く前に、その理由をミクが答えていた。

 

「ガクポ……私を連れ戻しに来たのね」

 

 ミクの言葉に、しかし、ガクポは無言で首を横に振った。

 

「違うの? ……どういうこと?」

 

「詳しくは中で……リン様にも、お話せねばなりませぬ」

 

 そう言って、ガクポはリンに目を移した。

 

「ガクポ…?」

 

「リン様……」

 

 リンを見つめるガクポの表情は、沈痛なものだった。

 

 重く耐え難い苦しみに、それでも歯を食いしばって耐えているようであった。

 

 教会の中に入り、濡れたマントを脱ぎ、そしてメイコはネルに、お茶を用意するよう言いつけた。

 

 ネルはおとなしく言いつけに従い、リンたちの側から離れていく。

 

 それを見計らって、ガクポが口を開いた。

 

「ミク様が出奔なさってからほどなく、我らはその所在を把握しておりました」

 

 ミクの書き置きにカイトの名があったことから、彼女が彼のもとにいることは予想の範囲内だった。

 

 問題は、それが黄王国の革命勢力の中心に近い位置でもあることだった。

 

「そこまでわかっていて、どうして今まで私を放っておいてくれたの?」

 

「大公閣下と宰相殿下のご意思にございます」

 

「父様と兄様の?」

 

「ミク様……そして、リン様……」

 

 ガクポは拳を握り締め、俯き、必死に感情を堪えようとしていた。

 

 わななく唇で、ガクポは言葉を吐き出すように、言った。

 

「大公閣下は……宰相殿下の進言により、陛下とミク様のご婚姻の破棄をお決めなされました……っ!」

 

「そんなっ!?」

 

 思わず声を上げたのは、リンだった。

 

 ミクはどう答えていいのか分からず、押し黙ってしまっている。

 

 ガクポは震える声で続けた。

 

「ミク様に置かれましては、帰国する必要は無し。メイコの庇護のもとで好いた男のそばにいるが良いとの、大公閣下よりの仰せにございます……」

 

「それじゃ……レンはどうなるの? ねぇ、ガクポっ!?」

 

「もはや公国はこの国を見放し、ミク様を利用して革命勢力と手を結ぶ腹積もりにございます。私は、この場に残りミク様の護衛をせよと……」

 

「うそ……」

 

「申し訳ありませぬっ!」

 

 耐え兼ねたように、ガクポはその場で倒れるように膝をついて平伏した。

 

「陛下に恩を受けた身でありながら、私は、それを仇で返すような真似を……ミク様っ!」

 

 膝をつき、肩を震わせながら、ガクポが顔を上げてミクを見た。

 

「今からでも遅くはありませぬ。陛下のもとへお嫁ぎくだされ。どうか、陛下をお救い下され!」

 

 それは、一介の護衛官が言っていい言葉ではなかった。

 

 一国の姫君に向かって、その国家元首の意思に逆らえと訴えるなど、正気の沙汰ではない。

 

 しかし、ガクポは本気だった。

 

「無礼は重々承知の上にございます。しかし、このガクポ、一生の願いにございます!」

 

 一生の願い。そう言って、ガクポは身を起こした。その手が懐に伸び、隠し持っていた短剣を取り出した。

 

「たかが傭兵の命一つで釣り合うものではありませぬが、どうか、我が死をもって陛下をお救い下さるよう、願いまする」

 

「そんな、そんなこと言われても、私は……っ!」

 

「やめて、ガクポっ!?」

 

 二人の少女の悲鳴も、ガクポの決意を揺るがすことはできなかった。

 

 ガクポの手の内で、短剣が逆手に持ち直され、その心臓に切っ先が向く。

 

「御免っ」

 

 そう言い放って刃を尽き立てようとした、そのとき、

 

 ガクポの短剣を握るその手に、別の手が重ねられていた。

 

「ここは教会よ。主の御元で自ら命を絶つ気?」

 

 落ち着いた声で、メイコがガクポを諭す。

 

 それに、とメイコは続けた。

 

「あなたの使命は、彼女を守るだけじゃない。まだ他にも任務はあるはずでしょう?」

 

「そ、それは……」

 

 メイコの言葉に、覚悟を決めていたはずのガクポの表情が戸惑いに揺れた。

 

「いま死ねば、あなたが本当に守りたいものも守れなくなる。それでもいいの?」

 

「……っ」

 

 俯くガクポ。

 

 ぎりり、とガクポが、音を鳴らすくらい歯を食いしばっているのが、リンたちにもわかった。

 

 短剣を逆手に握ったその手から力が失われ、ゆっくりと下ろされていく。

 

 メイコはそれをみて、小さくため息をついた。

 

「みんな、命を焦って捨てようとしすぎだわ。命の終わりはね、人が勝手に決めていいものではないのよ?」

 

 すべては主がお定めになること。

 

 メイコはそう呟いて、そしてお茶を用意するネルの様子を見に行くと言い残して、その場を立ち去っていった。

 

 残された三人の前で、ガクポは膝をつき俯いたまま、肩を震わせていた。

 

 やがて、肩の震えは大きくなり、

 

 そして、

 

 堪え切れようのない嗚咽が、部屋の中に響き渡った。

 

 

 

 

 ひとかどの男が涙を流すとき、そこにかけるべき言葉はない。ましてそれが剣豪と称されるほどの男となれば、尚更だった。

 

 リンとオリバー、そしてミクは、むせび泣くガクポを残し、部屋を出た。

 

 部屋を出た先には、人数分のお茶を盆に乗せたネルと、そしてメイコが待っていた。

 

「他の部屋に移りましょう。彼は、少し独りにしておいてあげたほうがいいわ」

 

 メイコに促され、リンたちはそこから少し離れた部屋へと場所を移す。

 

 そこで、席を勧められ、お茶を振るまわれた。

 

 お茶を用意するネルは、席に座ったリンと目を合わせようとしなかった。ただ機械的にテーブルにカップを並べ、お茶を注いでいく。

 

「……ネル?」

 

 リンは、思い切って彼女に声をかけてみた。

 

 けれど、

 

「………」

 

 ネルは逃げるように部屋から出ていってしまった。

 

 リンは、それで気づいてしまった。

 

「メイコさん……ネルに、私の正体を話したんですか?」

 

 その質問に、メイコは当然のように、「ええ」と、頷いた。

 

 彼女は言った。

 

「別に隠す理由もないわ。それに、私の口から伝えておいたほうが、心の準備もできると思ったの」

 

「心の準備?」

 

「面と向かっていきなり言われるより、ショックは少ないんじゃないかしら?」

 

「……そういうものでしょうか」

 

「そういうものかもしれないし、そうじゃないかもしれない。どちらにしろ、これから先はあなたとネルの問題よ」

 

「メイコさん、意外と適当なんですね……」

 

「そうね。よく言われるわ」

 

「私のこと、いつから気づいていたんですか?」

 

 その問いにメイコは答えず、ただニコリと笑ってみせただけだった。

 

 答える気はない、という意思表示だった。

 

 それにどうやら、答えてもらったところで、そこに何の意味があるわけでもなかっただろう。

 

 リンはそう思い直し、別の質問を口にした。

 

「メイコさん、あなたはこの国を……レンを、どうするつもりですか」

 

「どうもしないわ、今はね」

 

 メイコはあっさりと、そう答えた。

 

 しかし、その引っかかる物言いが気にかかる。

 

「今は?」

 

「カイトが、まだレン国王を信じている。時間が欲しいと言っている。だから、今はまだ何もしない。……こんな答えで満足かしら?」

 

「いずれ革命を起こすというんですね」

 

「酒場でカイトに言った言葉を、あなたも聞いていたはずよ。この暴動は止められても、革命を願う人々の心は止められないわ」

 

 メイコは静かな声でそう告げ、そしてこの話はこれで終わりだと示すかのように、目の前のカップを手に取り、お茶を口にした。

 

 リンも習って、お茶を口にする。

 

 香りも味も薄い紅茶だった。

 

 それでも、これはネルが淹れてくれたお茶だった。

 

 友達になってくれたネル。

 

 けれど彼女の保護者であるメイコは革命勢力の中心人物で、

 

 そしてリンは現国王の双子の姉だった。

 

 それでも、

 

 それでも、

 

 

――アンタに持っていて欲しいんだ。その……と、友達……」

 

――友達……私が…?」

 

――あ、いや、ゴメンっ。迷惑ならいいんだ!」

 

――ううん、迷惑じゃないよっ、私も、ネルと友達になりたい!」

 

 

 リンは紅茶を飲み干すと、席を立った。

 

「ネルと話をしてきます」

 

「そうしてくれると嬉しいわ。ちょうど私も、ミクさんにお話があったところだから」

 

 メイコのその言葉に、斜向かいに座っていたミクが小さく肩を震わせた。

 

 リンは、メイコに言った。

 

「私たちに聞かれたら、まずいお話ですか?」

 

「まずくはないけど、面白い話でもないわ。それでもよければ、そこの親衛隊の君が同席していても私は構わない」

 

 メイコのその言葉に、リンは部屋の隅に立ったまま待機していた隻眼の少年に目を向けた。

 

「オリバー、ミク様をお願いできる?」

 

「お任せを」

 

 頷くオリバーに後を託し、リンは部屋を出た。

 

 ネルと友達になった、あの日。

 

 ネルと二人で内職をしたあの部屋で、

 

 ネルはあの日と同じように、カゴの中に山と積まれたシャツに、フリルを縫い付けていた。

 

「ネル……」

 

 リンが部屋に入ってきても目を合わせようとしないネルに、そっと声をかける。

 

 ネルは一瞬、肩を小さく震わせて、裁縫の手を止めた。

 

「………」

 

 膝元に向かって伏せられたその横顔で、彼女の瞳が当惑に揺れていた。

 

 どんな顔をすればいいのか、わからない。

 

 なんて言えばいいのかも、わからない。

 

 そんなネルの気持ちが、痛いほどよく分かる。

 

 なぜなら、リンも同じ気持ちだったから。

 

 リンは、そばの机の上に、針と糸が余っているのを見つけた。

 

 それを持って、ネルの近くに座る。

 

「………」

 

「………」

 

 お互い黙ったまま、ただ裁縫を続けた。

 

 部屋に響くのは、外の雨音。

 

 ひとつ、またひとつと、二人が縫い上げたシャツが脇に置かれ、重なっていく。

 

 ネルが、ポツリとつぶやいた。

 

「……けっこう上手いじゃん」

 

「……内職は得意なの」

 

「……王女様なのに?」

 

「……昔はね。今はただのメイドよ」

 

「……訳わかんないよ」

 

「……うん、私もだよ」

 

 どうして、こうなっちゃたのかなぁ。リンはそう呟いて、思わず苦笑した。

 

 でもね、とリンは言った。

 

「たとえ私が王女のままだったとしても、ネルと、友達になりたかった……」

 

「……っ」

 

 その言葉に、ネルが微かに顔を上げた。

 

 二人の視線が、絡み合う。

 

 けれど、ネルはまた目を逸らそうとして、

 

「ネル…っ」

 

 それをつなぎとめるように、リンは言った。

 

「……隠しごとして、ごめんね。でも」

 

「リン…っ」

 

「ネルと友達になれて、すごく嬉しかったよ」

 

 ネルの手から、シャツが落ちた。

 

 ネルが椅子を蹴倒すように立ち上がり、リンに向かって飛びつく。

 

 リンは座ったまま、ネルの胸に固く抱きしめられていた。

 

「リン……私……私……っ」

 

 リンの耳に、ネルの言葉と、雫が滴り落ちる。

 

「私…怖かった……友達とか、知り合いとか、次々にいなくなっちゃって……街もこんなんだし……カイトさんまで……」

 

 ネルは、しゃくりあげながら、リンを抱きしめ、泣いた。

 

「リンに会えたとき、すごい嬉しかった……でもメイコさんから王女だって聞かされて、それでもう頭ん中わけわかんなくなっちゃって……」

 

「ネル……大丈夫、私は、王女でもメイドでもない。友達の、リンだよ」

 

 リンはそっと、ネルの背中に腕をまわして、優しく撫でた。

 

 ネルは、声を上げて泣いた。

 

 街の路地の奥深くにある教会に、二つの嗚咽がこだましていた。

 

 ひとつは、忠義と士道の葛藤に苦しむ男の涙。

 

 ひとつは、残された友情に安堵する少女の涙。

 

 そんな嗚咽に挟まれながら、部屋で俯き、唇をかみしめている少女が一人。

 

 ミクは、向かい合わせに座るメイコの方を見ることもせず、目の前に置かれたお茶と、そして僅かな砂糖がふりかけられた黒パン――

 

 ――孤児たちがブリオッシュと呼ぶお菓子にも手をつけず、全てから目を背け、耳を塞ぐかのように、沈黙を守っていた。

 

 それを眺めながら、黙ってお茶を口にするメイコ。

 

 そして、部屋の隅に立って、片方の目の鋭い視線で事態を見守るオリバー。

 

「さて、ミクさん……」

 

 メイコが、自分のお茶を飲み干してから、ようやく口を開いた。

 

「……あなたの身柄は、私がしばらく預かります。これはあなたのお父様の了承を得ていることよ」

 

「………」

 

 ミクは沈黙。

 

 代わりに、オリバーが異を唱えた。

 

「我々親衛隊が、それを見逃すとでも?」

 

「見逃すべきね。これはあなたとの取引でもあるのよ。暴動を収め、王女様を無事に王宮に帰したいのでしょう?」

 

「ミク様を人質にする気か」

 

「その通りよ。ただ、公国がそれを承知の上で私たちを支援していることも忘れないでね」

 

「それは黄王国に対する裏切り行為だっ!」

 

「国王をはじめとする政府に見切りをつけたのであって、黄王国そのものを裏切ったわけではないわ。国交断絶したければ、どうぞご自由に。でも、あの公国相手に真正面から異を唱えるだけの力があるのかしら?」

 

「…陛下を……侮辱するな……っ!」

 

「その陛下に時間を与えると言っているの。信じていないわけではない。カイトは信じると言っている。だったら、私も信じるわ。ただ保険はかけさせてもらう。あなたの腹立たしさは理解できるけれど、それですべてを台無しにしてしまわないことね」

 

「……このまま捨て置くことはせぬぞ」

 

「好きになさい」

 

 メイコはそう言うと、次に、ミクに声をかけた。

 

「歴史的な恋をしている気分はどう?」

 

「……っ!?」

 

 その物言いに、ミクは激しく肩を震わせ、動揺した。

 

「わ、私は…そんなつもりじゃ……」

 

 ただ、カイトのそばに居たかっただけなのに……

 

 消え入りそうな声でつぶやく少女に、メイコは告げた。

 

「あなたのその想いと行為が、この国の歴史を変えるのよ。国の命運をかけた一大恋愛。素敵だとは思わない? 私は応援するわ」

 

「でもっ、レンくんが嫌いだとか、そんなつもりじゃないのに……っ!?」

 

「だから何? 惚れた男と添い遂げるために全てを捨ててきたんでしょう? いまさらだわ」

 

「でも……でも……っ」

 

「覚悟を決めることね」

 

「覚悟……?」

 

 そう呟き返したミクの肩が、目に見えて震えだした。

 

 自分の行為に、

 

 自分の恋に、

 

 図らずも一国の命運を賭けてしまった。

 

 その重圧を実感したためだった。

 

 その時、部屋の扉が開き、リンが戻ってきた。

 

「ミク様……?」

 

「リンちゃん……どうしよう……私…」

 

 わななく唇で必死に何かを訴えかけようとしたミクだったが、こみ上げてくる極度の緊張と重圧に、思わず口元を手で押さえた。

 

 そのまま、リンの横を駆け抜けて、部屋を出ていってしまう。

 

 リンはそれを呆然と見送ったが、すぐにメイコに目を向けた。

 

「ミク様に、何を言ったんですか」

 

「カイトと添い遂げたいなら、覚悟を決めなさい。そう言っただけよ」

 

「……ミク様を連れて帰ることは可能ですか?」

 

「無理ね。彼女は人質だから。その代わり、あなたたちを無事に返すことは約束する。ブリオッシュが余っているわ。お土産にいかが?」

 

「結構です」

 

「そう、残念ね」

 

「オリバー、行きましょう……」

 

「はっ」

 

 オリバーとともに、リンは教会の扉に向かって歩き出す。

 

 外の雨は、小降りになっていた。

 

 見送りに出てきたメイコに、リンは言った。

 

「メイコさん……私、レンを守ります。どんなことがあっても、必ず。そして、この国も守ってみせる」

 

「人々が幸せであるなら、私はそれでいい。革命が始まる前にこの国が変わることを願うわ」

 

 さようなら。

 

 その声を背中に受けながら、リンはオリバーとともに王宮へと向かって歩き出したのだった。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。