悪ノ王子――ボカロ(悪ノ娘)二次小説――   作:PlusⅨ

20 / 30
第十八話・リン、レン、カイト~悪ノ娘~(1)

 戴冠式が終わった後は、三日三晩の祝賀披露宴である。

 

 諸国の要人の他、国内の主要人物全てが王宮に集い、贅を尽くした煌びやかな祝宴に酔いしれていた。

 

 その大規模な宴の監督を任されていたのは、リンに代わり新たにメイド長として就任した、ルカだった。

 

 彼女は会場の料理や酒などの状況を監督しつつ、人の流れもまた細かく観察していた。

 

「ルカ様」

 

 部下である三人のメイドが、ルカの元へとやってくる。

 

 ウタ、テト、モモ。

 

 かつて有力商人の元へ、親衛隊員リツとともに潜入していた三人である。彼女らは、それだけの重大任務を任せられるほど、ルカから信頼されていた。

 

「遅れていた法務大臣が、ただいま会場に入りました」

 

 ウタの報告に、ルカは頷く。

 

 これで主流派の全員が会場に揃ったことになる。

 

 続いて、テトが報告した。

 

「カイト様から、準備は整ったとのことです」

 

 ルカは頷く。

 

 ウタとテトは、自分たちの報告が済むと、速やかにその場を離れて行った。

 

 最後にモモだけが、幼さの残るその顔に迷いの色を浮かべながら、ルカの前に残っていた。

 

「モモ、どうしたの?」

 

「あの……ガクポ様がお呼びです」

 

「え?」

 

 この大事な時に?

 

 戸惑うルカに、モモは尚も言った。

 

「最期に、せめて一目でも……ガクポ様は、そう仰っていました。ルカ様、どうか行って上げて下さい。ルカ様ご自身の為にも……」

 

 モモは深々と頭を下げた。

 

 下げる前に、モモの大きな瞳が涙に濡れていたのに気付いて、ルカは、仕方なさそうに、哀しそうに、切なそうに、ため息をついた。

 

「わかったわ、行かせてもらいます。ありがとう、モモ」

 

「いいえ……っ!」

 

 モモは潤んだ瞳のまま、ルカを会場の外へ案内した。

 

 祝賀披露宴の会場は、そこだけで一つの建物になっており、その裏手に、ガクポは待っていた。

 

 既に日は暮れて、夜の帳が辺りに降りている。

 

 宙空には青白い月が煌々と輝き、庭園の木々に月光を透かせていた。

 

「ルカ殿」

 

 ガクポが笑みを浮かべ、彼女を迎えた。

 

 月光のように澄み切った笑顔だと、ルカには思えた。

 

 モモが一礼を残して、去って行く。

 

 ガクポと二人きりになったこの場所で、ルカは、何も言えなくなっていた。

 

「ルカ殿……」

 

 ガクポがそばにより、ルカの手を取る。

 

「……今宵も月が綺麗です。まるで、あの夜のように」

 

 ルカの脳裏に思い出がよぎる。

 

 ガクポがミクの下に仕えると決まった、あの日、束の間の別れを惜しんで、月下に寄り添い、踊った、あの夜。

 

 ルカの視界がぼやけ、堪えきれずに閉じた瞼から涙が溢れて流れた。

 

 胸の内から湧き上がる嗚咽が口をついて出そうになったとき、ガクポがルカを引き寄せ、その唇を唇で塞いだ。

 

 漏れた嗚咽が、そのままガクポに吸われていく。

 

 長いキスだった。

 

 まるでルカの心の哀しみを、全部飲み込もうとしているようだった。

 

 柔らかなキスのひと時の後、ガクポはわずかに唇を離し、ささやいた。

 

「踊りましょう。今だけは全てを忘れて、幸せな未来を夢見ていた、あの夜のように」

 

 ルカの耳に、ガクポのささやきの他に、かすかにワルツの音色が聴こえてくる。

 

 それは会場内で楽団が奏でる調べ。

 

 女王を祝う旋律も、今だけは二人の為だけに流れていた。

 

 二人は手を取り合い、ステップを踏む。

 

 軽やかに。

 

 艶やかに。

 

 ガクポのリードに、ルカは身を委ねる。

 

 心を委ねる。

 

 あぁ、この男とともに死ねるのだ。

 

 そう思うと、ルカの心に喜びと哀しみが同時に沸き上がり、それは涙となってこぼれ落ちた。

 

 ガクポは足を止め、ルカの頬に流れた涙を拭った。

 

 そのままルカを引き寄せる。

 

 再び重なる、唇と唇。

 

 しばし、二人は動かなかった。

 

 それはまるで月下に佇む美しき彫像のようだった。

 

 そのまま、数秒の時が流れ……

 

「ぁぅっ……」

 

 かすかな呻き声を上げて、ルカの身体から力が抜けた。

 

 そのまま、ガクポにすがりつくように、崩れ落ちていく。

 

「許せ、ルカ殿」

 

 ガクポはルカのみぞおちから拳を離し、失神した彼女を抱き留めた。

 

 会場の物陰から、ウタ、テト、モモの三人のメイドが音もなく現れた。

 

「ルカ殿を頼む」

 

 ガクポの言葉に、三人は頷き、ルカの身体を支えた。

 

「リン様とともに逝けなかったと知れば、きっと怒るであろうな。……もし後を追おうとしたなら、リン様からのご命令であったと伝えて止めてくれ。ルカ殿には、リン様に代わり陛下にお仕えする義務がある、とな」

 

「……はい」

 

 三人は、短く、しかしはっきりと意志を感じさせる声で答えた。

 

「あ、あの、ガクポ様」

 

 モモが、濡れた瞳で、

 

「どうか……どうか……」

 

 必死に紡ごうとした言葉は、結局、言葉にならなかった。

 

 それは計画の成功を祈るものだったのか、それとも生き延びて欲しいという願いだったのか。

 

 しかし、どちらであろうとも、ガクポを思いやる気持ちに代わりはなかった。

 

「ありがとう。君たちのことは決して忘れぬ。陛下と、ルカ殿を頼んだぞ」

 

「はい……っ!」

 

 ルカを抱きかかえて遠ざかる三人を見送った後、ガクポは会場に足を向けた。

 

 ワルツは既に終わっていた。

 

 代わりにファンファーレが鳴り響き、そして従者が朗々と告げた。

 

「女王陛下の御成りにございます」

 

 扉が開き、会場の全員が頭を下げた。

 

 リンは軽く会釈を返しながら、会場を進み、その奥にある貴賓席へと腰を下ろした。

 

 貴賓席の背後には黄国王家の紋章の巨大なレリーフが飾られ、貴賓席に座る王の威厳を高めていた。

 

 ここは、かつての舞踏会の日に、レンとミクが座っていた席だった。

 

 あの時は、まさかリン自身がここに座ることになろうとは、夢にも思わなかった。

 

 いや、夢見たことはあった。

 

 年頃の少女らしく、美しく着飾った王女としての自分を幾度も夢想していた。

 

 けれど、その夢が現実となった今、リンの心は殺伐としていた。

 

 謁見の時にも感じたことだが、国王の席とは、なんと孤独であることか。

 

 リンの瞳に映るのは、私利私欲に凝り固まった背信の臣下たちであった。

 

 彼らはレンを引き摺り下ろした、その顔で、リンにのうのうと祝辞を垂れたのである。

 

 リンを、そしてレンをなんだと思っているのか。

 

 きっと何とも思って無いに違いない。

 

 心ある人間とさえ思っていないのだろう。

 

 女王、国王、そんな記号としか思っていないし、それ以上のものになって欲しく無いのだ。

 

 それが自分たち王家に対してのみなら、まだ我慢はできる。国の為、民衆の為に政治をするのに必要なら、喜んでその道具となろう。

 

 だが、彼らが為してきたのは、まったく真逆のことだった。

 

 王家を、国と民衆を苦しめる為の道具にしている。

 

 それは許せぬことであった。

 

 だから、討つと決めた。

 

 今宵、この場所で、己の命もろとも討ち果たすと決めたのだ。

 

 その覚悟を秘めながら、リンは席から立ち上がった。

 

「みなさん、今夜は私の即位の為に、良くぞ集まって下さいました。今日、ここに私が女王としてあるのは、ひとえにみなさんの力添えがあってこそです」

 

 女王陛下に栄光あれ、と誰かが声を上げた。

 

 他の者も同調し、会場中に唱和が響いた。

 

「ありがとうございます。……それでは私からも一つ、みなさんにお返しの意味を兼ねて、余興に歌を用意いたしました」

 

 ほほう、幾つか声が上がる。

 

 どういう意味? と疑問をささやく声がする。

 

「本来なら私自身で一曲、歌って差し上げたいのですが、あいにく不調法ゆえにご勘弁を。代わりに彼の者を招待しておりますれば……」

 

 リンは向かい側のステージを指差した。

 

 ステージの緞帳が上がり、そこに立つ人物が姿を現す。

 

 丈の長いコートに、マフラーという出で立ちのその男。

 

 会場に、どよめきが沸き起こった。

 

「神の声を持つと名高き歌い手、カイトにございます」

 

 リンの紹介に、カイトは優雅に一礼した。

 

 しかしまさか、カイトとは。会場のどよめきは収まらない。

 

 確かにカイトは諸国随一の歌い手として名高いが、同時に、この黄王国の舞踏会で、国王を含む支配層を批難する歌を唄って見せたことも知れ渡っていた。

 

 あの時はレン国王にはぐらかされたものの、そんな彼がのうのうと、それも新女王の即位披露宴に現れたことは、まさしく衝撃的である。

 

 カイトは、どよめきが収まらぬ観衆を前に一礼を終えると、貴賓席に立つリンに目を向けた。

 

 二人の視線が絡まったのは、ほんの一瞬。

 

 リンは静かに頷いて、ステージ脇に控える楽団にゆっくりと手を振った。

 

 リンの合図を受け、楽団が演奏を開始する。

 

 流れ出した前奏がどよめきをかき消し、そこにカイトの歌声が重なった。

 

 

 

 

――――

 

 むかしむかし、あるところに

 

 悪逆非道の王国の

 

 頂点に君臨するは

 

 齢十四の王女様

 

 絢爛豪華な調度品

 

 顔のよく似た召使い

 

 愛馬の名前はジョセフィーヌ

 

 全てが全て彼女のもの

 

 お金が足りなくなったなら

 

 愚民どもから搾り取れ

 

 私に逆らう者たちは

 

 粛清してしまえ

 

 

――さあ、ひざまずきなさい!

 

 

 悪の華、可憐に咲く

 

 狂おしい彩りで

 

 とても美しい花なのに

 

 嗚呼、棘が多すぎて触れない

 

 悪の華、可憐に咲く

 

 哀しげな彩りで

 

 後の人々はこう語る

 

 彼女はまさに“悪の娘”

 

 

――――

 

 

 

 

 静寂。

 

 まさか拍手など、あろうはずが無い。

 

 絶句である。

 

 いつぞやのような、憐憫を誘う遠回しな批難の歌では無い。真正面からの悪女呼ばわりである。

 

 観衆はもはや呆然としていた。

 

 以前の時は、レン国王が居眠りをしていた為に、はぐらかされた結果になった。

 

 しかし、今回は……

 

 会場の全員の目が、リンに集まった。

 

 リンはまっすぐに、カイトを見つめていた。

 

 カイトが落ち着き払った動作で、一礼する。

 

「この、無礼者!」

 

 リンが貴賓席から、ステージに向かって歩み寄りながら、叫んだ。

 

「親衛隊は、この無礼者を即刻ひっ捕らえよ!」

 

 応、と答えて外に控えていた親衛隊が一斉に雪崩れ込んで来た。

 

 完全武装した男たちの乱入に、あちらこちらで悲鳴が上がる。

 

 リンとステージの間に親衛隊が割り込み、そこに居た人垣を押し退けた。

 

 リンの前に、ステージへと続く道が開く。

 

 ステージから、カイトが、跳んだ。

 

 着ていたコートとマフラーを投げ捨て、親衛隊が開けた道を、リンめがけ走る。

 

 親衛隊がカイトに殺到する。

 

 しかし奇妙な事に、親衛隊の誰一人としてカイトを止められたものは居なかった。

 

 リンも逃げようとしなかった。

 

 まるで自ら望むかのように、カイトの腕に抱かれた。

 

 カイトはリンを抱き上げると、そのまま近くのテーブルに飛び乗る。

 

 料理を蹴散らし、テーブル上の燭台を掴み取る。

 

 右腕にリンを抱き寄せ、左手に火の灯った燭台を捧げ持ち、カイトは叫んだ。

 

「全員、その場を動くな!」

 

 会場の隅々にまで通るその声に圧倒され、悲鳴を上げて居た人々は押し黙った。

 

 そして、見た。

 

 上着の上から、炸裂弾の列をびっしりと巻きつけた、カイトの姿を。

 

 その一本一本から導火線が伸び、それはまとめて一本により合わされ、カイトの左腰に垂れ下がっている。

 

「よく聞け。これからわたしの言うことに従わなければ、導火線に火をつける」

 

 カイトはそう宣言し、導火線の先端に燭台を近づけた。

 

 その行為に、会場全体が息を呑んだ。

 

 しかし、その時、

 

「やれるものなら、やるがいい」

 

 冷静に、はっきりと告げる声がした。

 

 レオンだった。

 

 カイトを包囲する親衛隊の列から、剣を引き抜きながら進み出る。

 

「カイト、貴様が火を点けた瞬間、導火線ごと両断してくれよう」

 

 そう言って、両手で持った剣を顔の横で捧げ持つように構えた。

 

 刀身の広い大剣である。鋭利な刃と、長大な刀身の重量によって馬さえ叩き斬る威力を持つ。

 

 だがその反面、その大きさと重さによって取り回しが難しく、これを自在に操れる人間はごくわずかしか居ない。

 

 レオンはこの大剣の数少ない遣い手にして、名手と呼ばれていた。

 

「及ばずながら、私も加勢しよう」

 

 レオンの横に、ガクポが並んだ。

 

 左腰に鞘に収めた片刃剣を引きつけ、その柄に右手が軽く触れている。

 

 居合、と呼ばれるガクポ独自の技である。

 

 何でも無い状態から素早く斬りつける。抜刀の勢いをそのまま乗せた斬撃の速さに、勝てる者はいない。

 

 精鋭親衛隊の長と、必勝不敗の剣豪を前にして、それでもカイトは不敵に笑った。

 

「爆弾は、わたしが身につけている物だけでは無いぞ。……見るがいい」

 

 その言葉が終わると同時に、カイトが後にしたステージで爆発が起きた。

 

 床板を跳ね飛ばし、炎と白煙が轟音とともに吹き上がる。

 

 会場中に悲鳴が響いた。

 

 咄嗟に伏せる者、腰を抜かす者、しかしステージ周辺は親衛隊によって既に遠ざけられていた為、怪我人はひとりも出なかった。

 

 カイトは告げた。

 

「ステージだけでは無いぞ。爆弾は会場の至る所に仕掛けてある。わたしの炸裂弾が爆発すれば、誘爆でこの会場が全て吹き飛ぶ量だ」

 

 この言葉に、会場はパニックに陥った。

 

 出口付近に居た者が、外へ逃げ出そうと扉に殺到する。

 

「そうだ、逃げるがいい。わたしの目的は、この国に悪政をしく者たちを誅することにある。ゆえに、関係の無い者たちは早く逃げよ」

 

 人々は次々と外へ出ていこうとする。

 

 その中には、大臣らの姿もあった。

 

「法務大臣殿、どこへ行かれるおつもりですか?」

 

 我先に逃げ出そうとしていた法務大臣の前に、親衛隊員・ヨヒオが立ちはだかった。

 

「女王陛下が囚われている非常時に、まさか臣下が逃げ出そうと?」

 

 その問いに、法務大臣は狼狽した。

 

 慌てて背後を振り返ると、そこにも親衛隊員・トニオが逃げ道を塞いでいた。

 

 法務大臣はさらにあたりを見回し、足止めされているのが自分一人では無いことを知った。

 

 主流派の全員が、親衛隊によって会場内に引きとめられている。

 

――まさか!?

 

 法務大臣は混乱する頭で、最悪の事態を予想した。

 

 道連れ。

 

 法務大臣がぽつりと漏らした言葉に、ヨヒオが頷いた。

 

「カイトはそう言っておりますね」

 

 当然のような、その言葉。

 

 トニオもことも無さげに答える。

 

「カイトの奴め、リン様ごと吹き飛ぶつもりだろうな。だったら、直臣たる我々もお供するのが筋というもの。なぁ、法務大臣殿?」

 

 同意を求められ、法務大臣は足から力が抜け、座り込んでしまった。

 

 法務大臣は悟った。全てリンの罠だったのだ。それも、女王即位を受け入れた直後からの。

 

 混乱が支配する会場で、しかし親衛隊は冷静に無関係な客たちの避難誘導にあたっていた。

 

 無論、主流派は全員、身柄を確保されている。

 

 鮮やかな手際だった。

 

 カイトの歌とリンの叱責は、親衛隊を会場内に引き込む為。

 

 続くレオンとガクポによる、カイトとのやりとりも含め、親衛隊が主流派を確保する時間を稼ぐ為の芝居である。

 

 会場には親衛隊自身によって爆弾が仕掛けられ、ステージの爆発でさえ、カイトの合図で親衛隊が火をつけたのだった。

 

 今のところは全て計画通り。

 

 後は無関係の人間を会場から離れた場所まで避難させるだけだった。

 

 会場を出ていく人々の中に、ミクオとキヨテルの姿もあった。

 

 ガクポも二人の護衛官という建前上、会場の外まで同道し、そこで足を止めた。

 

「まことに勝手ながら、これにてお役目御免とさせて頂きます」

 

「ガクポ。お前さん、随分と嬉しそうじゃねえか。死に場所を得るってのは、そんなにいいことかい?」

 

「死に甲斐ある主君です。悔いはありません」

 

「そうかい。できりゃ、お前さんやリンのためにも、しくじることを祈るぜ。あばよ」

 

 捨て台詞を残し、ミクオはキヨテルと共に去って行く。

 

 その去って行く先から、武装した兵たちが向かってくるのが見えた。

 

 親衛隊では無い。春暴動以来、治安維持を理由に城下街に詰めかけていた、主流派それぞれの私兵達だ。

 

 大臣たちは暴動が治まった後も、主流派内部の権力闘争を目的として兵力を残し、互いにけん制しあっていたのだ。

 

 この祝賀宴でも、各人、自分の警護を理由にそれぞれ小部隊を王宮内に連れ込んでいた。

 

 その者たちが、いま主人の危機を前に駆けつけて来たのだ。

 

 ガクポは私兵たちの行く手を塞いだ。

 

 私兵の先頭に立つ男が、ガクポに向かって叫んだ。

 

「これはいかなる事態か!?」

 

「賊が侵入したのです。女王陛下が人質にされております」

 

「なんと!? では我らもすぐに加勢を!」

 

「それには及びませぬ。既に親衛隊が包囲しておりますれば、解決も時間の問題でしょう」

 

「し、しかし」

 

「賊はこの会場に大量の爆弾を仕掛けておりますれば、ここにいては巻き込まれましょうぞ」

 

 爆弾、と聞いて私兵たちに動揺が走った。

 

「な、なんということだ。…し、しかし我らの主もまだ中に残っている以上、我らが引くわけにも……」

 

 彼らの言う主とは、リンではなくそれぞれの雇い主のことだ。

 

「主の身を案じるそのお気持ちは、よくわかります」

 

 と、ガクポは神妙な顔で頷きつつ、続けた。

 

「ですが、あの方々は女王陛下の直臣なれば、最期まで陛下とともにあるのが忠義というもの。しかし、あなた方にまでそれを強いるのは酷でありましょう。女王陛下にとってあなた方は陪臣なれば、ここで退いても不忠には当たりますまい」

 

 ガクポの言葉に、私兵たちは迷いを見せた。

 

 なにも言葉通りに信じたわけではない。むしろ疑ってさえいる。

 

 なにしろこの私兵たちでさえ、自分たちの主が国王に対し、命がけの忠義心など欠片も持ち合わせて無いことを知っている。

 

 むしろ真っ先に出て来なかったのが信じられないくらいだ。

 

 そこへ、このガクポの台詞である。さらにレオンが親衛隊を引き連れ現れた。

 

 彼らはあからさまに私兵たちの行く手を塞ぐために布陣し、剣の柄に手をかけた。

 

 それを見て、ようやく彼らも気づいた。

 

「は、謀ったな、親衛隊!?」

 

 その問いに、レオンが答える。

 

「何のことかわからんが、もしそうであれば如何いたす?」

 

「無論、中へ突入し我らの主を助け出す!」

 

「それは殊勝な心がけ。このレオン、感服いたした。ならばお進みなされ」

 

 レオンは入口への道を開けさせた。

 

 その態度に、私兵たちは呆気に取られた。

 

 レオンは続けた。

 

「ただし賊はいつ爆弾を爆発させるかわからぬ。しかも爆発はこの会場の建物全てを吹き飛ばす威力と心得よ」

 

 私兵たちが、こんどははっきりとわかるほど、たじろいだ。

 

 レオンと、ガクポ。そして親衛隊員たちは、道を開けながら、私兵たちを油断なく見張っていた。

 

 もし本当に会場内に突入しようとする者がいたら、すかさず止めるつもりだった。

 

 計画の妨げになるのもそうだが、それだけの気概をもった者をむざむざ死なせたくなかったからだ。

 

 だからこそ、ガクポとレオンは、むしろそんな者が現れてくれないか、と期待さえしていた。

 

 しかし……

 

「じょ、助力したいのは山々であるが、いたずらに突入してはむしろ事態を悪化させるだけの事ゆえ、ここは親衛隊に任せる他あるまい」

 

 私兵のひとりの言葉に、他の者も次々に同調した。

 

「で、では頼みますぞ」

 

 私兵たちは足早に去って行った。

 

 その後姿を一瞥し、ガクポは静かにため息をついた。

 

「拍子抜けですな、レオン殿」

 

「リン様は無用な戦を望みでは無いが……」

 

 レオンもまた、苦笑を浮かべながら、鞘に収まっている己の大剣の柄を撫でた。

 

「……人生の最期くらい、ひと暴れしたかったですなぁ」

 

 それは親衛隊隊長としてでは無く、純粋に一剣士としての願いだった。

 

 ガクポもその気持ちは理解できた。

 

 剣士ならば、死ぬ時はやはり剣で死にたいのだ。

 

 理屈や理由はいらない。死力を尽くした剣法勝負がしたい。

 

 私兵たちの不甲斐なさを前にして、その想いはさらに募っていた。

 

「こんな事なら一度くらい、ガクポ殿と立ち合っておくべきでしたな」

 

「お互いの立場もあって、できませんでしたからな」

 

 だが、今更ここで斬り合うわけにも行かない。

 

 レオンが残念そうに呟いた。

 

「まあ、あの世で好きなだけ剣法勝負に興じるとしましょう」

 

「で、ありますな」

 

 剣士二人、からからと笑った。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。