悪ノ王子――ボカロ(悪ノ娘)二次小説――   作:PlusⅨ

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第九話・レン、カイト~明けない冬~(1)

 ミクが行方をくらませてから、半月。

 

 レンがそれを知る由もなく、彼は毎日夜遅くまで法案の制定作業に追われていた。

 

 国政会議の結果は、レンの狙い通り上手くいった。

 

 むしろ、上手くいきすぎた。

 

 レン自身が拍子抜けするほど主流派はあっさりと案件を通し、会議では積極的な姿勢さえ見せた。

 

 その結果、法案の施行は冬明けの来月に決定し、その準備が急ピッチで進められていた。

 

 レンのもとには毎日のように法案関係の書類が届き、夜遅くまで会議に出席する日々が続いた。

 

 レンはそんな日々を精力的に過ごしていた。

 

 熱中していたといってもいい。

 

 国民のための政治をするという国王としての責任感と、ついに自らの手で大臣たちを従えてみせたという自信、そして生来の凝り性が加わり、レンは、リンがついにメイド長権限を使って無理やり休ませなければならない程の毎日を過ごしていた。

 

 それは、リンにとっては気苦労の絶えない日々だったが、レンにとってはこの上なく充実した日々だった。

 

 ゆえに、レンは気付けなかった。

 

 主流派たちが巧妙に仕組んだ、その狡猾な狙いに……

 

 

 新法案は、これまでの状況を大きく変えるものだっただけに、広範囲にわたり多くの法律が変更され、その内容も複雑なものとなった。

 

 そうでなくても施行までの期間が一ヶ月と短かったことから、その細部がどのようなものか、国民のあいだに認知されるまで時間を要した。

 

 だが、この法案によって店税が廃止され、闇市が公然化されるということは確かだった。

 

 そのため、今まで闇市化していた市場が復活し、立ち退きによって空き店舗と化していた場所にも多くの人々が戻ってくることが予想された。

 

 主流派の狙いは、それだった。

 

 主流派とそこに連なる大商人たちは、その場所や建物を一斉に買い占めにかかったのだ。

 

 しかもそれは建物のみならず、闇市があった通りにまで及んだ。

 

 通りなどというものは本来は公共つまり国のものであるのだが、当時、そういった意識があまりにも当たり前であったため、法律として明文化されていなかった。

 

 その隙を主流派に突かれた。

 

 さらに主流派は、私有地の庶民への貸与と、それに伴う賃貸料の無制限な設定、さらにそれに対する非課税処置等を、様々な法案の裏に紛れ込ませていた。

 

 レンは、短期間で大量の法整備に追われているために、巧妙に組み込まれたそれらの法案を見逃してしまっていた。

 

 

 

 

 

 三月。

 

 例年なら春の訪れを予感させるこの月。しかし今年は、長引く冬がいつまでも居座り続けていた。

 

 冷たい雨と風の中、新法案の施行によって喜びに湧いた国民だったが、すぐにそれは絶望と怨嗟の声にとってかわった。

 

 公然化された市場は、廃止された店税の代わりに、より高額な賃貸料を払わされることとなった。

 

 城下街のみならず国中の市場に適した場所のほとんどは主流派をはじめとした有力者の手に落ち、そこには彼らの息のかかった大商人たちが優先して店を並べていた。

 

 闇市から公然化した店の中のほとんどは、高額な賃貸料に利益のほとんどを吸い上げられて苦しむか、それを回避するために土地や家屋所有者の私的商社となるかしかなかった。

 

 法案施行から一ヶ月。

 

 国民の苦しみは、増大しつつあった……

 

 

 

 四月。

 

 春は来ない。

 

 凍気はいまだ国中の空を覆い続け、雨は冷たく降り続いている。

 

 農村では苗の育ちが悪く、このままでは作付けさえままならない事態になりかけていた。

 

 そして城下街をはじめとした都市部では、貧困層のあいだで例年以上の餓死者、凍死者が現れていた。

 

 いつものように、冷たい雨が降る日だった。

 

 その日、本音亭に居たカイトを呼びに来た者があった。

 

「カイトさんっ!」

 

 息を切らせて本音亭の扉を開けたのは、ネロだった。

 

 少年の只ならない様子に、カイトはすぐさまコートとマフラーを巻いて店を出た。

 

 そのすぐあと、本音亭からもう一人、フード付きのマントを深くかぶった少女が、カイトを追って出てきた。

 

「私も――」

 

「来ない方がいい」

 

 カイトは少女にそう言ったが、少女はかたくなに首を横に振るだけだった。

 

「勝手にするがいい」

 

 カイトはそう言い捨てて、ネロについて街を小走りに駆けた。

 

 悪い予感がした。

 

 そんな予感など外れてくれ。と願いながら、ネロに連れられて辿り着いたその先。

 

 そこでカイトが見たのは、火の気のない一件の店と、その店の前でうずくまって泣いているネルの姿だった。

 

「カイト……さん……?」

 

 ネルはカイトの姿を認めると、泣きじゃくりながら彼の胸に顔を埋めた。

 

 遅れてやってきた少女がその様子を見て、はっと息を呑み、何か言いかけたが、すぐに店の中の様子に気がついて、言葉を失った。

 

 カイトも、ネルを撫でながら、その店の奥に目を向けた。

 

 暗がりの中に、この店を営んでいた夫婦とその子供……

 

 一家三人が、首を吊って死んでいた。

 

 今年の初め、店税未払い分の労務を終え、やっと旦那が帰ってきたと嬉しそうに話していた。

 

 新法案が発表され、これで自分の店が取り返せると喜んでいた。

 

 それなのに、思いもよらぬ賃貸料に困惑していた。

 

 長引く冬で、末の幼子の体調が芳しくないとうろたえていた。

 

 以前と変わらない窮乏生活のせいで、子供たちに薬はおろか、食べ物さえ満足に与えてやれないと嘆いていた。

 

 そして先日、末の幼子が、病死したと聞いた。

 

 それを聞いても、カイトは何もしてやれなかった。

 

 声さえもかけられず、悲しみにくれる家族の肩を叩くことしかできなかった……

 

 ……その果てに、今、また友人を失った。

 

「ネル」

 

 カイトは、胸の中の少女に呼びかける。

 

「辛いだろうが、近所の人たちを呼んできてくれないか。……彼らを運ぼう」

 

「はい…」

 

 ネルはしゃくりあげながらカイトの胸から離れ、通りを歩いて行った。

 

 一緒に死んだ子供は、彼女にとっても友人だった。

 

 カイトはネルを見送り、そして、ネロを呼んだ。

 

「三人を降ろそう。手伝ってくれ」

 

「……はい、カイトさん」

 

「君も、着いてきた以上は手伝ってもらう」

 

 カイトにそう言われて、傍らにいた少女が肩を震わせた。

 

 それでも、

 

「……はい」

 

 震える声でそう頷き、カイトたちと共に店の奥に足を踏み入れた。

 

 三人で一家を降ろし、ネルが呼んできた近所の人々の手を借りて荷車に載せた。

 

 誰かが呼んだのだろう。町役人も務めている商工会の者がやってきて、カイトに話しかけた。

 

「亡くなったのは、一家全員ですか?」

 

「ああ」

 

「だとしたら、遺体の引受人も遺産の受取人もいませんね」

 

「そうだな。彼らには親戚もいない。……わたしが葬ろう」

 

「よろしくお願いします。遺産は私の方で処分しておきます。といっても、家屋も家財道具もすべて抵当に入っていますし、財産と呼べるものは何もないでしょうね」

 

「あれば心中なぞするものか」

 

 カイトは吐き捨てるように言った。

 

 一家を乗せた荷車を、ネロや近所の者たちと共に郊外へと運ぶ。

 

 城下街の南端、両側を流れる二つの川が合流するそこには広い川原があった。

 

 そこに、白と黒の修道服に雨よけのマントを羽織った、数人の女性たちが待っていた。

 

 城下各地にある教会に務めるシスターたちだった。その中には当然、メイコの姿もある。

 

 シスターたちは、カイトたちから一家の遺骸を受け取ると、それを川原に組まれた薪の上に乗せ、火葬に付した。

 

 本来なら、当時は土葬が一般的であった。

 

 城下街の教会の周辺には墓地が設けられ、そこに柩を埋めるのが本来の形であるのだが、

 

 都市の人口が増大したことと、ここ数年、多くの死者が発生してしまったために、その殆どは過密化してしまい、新たに埋葬するだけの空所を確保できなくなっていた。

 

 加えて疫病の恐れもあることから、ここ最近、専用の墓所を確保できない庶民の遺骸は、火葬されたあと共用墓地である地下墓所に納骨されるのが一般的になりつつあった。

 

 一緒に着いてきたあの少女は、火葬によってあたりに漂う人体の焼ける匂いに耐え切れず気分を悪くし、そのため、カイトが人をつけて本音亭へと送り返した。

 

 火葬された骨は、形をとどめている頭蓋骨と肋骨の一部、そして上腕部と大腿骨を一本ずつ残して、あとは細かく砕かれ川原に散骨された。

 

 残された骨は冷たい川の流水で洗い清められ、ひとつの柩に収められて、ふたたび荷車に積まれ、その家族が住んでいた区画を担当する教会へと運ばれた。

 

 その教会は、メイコの教会だった。

 

 カイトは、メイコと、そしてネルと、ネロとともに一家を収めた柩を教会へ運んだ。

 

 冷たい空気が漂う教会の地下墓所は、数年に一度行われる共用墓地の整理のために掘り返された遺骨の納骨場所でもあった。

 

 そこにはこの城下街の長い歴史を示すかのように、大量の遺骨が整然と積み上げられている。

 

 この大量の遺骨のどこかには、先日病死した、この家族の幼子も含まれているはずだった。

 

 けれどそれは、連日のように運ばれる多くの遺骨にまぎれ、既に区別がつかなくなっていた。

 

 今日、納骨したこの家族の遺骨も、明日にはきっと新たに運ばれる遺骨によって埋もれてしまうだろう。

 

 地下墓所を出たあと、カイトは、メイコからお茶に誘われた。

 

 教会の冷え切った応接室。その暖炉では僅かな薪がちろちろと熾火を上げていた。

 

 メイコは自ら二人分のお茶を淹れ、テーブルをはさんでカイトの向かいに座った。

 

 普段なら、お茶を淹れるのはネルの役目だった。だが彼女は今、自室に閉じこもっていた。

 

 大丈夫か、と訊くカイトに、メイコは心配ないわ、と答えた。

 

「明日には顔を見せるわ。ネルは、強い子よ」

 

「それが不安なんだ。無理に強がり続けていれば、いつか心が折れる時が来る」

 

「昔の私たちみたいに?」

 

「………」

 

 メイコは、いつもの優しい目をした、穏やかな表情のままだった。

 

 カイトが昔、貧困に耐えかね全てを投げ捨てて逃げ出した――

 

 ――メイコを置きざりにして逃げ出したことを、

 

 非難しているのか、

 

 皮肉っているのか、

 

 嘲笑っているのか、

 

 その感情が、カイトには読めない。

 

 ただ……

 

「……私“たち”? 心折れたのは、俺だけだ」

 

「私も同じよ。あなたを引き止めもせず、追いかけもしなかった」

 

 見捨てたのよ、あなたも、自分自身でさえも。メイコはそう呟きながら、お茶を口にした。

 

 彼女のその様子は、同情か、それとも自嘲だったのか。

 

 昔のメイコを相手にならそんな思いも抱いたかもしれない。

 

 だが今のメイコは、カイトにとってもはや理解を超える存在だった。

 

 この国に存在する全ての革命勢力の頂点に立つ女。

 

 そんな彼女に、かつてのような親愛を抱くことは不可能だった。

 

 あるのはただ、畏敬と、畏怖のみ。

 

 その彼女の手によって用意されたお茶に、カイトもまた手を伸ばす。

 

 そのカップの横には、小さな黒パンが置かれていた。

 

 申し訳程度の砂糖が振りかけられたそれは、ここの孤児たちがブリオッシュと呼ぶ、粗末な菓子だった。

 

「そのブリオッシュね――」

 

 と、メイコが口を開いた。

 

「――あの子に、お土産であげたの」

 

「あの子?」

 

「去年の秋に、あなたがウチに連れてきた子。……リン」

 

 その名に、カイトの表情が強ばる。

 

「メイコ……何を考えている」

 

「何をって? 別に深い意味はないわ。弟さんにも食べさせてあげたいって言ってたから、あげただけよ」

 

 そう言ってメイコは微笑み、でも、と言った。

 

「でも、こんなブリオッシュじゃ、弟さんのお気に召さなかったみたいね」

 

「レンは、そんな男ではない……」

 

「そう?」

 

 メイコはそう言っただけだった。

 

 レンとは誰かとか、なぜそう言い切れるのかなど、訊き返しはしなかった。

 

 その代わり、

 

「悔しそうね、カイト。裏切られた気分でいるのかしら?」

 

「レンは裏切ってなどいない。ただ、焦りすぎただけだ……!」

 

 ドンっ。と、カイトは思わずテーブルを叩いていた。

 

 もう少し、もう数年だけ待てば、レンはそれこそ正面から力づくで家臣を従えるほどの影響力を持つに至っただろう。

 

 改革はそのときこそ行うべきだったのだ。

 

 だが、この国にそれだけの時間が残されていないことも、カイトはよく知っていた。

 

 いまやこの国は、本音党をはじめとした数々の革命勢力が、いつ暴発してもおかしくない状況にあった。

 

 城下のいたるところに剣と銃が行き渡り、いたるところで銃弾や爆薬が密造されていた。

 

 そしてそれを握る人々の手には、充分すぎるほどの絶望と憎悪が込められていた。

 

 冬の終わりがこないなら、この手で火を起こしてみせよう。

 

 誰もかれもが、そう思っていた。

 

 そのためのきっかけは、些細な火花でいい。その火花を伝えるための導火線は、すでに国中に張り巡らされている。

 

 そして、そのすべての導火線の先端は、目の前にいる一人のシスターの手に握られていた。

 

「メイコ……お前は何を考えている。この国をどうするつもりなんだ」

 

「別に、大したことは考えていないわ」

 

 メイコはそう言って、お茶を飲み干すと、席を立った。

 

「私はただね、シスターとして苦しむ人々が救われることを祈るだけ」

 

 メイコはそう言いながら、暖炉のそばに寄った。

 

 暖炉の火が消えかけていた。

 

 メイコは火かき棒を手に、暖炉の灰をかき混ぜる。

 

「……寒さに震える人がいるなら、火を起こして温めてあげるだけ。私にできるのは、それぐらいよ」

 

 メイコの目の前で、灰の中から新たな炎が魔法のように湧き上がった。

 

 上手いものだ、とカイトは思う。

 

 メイコは昔から、火の扱いが上手かった。

 

「でもね――」

 

 と、メイコは暖炉の火を見つめたまま言った。

 

「――いくら私でも、火の気のないところに火は起こせない。このままじゃいずれ、火を保つための薪さえ無くなってしまうわ」

 

「メイコ……」

 

「カイト」

 

 何か言いかけたカイトを遮って、メイコは背中を向けたまま言った。

 

「あの子に惚れたのね」

 

「………」

 

 沈黙をもって答えるカイトに、メイコはくすりと小さく笑った。

 

「あなたにお土産を上げるわ。惚れたあの子に渡してあげなさい」

 

「………」

 

 カイトは黙ってお茶を飲み干すと、席を立った。

 

 そのまま、お互いに別れの言葉も交わさずに、カイトは教会をあとにした。

 

 冷たい風と雨の中、遅い歩みで本音亭へ向かうカイトだったが、そのとき、路地の影から、

 

「カ~イトさぁぁん」

 

 鼻にかかった舌足らずな声で、一人の女が抱きついてきた。

 

 娼婦の、アンだった。

 

 アンはいつものようにカイトの腕にすがると、カイトの耳元に顔を寄せて、密やかな声でこう告げた。

 

「……メイコからの伝言です」

 

 氷雨よりもぞっと冷たいその言葉とともに、アンは重い革袋をカイトに渡した。

 

 アンが素早く離れる。

 

「え~、カイトさん今日も私を買ってくれないの~? 悲し~」

 

 クスクスと冗談めかして笑いながら、アンは再び路地の影に消えていった。

 

 カイトはそれを見送ると、あたりの気配に注意しながら、革袋の口を開けた。

 

 そこには分厚い紙束が収められていた。

 

 それは、主流派が今回の法案を利用して土地を手に入れた詳しい経緯が記された報告書だった……

 

 

 

 

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