悪ノ王子――ボカロ(悪ノ娘)二次小説――   作:PlusⅨ

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第二十三話・ハク、ブルーノ、ヨヒオ~親衛隊、その覚悟~

 親衛隊陣地を突破したハクたち十人の革命軍は、国王を捜して王宮内を走り回っていた。

 

 彼らを阻む者はいなかった。

 

 親衛隊は各門の防衛に全戦力を傾けていたし、非戦闘員は既に避難しきっていた。そのため王宮内はほぼ無人であったが、しかし、十人で一人の少年を探すには、その敷地はあまりにも広大だった。

 

 先頭に立って走るハクは、謁見の間を目指し走っていた。

 

 そこに国王がいると知っているわけでは無い。ただの勘だ。だが彼女は、戦いの場に身を置いた時の自分の直感を信じていた。

 

 走りながらハクは、不意にカイトの事を想った。

 

 レンを信じ、レンのために命を投げ打とうとして、しかしそのレンに斬られた男。

 

 随分と穏やかな死に顔だったじゃないか。と、晒された首を見たとき、ハクは思っていた。レンに殺されたなら本望とでも言いたげな顔だった。

 

 そんなカイトの首を斬り落として晒したレンは、それがどのような結果を招くのか理解していたのだろうか。

 

 理解していたから、そうしたのだろう。そんな気がしていた。

 

 だからきっと、あの国王は逃げない。逃げずに待ち構えている。そんな予感があった。

 

「――!?」

 

 ハクの脚が止まり、背後を振り返った。それに気づいた後続の仲間たちも慌てて立ち止まろうとしたが、

 

「追手だ。止まるな、行け!」

 

 九人の仲間たちは、すぐに従って先へと走って行った。その場に残ったハクの前に、二人の親衛隊員が走り向かってくる。

 

 ひとりは手槍を構えたブルーノ。もうひとりは小銃と、腰に細剣を帯びたヨヒオだ。

 

 ハクは両手に銃剣を構える。その姿に、ヨヒオが戸惑いの声を上げた。

 

「まさか女とは!? しかもひとりで迎え撃つ気なのか!?」

 

 その横でブルーノが槍を振りかざす。

 

「戦場に女の出る幕は無いわ! すっこんでおれぇっ!!」

 

「お退がりなさい。敵とはいえ貴女を傷つけたく無い!」

 

 ブルーノとヨヒオは武器を構えて威嚇しつつ、それでも戦うこと無くハクの脇を抜けようとした。

 

「……つまらん奴らだ」

 

 ハクが、動く。

 

 右手の銃剣をブルーノめがけ投擲すると同時に、ヨヒオとの間合いを一挙に詰めた。

 

「うおっ!?」

 

 ブルーノは喉めがけ正確に飛んできた銃剣を、槍で打ち落とす。

 

 その横で、ハクが、ヨヒオに向かって銃剣を繰り出していた。

 

 ヨヒオは小銃の銃身でその一撃を防ぐ。しかしすかさず二撃目が襲いかかる。

 

 ヨヒオは防戦一方だった。その連撃に体勢が崩れたところを、ハクの蹴りを腹部に受け、後ろへ転倒した。

 

「うわっ!?」

 

「小癪なぁ!!」

 

 ブルーノが側面から刺突を繰り出した。

 

 ハクは迫る槍の穂先を、後方への反転跳びで回避する。跳ね上げられた脚が、槍を蹴り飛ばした。

 

 ブルーノは槍を構え直すために後退。

 

 ハクはさらに反転跳びを続けて間合いを取り、着地と同時に残る銃剣をブルーノめがけ投げた。

 

 ブルーノはとっさに身体をひねり、倒れ込みながらも銃剣を回避する。しかしかわし切れず、脇腹を浅く切り裂かれた。

 

 ブルーノはそのまま床を転がり、ヨヒオのそばで立ち上がった。

 

「この女、かなりできるぞ!」

 

「女性と侮った僕たちが迂闊でしたね。どうやら一対一で勝つのは難しそうです」

 

「二人掛かりとは、情けないのう」

 

「そんなこと言ってる場合じゃありませんよ」

 

 ヨヒオはそう言いながら、それでも矜恃であろう、小銃を捨てて細剣を抜いた。

 

 対するハクも、新たな銃剣を両手に構えていた。その腰には、まだ二本の銃剣が残っている。

 

「女、悪いが遠慮も手加減もせぬぞ」

 

「騎士道精神に反しますが、こちらも時間がありません。ご容赦を!」

 

「ごちゃごちゃ五月蝿い。来るならさっさと来い」

 

「応さ、行くぞ!!」

 

 ブルーノの踏み込みからの刺突。

 

 ハクは後退しながら、その切っ先を銃剣で弾く。

 

 ブルーノは尚も踏み込み、連続刺突。

 

 ハクはさらに後退し、銃剣で捌き、上体を反らし避ける。ハクの長い銀髪が、水のように宙を流れた。

 

 ブルーノの連撃が止み、槍が引かれる。

 

 ハクはその動きに合わせて、前へ出て間合いを詰めようとする。

 

 だが、その隙をヨヒオがカバーする。彼の細剣による絶え間ない刺突が、ハクを襲った。

 

 ハクは再び、銃剣で捌きつつ、上体を反らして回避。

 

 さらにそこへ、ブルーノの槍の刺突。

 

 二人の同時攻撃を、ハクは捌き切れないと判断した。ハクは防御を諦め、後方へ勢いよく跳んだ。反転跳びを繰り返しながら距離を取る。

 

 逃がすものか、と追いすがるブルーノとヨヒオに、ハクは二本の銃剣を投擲した。

 

 二人がそれを弾き落としている内に、ハクは相手に背中を見せて走り出した。

 

「逃がしませんっ!!」

 

 ヨヒオがその背中に迫る。俊足である。一瞬で細剣の間合いに入った。しかもハクが逃げる先には、壁があった。

 

 追い詰めた。その確信の下に、ヨヒオ渾身の刺突が放たれた。

 

 目の前から、ハクの姿が消えた。

 

「何!?」

 

「上だっ!!」

 

 ブルーノの声に、ヨヒオは頭上を見上げる。

 

 空中を、ハクが舞っていた。その銀髪がまばゆく輝きながらヨヒオの視界を流れていく。

 

 ハクは壁を勢いよく蹴り上がり、背後へと大きく跳んで、ヨヒオの頭上を飛び越していた。

 

 ハクはそのままヨヒオの背後に着地。

 

 ヨヒオが振り返りざまに細剣を振るう。

 

 ハクはしゃがみ込んでそれを避けると、銃剣をヨヒオの太腿に突き立てた。

 

「うああっ!?」

 

 右太腿を刺し貫かれ、ヨヒオが膝を付いた。

 

 ハクはさらに、ヨヒオを蹴り倒した。

 

「ぐっ!?」

 

 ヨヒオが背後へと転がる。

 

 ハクはその勢いを利用して銃剣を抜き、すぐにもうひとりの敵と向かい合った。

 

 ブルーノの刺突が、既にハクの目の前に迫っていた。

 

 ハクは銃剣で槍を捌き、紙一重の差で回避。鋭い切っ先が、ハクの頬をかすめる。

 

 ブルーノはすぐに槍を引き、そして左から右への横薙ぎの一撃。

 

 ハクは屈んで回避。

 

 ブルーノはすかさず逆へ薙ぎ返す。

 

 槍の柄が、ハクの腹部を打った。

 

「うっ!?」

 

「どおりゃああああ!!」

 

 ブルーノはそのまま槍を振り抜き、ハクを投げ飛ばした。

 

 床を転がるハクに、ブルーノはさらに槍を振り下ろす。

 

 ハクは投げ飛ばされた勢いを殺さずに、そのまま自ら転がって回避。

 

 すぐに立ち上がったハクに、ブルーノの刺突が襲い掛かる。

 

 ハクはそれを反転跳びで回避、同時に槍を蹴り上げる。

 

 二人の間合いが開く。

 

 ハクが反転跳びから着地した瞬間を狙い、ブルーノが銃弾のような刺突を放つ。

 

 ハクは着地の反動で、さらに真上へ跳躍した。ハクの足元を、槍が突き抜ける。次の瞬間、ハクは驚くべき行動に出た。

 

 伸びきった槍の柄に、ハクは降り立ったのである。

 

 常人には到底出来ぬ、恐るべき体捌きである。

 

 凡庸な剣士ならば、この信じられない光景と、腕にかかる相手の体重に、武器を取り落としていただろう。

 

 しかし、ブルーノは凡庸では無い。

 

「どぉりゃああああ!!!」

 

 ブルーノはハクを乗せたまま、腕力に任せて槍を振り上げた。

 

 ハクの身体が、高々と宙に舞い上げられた。

 

 ハクは空中で一回転して、何とか着地する。しかしそこは槍の間合いの、すぐ外だった。しかも高所からの落下の衝撃で、咄嗟に動けない。

 

 まさに致命的な隙が、ハクに生じていた。

 

 だが、ブルーノからの刺突は来なかった。

 

「むう……」

 

 ブルーノは槍を振り上げた姿勢のまま、視線だけを下ろして己の腹部を見た。

 

 そこに、銃剣が深々と突き刺さっていた。

 

 ふうー、とブルーノは深く息を吐き、そしてハクに向かって、ニッ、と笑った。

 

「強いのう。それに美しい。実にいい女だ」

 

 ブルーノは腹部に突き立った銃剣をそのままにして、槍を横たえた。

 

「ヨヒオ、立てるな?」

 

「はいっ!」

 

 ヨヒオが歯を食いしばりながら立ち上がった。太腿の刺し傷は深く、出血が激しい。それでも、ヨヒオの闘志は衰えていない。

 

「行くぞ!」

 

 ブルーノが槍を横たえたまま、ハクに向かって突進した。

 

 槍は両脇に向けられているので間合いなど無い。しかし、左右に避けようとすると槍に防がれる。

 

「どおりゃあああ!」

 

 ハクを逃がさない、そのためだけの突進。その勢い、その気迫に、ハクは呑まれた。

 

 ブルーノはそのまま、ハクにぶつかるように槍の柄で押し込む。

 

「くっ!?」

 

 ハクはぶつかってきたブルーノの腹に、残る銃剣を突き立てた。

 

「――なにっ!?」

 

 驚愕の声を上げたのは、ハクの方だ。

 

 ブルーノは二本の銃剣でその腹を貫かれながらも、力衰えること無く、ハクを壁際へ追い詰めてみせた。

 

「き、貴様っ!? まさかっ!?」

 

「うあっはっはっはっ、女ぁ、このまま地獄で逢瀬と洒落込もうでは無いか―――ヨヒオっ!!」

 

「はいっ!」

 

 ヨヒオが片脚を引きずりながら、ブルーノの背後へと迫った。

 

 ハクの身体は、ブルーノの身体にほとんど隠されている。もしハクを攻撃するなら、ブルーノごと刺し貫くより他に無い。

 

 そしてブルーノも、ヨヒオも、それは覚悟の上だった。ヨヒオの細剣の切っ先が、迷うこと無くブルーノの背中に向けられた。

 

「は、離せっ!!??」

 

 ハクは必死に抵抗した。銃剣を握り、えぐり、押し込む。

 

 しかしブルーノは悲鳴ひとつ上げない。

 

 右手を銃剣から離し、脇腹を殴りつける。そこには、銃剣投擲で掠めた傷がある。浅いとはいえ、傷口を襲う痛みは尋常では無いはず。

 

 しかし、ハクを押さえ込む力はまったく揺るがない。

 

 ヨヒオが片脚で跳びながら迫る。

 

 もはや逃げられない。

 

 ハクが死を覚悟したとき、その右手が、何かに触れた。

 

 ヨヒオの細剣がブルーノの心臓を貫くのと、銃声が上がったのは、ほぼ同時だった。

 

 ブルーノの短銃だった。ハクは偶然手に触れたそれを、引き抜きざまに撃っていた。

 

 ブルーノを貫いた細剣の切先は、ハクの目の前で止まっていた。

 

 ほんの、後一押しの差だった。

 

 ヨヒオは眉間を撃ち抜かれ、仰向けに倒れていく。ブルーノの身体からも力が抜け、ハクの足元へ崩れ落ちていった。

 

 ハクは短銃を握り締めたまま、大きく肩で息をついていた。全身に鳥肌が立っていた。冷汗が止まらない。

 

 ハクは戦慄していた。

 

 何という恐るべき男たちであったことか!!

 

 そして、これほどの男たちが命を投げ捨てて守ろうとした国王とは、いったい何者であるのか!?

 

 ハクは憤りに近いものを感じていた。

 

 カイトや、親衛隊だけでは無い。その存在のために、いったいどれだけの人間が命をかけ、そして死んでいったことか。

 

「……見定めてやる」

 

 ハクはそう決意した。

 

 メイコの命令のままに生け捕るつもりだったが、心が変わった。生かすに値するかどうか、自分自身で決めたくなった。

 

「もしもつまらない奴だったら、容赦無く殺してやる」

 

 ハクは王宮の奥へ向けて走り出した。

 

 

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