悪ノ王子――ボカロ(悪ノ娘)二次小説――   作:PlusⅨ

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第二十四話・レン、ガクポ~約束~

 荒々しい足音が近づいてきたな、と思っていたところへ、謁見の間の扉が、叩き壊されんばかりに開かれ、男たちが九人、小銃を構えて駆け込んで来た。

 

「国王だな」

 

 銃剣を装着した小銃が、玉座に座るレンに向けられた。

 

「いかにも」

 

 レンは玉座から立ち上がりながら、手元の懐中時計に目を落とした。

 

 午後三時には、まだ間があった。

 

 男たちが殺気立った声で言った。

 

「抵抗するなよ」

 

 小銃を構え近づいてくる男たちに向かって、レンも歩み寄った。

 

 レンは、相手を刺激しないよう、ゆっくりした動作で腰の剣に手を伸ばした。

 

 レンが剣を差し出すと思ったのだろう。男が二人、銃口を下げてそばに寄ってきた。

 

「悪いな」

 

 レンは先に謝った。

 

「少しだけ、手向かうぞ」

 

 男たちがその言葉の意味を理解する前に、レンの腰から、光が迸った。その光が、近づいていた二人の男の腹部を薙ぎ払う。

 

 前のめりに倒れた男たちの間を、レンが駆け抜けた。

 

 突然の抵抗に慌てた数人が、引き金を引いた。

 

 身を低くして走るレンの頭上を、轟音と銃弾が過ぎ去っていく。レンは銃弾をかいくぐると、小銃を撃った男たちの足元に飛び込んだ。

 

 男たちの足元めがけ、次々と剣を振るう。男たちは膝や、向こう脛に斬撃を受け、悲鳴を上げて床に転がった。

 

 しかし、流血は無かった。全て峰打ちだった。

 

 レンが剣を抜いてからほんの一瞬で、五人もの男たちが打ち倒されていた。

 

 レンは片刃剣の刃を返したまま、残る四人に立ち向かう。その内の二人は入口近くまで退避していたが、残る二人はまだすぐ近くに居る。

 

 その二人が小銃をレンに向けたが、そこは既に剣の間合いだった。レンが振るった剣先が銃口を弾いてそらした。明後日の方向に銃弾が放たれたと同時に、レンは稲妻のような踏み込みで、二人の腕と肩を打ち据えた。

 

(骨は折れてないよな?)

 

 倒した二人を気にかけながら、レンは走る。

 

 入口近くに退がった二人に対し、右側に回り込むと見せかけ、すかさず左へ跳ぶ。

 

 銃声とともに、弾丸がすぐそばを掠める。

 

 レンは相手の足元へ、頭から飛び込んだ。そのまま前転から起き上がりざまに相手の脛と腹部を打つ。

 

 これで全員倒せた――

 

 ――と思う間も無く、初めに倒した数人が立ち上がっていた。

 

 それも当然であった。元より、意識を失わせたり、骨を折ったりするほど強く打ってはいない。

 

 男たちが銃剣で突き込んでくる。

 

 レンは銃剣を紙一重でかわすと、小銃そのものに剣を振り下ろして叩き落とす。

 

 レンの脇から二人目が刺突を繰り出してきた。レンは身体をひねることで刺突をかわし、すれ違いざまに相手の膝の後ろを打って転倒させる。

 

 さらにレンは、離れた場所で小銃に弾を込め直している男に向かい、走り、剣を振るった。峰打ちでは無く真剣で振るわれた片刃剣は、相手の小銃を真っ二つに断ち割ってみせた。

 

 そのまま返す刀で、相手の胴を薙ぎ払った。

 

 斬ってはいない、やはり峰打ちだ。しかし、力任せに叩きつけている訳でも無い。当てた瞬間に、手元へ引き込むように滑らせる。刃側でこれをやれば、人体は骨まで綺麗に切断できる。

 

 しかし峰では、斬れない。相手への痛みもほとんど無い。斬られた、という錯覚を与えるだけだ。

 

 レンはそんな真似を、銃を構えて襲ってくる九人もの男たちに対して行なっていた。

 

 ハクが謁見の間にたどり着いた時、真っ先に気づいたことが、それだった。

 

 複数の男たちが小銃を槍か棍棒のように振り回している中を、少年がまるで舞うように疾走する。

 

 斬撃が光となって男たちの身体をすり抜けていく度に、男たちが悲鳴を上げて倒れていった。

 

 しかし、流血は無い、手足も飛ばない。相手を傷つけずに倒すという離れ技を、あの少年はやってのけていた。

 

 男のひとりが仲間から離れ、小銃に弾を込め直していた。再装填された小銃を、数人を同時に相手しているレンに向ける。

 

 ハクはすかさず男に近づくと、その銃身を掴んでそらした。

 

「銃なんか使うな、同士討ちするぞ」

 

 その男を下がらせ、ハクは両手に銃剣を構えた。

 

「お前たちが敵う相手じゃない、下がれ! そいつは私の獲物だ!!」

 

 男たちが引き下がる前に、彼らを蹴散らして、レンが集団から抜け出してきた。

 

 すかさず、ハクは迎え撃った。

 

 迫るハクに対し、レンもまた自ら間合いを詰める。レンの身体が、低く沈んだ。ハクの足元めがけ、横薙ぎの一撃を放つ。

 

 ハクはそれを跳躍して回避。レンの頭上を飛び越えながら身体をひねり、その後頭部めがけ斬撃を放つ。

 

 レンは横薙ぎの勢いを殺すこと無く反転し、振り抜いた剣でハクの攻撃を弾いた。

 

 レンとハクの距離が離れる。

 

 しかしハクは、着地と同時にすぐさまレンに向かって間合いを詰めた。ハクの左右の銃剣が、レンめがけ次々と繰り出される。

 

 レンは後退しながら、ハクの攻撃を捌き、かわす。

 

 ハクは攻撃の手を緩めなかった。その手数はさらに多くなり、速度が増していく。

 

 レンは後退しながら、必死にそれを防ぐ。しかし、後退を続けていた足が、ついに止まった。

 

 ついに防ぎ切れなくなったのか。

 

 ハクは好機と見て、一段強い踏み込みをもって斬撃を繰り出した。

 

 その攻撃と同時に、レンも踏み込んでいた。ハクには、レンの姿が消えたように見えた。

 

 斬られた。ハクはそう思った。すれ違いざまに腹部を剣でなぞられた。

 

 衝撃はあったが、痛みはない。だが、背骨まで断ち切られたような感覚に、ハクの全身に鳥肌が立った。

 

「――ふざけるなぁ!!」

 

 ハクが振り返りざまに斬りつける。

 

 レンは後退して間合いを外し、かわすと同時に踏み込んでくる。ハクの肩に、袈裟懸けに片刃剣が振り下ろされる。

 

 ハクは避けなかった。

 

 レンの片刃剣の峰が、ハクの肩に当たると同時に、手元へ引かれた。刃だったら、頸動脈がすっぱりと切り裂かれていたところだ。

 

 ハクは身体は無傷だった。しかし己のプライドが引き裂かれたことに、彼女は激怒した。

 

「甘いんだよっ!!」

 

 両手の銃剣が、レンに襲いかかる。

 

 レンは上体をひねり、紙一重でこれをかわす。

 

 互いに踏み込み、互いの位置が入れ替わる。

 

 ほとんど背中合わせの位置から、同時に振り向きざまに剣を振るう。

 

 ハクの左手の銃剣が、片刃剣を弾く。続けて右手の銃剣がレンを襲う。

 

 レンは上体を大きくそらして回避。前髪が数本切られ、金髪が宙を舞う。

 

 ハクはさらに踏み込んでくる。

 

 武器の間合いだけなら、レンの片刃剣に分がある。しかし骨さえ折らぬように打ちかかってくる剣など、ハクにとっては避けるにも値しなかった。そんな剣はハクにとって侮辱そのものだった。

 

 ハクは防御を捨てて、左右の銃剣を次々に振るった。

 

 レンは捌き、かわし、一瞬の隙をついてハクの脇を駆け抜けざまに、ハクの胴を薙ぎ払った。

 

 斬られたという感触。しかし斬られていない。ハクは怒りに任せて絶叫した。

 

「ふざけるのも大概にしろっ! なぜ斬らない! いつまでこんなことを続けるつもりだ!!??」

 

 さらに速さを増した剣撃が、レンを襲う。

 

「この戦で何人死んだと思っているんだ! カイトも、親衛隊も、お前のために死んでいったんだぞ!?」

 

 左右の連撃をかわしたレンを、ハクは蹴り飛ばす。レンが背後に大きく転がった。

 

「これだけの血を流させたくせに、お前ひとりが綺麗事で済まそうだなんて、いまさら虫が良すぎるんだよ!!」

 

 ハクが宙を跳び、レンめがけ銃剣を振り下ろす。しかしレンは床を転がり続けてそれを回避した。

 

 ハクは銃剣を外したと見るや、すぐにレンを蹴り飛ばした。

 

 レンはさらに大きく転がる。

 

「どうした! 本気で足掻け! 抵抗しろ! 生き延びてやるっていう気概をみせてみろ! でなけりゃ――」

 

 ハクが再び、レンへと向かって跳んだ。

 

「――でなけりゃ、あいつらが死んでいった意味がないだろう!!」

 

 ハクは銃剣を床に突き立てた。しかし、そこにレンの姿は無かった。

 

 レンは、転がる勢いを利用して起き上がりざまに、逆袈裟にハクを斬り上げていた。

 

 切り上げられた勢いでハクは床を転がり、レンはその姿を眺めながら片刃剣を構え直した。

 

「……そうだな。全部、僕のわがままだ」

 

 カイトを斬って革命の引き金を引いたのも、親衛隊に抵抗を命じたのも、そしてレン自ら相手を傷つけない抵抗をしているのも……

 

 ……全ては、たったひとりの、愛する少女のため。

 

「僕は、悪と呼ばれるだろうな」

 

「……そうか、よくわかった」

 

 片刃剣の切っ先の向こうで、ハクが立ち上がった。その目が、もはや堪えようもない憤怒に燃えていた。

 

「お前がつまらない奴だと、よくわかった。生かすに値しない奴だ。……殺す!!」

 

 ハクが迫る。

 

 凄まじい攻撃を繰り出しながら、ハクは周囲の仲間に叫んだ。

 

「撃て! 撃ち殺せ!! 私ごとこいつを撃ち殺してしまえっ!!!」

 

 その命令に男たちは一瞬戸惑ったが、すぐに小銃を構え直した。

 

 肉薄するレンとハクに向かって容赦無く引き金が引かれようとした――

 

 ――そのとき。

 

 並び立った男たちの前を、一陣の風と、光が、走り抜けた。

 

 小銃が次々とあらぬ方向にそらされ、そして、ことごとく二つに切断されていた。

 

 一瞬にして武器を失って呆然とする男たちの前に立っていたのは、ひとりの男だった。

 

「ガクポかっ!?」

 

「陛下、遅くなりました!」

 

「待ちかねたぞ!」

 

 ガクポはすぐに、レンに加勢しようとした。 だが、しかし。

 

「早く来い、もう手加減できないぞ!」

 

 レンの剣が下から跳ね上がり、ハクが振り下ろそうとした銃剣を弾き飛ばした。

 

「ガクポ! 僕に民を斬らせるなっ!」

 

 上段に振り上げれられたレンの刀が返された。ハクが残る銃剣で防ごうとするが、無理だ。

 

 峰打ちでは無い。致命的な斬撃をレンは放とうとしていた。

 

 ガクポにはそれが見えていた。当然である。レンにこれほどまでの剣を教えたのは、他ならぬガクポ自身なのだから。

 

 だからこそ、ガクポにはそのさらに先が見えてしまった。

 

 レンが何を望み、そして己が何をすべきかが見えてしまった。

 

 ガクポの身体は、ほとんど無意識に、反射的に動いていた。まるで疾風のようにレンとハクの間に飛び込んでいた。

 

 ガクポの剣が、レンの剣を跳ね上げ、同時にハクを間合いの外へと突き飛ばす。

 

 レンは咄嗟に後退し、片刃剣を構え直した。

 

 そのレンと、ガクポは対峙していた。

 

(何故だっ!?)

 

 ガクポは信じられない思いだった。

 

――なぜ私は、主に剣を向けてしまっているのだ!?

 

 その答えは、当の主が教えてくれた。

 

「ガクポ、危ないところだった。助かったぞ」

 

 民を斬らずに済んだ。

 

 レンは本気でそう言っていた。そして、

 

――リンを逃がした。

 

 レンは声を出さず、唇だけでガクポにそう告げた。

 

 ガクポは、この抵抗が全てそのための時間稼ぎであった事を悟った。

 

「では……では、陛下は!?」

 

 ガクポの問いに、レンは微笑んだ。

 

「あの日の約束を、覚えているか?」

 

 約束。

 

 ガクポの脳裏に、あの日、レンに別れを告げた時のことが過ぎった。

 

 

――次は、勝ってみせる。

 

 

――楽しみに、お待ちしております。

 

 

 ああ、覚えている。忘れるはずが無い。それは誰よりも、ガクポ自身が待ち望んでいた約束だった。

 

「陛下……」

 

 ガクポは思わず目を伏せた。その閉じた瞼の裏に、レンと過ごした日々が走馬灯のように行き過ぎ、そして消え去って行った。

 

 ガクポは再び目を開き、片刃剣を正面に構えた。

 

「……あの約束、こんな形で果たしたくはありませんでした」

 

「僕のわがままに付き合ってくれて、ありがとう。感謝する」

 

 レンも同じ構えをとっていた。

 

 向かい合った切っ先が、触れそうなほど近くなる。

 

 そのまま、二人の動きが止まった。

 

 音さえも消えた。

 

 革命軍の男たちも、ハクでさえも、二人の剣気に当てられて息を呑んだ。

 

 謁見の間の大きな窓から、午後の日差しが斜めに差し込んで、二人の姿を照らしあげた。

 

 午後の日差しに白刃がひらめいて、上段の構えになった。レンである。

 

 ガクポはその姿に見惚れるように目を細めた。

 

 そのまま、やや時が過ぎ。

 

 そして……

 

 

 

 

 ……午後三時の鐘が鳴り響いた。

 

 

 

 

 その瞬間、二人は気合を発して、同時に斬り込んでいた。

 

 鐘が鳴る。

 

 ひとつ、

 

 白刃が交叉し、火花が散る。

 

 ふたつ、

 

 互いの位置が入れ替わり、光が弧を描いて、相手を襲う。

 

 みっつ、

 

「……僕の、負けかな」

 

 レンの右脇腹に、ガクポの片刃剣がぴたりと寄せられていた。

 

「いえ……」

 

 ガクポは剣を引いた。

 

「……陛下の方が、早うございました」

 

 レンの剣が、ガクポの首筋にかすかに触れて、止められていた。

 

「陛下の勝ちにございます」

 

「引き分けにしよう。……師を超えてしまうのは、少し寂しい」

 

 レンも剣を引き、鞘に収めた。

 

 ガクポの目から、涙が一筋、流れ落ちた。

 

「涙もろいんだな、ガクポ」

 

 レンは笑いながら、腰から片刃剣を外した。

 

「……リンを頼む。ルカも共にいる」

 

 レンは小声で告げながら、ガクポに剣を託した。

 

「……お任せを」

 

 レンは微笑みながらガクポの腕を軽く叩くと、革命軍に向けて歩き出した。

 

「投降する。手間をかけさせたな」

 

 ハクが、銃剣を持ったまま、目の前に立った。

 

「時間稼ぎ……だったのか」

 

「何のことだい?」

 

「………」

 

 ハクは少しの間、レンをじっと見つめていたが、やがて、持っていた銃剣を鞘に収めた。

 

「お連れしろ」

 

 ハクの指示に、男たちがレンを取り囲んだ。腕を掴み、乱暴に引き立てようとする。

 

「この、無礼者!」

 

 鋭い叱責がとび、男たちが慌ててレンから離れた。

 

 声は、レンでは無い。彼は無抵抗に、されるがままになっている。

 

 叱責したのは、ハクだった。

 

「最後まで役目を果たした男だ。敬意を表せ」

 

 ハクの指示に、男たちは戸惑いながらも従った。

 

「こちらへ」

 

 ハクに先導され、レンは謁見の間を後にする。革命軍の男たちが従者のように続いた。

 

 去りゆくレンを、ガクポは深々と頭を垂れて、見送っていた。

 

 

 

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