悪ノ王子――ボカロ(悪ノ娘)二次小説――   作:PlusⅨ

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第十九話・リン、レン、カイト~悪ノ娘~(2)

 会場でステージを破壊する爆発が上がった時、その音はレンの居る私室まで届いていた。

 

 レンはすぐに、何が起きたかを悟った。

 

 リンが女王即位を決めてからというもの、レンは悪い予感に苛まれてきた。

 

 リンが何かを企んでいることには気づいていた。

 

 その企みの内、レンが考え得る最悪の予想が、いま、この爆音で裏付けられてしまった。

 

 レンはすぐさま片刃剣を引っ掴み、扉のノブに手をかけた。

 

 しかし、力を込めても扉が開かない。外から塞がれているのだ。

 

「おい、誰かそこに居るんだろう! 開けろっ!!」

 

 すぐに外から声が返って来た。

 

「それは出来ませぬ」

 

「オリバーか! 会場で何が起きている。答えろっ!!」

 

「お教え出来ませぬ」

 

 何があっても答えぬ。何があっても出さぬ。

 

 頑とした決意を感じさせる声だった。

 

 レンは、これ以上の押し問答は無駄と判断し、逆に内側から扉に掛け金をかけた。

 

 すぐにクローゼット室の奥へ向かい、秘密通路の扉を開けようとする。

 

 横に開きかけた扉が、すぐに止まった。

 

 わずかに開かれた隙間から、扉を封止している鎖の束が見えた。

 

 しかし、そんな事にはとっくに気づいていた。

 

 レンは迷い無く、片刃剣を鞘から抜き放ち、上段に構えた。

 

 部屋に閉じ込められて以来、いつかこんな時が来ると予想して、ひたすら剣を振るって来たのだ。

 

 レンは深く息を吐き、呼吸を整えた。

 

 鎖を眺める。

 

 睨むでも、見つめるでも無い。力を込めず、ただ、眺める。

 

 力んではいけない。鎖を斬るのは腕の力では無い。理の力だ。

 

 剣法の理に適った力。

 

 心と、技と、体。この三つの要素が一致した時、斬れぬものは無いとガクポから教えられた。

 

 斬れるか?

 

 いや、斬らねばならない……

 

 

 

 ……斬れる!!

 

 

 

 レンがそう確信した時にはもう、身体は動いていた。

 

「ぃゃあっ!!!」

 

 裂帛の気合と共に高速で振り下ろされた刃が、鎖の束を残らず断ち切っていた。

 

 レンは扉のそばに常に用意していたランプを取り上げると、秘密通路に飛び込んだ。

 

 その直後、部屋の扉が外から激しく叩かれた。

 

「陛下っ、何をなさったんです!?」

 

 オリバーが外から扉を開けようとしたが、逆に内側から閉じられていた。

 

「陛下、返事をして下さい、陛下っ!?」

 

 オリバーの声を無視して、レンは秘密通路をひた走る。

 

 道順は隅から隅まで覚えている。

 

 レンは走る。祝賀宴会場を目指して。

 

 その会場では、カイトがリンを抱いたまま残った親衛隊と主流派の者たちを眺めていた。

 

 親衛隊はカイトを包囲することなど当にやめて、主流派を一箇所に集めて包囲していた。

 

 主流派の者たちは、ある者は親衛隊を口汚く罵り、ある者は命乞いをし、ある者はひたすら泣き叫び、ある者は絶望に打ちひしがれ座り込んでいた。

 

 親衛隊は冷静に、黙って、彼らを見下ろしていた。

 

 既に死を受け入れた者たちだった。

 

 主流派はこの国の癌である。癌は取り除かなければならない。その為の犠牲となるのだ。

 

 しかし、と親衛隊員たちは思う。自分たちはこの癌の為に死ぬのでは無い。

 

 この国と、そしてレンに未来と希望を残すために、自ら悪の道へ堕ちたリンの為に、命を捧げるのだ。

 

 そのリンは今、カイトの腕に抱かれたまま、その胸に顔を寄せ、眠っているかのように目を閉じていた。

 

 リンはもう、何も聞いていなかった。カイトの心臓の鼓動だけに耳を澄ませていた。

 

 そのカイトの胸の内にあるのが、レンへの想いだとしても、こうしてリンとともに最期を迎えることを選んでくれた。

 

 なら、それでいい。それだけで、幸福だった。

 

 リンはカイトの胸に深く顔を埋めた。

 

 カイトはそんなリンを優しく抱きしめながら、親衛隊からの報告を待っていた。

 

 討つのは主流派だけだ。無関係の人間が避難完了するまで爆弾に火はつけられない。

 

 

 

 彼は待つ。

 

 

 

 そして、しばらくの後、

 

 会場へ一人の親衛隊員が息を切らして駆け込んで来た。

 

 避難完了の報告だろうか。

 

「陛下が部屋を抜け出されました!」

 

 飛び込んできたオリバーの報告に、全員が驚愕した。

 

 しかも、その直後だ。

 

――リンっ、馬鹿な真似はやめろ!!

 

 突如として会場内に響き渡った声に、カイトは、リンは、親衛隊は慌てて辺りを見渡す。

 

「レン、来ちゃダメ!」

 

――力づくでも止めてみせる!

 

 レンの声が別方向から聞こえてくる。

 

 下だ。

 

「秘密通路です!」

 

 オリバーが叫んだ。

 

「陛下は秘密通路を使ってこちらへ!」

 

「通路の強度は!?」

 

 訊いたのは、カイトだ。

 

 リンはその意図を察し、すぐに答えた。

 

「耐えられるわ。すぐに爆破して!」

 

 通路は地下だ。爆風は上に抜けるので崩れる心配は無い。

 

 カイトは頷き、そして足元に向かって叫んだ。

 

「レン、逃げろ! ここを爆破する!」

 

――カイト!? カイトなのかっ!?

 

「この国の癌は、俺たちが全て持って行く。後は、レン、お前に託す!」

 

 カイトの左手の燭台が導火線の先に触れた。

 

 導火線が火を噴きながら短くなって行くのを見て、主流派が悲鳴を上げた。

 

「陛下! どうかお助けを、陛下ぁっ!?」

 

――やめろ、カイト! リンを巻き込むな!!

 

 レンの声が足下を進み、貴賓席の方へと移動した。

 

 貴賓席背後の王家の紋章のレリーフが、内側から叩かれ音を立てる。

 

「しまった、扉はあそこか」

 

 導火線の火を消そうとするカイトの手を、リンは握った。

 

「大丈夫、扉は鉄製よ」

 

 リンはカイトを見上げる。

 

「今更かも知れないけど、巻き込んでしまって、ごめんね」

 

「君と死ねるなら本望だ」

 

「ありがとう……好きよ、カイト」

 

 さよなら、レン。リンは心内で別れを告げながら、目を閉じた。

 

 カイトが顔を寄せる気配がする。

 

 最期のキスが交わされようとした、

 

 その寸前、

 

「はぁああっ!!!!!」

 

 凄まじい気合とともにレリーフが割れ、その奥からレンが飛び出して来た。

 

「っ!?」

 

 その姿を見た瞬間、カイトはリンを突き飛ばしていた。

 

「きゃっ!?」

 

 リンがテーブルから転げ落ちる。

 

 レンは剣を構えたまま、カイトの元へ猛然と駆け走った。

 

 レンの眼には、カイトの炸裂弾と、火のついた導火線がはっきりと見えていた。導火線の残りは、もう僅かも無い。

 

 テーブル上に立つカイトめがけ、レンが飛ぶ。

 

 カイトは、それを両腕を広げて迎え入れた。

 

 

 横薙ぎの一閃。

 

 

 炸裂弾の先端が残らず斬り落とされ、そこに鮮血が降り注いだ。

 

 レンの一撃は、導火線ごと、カイトの胸を斬り裂いていた。

 

 噴き出す鮮血が、目の前に立つレンを赤く染める。

 

 カイトは斬られたまま、しばらくその場に立ち尽くしていたが…

 

 …やがて、その身体が前に傾いだ。

 

 レンはその身体を抱きとめた。しかしその身体を支えきれず、二人ともテーブルから落ちて床に倒れた。

 

「カイト……カイト!?」

 

 倒れながら、レンはカイトの身体を抱き寄せ、必死にその名を呼んだ。

 

 カイトの口が、微かに動いた。

 

「レン……聞け」

 

「カイト?」

 

「革命が始まる……逃げ…ろ……」

 

 カイトの口から出たのは、計画を邪魔したことへの恨み言でも、死への恐怖でもなかった。

 

 レンの未来を、ただ一途に思う言葉だった。

 

 レンは、唇を震わせながら答えた。

 

「…逃げられるものか。お前を斬った、その責任がある」

 

「バカだな、レン……なぁ」

 

 カイトの口が、さらに何かを告げようと動いた。

 

 その声を聴き取ろうと、レンが顔を寄せる。

 

 カイトがレンを引き寄せ、その唇を奪った。

 

 深く、長い口付けの後、

 

 カイトの身体が離れ、そして、二度と動かなくなった。

 

 レンに残されたのは、冷たい骸と、唇の中に残る血の味だけ。

 

「莫迦野郎、カイト……この大莫迦野郎!!」

 

 レンは泣いた。

 

 カイトの胸にすがりつき、哭いた。

 

 

――カイト、お前が好きだった。殺したくなかった。

 

 

――だけど、お前はリンを連れて行こうとした。

 

 

――たった、それだけ……

 

 

――それだけが、お前の唯一の過ちだったんだ……

 

 

 

 

 

 

 やがて、レンは立ち上がった。

 

 その目からは感情が抜け落ちていた。

 

 色の無い目が、会場内を見渡す。

 

「……リン」

 

 大切な姉は、床に倒れたまま気を失っていた。

 

 それが、テーブルから落ちた時によるものなのか、

 

 それとも、レンがカイトを斬ったのを真近に見てしまったせいか、誰にもわからない。

 

「リン……」

 

 レンは、リンの元へ寄ろうとした。

 

 しかし、その行く手を何者かが塞いだ。

 

「陛下!」

 

 法務大臣だった。

 

「さすがは陛下! 賊を一撃で葬ったお手前、まこと御見事に御座いました!」

 

 両手を広げ、興奮した面持ちで喚く法務大臣。

 

 何だ、こいつは?

 

 レンは冷たい目で法務大臣を睨んだ。

 

 どけ、僕はリンのところに行くんだ――

 

「おぉ、陛下こそ、まことの我が主!」

 

 法務大臣の横から、別の大臣が足元に平伏した。

 

 内務大臣だった。

 

「陛下がきっと来てくださると、信じておりましたぞ!」

 

 邪魔だ、どけ。

 

 蹴りあげようとした脚を、背後から誰かに掴まれた。

 

 驚いて振り返ると、主流派の貴族の一人が、這いつくばって平伏し、レンの足首の裾をつかんでいた。

 

「陛下、私どもは陛下を信じ、危険を顧みずにこの場に残り続け――」

 

「黙れっ!」

 

 レンはその貴族を蹴り飛ばす。

 

「ヒイッ!?」

 

 情けない声を上げて転がった貴族の代わりに、すぐに別の貴族や大臣が集まって来た。

 

 皆、口々に喚き立てる。

 

「陛下!」

 

「陛下っ!」

 

「忠誠を誓います!」

 

「忠誠を捧げますっ!」

 

「まさに王の中の王!」

 

「国王陛下万歳、万歳!」

 

 浅ましく、見苦しく、そして醜い光景が、そこにあった。

 

 これがこの国を支配する者たちの姿だった。

 

 こんな者たちのために、リンとカイトと親衛隊は命を投げ捨てる覚悟をし、

 

 そして、レンは、カイトを斬らざるを得なかったのだ。

 

――こんな者たちのためにっ!!

 

 こらえようの無い殺意がレンの全身を駆け巡り、それは瞬時に沸点に達して、だがすぐに不気味なほどの冷たさとなって、レンを支配した。

 

 

 

 

 

 

――この国を滅ぼす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 レンは冷たい心で、そう決意した。

 

 この者たちに国は渡さない。革命を引き起こしてやる。

 

「者ども、顔を上げよ」

 

 足元に跪いて居た者たちが、一斉に顔を上げた。

 

 レンは微笑んでいた。

 

「お前たちの忠義はよくわかった。よくぞ最後までここに留まってくれた」

 

「おお、陛下!」

 

 主流派全員の顔に、安堵が広がった。

 

 助かったという思い。

 

 そして全てがまた、自分たちの思い通りになるという期待。

 

「して、陛下。この後の始末でございますが……」

 

 法務大臣の声が低くなった。

 

 状況に振り回されていた側から、状況を操る側に立とうと企んでいた。

 

 しかしレンは、法務大臣が何か策を言い出す前に、その言葉を遮った。

 

「始末については既に決めている」

 

「は? そ、それはどのような?」

 

 レンはカイトの遺骸を差し示す。

 

「カイトを……あの遺骸を抱き起こせ」

 

「は?」

 

「抱き起こせ、と言っている。早くしろ」

 

「は、はい!」

 

 法務大臣は慌ててカイトの遺骸のそばに寄ってしゃがみこんだが、そこで恐る恐る顔を上げた。

 

「あ、あの……私がやるので?」

 

「当たり前だ」

 

 レンの冷たい声に、法務大臣は縮み上がった。

 

 カイトの上体を起こし、その背中側から両脇に腕を入れて、腰の引けた姿勢ながら何とか立ち上がる。

 

「ひ、ひいいい……」

 

 死者の感触に、法務大臣は顔を背けた。

 

 レンは床に落ちていた片刃剣を拾い上げる。

 

「しっかり支えていろよ」

 

「な、何をなさるので?」

 

 法務大臣がそう問うた、その瞬間、片刃剣が水平に薙ぎ払われていた。

 

「へ!?」

 

 呆然とする法務大臣の目の前で、カイトの首が胴体から離れた。

 

「わっ!?」

 

 法務大臣は驚きにカイトの身体を突き飛ばすが、その反動で首が法務大臣の腕のなかに落ちた。

 

「ぎゃあああ!?」

 

「落とすなっ!!」

 

 首を投げ出しかけた法務大臣に剣を突き付け、レンは言った。

 

「落とせば貴様の首も落ちると思え!」

 

 法務大臣は真っ青な顔で頷く。

 

 レンは告げた。

 

「カイトの遺骸を広場に吊るし、その下にこの首を晒すのだ! 国王に歯向かった者がどのような末路を辿るのか、民衆に見せつけてやれ!!」

 

 その命令に、親衛隊はおろか、主流派の全員までが、絶句した。

 

 そんなことをすればどんな結果を招くか、火を見るよりも明らかである。

 

 しかし、誰も異を唱えない。

 

 唱えられない。

 

 レンの返り血まみれの姿と、血塗られた片刃剣の危険な光が、この場の全員の命を握っていた。

 

「こ、国王陛下、万歳!」

 

 内務大臣が引きつった声で叫んだ。

 

「国王陛下万歳!」

 

 他の者も追蹤する。

 

 狂った様に上げられる唱和に、レンは声を上げて笑い出した。

 

「ははは……はっはっはっ……あーはっはっはっは!!」

 

 高笑いする血まみれのレンと、万歳の声。

 

「さあ、ひざまずくがいい!!」

 

 その声に、その言葉に、誰もが従った。

 

 それは、黄王国の終わりを告げる言葉でもあった。

 

 

 

 

 

 

 

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