悪ノ王子――ボカロ(悪ノ娘)二次小説――   作:PlusⅨ

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第二十話・リン、レン~私は国王、君はメイド~

 あの戴冠式から、翌日の朝。

 

 カイトの首と身体は、レンの命令通りに城下街の広場に晒された。

 

 春暴動のあの日、警備隊と武装民衆が対峙し、レンが親衛隊を率いて突入したあの広場である。

 

 警備兵たちが、広場の中心に長い支柱を伴った背の高い櫓を組み始めた時、

 

 これはいったい何事だろうか?

 

 と様子を見に集まって来た群衆は、その支柱に首の無い遺骸が逆さ吊りにされ、その下の台に首が置かれたのを目の当たりにして騒然となった。

 

 櫓には次のような触れ書きが下げられていた。

 

――反逆者カイト、国王暗殺を企てた罪により斬首に処し、ここに晒す。

 

 広場に怒声と悲鳴が響き渡った。

 

 カイトが無惨に殺され、その遺骸が晒されたという情報は、瞬く間に城下街一帯に広がり、広場は埋め尽くさんばかりの群衆で溢れ返った。

 

 警備兵たちは櫓に群衆が近づかないよう木の柵で囲い、その中で警備に当たっていたが、殺気立った群衆に周囲を取り囲まれ、恐怖に青ざめていた。

 

 群衆の最前列にいる者たちが木の柵を掴み、激しく揺さぶり出した。

 

 ほとんど全ての場所で同時に揺さぶられた柵は大きく軋み、ある場所で、人一人だけがやっと潜れそうな隙間が開いた。

 

 ひとりの少女が、その隙間を潜り抜けた。

 

 フード付きコートを纏った少女は、櫓に向かって一直線に走って行く。

 

 警備兵が駆け寄り、少女を取り押さえようと手を伸ばした。

 

 その手が少女のフードを掴み、引きずり下ろす。

 

 左右二つに分けて結われた、艶やかな長い緑の髪が、朝陽の中に煌めいた。

 

 ミクだった。

 

「カイトっ!」

 

 ミクは警備兵に取り押さえられながら泣き叫んだ。

 

「カイトぉぉっ!!!」

 

 ミクの絶叫に群衆たちも雄叫びを上げ、柵を揺らす力がさらに強くなり、遂には破壊された。

 

 群衆が一斉に櫓めがけ雪崩れ込む。

 

 警備兵は直ぐにミクを離し、一目散に逃げ出して行く。

 

 自由になったミクは群衆の先頭に立つ形で、櫓に向かって走り出していた。

 

 櫓に掛けられた梯子に取り付き、慣れない手つきながらも必死によじ登る。

 

 落ちそうになる彼女を、下から群衆が支え、押し上げた。

 

 なんとか登り切ったミクは、目の前に晒されていたカイトの首を掻き抱き、そして、

 

 

 

「うあああああああああっ!!!!!!!」

 

 

 

 天を仰いで、絶叫した。

 

 その悲しみ、その怒りに、群衆が共鳴する。

 

 櫓にさらに数人の男たちが上がり、大きな赤い旗を振り始めた。

 

「民衆よ!」

 

 櫓の上で男が叫ぶ。

 

 本音党のデルだった。

 

「民衆よ、立ち上がれ! 積もりに積もったこの怒り、今こそ解き放つ時だ!」

 

 幾つもの銃声が、天に向かって轟いた。

 

 武器は既に行き渡っている。

 

「革命だ!!」

 

 打ち振られる旗の下で、ミクは、泣き続けた。

 

 

 

 

 街の片隅の教会で、メイコは祭壇を前に、ひとり祈り続けていた。

 

 教会には他に誰もいない。

 

 孤児たちは計画が失敗したという情報を得た時から、速やかに、城下街の外へ避難させていた。

 

 静かな教会内に、街の喧騒が微かに流れてくる。

 

 広場での騒ぎは、路地裏深くのこの場所にまで届いていた。

 

 教会の扉が開き、一人の女がやって来る。

 

 ハクだった。

 

「メイコ……カイトの首が、広場に晒されました」

 

「……そう」

 

 メイコは祭壇に祈りを捧げる姿勢のまま、静かに答えた。

 

 カイトの死は、昨晩の内から既に知っている。

 

 ハクは続けた。

 

「デルたち本音党が、民衆の煽動を始めました。このままでは、また暴動に発展します」

 

「カイトが死んだ以上、もう止める理由も無いわ」

 

 それより、とメイコは振り返らず続けた。

 

「ミク公女は無事かしら?」

 

「群衆の先頭に立って、カイトの首を取り返したそうです。なんとか身柄を確保して本音亭へ連れ帰りましたが……」

 

 ハクは一瞬、言い淀んだ。

 

「……今だ取り乱しており、カイトの首を離そうとしません」

 

「そう、わかったわ。しばらくそのままにしておきましょう」

 

 メイコが、ようやく振り返る。

 

 教会には、ハクの他に、いつの間に現れたのか多勢の娼婦たちが集まっていた。

 

「全て手はず通りに進めるよう、伝言を」

 

 娼婦たちは無言で頷くと、現れた時と同様、音もなく消えて行った。

 

 ただ一人、ハクだけが残っていた。

 

「ハク、どうしたの?」

 

「いえ、ひとつだけ気になることが」

 

 何かしら、と小首を傾げたメイコに、ハクは言い辛そうに口を開いた。

 

「……その、涙の痕が」

 

「あら」

 

 メイコは珍しく慌てた様子で目元を拭った。

 

 その指先が濡れる。

 

「気づかれちゃったわ。流石ね、ハク」

 

「私が言えることじゃ無いと思いますが、大丈夫ですか、メイコ?」

 

「心配してくれて、ありがとう。大丈夫よ、まだ強がるだけの元気は残っているわ」

 

 メイコは赤い目のまま、にっこりと笑った。

 

「わかりました、メイコ。私は自分の任務に就きます」

 

「ええ、お願いね、ハク」

 

 ハクは踵を返し、教会を出た。

 

 外を歩きながら、ハクは思った。独りになったら、メイコはまた泣くのだろうか、と。

 

 泣くかもしれない。

 

 いや、もう既に充分、泣いたのかもしれない。

 

 それでも、どちらにしろ彼女は何一つ変わらずに、この革命を見事にやり遂げるだろう。

 

 メイコとは、そういう女だった。

 

 騒乱の気配が近づいてくる。ハクは走り出す。

 

 それはまるで、獲物を前に解き放たれた猟犬のようだった。

 

 

 

 

 広場での騒ぎは、春と同じくたちまち暴動へと発展し、城下街中に広まった。

 

 ただ春と違ったのは、その動きが非常に組織立って行われたことだった。

 

 当初は場当たり的に作られていたバリケードも、すぐに戦略上重要な箇所に重点的に配置し直され、城下街各所に駐屯する警備兵や主流派の私兵団を分断した。

 

 それぞれのバリケードには、指揮官として充分に訓練を積んだ者たちが各革命勢力から派遣され、さらに各アジトからも大量の武器弾薬が次々と補給されていた。

 

 朝から始まった暴動は、昼までには組織的な体制を整え終え、裁判所、留置所、その他主要な行政施設を占拠した。

 

 夕刻には警備隊本部でもある法務大臣の館が陥落し、街の各所に散らばる警備隊は指揮系統を喪失した。

 

 これ以後、警備隊は各駐屯で孤立した抵抗を余儀無くされるのである。

 

 しかし、そもそも警備隊の長である法務大臣自身が暴動を恐れて王宮から出て来なかった為に、指揮系統は始めから機能していなかった。

 

 それは他の私兵団についても同じ状況であり、彼らは自分たちの主が王宮から出て来ない中、城下のそれぞれの館に立てこもり、絶望的な抵抗を試みていた。

 

 夜になり戦闘は一旦停止されたが、民衆側はその時点で街のほとんどを押さえていた。

 

 警備隊や私兵団は完全に包囲され、反撃はおろか脱出さえ困難な状況に追い込まれていた。

 

 民衆側は夜の内に体制をさらに強固に整える一方、黄国各地に革命を呼びかける檄文を発した。

 

 そこには各革命勢力代表者の連名を持って、革命政府の樹立が宣言されていた。

 

 暴動発生から二日目、城下街各所では、既に革命軍と呼んで差し支えない陣容を整えた民衆側と、警備隊、私兵団、そして親衛隊との戦闘が再開された。

 

 

 

 

 広場に内務大臣と法務大臣が吊るされた。と、レンが報告を受けたのは、その二日目の朝のことだった。

 

 昨晩の内に脱出を図ったものの、革命軍に捕えられ、早朝に処刑されたそうだった。

 

 遺体は広場の櫓に、カイトの代わりに吊るされた。

 

 王宮に残っていた他の主流派の者たちは、その知らせを聞いてすっかり怯え切り、それぞれの部屋に閉じこもってしまった。

 

 当然、革命軍を鎮圧する為の評定など行われるはずも無かった。

 

 そんな折、ずっと意識を失っていたリンがようやく目を覚ました。

 

 カイトの死から、丸一日以上が経過していた。

 

 リンのそばには、憔悴し切ったルカがいた。

 

 ルカはずっと、リンの看病を続けていたのだが、その憔悴振りには看病疲れ以上のものが見て取れた。

 

 それでもリンの体調を一番に気遣うルカに、

 

 リンは、

 

「大丈夫よ、ルカ。私は、大丈夫」

 

 そう微笑んで見せた。

 

 ルカはリンに、カイトの死をきっかけに民衆が武装蜂起したことを告げた。

 

「そう……」

 

 リンは静かに頷く。

 

 既にこのことを知っているかのようだった。

 

 いや、あの計画が失敗し、カイトがレンの手で殺された時から、もうこうなる事は覚悟していたのかも知れない。

 

「ルカ、他のメイドや、使用人のみんなは無事かしら?」

 

「はい。陛下の命により、既に避難しております。いま王宮に残っているのは主流派を除けば、陛下と親衛隊、そして私たちぐらいです」

 

 リン様も早く御避難を。と迫るルカに、リンは首を横に振った。

 

「レンは?」

 

「陛下は……最後まで残られると」

 

 うつむき、辛そうに答えるルカ。

 

 きっと必死に逃げる様に懇願したのだろう。と、リンは察した。

 

 それでも、レンは頑として首を縦に振らなかったのだ。

 

「この国の始末をつけるのは、国王たる僕の仕事だ。と、そう仰られて……」

 

 レンらしい。と、リンは思う。

 

 最後の最後まで、国王としての責務を全うする気なのだ。

 

 リンはベッドから降りて立ち上がった。

 

「リン様?」

 

「ルカ、いくつか頼まれてくれない?」

 

「なんでしょう?」

 

「お茶の用意をして欲しいの」

 

「お茶、ですか?」

 

「ええ、レンの為にね。そうね、お菓子はブリオッシュがいいわ」

 

 リンの言葉に、ルカはハッとなる。

 

 前回もそうだった。ブリオッシュは、いつだって重要な意味を持っていたのだ。

 

 ルカのその予想は当たった。

 

 リンは、さらに次のものを要求してきたのである。

 

「それと睡眠薬と、レンの軍装もお願いね」

 

 

 

 

 一方その頃、レンもまた自室にオリバーを呼びつけていた。

 

「陛下、こちらが頼まれていた例のものです」

 

「ご苦労だった。すまないな、こんな大変な時に、いつも無理ばかりさせている」

 

「お気になさらずに。それが仕事です」

 

 しかし、とオリバーは続けた。

 

「その様なものを本当に使われるのですか?」

 

「できれば使いたくないけど、まず間違いなく言うことを聞いてくれないだろうしなぁ」

 

 レンは苦笑しながら、受け取ったものを懐に収めた。

 

「オリバー、もうひとつお前に命令を与える。あ、言っておくけど、今度はちゃんとレオンの許可も取ってあるから心配しなくていいぞ」

 

「はっ」

 

「オリバーに命ずる。僕の代わりを務めよ」

 

「はっ……はぁ!?」

 

 オリバーは唖然として、そしてレンの命令の意味に気づき、憤りに顔を真っ赤に染めた。

 

「陛下、それはあまりに酷い仕打ちにございます!」

 

「僕の意に背くことは許さん。もう二度とな」

 

「ですが、ですがっ……それならば、いっそこの場で死ねと命令して下さいませ!」

 

「許さぬ」

 

 レンは、はっきりと告げた。

 

「僕の代わりを務め上げるまで死ぬことは許さぬ。……わかったなら、早く準備をして来るんだ」

 

 レンの命令に、オリバーは歯を食いしばり、拳を握りしめ、肩をワナワナと震わせていたが、

 

 しかし、

 

「……かしこまりました」

 

 オリバーは苦渋の表情で頷き、レンの部屋の扉を開けた。

 

 扉を開けた先に、リンがいた。

 

 扉をノックしようとしていたのだろう、右手を軽く掲げた姿勢のまま固まっていた。

 

「り、リン様?」

 

「オリバー? あぁ、驚いた。勝手に開くのだもの」

 

「そ、それは失礼しました。し、しかし、それより……」

 

 オリバーは、リンの格好をまじまじと眺めた。

 

 目の前にいるのは、リンだ。それは間違いない。

 

 しかしその格好は、国王の軍装、つまりレンの服だった。

 

 その姿で、お茶とお菓子を乗せたワゴンを押している。

 

「あ、あの、そのお姿はいったい?」

 

「あ、ああ、これ? ちょ、ちょっとしたお遊びよ」

 

 目を泳がせるリンに、オリバーは困惑した。

 

 そのオリバーの背後から、レンがひょいと顔を覗かせた。

 

「リン、気がついたのか!? ……って、なんだ、その格好?」

 

「あ? うん、心配かけてゴメンね。取り敢えず、入っていいかしら?」

 

「ああ……オリバー、今のうちにさっきの件の準備を進めておいてくれ。頼むぞ」

 

「……」

 

「頼むぞ?」

 

「……はっ」

 

 オリバーが退出し、代わりにリンがワゴンを押して入ってくる。

 

「オリバーに何を頼んだの?」

 

「えっと……うん、そうそう、王宮に攻め入られる前に、恥ずかしい本を始末してもらおうと思って」

 

「ああ、やっぱり」

 

「……やっぱりって何だよ。信じるなよ」

 

「あのね、レン。ベッドの下は流石に安直すぎると思うの」

 

「バレてたの!?」

 

「胸が小さい方が良いって、変わってるわね」

 

「身内に性的嗜好を知られるとか、やめて、少年の繊細な男心をこれ以上傷つけないで。それ以上追及されると本気で泣きたくなるから、頼むからやめて。……それより、リンこそ、どうして僕の服なんか着ているんだ?」

 

「似合ってる?」

 

「うん、まぁ」

 

 リンとレンは、双子だ。顔立ちは非常に似通っている。

 

 それでもレンに比べ、リンには女性特有の線の細さ、身体の曲線、そして全体的な柔らかさがあった。

 

 それが男性用の服、とりわけ軍装などという厳めしい出で立ちとの落差を際立たせている。

 

 だがそれゆえに、リンの女性らしさが却って強調され、それが不思議な色香を漂わせていた。

 

「うん、まぁ、すごい似合ってる」

 

 思わず本音を漏らしたレンに、リンは、

 

「よかった」

 

 と、花のほころぶ様な笑顔を見せた。

 

 レンはその笑顔に思わず見惚れる。

 

 リンは続けた。

 

「実はね、一度くらいこんな格好して見たかったの。だって、王様になり損ねちゃったしね」

 

「なり損ねた。えっと……そう、なるのかな?」

 

 そう言えば法律的に自分たちの立場はどうなってるんだっけ? と、レンは考える。

 

 取り敢えず戴冠式まで済ませてしまっている以上、公式にはリンが女王でレンは王位継承者、つまり王子と言うことになるはずだった。

 

 だが結局、その後のごたごたで曖昧なまま、色々と有耶無耶にされたのが現状だった。

 

 そんなことより、

 

「でも、なんでこんな時に?」

 

「こんな時ぐらいしか、もうこんな遊びもできないと思ったの」

 

「遊び?」

 

「ええ、そう、遊び。いつか言ってたでしょ。お互いの服を交換してみないかって。実は、私もちょっと興味あったの」

 

 リンはくすりと笑って、

 

「きっと、もうここに居られる時間もわずかだと思うから、最後くらい、昔みたいに二人で一緒に遊んで、笑いあえたらいいな……って」

 

「……そっか」

 

 レンが頷くと、リンは嬉しそうに、

 

「よかった。でね、レンの為にこんなのも持って来たの」

 

 はしゃいだ様子を見せながらワゴンの下から取り出したのは、メイド服だった。

 

「えーっと、まさか、それを着ろと?」

 

「実は憧れてたんでしょ?」

 

「あれは冗談と、ちゃんと言ったと思うんだけど」

 

「メイド長権限で命じます。国王はメイド服を着なさい」

 

「残念でした。僕は実は国王じゃ無いんだ。法律上はまだリンが国王だって知ってた?」

 

「じゃあ、国王として命じます。レンはメイド服を着なさい」

 

「あれ? どっちにしろ僕に拒否権無し?」

 

 観念しなさい、とリンがメイド服を手に笑顔で迫ってくる。

 

 ちくしょう、いい笑顔だな。と、レンは思う。

 

 こんな可愛い顔されたら、逆らえないじゃ無いか。

 

 それでもわずかばかり残る理性が、形ばかりの抵抗を訴える。

 

「リン、ちょっと待って。まだ心の準備が」

 

「だーめ。時間が無いんだから、ほら」

 

「きゃー、いやー、脱がされる!?」

 

 ベットに押し倒されて、上着を剥ぎ取られる。

 

 それぐらいならノリで付き合ってあげたのだが、スボンにまで手がかけられた時には、流石のレンも焦った。

 

「ままま待って、リン、それは待って!?」

 

「どうして? ズボン履いたままじゃスカート履けないじゃない」

 

「そりゃそうだけど!」

 

 他人の手でズボンを脱がされるなんて、それこそ幼児期以来の体験である。

 

 いくら相手がリンでも……いや、リンだからこそ尚のこと恥ずかしい。

 

 形だけどころか本気で抵抗を始めたレンに、リンも本気で脱がせにかかってきた。

 

「もう、レン。暴れないのっ!」

 

「やだやだ、だめだめ、だってズボンどころかパンツにまで指かかってるし!?」

 

「どうせ下着も履き替えるから、いいじゃない」

 

「そんな話は聞いてない!!」

 

「こうなったら……えいっ!」

 

「いやぁぁぁ、くすぐっちゃらめぇぇぇ!!」

 

 ついにズボンが奪われた。かろうじて下着だけは死守できたのが、せめてもの救いだ。

 

「レンのお尻って、結構スベスベしてるのね」

 

「きゃあああ!?」

 

 半分ずり下がった下着を慌てて引き上げる。

 

 下着姿で涙目のレンだったが、リンがいそいそと女物の下着を取り出したのを見て、慌てて自分からメイド服を手に取った。

 

 メイド服は、リンがいつも着ているものよりも大きめのサイズを持ってきた様だった。

 

 しかしそれでも、肩周りや腰周りがかなりきつい。

 

「うーん」

 

 メイド姿のレンを見て、リンが唸る。

 

「なんか、不気味ね」

 

「ひどっ」

 

「肩幅とか二の腕が、やっぱりぜんぜん違うんだなぁ、って思ってね。あ、そうだ。これなんかどうかしら?」

 

 リンは再びワゴン下に手を入れた。

 

 取り出したのは、大きめのストールだった。

 

 それをレンの肩にかける。

 

 肩と二の腕が隠れ、全体的にラインが細くなった。

 

「うん、いいわ。ほら、鏡見て」

 

「あら、まぁ」

 

 思わず女口調になって、レンは感嘆する。

 

 鏡の中の自分は思っていたよりリンに似ていた。

 

 その横に、レンによく似たリンが並ぶ。

 

「レン、そのままじっとしていて。お化粧してあげる」

 

「……うん」

 

 鏡台の前に座り、リンに身を任せ、目を閉じる。

 

 ファンデーションを含んだパフが頬を撫で、リンの指先が、レンの唇に紅をひく。

 

「ふふ、綺麗よ、レン」

 

 目を開けると、そこにはリンに似ていながら、また違った雰囲気を纏った女の姿があった。

 

「綺麗だけど、私よりも美しくなったわ。これじゃ入れ替わっても、すぐにバレちゃうわね」

 

「あぁん、なんだか本当に、こっちの道に目覚めちゃいそう」

 

「……そういや、あんたが極度の凝り性だってこと忘れてたわ」

 

 変な趣味を与えちゃったかも。と、思案顔のリンをよそに、レンは立ち上がった。

 

 そのまま、リンに向かって深々と一礼する。

 

「陛下、お茶をお淹れ致しますわ。どうぞお召し上がり遊ばせませ」

 

「え? あ、うん、頂くね。じゃ無かった。うむ、苦しゅうない」

 

 尊大に頷くリンに、レンは吹き出した。

 

「苦しゅうないってなんだよ。僕、そんなこと言ってたか?」

 

「レンこそ変だったじゃない。私、そんな丁寧すぎる言葉遣いなんかしてなかったわよ」

 

「……して無いのも問題じゃない?」

 

「問題にしてなかった当人が、今さらなに言ってんのよ」

 

「それもそうか」

 

 レンは納得しながらワゴンに寄る。

 

 ワゴンにはティーセットと、二人分の“ブリオッシュ”があった。

 

 レンの顔に、柔らかな笑みが浮かぶ。

 

 リンはテーブルにつき、レンが慣れ無い手つきで紅茶を淹れる様子を眺めながら、ズボンのポケットに隠した睡眠薬の小瓶を確かめる様に、服の上からそっと触れた。

 

 レンが紅茶を淹れ終わり、テーブルに二人分の紅茶とブリオッシュを並べて、そしてリンの向かいの席に座った。

 

 二人で食事を取る時の、いつもの風景だった。

 

 ただいつもと違うのは、二人の服装と位置が入れ替わっている事と、

 

 そして、

 

「あら、砂糖とミルクが無いわ」

 

 いつもなら必ず用意されている、砂糖とミルクが用意されていなかった事。

 

「ワゴンには見当たらなかったけど?」と、レン。

 

 普段のレンはストレートティーを好む。ミルクと砂糖は、リンが時折、その時の気分で使う程度だ。

 

 だから最初からワゴンに無くとも、レンは特に気にも留めていなかったのだが、

 

「おかしいわね、ちゃんと用意して来たはずなのに。レン、ちゃんと探してみて」

 

「えっ、僕がやるの? どうせ使うのリンだけじゃ無いか」

 

「私は国王、あなたはメイド」

 

「はいはい。かしこまりましたよ、陛下」

 

 レンが立ち上がり、少し離れたワゴンに寄って、覗き込む。

 

 その隙に、リンはポケットから小瓶を取り出した。

 

 中身の睡眠薬を数滴、レンの紅茶に垂らす。

 

 レンは気付かず、相変わらずワゴンを覗き込んでいる。

 

「レン、やっぱり無い?」

 

「うん、無い……あ、もしかしてこれかな」

 

「え?」

 

 レンがワゴンの下を覗き込んでいた。

 

 しかし、そんなところに砂糖とミルクがあるはずが無い。

 

 そもそも持って来てさえ無いのだ。これはレンの注意を逸らす為の口実に過ぎない。

 

「ああ、やっぱりこれだ」

 

 レンがワゴンの下を探り出す。

 

 そんなはずが無い。リンは、レンが何を見つけたのか気になって、席を立って彼のそばに寄った。

 

「レン――」

 

 何を見つけたの?

 

 そう問いかけようと、レンのそばに身を寄せた時、

 

 リンは、レンがコップの水を口に含んでいたのを見た。

 

 次の瞬間、レンの手がリンの腰と頬に伸び、引き寄せられた。

 

 リンの唇に、レンの唇が重なる。

 

「っ!!??」

 

 リンは驚いてとっさに突き飛ばそうとしたが、レンの力は強く、離れることが出来ない。

 

 そのまま唇は深く重ねられ、わずか押し開かれた口に、少量の水と、細かい欠片のような固形物が流し込まれた。

 

 リンは唇を塞がれ続けたために、口の中のものを全て飲み下す他に無かった。

 

 ようやくレンの力が緩んだ。

 

 リンは、レンを突き飛ばす様にして離れた。

 

「レンっ!? っけほ……な、何を……けほっ!」

 

 咳き込み、涙目のリンを、レンは冷静な面持ちで眺めていた。

 

 ただのキスじゃ無い。

 

「私に何を飲ませたの!?」

 

「睡眠薬さ。もっとも、リンのと違って錠剤型のやつだけどね」

 

 レンはそう言って、手の内にある二つの小瓶を振って見せた。

 

 ひとつは白い錠剤が入った小瓶。レンがオリバーに命じて医務室から取ってこさせた物だった。

 

 そしてもうひとつは、液体の入った小瓶。リンが隠し持っていた睡眠薬だ。

 

 抱きすくめられた時に、レンに奪われていたらしい。

 

「オリバーに取りに行かせた時、液体性の方が見当たらないと聞いて、もしかしたらって思ったんだ。そしたら案の定さ。やっぱり双子だな、考えることは一緒だ」

 

「レン……」

 

 そんなの、ダメ。

 

 そう言おうとしたが、視界が眩み足下が覚束なくなった。

 

 ふらつくリンを、レンは抱きとめる。

 

「早く効くように噛み砕いたけど、まさかもう効果が現れたのか? 強力だな、副作用が無ければいいけど」

 

「……れ、レン……」

 

 レンにすがりつき、必死に訴える。

 

 けれど、もう身体に力が入らない。

 

 レンはリンを抱え上げ、ベッドへと運んだ。

 

 リンを優しく横たえ、その髪を撫でる。

 

 朧げになっていくリンの視界。

 

 その中で、レンは限りない優しさを込めて微笑んでいた。

 

「リン、愛してるよ。この世の誰よりも、君が好きなんだ。だから……」

 

 生きてくれ。

 

 そのささやきと共に、レンが顔を寄せる。

 

 唇に再びキスの感触を残し、リンの意識は暗闇のなかに沈んだ。

 

 

 

 国王の私室の扉を開けると、そこにオリバーと、そしてルカが待っていた。

 

 二人はいつもの制服とメイド服では無く、庶民が着ているような継ぎ接ぎのある私服だった。

 

 そしてルカの手には、リンの私服と、そしてフード付きマントがある。

 

 ルカは現れたレンの姿をみて、かすかに目を見開き、そして伏せた。

 

 レンは既にメイド服を脱ぎ、軍装に身を包んでいた。その腰には、愛刀の片刃剣を帯びている。

 

 ルカは、この双子がそれぞれ辿る運命を悟った。

 

「ルカ」

 

「はい」

 

「ベッドでリンが眠っている。その服を着せてやってくれ」

 

「……はい」

 

 ルカを部屋に入れて、レンは代わりに外へ出て扉を閉めた。

 

「オリバー」

 

「はい」

 

「僕の代わりに、リンとルカを頼むぞ」

 

「はっ……この命を賭して、必ずやお守り致します」

 

「お前も死ぬなよ。死んだら、二人を守れないからな」

 

「はい……っ」

 

 しばらくして、ルカが扉を開けて、リンの着替えが終わったことを告げた。

 

 深く眠り込んだリンをオリバーが背負い、そしてルカと共にクローゼット室の秘密通路へと向かう。

 

 二人は最後に振り返って何かを言いかけた。

 

 だが、結局、言葉にならなかったようだ。

 

 レンもまた、何も言わなかった。

 

 ただ黙って頷いて、早く行けと促した。

 

 二人が秘密通路を降りて行く。

 

 レンは出入り口の扉を閉め、鍵をかけるとクローゼット室から出た。

 

 部屋の中央辺りで、持っていた鍵を宙に放り上げる。

 

 天井近くまで上がった鍵を眺めながら、レンは流れるような動作で居合いの構えを取った。

 

 鍵が目の前まで落ちてきた瞬間、片刃剣を引き抜く。

 

 一閃した刃が、空中の鍵を真っ二つに断ち割った。

 

 レンは剣を収め、断ち切った鍵を戸棚の下の隙間に蹴り飛ばすと、部屋を出ようとした。

 

 だが、その途中、テーブルの上に残っているブリオッシュに目を留め、少しだけ迷ってから、彼は小皿に二つのブリオッシュを乗せて、それを手に部屋を出た。

 

 謁見の間へと向かう途中、ちょうどこちらへ来る途中だったのだろう、レオンと行きあった。

 

「レオ、ちょうどよかった。今からそっちに行くつもりだったんだ」

 

「そのご様子ですと、リン様の件は首尾よく行ったようですな。……おや、それは?」

 

「ブリオッシュだ。ひとつ食べるか?」

 

 レンは、手に持っていた小皿をレオンに差し出した。

 

「ありがとうございます。しかし、私はあまりお菓子には詳しくないのですが、その、このようなブリオッシュは初めて見ました」

 

「そうだな。だが民衆にとっては、これが本物のブリオッシュだそうだ」

 

「なるほど、それは良い事を知りました」

 

 レオンはそう言って、ブリオッシュをかじった。

 

「ふむ、悪くない」

 

「だろう?」

 

 レンは笑みを浮かべながら、謁見の間へ向かって歩き出した。

 

 レオンは、レンの少し後ろについて、共に歩き出す。

 

 銃声が遠くから響いてくる。それも、かなり数が多い。

 

「状況は?」

 

「街は完全に制圧されました。残すは王宮のみです」

 

「非戦闘員の避難は?」

 

「完了しております。革命軍からも、王宮の非戦闘員には危害を加えない旨の通達が出されているのを確認しました。きっと無事に街を抜け出せるでしょう」

 

「相手も統率が取れているようだな。安心した」

 

「それだけに警戒は厳重を極めています。主流派の何人かが紛れて逃げようとしましたが、革命軍による検問ですぐに露見し、捕らえられたそうです」

 

「そうか」

 

 レンは少し無言になり、

 

 そして、言った。

 

「……悪いがもう少しだけ付き合ってくれ。リンたちが逃げ延びるまでの時間を稼ぎたい」

 

「喜んで」

 

「何時間もつ?」

 

「お望みならば、いつまでも」

 

「革命軍を残らず返り討ちにする気か? お前たちなら出来そうだよな。……そうだな」

 

 レンは外に目を向けた。

 

 王宮に隣接する大聖堂の鐘楼が目に入る。

 

 大聖堂に勤める人々は避難していなかった。宗教戦争でも無い限り、聖職者を殺す者はいない。

 

「……午後三時だ。鐘が鳴ったら抵抗を止めて、投降せよ」

 

「かしこまりました」

 

「あまり暴れすぎるなよ。相手の恨みを買っては、投降が受け容れられないかも知れない」

 

「善処しましょう」

 

 レオンはふふと笑って、立ち止まった。

 

 そこは、謁見の間の前だった。

 

「では陛下、これにておさらばです」

 

「レオン。長い間、世話になった。……ありがとう」

 

 レオンが敬礼し、レンもまた敬礼で答えた。

 

 お互いにそれ以上の言葉は無かった。それ以上の言葉は要らなかった。

 

 レオンが背を向けて去っていく。

 

 その姿を見届けると、レンはひとり、謁見の間に入り、玉座に座った。

 

 そして、持ってきたブリオッシュを静かに齧った。

 

 それは、固く、味気なく、微かに甘いだけのブリオッシュ。

 

 遠くで、銃声が木霊した。

 

 

 

 

 

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