親衛隊陣地を突破したハクたち十人の革命軍は、国王を捜して王宮内を走り回っていた。
彼らを阻む者はいなかった。
親衛隊は各門の防衛に全戦力を傾けていたし、非戦闘員は既に避難しきっていた。そのため王宮内はほぼ無人であったが、しかし、十人で一人の少年を探すには、その敷地はあまりにも広大だった。
先頭に立って走るハクは、謁見の間を目指し走っていた。
そこに国王がいると知っているわけでは無い。ただの勘だ。だが彼女は、戦いの場に身を置いた時の自分の直感を信じていた。
走りながらハクは、不意にカイトの事を想った。
レンを信じ、レンのために命を投げ打とうとして、しかしそのレンに斬られた男。
随分と穏やかな死に顔だったじゃないか。と、晒された首を見たとき、ハクは思っていた。レンに殺されたなら本望とでも言いたげな顔だった。
そんなカイトの首を斬り落として晒したレンは、それがどのような結果を招くのか理解していたのだろうか。
理解していたから、そうしたのだろう。そんな気がしていた。
だからきっと、あの国王は逃げない。逃げずに待ち構えている。そんな予感があった。
「――!?」
ハクの脚が止まり、背後を振り返った。それに気づいた後続の仲間たちも慌てて立ち止まろうとしたが、
「追手だ。止まるな、行け!」
九人の仲間たちは、すぐに従って先へと走って行った。その場に残ったハクの前に、二人の親衛隊員が走り向かってくる。
ひとりは手槍を構えたブルーノ。もうひとりは小銃と、腰に細剣を帯びたヨヒオだ。
ハクは両手に銃剣を構える。その姿に、ヨヒオが戸惑いの声を上げた。
「まさか女とは!? しかもひとりで迎え撃つ気なのか!?」
その横でブルーノが槍を振りかざす。
「戦場に女の出る幕は無いわ! すっこんでおれぇっ!!」
「お退がりなさい。敵とはいえ貴女を傷つけたく無い!」
ブルーノとヨヒオは武器を構えて威嚇しつつ、それでも戦うこと無くハクの脇を抜けようとした。
「……つまらん奴らだ」
ハクが、動く。
右手の銃剣をブルーノめがけ投擲すると同時に、ヨヒオとの間合いを一挙に詰めた。
「うおっ!?」
ブルーノは喉めがけ正確に飛んできた銃剣を、槍で打ち落とす。
その横で、ハクが、ヨヒオに向かって銃剣を繰り出していた。
ヨヒオは小銃の銃身でその一撃を防ぐ。しかしすかさず二撃目が襲いかかる。
ヨヒオは防戦一方だった。その連撃に体勢が崩れたところを、ハクの蹴りを腹部に受け、後ろへ転倒した。
「うわっ!?」
「小癪なぁ!!」
ブルーノが側面から刺突を繰り出した。
ハクは迫る槍の穂先を、後方への反転跳びで回避する。跳ね上げられた脚が、槍を蹴り飛ばした。
ブルーノは槍を構え直すために後退。
ハクはさらに反転跳びを続けて間合いを取り、着地と同時に残る銃剣をブルーノめがけ投げた。
ブルーノはとっさに身体をひねり、倒れ込みながらも銃剣を回避する。しかしかわし切れず、脇腹を浅く切り裂かれた。
ブルーノはそのまま床を転がり、ヨヒオのそばで立ち上がった。
「この女、かなりできるぞ!」
「女性と侮った僕たちが迂闊でしたね。どうやら一対一で勝つのは難しそうです」
「二人掛かりとは、情けないのう」
「そんなこと言ってる場合じゃありませんよ」
ヨヒオはそう言いながら、それでも矜恃であろう、小銃を捨てて細剣を抜いた。
対するハクも、新たな銃剣を両手に構えていた。その腰には、まだ二本の銃剣が残っている。
「女、悪いが遠慮も手加減もせぬぞ」
「騎士道精神に反しますが、こちらも時間がありません。ご容赦を!」
「ごちゃごちゃ五月蝿い。来るならさっさと来い」
「応さ、行くぞ!!」
ブルーノの踏み込みからの刺突。
ハクは後退しながら、その切っ先を銃剣で弾く。
ブルーノは尚も踏み込み、連続刺突。
ハクはさらに後退し、銃剣で捌き、上体を反らし避ける。ハクの長い銀髪が、水のように宙を流れた。
ブルーノの連撃が止み、槍が引かれる。
ハクはその動きに合わせて、前へ出て間合いを詰めようとする。
だが、その隙をヨヒオがカバーする。彼の細剣による絶え間ない刺突が、ハクを襲った。
ハクは再び、銃剣で捌きつつ、上体を反らして回避。
さらにそこへ、ブルーノの槍の刺突。
二人の同時攻撃を、ハクは捌き切れないと判断した。ハクは防御を諦め、後方へ勢いよく跳んだ。反転跳びを繰り返しながら距離を取る。
逃がすものか、と追いすがるブルーノとヨヒオに、ハクは二本の銃剣を投擲した。
二人がそれを弾き落としている内に、ハクは相手に背中を見せて走り出した。
「逃がしませんっ!!」
ヨヒオがその背中に迫る。俊足である。一瞬で細剣の間合いに入った。しかもハクが逃げる先には、壁があった。
追い詰めた。その確信の下に、ヨヒオ渾身の刺突が放たれた。
目の前から、ハクの姿が消えた。
「何!?」
「上だっ!!」
ブルーノの声に、ヨヒオは頭上を見上げる。
空中を、ハクが舞っていた。その銀髪がまばゆく輝きながらヨヒオの視界を流れていく。
ハクは壁を勢いよく蹴り上がり、背後へと大きく跳んで、ヨヒオの頭上を飛び越していた。
ハクはそのままヨヒオの背後に着地。
ヨヒオが振り返りざまに細剣を振るう。
ハクはしゃがみ込んでそれを避けると、銃剣をヨヒオの太腿に突き立てた。
「うああっ!?」
右太腿を刺し貫かれ、ヨヒオが膝を付いた。
ハクはさらに、ヨヒオを蹴り倒した。
「ぐっ!?」
ヨヒオが背後へと転がる。
ハクはその勢いを利用して銃剣を抜き、すぐにもうひとりの敵と向かい合った。
ブルーノの刺突が、既にハクの目の前に迫っていた。
ハクは銃剣で槍を捌き、紙一重の差で回避。鋭い切っ先が、ハクの頬をかすめる。
ブルーノはすぐに槍を引き、そして左から右への横薙ぎの一撃。
ハクは屈んで回避。
ブルーノはすかさず逆へ薙ぎ返す。
槍の柄が、ハクの腹部を打った。
「うっ!?」
「どおりゃああああ!!」
ブルーノはそのまま槍を振り抜き、ハクを投げ飛ばした。
床を転がるハクに、ブルーノはさらに槍を振り下ろす。
ハクは投げ飛ばされた勢いを殺さずに、そのまま自ら転がって回避。
すぐに立ち上がったハクに、ブルーノの刺突が襲い掛かる。
ハクはそれを反転跳びで回避、同時に槍を蹴り上げる。
二人の間合いが開く。
ハクが反転跳びから着地した瞬間を狙い、ブルーノが銃弾のような刺突を放つ。
ハクは着地の反動で、さらに真上へ跳躍した。ハクの足元を、槍が突き抜ける。次の瞬間、ハクは驚くべき行動に出た。
伸びきった槍の柄に、ハクは降り立ったのである。
常人には到底出来ぬ、恐るべき体捌きである。
凡庸な剣士ならば、この信じられない光景と、腕にかかる相手の体重に、武器を取り落としていただろう。
しかし、ブルーノは凡庸では無い。
「どぉりゃああああ!!!」
ブルーノはハクを乗せたまま、腕力に任せて槍を振り上げた。
ハクの身体が、高々と宙に舞い上げられた。
ハクは空中で一回転して、何とか着地する。しかしそこは槍の間合いの、すぐ外だった。しかも高所からの落下の衝撃で、咄嗟に動けない。
まさに致命的な隙が、ハクに生じていた。
だが、ブルーノからの刺突は来なかった。
「むう……」
ブルーノは槍を振り上げた姿勢のまま、視線だけを下ろして己の腹部を見た。
そこに、銃剣が深々と突き刺さっていた。
ふうー、とブルーノは深く息を吐き、そしてハクに向かって、ニッ、と笑った。
「強いのう。それに美しい。実にいい女だ」
ブルーノは腹部に突き立った銃剣をそのままにして、槍を横たえた。
「ヨヒオ、立てるな?」
「はいっ!」
ヨヒオが歯を食いしばりながら立ち上がった。太腿の刺し傷は深く、出血が激しい。それでも、ヨヒオの闘志は衰えていない。
「行くぞ!」
ブルーノが槍を横たえたまま、ハクに向かって突進した。
槍は両脇に向けられているので間合いなど無い。しかし、左右に避けようとすると槍に防がれる。
「どおりゃあああ!」
ハクを逃がさない、そのためだけの突進。その勢い、その気迫に、ハクは呑まれた。
ブルーノはそのまま、ハクにぶつかるように槍の柄で押し込む。
「くっ!?」
ハクはぶつかってきたブルーノの腹に、残る銃剣を突き立てた。
「――なにっ!?」
驚愕の声を上げたのは、ハクの方だ。
ブルーノは二本の銃剣でその腹を貫かれながらも、力衰えること無く、ハクを壁際へ追い詰めてみせた。
「き、貴様っ!? まさかっ!?」
「うあっはっはっはっ、女ぁ、このまま地獄で逢瀬と洒落込もうでは無いか―――ヨヒオっ!!」
「はいっ!」
ヨヒオが片脚を引きずりながら、ブルーノの背後へと迫った。
ハクの身体は、ブルーノの身体にほとんど隠されている。もしハクを攻撃するなら、ブルーノごと刺し貫くより他に無い。
そしてブルーノも、ヨヒオも、それは覚悟の上だった。ヨヒオの細剣の切っ先が、迷うこと無くブルーノの背中に向けられた。
「は、離せっ!!??」
ハクは必死に抵抗した。銃剣を握り、えぐり、押し込む。
しかしブルーノは悲鳴ひとつ上げない。
右手を銃剣から離し、脇腹を殴りつける。そこには、銃剣投擲で掠めた傷がある。浅いとはいえ、傷口を襲う痛みは尋常では無いはず。
しかし、ハクを押さえ込む力はまったく揺るがない。
ヨヒオが片脚で跳びながら迫る。
もはや逃げられない。
ハクが死を覚悟したとき、その右手が、何かに触れた。
ヨヒオの細剣がブルーノの心臓を貫くのと、銃声が上がったのは、ほぼ同時だった。
ブルーノの短銃だった。ハクは偶然手に触れたそれを、引き抜きざまに撃っていた。
ブルーノを貫いた細剣の切先は、ハクの目の前で止まっていた。
ほんの、後一押しの差だった。
ヨヒオは眉間を撃ち抜かれ、仰向けに倒れていく。ブルーノの身体からも力が抜け、ハクの足元へ崩れ落ちていった。
ハクは短銃を握り締めたまま、大きく肩で息をついていた。全身に鳥肌が立っていた。冷汗が止まらない。
ハクは戦慄していた。
何という恐るべき男たちであったことか!!
そして、これほどの男たちが命を投げ捨てて守ろうとした国王とは、いったい何者であるのか!?
ハクは憤りに近いものを感じていた。
カイトや、親衛隊だけでは無い。その存在のために、いったいどれだけの人間が命をかけ、そして死んでいったことか。
「……見定めてやる」
ハクはそう決意した。
メイコの命令のままに生け捕るつもりだったが、心が変わった。生かすに値するかどうか、自分自身で決めたくなった。
「もしもつまらない奴だったら、容赦無く殺してやる」
ハクは王宮の奥へ向けて走り出した。