戦場と化した王宮副門前の通りに、馬を飛ばして駆けつけたガクポ。彼は、出会い頭に出くわしたブルーノがとっさに繰り出してきた槍を素手で掴み押さえながら、言った。
「ブルーノ殿か!? この戦はいったい何としたことか!!」
「攻められておるから、守っておるだけのこと」
当然といった態度でブルーノが答える。当然? これが? ガクポは眩暈がしそうになった。二人が駆る馬の足元には、すでに数えきれないほどの死体が転がっていた。
「やり過ぎであろうっ! 陛下はいかがされた!?」
「王宮に残られておるわ」
「何とっ!? 何ゆえお連れ出さぬ!?」
「それが陛下の覚悟よ、責任の取られ方よ。ならば我ら親衛隊そろってその覚悟と責任に殉ずるまで!!」
その言葉に、ガクポはカッと頭に血が上った。
「死を覚悟させたのか!? まだ十四、五の子供だぞ!」
「笑止! 陛下はこの世に二人とないお方よ。なればこそ、我ら皆惚れたのではないか!」
ブルーノから即座に浴びせられた言葉に、ガクポは今度は愕然となった。
そうだ、そのとおりだ。子供とは思えぬその才覚、その精神性、そして胸に秘めた覚悟に己もまた惚れ、忠誠を誓ったのではないか。国王でありながら、しかし剣士としても一流の男に育ったその姿に、自らの理想を見出したのではないか。
だがそのレンに剣士の心構えと覚悟を教えたのは誰だ。理想の剣士に仕立て挙げたのは誰だ。
このガクポ自身ではないか!?
銃弾が辺りを飛び交い、それによってブルーノとガクポの距離が離れた。
「考え直せ、親衛隊! でなければこのガクポ、力ずくで陛下をお連れするぞ!!」
ガクポの訴えは、悲鳴のような絶叫となって戦場に迸った。しかしブルーノはそれを聞いて、むしろ破顔していた。
「うあっはっはっはっ、ガクポ殿に槍をつけられるとは、これぞ剣士の誉れ。是非ともお相手願いたい!」
ブルーノがガクポに槍を向けた。
「どおりゃああああ!!」
怒涛の気合、轟く馬蹄、凄まじい刺突がガクポを襲った。
ガクポは居合いを使った。腰の剣を抜き放ち様に、その槍を斬り飛ばす。
「うあっはっはっはっ、さすがガクポ殿、見事に負けたわっ!」
ブルーノはすぐさま馬を返し、退却に移る。
「待てっ!」
ガクポは後を追おうとしたが、不意に強い殺気を感じとって、馬を止めた。咄嗟に剣を眼前で振るう。眉間めがけ放たれた弾丸が弾かれ火花が散った。
見張り台に目を向けると、トニオが火縄銃を構えたまま、唖然としていた。
しかしその間に、ブルーノは副門に達しようとしていた。その途中、放置された大砲のそばを駆け抜けざまに、ブルーノは折れた槍を振り向きもせずに後ろ手で投げた。
槍は吸い込まれるように大砲の砲口へ入っていく。
砲員がひとり、物陰から飛び出して来て、退却するブルーノの背中めがけ大砲を撃とうとした。
「止せっ!?」
ガクポが止めようとするも、遅かった。
大砲が暴発し、砲員ごと粉々になって吹き飛んだ。
「……なんという有様だ」
ガクポの前に、凄惨な景色が広がっていた。狭い通りには、親衛隊と革命軍の双方の死傷者がひしめき、血と硝煙の匂いで溢れかえっていた。
ブルーノが退却していった副門の奥から、親衛隊が鬨の声を上げた。雄々しく猛々しいその声は、革命軍の闘争心を挫かんとするかのようだった。
しかし革命軍の被害は大きかったが、それでも戦意は喪失していなかった。路地に隠れていた者たちが再び現れ、投げ出した武器弾薬を拾い上げて副門下のバリケードへ殺到する。
周りの家屋からは援護射撃が途切れること無く続き、見張り台のトニオの頭を押さえていた。
革命軍にも優秀な指揮官がいる、とガクポは思った。それだけに、この戦いは徹底したものになるだろう。そのガクポの視界に、長い銀髪をなびかせて走る、男物の服に身を包んだ長身の女の姿が映った。
ハクだ。
銃は持っていないが、両手と、そして腰に幾つもの銃剣を装備している。彼女は周りを叱咤しながらバリケードへ向かっていた。
と、そのハクが、ガクポの方を向いた。
「剣士ガクポ、お前はいったい、どっちの味方だ」
「陛下の命をお救いするのが、私の使命だ!」
「なら手伝え。国王を生け捕りにする」
「ふざけたことを」
「私以外の連中は頭に血が上っている。よってたかってなぶり殺しにしかねんぞ」
ハクが酷薄そうに笑う。やむを得ぬ。ガクポは決断した。
「ここを抜けた後は容赦せぬぞ」
「好きにしろ。どうせ王宮は広い。早い者勝ちさ」
「私の合図で一斉射撃だ。炸裂弾をよこせ」
ハクは大人しくその指示に従った。小銃手を集めて、バリケードに身を潜める。
ガクポは馬に乗ったまま、炸裂弾に火をつけた。しかしすぐには投げず、それどころか馬を後退させた。
ガクポは導火線の長さを冷静に見極めると、副門めがけ一気に馬を走らせた。
疾走の勢いに乗せて、炸裂弾を投擲する。炸裂弾は大きく飛距離を伸ばし、親衛隊陣地の真上に達したところで爆発した。
頭上からの衝撃に、親衛隊はバリケードに伏せざる得なくなる。
「撃てっ!」
革命軍の駄目押しの一斉射撃に、炸裂弾の衝撃に耐えて攻撃を続けていた親衛隊員たちも、残らず身を隠した。
その隙に、ガクポが馬を副門に飛び込ませた。
「ガクポの後に続け!!」
すかさずハクも駆け出した。革命軍が後に続く。
先頭を駆けるガクポの手には、炸裂弾がもう一本あった。既に火はついている。ガクポは馬で鉄条網を跳び越えながら、炸裂弾をまた親衛隊陣地めがけ投擲した。
陣地頭上で再び爆発が起き、身を起こしかけていた親衛隊員がまた身を隠す。
しかし、半数以上の者たちが爆発などものともせずに、小銃を放った。
「破ぁっ!!」
ガクポが馬を跳躍させた。その背後で、革命軍が倒れていく。
親衛隊バリケードを飛び越えられたのは、ガクポひとりだった。ガクポは背後を振り返りもせず、そのまま王宮めざし馬を駆る。
その時、ひとりの親衛隊員が剣を構えて、馬の前に飛び出して来た。
ぶつかる、と思った次の瞬間、親衛隊員の身体が横に流れ、同時に剣が横薙ぎに振り抜かれた。
「――これはっ!?」
馬が、頭から前のめりに地面に突っ込み、倒れた。ガクポは馬から勢いよく前方へ投げ出された。
しかし、ガクポは地面に落ちる寸前に受け身を取り、転がる勢いを利用して、すかさず立ち上がった。
片刃剣を構えて振り返ったガクポが見たのは、両前足を切断されてのたうち回る馬と、その向こう側で大剣を引っさげて佇むレオンの姿だった。
「馬を斬るのは偲びないが……」
レオンは大剣を上段に掲げ、苦しみのたうち回る馬を見下ろした。
「……これも戦場の習いである。許せ」
大剣が唸りを上げて振り下ろされ、馬の太い首を切断した。
どっと大量の血が吹き出した。馬の巨躯が激しく痙攣し、すぐに動かなくなる。
その恐るべき腕前に、ガクポは戦慄した。親衛隊長レオン、その豪剣はガクポをして死を覚悟させるものであった。
わぁっ! と雄叫びが上がり、続いてガクポとレオンのそばを、ハクが駆け抜けて行った。
さらに数人の革命軍が続く。
「十人抜けたぞ!」
親衛隊から上がった声に、レオンがすかさず命令を下す。
「ブルーノ、ヨヒオ、逃がすな、追え!!」
「応さ!」
「了解です!」
二人はハクたちを追って、王宮へと駆けて行く。
レオンはそれに目を移すこと無く、ガクポと対峙を続けていた。
「ガクポ殿、最初で最期の剣法勝負と参ろうか」
レオンが両手で柄を握り、顔の横で掲げるように構えた。
一撃必殺を狙った構えだ。
突進する馬の脚を断ち切った剣速は、相手に避ける暇さえ与えず、苦しみ暴れる馬の首を落とした破壊力は、生半可な防御を無意味なものにする。
速さも力を規格外。ならば、それに対処する術は一つ。己の持てる限りの全てを込めて、必殺の一撃を放つのみ。
ガクポもまた、同じように片刃剣を顔の横で掲げるように構えた。
しかし、ガクポは尋ねずにはいられなかった。
「レオン殿……どうしても、やらねばならぬか」
「剣士なれば」
その一言が全てだった。
「ならば……もはや是非も無し」
ガクポは、この瞬間だけは、レンへの忠義も、己に課せられた任務も忘れ、ただ一人の剣士として立ち合おうと決めた。
「ガクポ殿、感謝いたす」
レオンの顔と声に喜色が溢れ、しかしすぐにそれは消え去り、かわりに凄まじい剣気がレオンの全身からほとばしった。
「せいやあああ!!」
「破あああ!!」
二人は互いに気合いを発し、踏み込み、剣を振り下ろす。
二人の剣は同じ軌道を描き、互いの間でぶつかり合い、火花を散らした。
そのまま鍔迫り合いとなった。
両者一歩も譲らず、互いに全体重を剣に乗せる。
剣が軋みながら、徐々に一方へと押し込まれて行く。
「っぁあ!!」
押すのは、レオンだ。大剣の刃が、ガクポの首筋に近づいて行く。
「……ぬぅ!?」
ガクポの額に脂汗が浮かぶ。上体が背後に反らされた。大剣がさらに進み、ガクポの首筋を浅く斬った。
レオン、最後の一押し。
「破ぁっ!!!」
空気を揺るがす気合と共に、金属がはじけ折れる音が響き渡った。
ガクポとレオンの間に、血飛沫が激しく噴き上がる。
そして、上体を反らしながら仰向けに倒れていったのは――
……レオンだった。
彼の手の大剣は、根元から折れていた。倒れゆく身体から、ガクポの片刃剣が引き抜かれていく。
最後の最後で凄まじい気合いを発したのは、ガクポだった。レオンの押す力に合わせ、絶妙の機で、全力を剣の一点に集中させたのだ。
ガクポにとってこれは、一か八かの危険な賭けだった。もしも大剣に斬馬という負荷がかかっていなければ、折れていたのは片刃剣の方だったかもしれない。
「レオン殿……」
ガクポはレオンのそばに膝をついた。胸の傷は肋骨を圧し切って心臓にまで達しており、レオンは既に事切れていた。しかし、その表情には満足そうな笑みが浮いていた。
剣士の最期である。何も言うまい。
ガクポは言葉にならぬ哀しみを噛みしめながら、レオンの瞼を閉ざし、立ち上がった。
他の親衛隊員からの攻撃は無かった。皆、革命軍との戦いを続けている。これはガクポとレオンの、二人だけの勝負なのだと、全員が理解していた。
ガクポが顔を上げると、見張り台のトニオと目があった。トニオはひとつ頷くと、王宮を指差した。
ガクポは片刃剣の血糊を拭って鞘に収めると、王宮を目指して走り出した。
その背後で、再び激しい銃撃戦が始まっていた―――
―――革命軍による王宮攻撃が続けられている間、親衛隊が敵の侵入を許したのは、このただ一度切りだけだった。
親衛隊は最後まで果敢に戦った。
彼らは午後三時の鐘を合図に、全ての箇所で敵陣突撃を敢行。その全員が討ち果てたのである。