SUSANOWO麻雀紀行   作:Soul Pride

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なのはを書いている時にスランプに陥っていた時にちょびちょび書いていたものです。
今日は京太郎の誕生日なので、折角にと。


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「ツモ、嶺上開花」

 

 倒れて晒される手牌。その和了の宣言は、半荘戦の終了を意味していた。

 

「っだあー!また焼き鳥ラスだぁ!」

 

 清澄高校麻雀部、唯一の男子部員である須賀京太郎は勝てずにいた。

 彼が麻雀を始めたのが高校からで、ほかの部員が全員経験者。彼が同じ初心者と思って誘った宮永咲にいたっては、とんでもない実力者であった。

 経験、知識などなど……実力差が大きいのは彼とてよくわかっている。だが、麻雀は少なからず運が関わるゲームではないのかと、度々忘れそうになるほど京太郎は勝てなかった。

 トビ、焼き鳥ラスはいつものこと。三順に着くのが極稀にあるだけ。収支がプラスに傾くなど、咲を誘ってからの一週間では皆無だった。

 

「じゃ、俺一旦抜けますよ」

 

 悔しがる気持ちを抑えて、京太郎は席を立つ。

 ラスである彼が抜けて、先輩である染谷まこが交代する。

 

「京太郎、タコス買ってこーい」

「はいはい、わかったよ」

 

 同級生の片岡優希は、呪われしタコスの血族を自称するほどのタコス好き。卓を立ったらそう言われるのはわかっていたから理不尽とは思わない。

 部室から出て、京太郎は口をこぼす。

 部室では決して言えなかった、彼女たちの前では吐くことができない弱音を。

 

「……強く、なりてぇ」

 

 高校に入ってから始めた麻雀は、未だ点数計算も危うい。

 隔絶された経験差、そして才能の差。それを乗り越える力は、彼にはない。

 それでも、女の子たちに負けっぱなしというこの現状は、情けないと思う自分がいる。

 

「勝ちてぇ……!」

 

 悔しさが握り拳を固める。

 勝ち負けを競うのなら、勝利という美酒を味わってみたい。

 勝ちだけでない。まだ、麻雀で味わったことがないものがあるはずだ。

 麻雀には、ロマンがあるはずだ。夢があるはずだ。熱があるはずだ。

 知らない味を知りたい。知らない昂りを感じたい。そう思うことは、そう願うことはいけないことじゃないだろう。

 優希なら生意気だと笑うかもしれない。和だと、基礎ちゃんと固めなさいと言うかもしれない。

 ──だがもう、うんざりだ。

 似たような味は飽きるのだ。いい加減そろそろ、苦汁ばかり飲ませるのはやめようぜ。

 

(俺は麻雀を打ってんだ!楽しまないで打って何が面白い!?)

 

 競技麻雀という世界は、勝ち負けだけが全てのつまらないものじゃなだろう。そんな底が浅い世界じゃないだろう。

 わくわくが、ドキドキがあるはずだ。

 それを知りたいと思って、何が悪い!

 ……今の京太郎は、燻る火の粉に例えられる。

 このままだと、熱を失い輝きが消えて、麻雀の熱意は近いうちに冷めていってしまうだろう。

 これは京太郎の叫びだった。誰にも聞こえない、届かない断末魔の叫び。

 失望したくない。麻雀というものを楽しみたい。このままだと悔いがあるのだと主張する。

 燃え尽きる前に、より激しく、より輝かしく。熱意の炎を燃焼させる。

 心をくべて、心を焼く。

 しかしその火はあまりに小さく、温く、輝きも弱弱しいものだった。

 誰にも知られず、気づかれず。ただその身を白い灰にして消えていく。

 その末路は誰が見ても確定したと判断する。

 ……須賀京太郎は、麻雀に熱を入れずにこの先の人生を歩んでいく。

 

 ──なら、それは偶然なのだろうか。

 

 その火を、その輝きを見た、その熱を感じ取った。

 

 ──なら、それは必然なのだろうか。

 

 その叫びを、声を聞き届けた。

 

 ──なら、それは運命なのだろうか。

 

 声に出さず、顔に出さず、心の熱だけを吐き出した京太郎の叫びを。

 確かに、耳にした。

 聞かぬ振りをしなかった。

 そして、真摯に考えた。

 どうにかしたいと本気で思った。

 力になりたいと真剣になって行動する──。

 

 

 

 

「おい、そこの一年坊主」

 

 

 

 

 

 そうするほどの人物に、今この場で京太郎が出逢う確率はどれほどのものか。

 偶然か、必然か、運命か。いずれにしろ、今この瞬間に彼らは出逢った。

 ほとんど人の通らない麻雀部の部室前、一年坊主と呼ばれた京太郎は自分のこととすぐに気づいて顔を上げた。

 声をかけられた方から、不意に飛んできたスマートフォン。それを慌てて京太郎は手に取った。

 飾り気のない黒のスマホ。保護フィルムを貼られた程度のアクセサリしかなかった。

 

「代わりに打っててくんねぇかソレ」

 

 画面に表示されていたソレは、携帯の麻雀アプリ。京太郎も暇をぬってやっているのと同じものだった。

 

「はっ?えっ」

「んだよ、やり方わかんねぇか?」

「そういうわけじゃ……」

「じゃ、やってみよう。好きにやれ」

 

 東一局、一本場。戸惑う京太郎を余所に画面がそのまま進行していき、自動的に牌が配られていく。

 ──最初の四枚は、一萬、九筒、白、北。

 ──続いて九索、東、一索、西。

 ────最後に南、一筒、中、發、九萬──。

 理牌処理が行われると、ヤオ九牌が綺麗に揃った形が作られる。

 

「へ?」

 

 間の抜けた声を出てしまう。

 親が第一打が河へと出される。

 何のためらいもなく出されたそれは一筒。

 

「ろ、ロン!」

 

 反射的に、京太郎はそう叫んでいた。

 しかし、音声入力はなくロン待ちの表示がされたままだった。

 

「……あっ」

「やるな、オイ。お前、そうとうツイてんぞ」

 

 ここでやっと京太郎は我に返る。

 大きな声でロンと叫んでいた。見知らぬ誰かの前で、そうやっても目の前のスマホは動かないというのに。

 一瞬で顔が真っ赤になった。

 

「ほら、ロンしろ」

「は、はい」

 

 ロンの表示にタッチすると、今までに見たことのない派手な演出で集計結果が出た。

 国士無双十三面。役満の直撃は開始直後の25000点を容易に消し飛ばした。

 

「すげぇなラッキー一年。名前聞いていいか?」

 

 順位表示と変わり、京太郎は改めて彼の顔を見た。

 長髪の赤髪を黒いバンダナでまとめ、見るからに軽そうに見える風貌。

 京太郎と同じ制服のズボンを七分の長さでまくりあげ、ワイシャツのボタンは全開にし、水墨画風の昇り龍が描かれた黒シャツを着用。

 背は京太郎より少し低いくらい。学年は一つ上ということが、制服からわかった。

 

(どう見ても不良ですありがとうございました)

 

 どこの学校にもこういう人はいるものだ、と京太郎は心の中で愚痴る。

 おそらく自分が同類に見られたのだと悟る。京太郎も少なからず軽薄な雰囲気をまとっているという自覚があった。

 

「須賀、京太郎です……」

「京太郎、ね。麻雀部だろ?竹井ちゃんは当たりを引いたな」

 

 先輩の部長である竹井久をちゃん呼ばわり。この二年生は学生議会長としての竹井久だけでなく、麻雀部部長としての彼女の顔を知っているということだ。

 そして、自分を当たりと言った。それがどういう意味なのか、京太郎は気になった。

 

「当たり、って」

「有望な人材を得たってことだ。強い打ち手は周りを押しあげるからな」

「俺が?そんなことないですよ、俺は始めたばかりの初心者で、さっきのなんてたまたまで……」

「初心者。言うことねぇな、最高の素材だ」

 

 京太郎をここまで持ち上げる。おだてに弱い彼とて、この赤髪の二年生に何らかの意図があることくらい読み取れる。

 何が目的なのか。何を狙っているのか。

 

「……どうしたいんですか」

「お前、麻雀をやめたくないって考えてたろ」

「っ!?」

「勘だがな。俺の勘は外れたことがあんまりねぇ。その面じゃホントらしいな」

 

 悟られていた。京太郎は言い当てられて咄嗟に顔を手で隠した。

 迷いなく、躊躇いなく、自分の勘を信じきって京太郎の内心を言い当てた。

 ただ、驚くことばかり。驚かされることばかりが、京太郎が部室を出てからの十分にも満たない時間で起こり続けている。

 あまり人が通らないここで。

 いきなりスマホを投げ渡されて。

 麻雀アプリをやらされたら。

 人和国士無双十三面という化物手が飛び出して。

 さらに心の内を言い当てられた──!

 

「なん、なんなんですか、アンタ……!?」

 

 未知に対する驚きも、恐怖も、何もかもが麻痺してしまっている。

 住む世界が違う生物。それを目にしている気分であった。

 常識が通用しない。別世界のいきもの。京太郎の目には赤髪の二年生をそのように写っていた。

 ただ、隠している口元は……つり上がって、頬には笑窪ができがっていた。

 体が震えている。未知を見た驚きも、恐怖も、常識を壊された絶望もない。あるのは、興味、歓喜。その二つが、京太郎を震え上がらせていた。

 

「俺?」

「ああ、アンタだ。教えてくれ」

「いいぜ」

 

 京太郎へ、右手を伸ばした。最初からそのつもりだったのか、動作は淀みない。

 ──それは、出逢いだった。

 

「佐河信一だ。よろしく」

 

 名前を、名乗る。知らない名であったが、すんなりと覚えられ、そして忘れなさそうだと直感した。

 ──それは、種火が大火へと燃え上がる前兆だった。

 

 麻雀がつまらない、勝てない、強くなれない。

 才能がないから?経験がないから?運がないから?

 そんなもの、そんなことは理由になりはしない。

 

「麻雀を知りたいなら、手を取れ京太郎。俺“達”が見せてやる、味あわせてやる」

「麻雀の、何を……?」

「全部を」

 

 勝利も、敗北も。栄光も屈辱も。成長の実感も、衰退の苦渋も。

 甘いも酸いも、何もかもを……京太郎に麻雀の全部を教えてやると断言した。

 単なる妄言。今初めて会った奴が、そんなことを言ったところで信じられるわけがない。

 しかし、この男の言い表せぬ雰囲気(カリスマ)、臆面もなく言い切った自信に──京太郎は信じたくなった。

 

「教えてくれ、佐河先輩」

 

 その手を、取った。

 強く、京太郎の手を握る。

 信一の手は、熱が籠っていた。

 握られる痛みより、触れたところから感じる力の塊──信一から流れ出る熱が、全身に汗が噴き出るほど凄まじく熱かった。

 その熱が、腕を伝って心に届く。

 

 ────この瞬間、消え果るはずだった火は、熱と輝きを取り戻した。

 未だ弱く、未だ消えてしまいそうな儚い輝きであるが、終わるのみであった火が蘇った。

 それは小さな奇跡であったが、同時に……大きな変化を生むだろう。


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