後世、暴動阻止に自ら動いたレン国王の判断について、無駄で無意味な行為であった、という評価が下されている。
レン国王が民衆の前に姿を晒すというパフォーマンスをせずとも、暴動は既に終息状態にあった、というのが当世の歴史家たちの共通見解である。
メイコによる、暴動の解散指示。
はっきりとした文献は残されていないが、この春暴動がたった一両日で終息したのは、メイコの指示によるものであるのは確かだった。
しかし、前述したが時系列からいって、レンが暴動阻止に動いたときにはまだ、メイコは暴動の解散を指示していなかった。
本音亭でメイコが、カイトの頼みを聞き入れて暴動の解散指示を下したのが、およそ午前も半ばを過ぎた頃である。
そして、その指示が城下街全体に伝わったのは昼過ぎである。
当時の通信手段から考えてみれば、ほぼ烏合の衆である民衆に対して、わずか数時間で命令を確実に伝達させたメイコのネットワークは恐るべきものと言えた。
しかしそれでも、メイコの指示だけでは、広場での警備隊二百名と、武装民衆数千名の武力衝突は避けられなかったであろう。
そしてもし広場での衝突が起きていたならば、この春暴動がたった一両日で終わることもなかったであろう。
革命よりも警備隊への憎悪によるところの大きかったこの暴動において、広場での衝突がもたらすものは凄惨な虐殺であり、その後に続くのは無法地帯と化す城下街の姿だった。
憎悪と流血にまみれながら治安組織への復讐に狂い出す暴徒を穏便に止めることが、メイコに果たして出来たであろうか。
出来たかもしれない。
メイコとは、それほどまでに恐るべき女……いや、“存在”だった。
しかしそれでも、一両日では収まらず、そしてはるかに多い犠牲が出たであろうことは確実であった。
警備隊、
民衆、
この春暴動において双方の損害が軽微で済んだのは、ひとえにレン国王の行動のたまものと言えよう。
だが、しかし、
この事実が後世に正しく伝わることはなく、そしてレン本人もまた、自分が成した歴史的功績を知る由もなかった。
レンはただ、深い慙愧の念に囚われ続けていた。
武装民衆による包囲から警備隊二百名を救出したものの、王宮への帰還はとても凱旋とは言い難い雰囲気であった。
雨は弱まり、空には雲の切れ間から薄日が差し込み始めていたが……
……その光が照らし出したのは、うなだれ進む馬上のレンの姿と、そして、副長・アルの亡骸を抱えて続く、親衛隊の隊列だった。
またひとり、大切な部下を失った。
覚悟を決めていたとはいえ、その事実はあまりに重たく、レンの心を押しつぶそうとしていた。
だが、そのレンに更なる試練が降りかかろうとしていた。
王宮へ帰還したレンは、待機させていた親衛隊から、城下街各地での暴動が収まりつつあるとの報告を受けた。
それ自体は喜ばしい報告だったが、その後に続いたのは、法務大臣をはじめとした主流派の動向だった。
主だった大臣たちは王宮へ駆けつけるどころか、城下街から逃亡。
さらに私兵をかき集めた上、郊外にある各々の別荘にこもって出てくる気配がないという。
――暴徒鎮圧のため、各所領から援軍を要請しているところにあれば、今少しの猶予を。
――軍備が整い次第、すぐにでも駆けつける所存にございます。
――暴動など、我らがたちどころに鎮圧してみせましょう。
――城下は危険なれば、陛下は安全な王宮で我らの到着をお待ちくだされ。
――すべて我らにお任せくだいませ。
「各大臣にもう一度、召喚命令を伝えよ……」
レンは低い声で命令を下した。
「……来なければ反乱とみなす」
軍装を解かないまま発せられた命令に、使者に選ばれた親衛隊員たちは、一様に重い表情で馬を飛ばしていった。
だが、使者を放ったあとに王宮へやってきたのは、大臣たちではなく、全く別の、思いもかけない人物だった。
黄王国駐箚緑公国特命全権大使・キヨテル。
彼は王宮の謁見の間で、いまだ軍装姿で剣を傍らに置いたまま玉座に座るレンに拝謁した。
「……キヨテル卿。この騒ぎの中、危険を推してまで何をしに参られた?」
「万難を排してでも、陛下に申し上げなければならぬ義がございますれば」
「……大公の意向か」
「ハッ……」
キヨテルは言葉を切り、顔を伏せた。
全権大使を務めるほどの男が、傍目から分かるほどの迷いを、その表情に出してしまっていた。
多少顔を伏せたところで、それは隠しきれるものではなかった。
(……良い話ではなさそうだな)
レンのその予感は、当たった。
ようやく顔を上げたキヨテルが、告げた。
「此度の両家のご婚姻、破談とさせていただきます」
「…………」
レンは玉座に座したまま、無表情でその言葉を聞いていた。
怒りに叫ぶことも、玉座から立ち上がりキヨテルに掴みかかることもなかった。
ただ、形の良い眉がわずかに跳ね上がり、そして、
「……随分と、勝手な話だな?」
「身勝手と無礼は重々承知の上で申し上げております」
「……重ねて問うが、大公殿の意向なのだな?」
「無論にございます」
「……だとすれば破談で済む話じゃない。国交断絶、いや戦争さえも辞さぬが、承知か?」
「疑念あらば直接問いただしに参れるがよろしかろう、との大公からの仰せにございます」
「……その言葉、宣戦布告とみなすが宜しいな?」
「是非もありませぬ」
「……相分かった。大公殿には、しかるべき時を持って軍勢を押したて、此度の一件について問いただしに参ると伝えよ」
「ハッ…っ」
キヨテルは深々と頭を下げる。
そしてそのまま、しばらく動こうとしなかった。
「……キヨテル卿、どうなされた? 話はもう終わった。館を引き払い、即刻国へ帰られよ」
「…………陛下っ!」
キヨテルが再び顔を上げた。
その表情を哀しみに彩らせながら、彼は言った。
「もしも、ただ一人の人間として我が国を訪れるならば、その時は喜んで歓迎いたしましょう」
「……ただ一人の人間として……だって?」
これまで無表情だったレンが、初めて驚きの表情をみせた。
キヨテルは言った。
「大公閣下は、陛下のことを高く評価しておりますれば………我がもとに身を寄せて欲しい…との仰せにございます」
「……それはつまり、王位を捨て、国を捨てろ、ということか?」
「この国は、陛下に相応しくありませぬ。陛下は……この国と運命を共にすべきではありませぬ」
その言葉にレンはしばし茫然とした表情を見せていたが、
彼は目をつむり、唇をかみしめ、しばし黙考した後、答えた。
「……キヨテル卿よ。それでも……それでもこの国は、僕の国なんだ」
「陛下……」
「僕が……僕と、リンが、生まれた国なんだ。だから……帰ってくれ」
「…………」
キヨテルは再び一礼すると、踵を返して、今度こそ去っていった。
それを見届けたレンは、謁見の間でただひとり、玉座に座ったまま大臣たちを待ち続けていた。
待ち続けて、
待ち続けて、
待ち続けて、
そして、陽が西へと傾きだした頃……
……ようやく大臣たちからの使者がやってきた。
「……へ、陛下。ご無事でなによ――」
「誰が使いをよこせと言った? 僕は本人が来いと言ったんだ」
冷たい目で言葉を遮ったレンに、使者たちはおののきながら必死に弁明を始めた。
「はっ、その、いまだ軍備が整っておらず、その」
「軍備など必要ない」
「し、しかしっ、城下はいまだ暴動が頻発する状況でありますし、わ、我らもここまでどれだけ危険な思いをしたことか……」
「……そうか、なら仕方ないな」
レンはそう言って、今まで無表情だったその顔に、初めて柔らかい笑みを浮かべた。
「おお、陛下……」
使者たちは安堵の表情を見せたが、
「そのように危険な状況であるならば、僕が親衛隊を率いて直々に迎えに行くとしよう」
そう言って玉座から立ち上がったレンに、使者たちは騒然となった。
「い、いえ、まさかそのような滅相もないことをっ!?」
「へ、陛下、外は危険、危険にござりまするぞっ!?」
「だから僕が迎えに行くと言ってるんだ。安心しろ、親衛隊は一騎当千の精鋭ぞろいだ。どんな敵が来ようと必ず蹴散らしてくれるだろう」
「へ、陛下、陛下、お待ちを、どうかお待ちをッ!?」
「くどいッ!!」
レンが一喝し、その腰から剣が鞘走った。
光条一閃。
玉座に向かって振るわれた剣は、その鋭利な刀身を鮮やかに回転させて、再びレンの腰にある鞘へと収まった。
カチリ、と剣が鞘に収まると同時に、玉座の高い背もたれがぐらりと傾き、そして……
……鮮やかな切り口を晒しながら、激しい音を立てて、使者たちの目の前に倒れた。
ひっ、と悲鳴を上げた使者たちに対して、レンは言った。
「来なければ反乱とみなすとの言葉、聞いていないとは言わせないぞ」
使者たちはいっせいに、蜘蛛の子を散らすように逃げ出していった。
「レオンっ!」
レンの叫び声が、謁見の間に響き渡る。
「出撃、総出撃だ。奴らを叩き潰しに行くぞ!」
それはまるで、慟哭のような叫びであった。
日暮れが近づきつつある時分、暴動は徐々に収まりを見せ始め、城下街は平穏を取り戻しつつあった。
リンは、オリバーとともに王宮を目指して歩きながらも、そんな街の様子に安堵感を覚えた。
どうやらメイコは、確かに約束を守ってくれたらしい。
だけどメイコ一人の意思でこの巨大な暴動が終息に向かったという現実は、同時にメイコの影響力の恐ろしいまでの強さを如実に物語っているといえた。
この国が存続するのも滅ぶのも、メイコひとりの意思しだい。
明らかになった敵の正体と、その強さを思い、リンは身震いした。
しかもその人物の、革命家とはまるで正反対のような修道女としての姿も知っているだけに、その得体の知れなさが恐ろしさを何倍にもする。
(これから、あの人と戦わなくちゃいけないんだ)
リンは身震いしながらも、心の中でそう固く決意した。
メイコと戦って、そしてメイコに認めてもらわなければならない。
この国には国王が、
レンがまだ必要だということを認めてもらわなければならない。
(レンは……私が守るんだ…っ)
リンは覚悟を決め、王宮へと帰ってきた。
だがそこで彼女を待っていたのは、その覚悟さえあざ笑うかのような現実だった。
オリバーの案内で、王宮近くの秘密通路から誰にも知られることなく王宮内へと戻ったリンは、宮内の慌ただしい様子に疑念を抱いた。
番兵や使用人、メイドまで、王宮で働いているあらゆる人々たちが、決死の形相で走り回っている。
まるで急遽、巨大な宴を催すことを決めて、その準備を急いで行っているような様子だが、それにしては誰もが皆、気を張り詰めすぎている。
殺気立っている、といってもいい。
特に、親衛隊。
彼らは文字通り、殺気を身にまとっていた。
城下街の暴動は収まりつつあるのに、まるでこの王宮内で暴動が起きているかのような緊迫感だ。
「いったい、何が起ころうとしているの?」
「まさか、これから街へ討って出る気では」
かたわらのオリバーがそう答えたのも無理はない。
なぜなら彼らの前に、まさしく完全装備を身につけた親衛隊の面々が姿を現したからだった。
ちょうど二人の親衛隊員が近くを通りかかる。
「あっ、リン様。それに、オリバー先輩じゃないですかっ!?」
軍服に胸当て、腰に剣と、脇に兜を抱えた青年が、二人を目にして駆け寄ってきた。
「ヨヒオ…?」
「リン様、よかった。ご無事でしたのですね。今朝方からお姿が見えないと、ルカさんが探しておられましたので、我々も心配しておりました」
息せき切りながら、親衛隊の青年・ヨヒオは安堵のため息をついた。
そのヨヒオと共に居たもうひとりの親衛隊員が、オリバーに目を向けた。
「おう、オリバー、この非常時にどこへ行っていた?」
彼は暴動を収めるためにレンと共に出撃した親衛隊員のひとり、トニオだった。
彼もまた軍装のまま、肩に長大な火縄銃を担いでいる。
「リン様の護衛だ」
「護衛?」
トニオが自分の身長ほどもある火縄銃を床におろして、首を傾げた。
オリバーが「それよりも」と言葉を続けた。
「ヨヒオ、トニオ、よく聞いてくれ。尋常な事態ではないんだ。この国に恐ろしいことが迫っている。急ぎ隊長に報告せねばならない。隊長はどこだ?」
「出撃準備のために、すでに練兵場におられます」と、ヨヒオ。
それを聞いて、オリバーは顔をしかめた。
「暴動鎮圧のために出撃するのか。いけない、やめさせなければ。もうすでに暴動は収まりつつあるんだ」
「オリバー先輩、なに言ってるんですか。暴動鎮圧のための出動ならとっくにやってます」
「なんだって?」
「陛下ご自身が俺たち僅かな手勢を引き連れて、暴動のど真ん中に飛び出されたんだ」と、トニオ。
「なっ!?」
「うそ…!?」
ヨヒオとトニオから受けた説明に、リンとオリバーは思わず声を上げた。
「レンは、レンはどうなったの!?」
リンの質問に、トニオが答えた。
「リン様、ご安心を。陛下は既に無事にお戻りになっております。暴動もほとんど被害を出さず、収めることもできました。まったく、美事です。お美事としか言いようがありません。さすがは陛下だ……」
トニオはそうやって褒め称えながら、しかしその表情は、悔しそうに歪められていた。
「トニオ、どうした。何があった?」
「どうしたもこうしたもあるかっ!」
トニオが突然、声を震わせ叫ぶ。
「全部うまくいったんだ。副長が犠牲になってまでして、それでやっと暴動を収めたんだ。なのに、あいつらが全部それをぶち壊しにしやがった!!」
「あ、あいつら? それに副長が犠牲になったって、おい」
「畜生!」
「トニオじゃ埒があかない。ヨヒオ、一体何がどうなってるんだ」
「……暴動を収める出撃で、副長が戦死されました」
「「っ!?」」
その言葉に、二人はもう声を上げることさえできなかった。
その上、さらなる現実が二人を待ち受けていた。
「それだけじゃありません。この非常事態の中、内務大臣、法務大臣をはじめとした主だった連中が、みな城下の外へ逃亡してしまったのです。挙句、陛下の召喚命令にも従おうとしなかった」
「じゃあ、この出撃は、もしかして大臣たちを討つためのものか。内戦になるぞ!?」
内戦、オリバーが言ったのは決して大げさではない。
いくら精鋭ぞろいの親衛隊とは言え、その軍勢は千人にも満たない小規模なものだ。
この程度の手勢なら、主要大臣たちも揃えることは簡単だ。
もし大臣たちが結託して本気で抵抗する気なら、親衛隊は数倍の軍勢を相手にすることになるだろう。
無論、親衛隊は数の優劣ぐらいモノともしない猛者ばかりであるが、それだけに凄惨な戦いが繰り広げられるのは確実だった。
内戦と聞いて、リンは青ざめた。
「レンが……レンがその決断を下したというの? どうして!?」
「それは……その……――」
「―――陛下と、ミク様のご婚姻がご破談となられたのです」
言い淀むヨヒオに代わって、もうひとりの声がそれに答えた。
「ルカ……」
「リン様、なにはともあれご無事でなによりでした」
そういうルカの顔は、ひどく青ざめ、やつれていた。
目の下の隈も濃く、いつもなら艶やかな長い髪も、いまは手入れもそこそこに乱れかけている。
リンの突然の不在を、彼女がどれだけ気にかけていたかがよく分かった。
だけど、それよりも気にかかるのはその言葉だ。
レンと、ミクの婚姻が、緑公国から一方的に破断させられたのはリンは既に知っている。だけど、まさかそれがもう王宮にまで伝わっているとは思わなかった。
「昼近くに、キヨテル様がいらして、陛下に直接、婚姻のご破断を申し上げてゆかれました」
ルカの言葉に、傍らのトニオが悔しそうに顔を歪めた。
「理由も言わぬ一方的な仕打ち。そんな勝手があるかよっ! せっかく暴動を収めたってのに、陛下はいきなり後ろ盾を失っちまった!」
「それに加えて大臣たちは目先の保身に徹して、陛下を軽んじています。ついに事態ここに極まりました。陛下が国王であり続けるには、従わぬ大臣たちを武力で従わせる他ないのです」と、ヨヒオ。
「そんな、他に方法はないの?」
「残念ながら、ありませぬ。口惜しいですが、婚姻の破棄が大臣どもに知られれば、もはや連中は陛下に従わないでしょう。そうなる前に連中を力づくでも従わせなければ、陛下は王位さえ失う可能性があります」
王位を失う。
ヨヒオのその言葉で、リンは、レンがなぜ内戦の危険性を冒してまで武力を用いようとするのかを理解した。
もしもレンが王位を追われたとしたなら、次にその座に祭り上げられるのは間違いなくこの自分、リンだ。
大臣たちの都合のいい、操り人形としての女王。
都合が悪くなれば簡単に使い捨てられる、裸の女王様。
大切な姉をそんな目に絶対に合わせないと、弟が必死でそれに抗っているのを、リンは知っている。
だから、レンは決意してしまったのだ。
リンと国とを天秤にかけ、リンを選んでしまったのだ。
リンは叫んだ。
「レンはどこ!?」
「へ、陛下はまもなく練兵場へ――あっ、リン様、お待ちを!」
ヨヒオの言葉が終わるのも待たず、リンは王宮内を駆け出した。
(駄目よ、レン、駄目……)
リンは走る。
走って、
走って、
そしてリンは練兵場へと出た。
そこには、集結する親衛隊と、
それらを前に、レオンを引き連れて歩く軍装のレンの姿があった。
「レンっ!!」
居並ぶ親衛隊員の列をかき分け、リンはその先頭に飛び出した。
そして、行く先を塞ぐように、レンの前で立ち止まる。
「リン……?」
突然現れた姉の姿に、レンは訝しげに目を細めた。
そんな弟を目にした瞬間、険しい顔だとリンは思った。
こんなにも厳しく、怖い顔をした弟を、リンは初めて見た。
「レン――」
「――下がれ、リン」
静かな、
しかし明確な拒絶の意思が、その声には含まれていた。
レンは本気だ。
本気で、大臣たちを討伐しようとしている。
リンは、レンの傍らに立つレオンに目を向けた。
信頼する昔からの旧臣は、すでに覚悟を決めた顔で、そこにいた。
リンは、その場に整列している親衛隊員たちにも目を向けた。
彼らも皆、同じだった。
いつも明るくて闊達な、気持ちのいい青年たちの面影はどこにも見当たらなかった。
そこにいたのは戦士たちだった。
戦いの場において、己の命を銃火に晒し、敵の命を容赦なく断ち切る。
その覚悟を秘めた男達の群れだった。
そして、その見渡した男たちの中に、いつもなら物静かに、しかし間違いなく部隊の中核として存在感を放っていた彼の姿は――
――副長、アルの姿はどこにもなかった。
リンは、再びレンに向き直り、言った。
「レン、やめて」
「下がれと言ったはずだ」
「アルが死んだと聞いたわ。それなのに、また誰かを死なせるつもりなのっ!?」
「そうだ」
間髪を入れずに、レンは答えた。
そこに何の躊躇いも見られなかった。
レンは続けた。
「アルは死んだ。リツも生きてはいないだろう。全部、僕の命令でそうなったんだ。だけど、だからどうした。そんなことは覚悟の上だ」
「大臣たちも、彼らの兵たちも、この国の国民なのよ。国民同士で殺し合うなんて間違ってる!」
「彼らは反逆者だ。討伐しなければ、この国そのものが割れる」
「まだ彼らを従わせる方法はあるわ。もう一度、ミク様との婚姻を取り付けることができれば、戦う必要なんてないはずよ」
「すでに緑公国に使者は送ってある。だけど、キヨテル卿が直接伝えに来たんだ。使者が緑公国へ付くよりも先に、向こうが婚約破棄を一方的に発表するだろう。そうなる前に大臣たちを従わせなければならないんだ」
「だからって、やっと暴動が治まったばかりなのよ? それなのに今度は内戦だなんて、民衆が苦しむばかりじゃない。今度こそ革命が起きてしまうわ!」
「………」
ぐっ、とレンの顔が歪んだ。
苦しげな表情。
そう、レンだってそんなことは百も承知なのだ。
リンは、そんな弟の気持ちが痛いほどわかった。
だからこそ、これ以上、レンを苦しませるわけには行かない。
「……レン、引きなさい」
「国王に命令するのか?」
「カイトとの約束を反故にする気?」
「…っ? リン、なんでそれを!?」
「昨晩、カイトと会ったわ。彼は言っていた。あなたが力を蓄えるまで、絶対に革命は起こさせないって。カイトは約束を守ったわ」
「守った? じゃあ、この暴動が収まりつつあるのも……」
「カイトのおかげよ。彼は命懸けで約束を守った。なのに、あなたがそれを無駄にするの?」
「………」
レンは口を閉ざし、固く目を閉じた。
リンにはわかっていた。
レンには他に選択肢が無かったことぐらい、わかっていた。
彼が悪いのではない。
彼を取り巻く現実が、あまりに残酷すぎるのだ。
その現実に、レンは今までたったひとりで立ち向かってきたのだ。
そしていま、その現実に押し潰されようとしている。
国王として、この国の厄災の責任のすべてを背負わされて、押し潰されようとしている。
孤独な国王。
悲劇の国王。
そんな彼を救える力を持つ者は、この世でたったひとりしかいなかった。
「レン……」
「………」
「……苦しそうね、レン。気分が悪いの?」
「……なんだって?」
「きっと無理がたたって、体調を崩したのね。徹夜は程々にしておきなさいって、あれほど言ったのに無茶するからよ」
リンは、いつものように、
メイド長として、レンの身の回りの世話をする時のように、いつもの口調で、言った。
「国王に対し、職務禁止令を発布します」
この宣言に、居並ぶ親衛隊員たちに動揺が走った。
国王に対してのみ有効な法律を発布できる、メイド長の特殊な権限。
それがいま、この場において発動したのだ。
「国王は、メイド長がその体調の回復を認めるまで一切の職務を停止し、自室での休養に努めるように」
ざわめき声が響く中、リンははっきりとした声でそれを宣言した。
レンは、それを黙って聞いていた。
怒りのような、
悔しそうな、
そんな険しい目に抗うように、リンは続けた。
「この法律は規定により、各大臣の承認を得た時のみ廃案とすることができます。……従ってくれるわよね?」
「………」
長い、
長い沈黙の後、
「…………わかった、従おう」
険しい目が、まるで今にも泣き出しそうな悲しみに彩られていた。
レンはその場で踵を返すと、
「レオン、親衛隊を解散させ、元の業務に復帰させよ」
そう言い残し、練兵場をあとにしたのだった。