悪ノ王子――ボカロ(悪ノ娘)二次小説――   作:PlusⅨ

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第二十五話・リン、ネル~私にできること~

 あの革命の最中、ネルがリンを見つけられたのは奇跡としか言いようが無かった。

 

 リンについては元々、カイトから頼まれていた。

 

 戴冠式のあの日、ハクから渡されたカイトの手紙には、こう書かれていた。

 

――わたしが死んで、革命が始まってしまったら、リンを頼む。

 

 そして同封されていた地図には、街に点在する秘密通路の出口が記されていた。

 

 カイトが死ぬなどど、ネルには信じられなかったし、考えたくも無いことだった。

 

 けれど、現実にカイトは死んだ。

 

 死んで晒されたと言うが、その時にはもう、メイコの指示により他の孤児と共に城下街から避難させられていた。

 

 アンとローラという娼婦たちに連れられて避難している途中、ネルはリンを探すため、弟のネロと共に密かに一団から離れ、城下街へと舞い戻った。

 

 本当はひとりで行くはずだったが、ネロはどうしても一緒に行くと譲らなかったのだ。

 

 革命の戦闘と混乱が続く街を、二人はカイトの地図を頼りに彷徨い続けた。

 

 そして、見つけたのである。

 

 睡眠薬で眠らされたままのリンと、彼女を背負うオリバー、それに付き添うルカ。

 

 三人を路地裏の空き家に匿い、そして、王宮陥落から丸二日がたった、今日。

 

 ネルは、食料品の調達のために市へやってきていた。

 

 王宮での戦闘が本格化した時にはもう、城下街での戦闘はほぼ終息しており、街の大半は平穏を取り戻していた。それからさらに二日経った今では、街は革命以前よりも却って活気が増しているようだった。

 

 路地にはいつものように市がたち、人々で賑わっていた。だが、いつもと違って、市にはいつもより多くの店がたち、行き交う人々の間にはのびのびとした雰囲気が広がっていた。

 

 ネルは、ルカから預かったお金で、パンとミルクを買った。

 

 パンはいつもの黒パンではなく、白くて柔らかいもので、ミルクにしても搾りたてで新鮮なものだった。

 

 こんな良いパンとミルクを手に入れられたのは、預かったお金が高額だった――いったい、いつもの内職の何ヶ月分だろう! ――だったこともある。けれどそれ以上に、物流が活性化し、店の数と品物の種類が豊富になったからに他ならない。

 

 いままで市場を縛っていた細かい規制、高い土地使用料と税金、そして警備隊の恣意的な取り締まりや、賄賂の徴収……

 

 そういったものが全て取り払われ、市は自由闊達で活気に溢れていた。

 

 革命万歳。

 

 ときおり、あちらこちらでそんな声が上がる。

 

 通りに酒席を設けて、宴に興じている者たちもいる。

 

「そこの可愛いお嬢ちゃん、今日はめでたい日だ。こっちに来て酌をしてくれよ!」

 

 酔った男たちに絡まれそうになり、ネルは慌てて走って逃げた。

 

(カイトさんっ!)

 

 いつも頼りになる男は、もういない。

 

 広場には彼が吊るされていたという櫓が、まだ残っているそうだった。そこには今ではカイトの代わりに、この国を食い物にしてきた大臣や貴族たちが吊るされているらしい。

 

 ネルはそんな話題など聞きたく無かった。広場に近づくことさえ怖かった。

 

 隠れ家にしている空き家へ帰る途中、向こうから弟のネロが息せき切って走ってくるのが見えた。

 

「姉さん、大変だ!」

 

「ネロ、どうしたのよ?」

 

「リンさんが家を飛び出して行ったんだ!」

 

「どうして!?」

 

「リンさん、姉さんが出かけてからすぐに目を覚ましたんだ。オリバーさんたちが事情を説明してたときは落ち着いていたんだけど……」

 

 ネロはそう言って、一枚のビラを差し出した。

 

「さっき新聞売りが、大声で叫びながら号外をばら撒いて行ったんだ。リンさん、それを聞いた途端にすぐに外に飛び出して……今、オリバーさんと、ルカさんも探してる」

 

 ネロから受け取ったビラには、国王に対し死刑判決が下されたと書いてあった。

 

 週末の午後三時に、広場にて断頭台にかけられるという。

 

「リンっ!」

 

 ネルは急いで駆け戻った。

 

 隠れ家の前まで来たとき、そこに、フード付きマントを羽織ったリンがいた。

 

 傍らには、オリバーとルカの姿もある。

 

 リンの無事な姿に安堵したネルだったが、その手に例のビラが握られていたのを見て、泣き出しそうになった。

 

 ネルは、リンの手からビラを奪い取ってしまいたい衝動にかられた。

 

 これは性質の悪い冗談なのだと、リンに言い聞かせたかった。

 

 全ては悪い夢なんだよ。一眠りすれば忘れてしまうよ。そう言ってベッドに寝かしつけてあげたかった――

 

 ――どうしてリンを外に出してしまったのか!?

 

 ネルは傍らに立つオリバーを怒鳴りつけてやろうと思った。

 

 だけど、それよりも先に、リンが口を開いた。

 

「ネル……みんな、心配かけてごめんなさい。部屋に戻りましょう」

 

 ネルは息を呑んだ。

 

 リンは、正気だった。

 

 たったひとりの肉親に死刑宣告が出てしまったというのに……

 

 部屋に戻り、リンは、皆に告げた。

 

「この日、広場に行きます」

 

 静かに、落ち着いて、

 

「最後まで、全部、見届けます……っ」

 

 それでも、その手は固く握り締められ、細かく震えていた。

 

「リンっ……っ!?」

 

 ネルはたまらなくなって、リンを抱きしめた。

 

「リン、私も行くよ。リンを独りで行かせやしないんだから!」

 

「ネル……ありがとう」

 

 リンの、震える身体、震える声。それを抱きながら、ネルは思った。

 

 リンが抱えてしまったものを、できることなら肩代わりしてやりたい、と。

 

 だけど、わかってる。

 

 それが他人に肩代わりできないくらい重いものだと、わかっている。

 

 ネルがそばに居たところで、何かが変わる訳では無い。未来なんか変わらない。

 

 リンが受ける重さ、苦しみ、悲しみが和らぐ訳では無い。

 

 でも、だからこそ、どんなときもそばに居ようと、ネルは思った。

 

 ネルにはそれしかできないのだから、だからせめて、それだけは精一杯やり遂げようと思った。

 

「 姉さん、リンさん……僕も、居るよ。そばに居たい」

 

 ネロがそう言って、ネルの服の裾を掴んだ。

 

「僕だけじゃ無い。ルカさんも、オリバーさんも居るよ。……ひとりじゃ無いよ」

 

 ルカとオリバーは何も言わず、ただ頷くのみだった。答えるまでも無いのだ。レンに命じられたときから――いや、そんな命令など無くとも、二人の心は分かち難いほど、リンのそばにあった。

 

「みんな……ありがとう」

 

 そして、日が暮れる。

 

 

 

 

 

 

 革命軍によって占拠された裁判所の地下留置所。

 

 レンは、そこに幽閉されていた。

 

 王宮陥落以来、裁判所では連日、主流派貴族に対する裁判が行われ、有罪判決が次々と下されていた。

 

 もっともそれらは皆、城下街での戦闘の際に捕らえられその場で処刑されてしまった者たちを被告とした判決であり、有罪判決はこれを正当化するための言い訳じみたセレモニーでしかなかった。

 

 戦闘終了後に捕らえられ、生き延びた者たちについては、司法機関と立法機関が新体制の下で本格的に稼働してから、改めて裁判が行われる予定だった。

 

 しかし、唯一の例外が存在した。

 

 レンである。

 

 生きながら捕らえられた者たちの中で、レンだけは死刑が執り行われることになっていた。

 

 理由のひとつに、革命軍が旗印として王政打倒・国民国家設立という題目を掲げていたことがある。この題目を貫く以上、国王の存在は必ず排除せねばならなかったのだ。

 

 しかし、革命軍がいくら王政打倒を掲げようとも、国王を、しかもまだ若い少年を処刑することには躊躇いがあった。

 

 人間的な同情以上に、周辺諸王国との関係悪化を恐れたのである。

 

 とりわけ実質的な支援者である緑公国からは、非公式にレンの身柄の引き渡しを要求されており、革命政府はこの対応に非常に慎重にならざるを得なかった。

 

 しかし、民意がそれを許さなかった。

 

 この革命はカイトの死をきっかけに起きたのであり、そして、カイトを殺したのは、レンだった。

 

 民衆にとっての革命の成就とはすなわち、“悪の王子”ことレンへの報復に他ならなかったのである。

 

 その民意を無視することは、民衆から革命を否定したと思われてしまう可能性があり、レンの処刑を巡って、革命政府内でも意見が割れた。

 

 最終的に処刑を決断したのはメイコであると言われているが、真相は定かでは無い。

 

 そもそも、彼女は当時、革命政府に名を連ねてさえいない。メイコが政治の表舞台に姿を現すのは、黄国で国民皆選挙が実施されるようになってから、更に数年後のことである。

 

 しかし当時の発足したばかりの革命政府が分裂し兼ねなかったこの問題に、決断を下すことができる人物といえば、それはメイコしかいなかったであろう。

 

 この決定により黄国はその後、幾つかの周辺王国と敵対的関係となったが、しかしこの危機は逆に国民国家として強固な基盤を築くきっかけともなり、その後の苦難の時代を乗り越えていくのである。

 

 

 メイコがレンの下を訪れたのは、処刑の前日の、夜遅くのことだった。

 

 人払いされた留置所で、メイコは、レンの独房に足を踏み入れた。

 

「初めまして、レン国王」

 

「元国王だよ。いや、王子かな?」

 

 粗末なベッドに腰掛けたまま、レンは平静な様子で言葉を返した。

 

 地下の独房はお世辞にも暮らしやすいとは言えない。大人でもここに押し込められたなら精神的に参ってしまいかねない場所で、それでもレンは正気を保っていた。

 

「そうか……あなたがメイコ、だね」

 

「ええ。でも、今夜は一介のシスターとして訪れました。主に祈る権利は誰にでもあるわ」

 

 暗に処刑の事実を突き付けるような言葉だったが、レンは笑って返した。

 

「今だから白状するけど、日曜礼拝の時、いつも居眠りしていたんだ。司祭の説法はその辺の睡眠薬より強力でね。……こんな態度だったんだが、今さら祈って神様が気を悪くしないかな」

 

「大丈夫よ。主は全てをお許しになるわ」

 

「それを聞いて安心した」

 

 レンはベッドに腰掛けたまま、両手を組んで宙空に祈りを捧げた。

 

「どうか、この国に幸せな未来があらんことを」

 

「主はその願いを聞き届け下さるでしょう。……他には?」

 

「無いよ。これだけだ」

 

「そう。……だったら、私があなたのために祈るわ」

 

「僕のために?」

 

「構わないかしら?」

 

「……お言葉に甘えるよ」

 

 メイコが胸の前で十字を切った。

 

「あなたの魂に安らぎがあらんことを」

 

「ありがとう」

 

 それから、二人の間に沈黙がおりた。

 

 それは互いに無言で祈りを捧げているようであり、また、互いに何かを言い出すのを待っているようだった。

 

 やがて、メイコがポツリと言った。

 

「大公から、あなたの助命願いが来ているわ。公国に引き渡して欲しい、と」

 

「遠慮するよ。心遣い痛みいると伝えておいてくれ」

 

 それに、とレンは続けた。

 

「民意を考えれば、僕を処刑しない訳にはいかないだろう」

 

「身代わりを用意すると言ってきてるわ」

 

「悪い冗談だ」

 

 レンは鼻で笑った。

 

「カイトに、親衛隊、そして戦いで散った多くの人々。僕は余りにも人を死なせ過ぎたよ。……これ以上は御免だ」

 

「潔いわね」

 

「どうも」

 

「リンは何処?」

 

「知らないね」

 

 二人の間に、再び沈黙が降りた。

 

 それは、先ほどのような穏やかさを伴ったものではなかった。互いに挑み合うかのような、緊迫した空気だった。

 

 その張り詰めた空気がやや続き、そして、先に口を開いたのは、またしてもメイコだった。

 

 いや、先に折れたと言うべきか。

 

「分かったわ、リンの所在についてはもう聞かない」

 

 メイコは小さく溜息をついた。

 

「でも、ひとつだけ教えて欲しいの。……カイトを斬ったのも、革命を引き起こしたのも、全てはリンのためなの?」

 

「その通りだよ。僕にとって彼女は何よりも大切な人だったんだ」

 

「国よりも、民よりも?」

 

「ひどい王様だろう」

 

 レンは苦笑した。

 

「なぁ、僕に墓を建ててくれるなら、どうか“悪の国王”とでも刻んでくれ」

 

「せめて“悪の王子”としておくわ。正確にはあの娘が女王だから。……黄国王家は続いて行くわ。誰にも知られないところで、ひっそりと。いつか人々がわだかまりを捨て去る、その日まで」

 

「そんな日が来ることを祈ろう。……いい国にしてくれよ?」

 

「努力するわ」

 

「ああ、それと緑公国だけど、あそこの宰相には気をつけた方がいい。大公の傀儡に見えるけれど、その実力を隠しているだけだ。二、三度会ったことがあるけど、あれは相当の人物だぞ」

 

「ご忠告、感謝するわ」

 

「……もしかして、今さらだったかな?」

 

 レンがバツの悪そうな顔をする。

 

 メイコは、そんなレンを真っ直ぐに見詰めていた。

 

「レン、あなたはまさしく王に相応しい器だわ。カイトが惚れた理由がよくわかった。私がここに来た理由は、たったひとつ。それを知りたかっただけなのよ」

 

「そうか……カイトを、愛していたんだね」

 

「愛しているわ。いつまでも、ずっと……」

 

 メイコは目を伏せた。

 

 レンは、その頬にかすかな光が伝い落ちるのを見た。

 

「メイコ、訪ねて来てくれてありがとう。あなたと話せてよかった」

 

「私もよ。……さようなら、レン」

 

 メイコは独房を出て、留置所を後にした。

 

 裁判所の建物を出たところで、ハクが待ち受けていた。

 

「メイコ。ネルとネロの居場所ですが――」

 

 ハクがそっと耳打ちする。

 

 メイコは小さく頷いて、

 

「忘れなさい。あなたは何も知らない。私も何も聞かなかった。いいわね?」

 

「わかりました。……ですが、メイコはよろしいのですか?」

 

「家族との別れだもの、寂しいわ。きっと、二度と会えないでしょうね。……でも」

 

 あの子たちが、そう決めたんだもの。

 

 メイコはそう呟いて、夜の空を見上げた。

 

 その横顔は、ひとりぼっちで寂しそうに笑っていた。

 

 

 

 




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