SUSANOWO麻雀紀行   作:Soul Pride

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「ようこそ──東征大学付属震洋高校、麻雀部へ!」

 

 白糸台、姫松、千里山の女子たちが麻雀部校舎に着くと、そこで足が止まった。

 麻雀部校舎前に、ずらりと並ぶ511人の精鋭の部員たち。その先頭に立つのは、麻雀部部長兼監督、修羅道の統率者──弘世命。

 身にまとったレディース物の黒いスーツが、下手な大人の女より似合っているが──これでも高校生の男である。

 恥じらいもなく堂々としており、男なんじゃないのかと言及する方が恥ずかしく思えてしまうほどに。

 

「東京、大阪からお越しになられた、白糸台、姫松、千里山の皆様を、我々は歓迎します」

 

 良く通る、舞台役者のような凛とした声。それがこの場の全員の耳に届いており、彼の一言一言が忘れそうにない。

 なるほど、全国最強を統べてきた魅力(カリスマ)が確かに備わっている。それを歓迎された方は肌で感じている。

 

「目前に迫ったインターハイに向けて、この合同練習が全員にとって良い刺激になると願います」

 

 命が右手を軽く上げると、全部員がザッ、と足並みを揃えて気を付けの姿勢。

 その統率力、まるで軍隊。そして誰も彼もが、弘世命が頂点(トップ)だと認めている。

 全国から選り抜かれて来た麻雀のトップエリートたち、個性も我も実力も超一流の彼らが、弘世命こそが最強だと信望している。

 

「今日と明日の二日間、よろしくおねがいします!」

『よろしくおねがいします!!』

 

 一斉の礼。ビリビリと響く、五百人以上の大音声。一人一人が全力で、さらにそれに気迫すら声に乗せている。

 圧倒される。ただ目の前で挨拶を述べられただけだというのに、女子部員たちはビビらされている。

 大人である雅枝と郁乃でさえ、気を張っていなければ一歩引きそうなほどに。

 

『よ、よろしくお願いします』

 

 彼女たちも、礼を返した。意図せず、学校の垣根さえ超えて、揃えて言わされた(●●●●●)

 彼らがそうさせたのだ。貴様ら、俺たちには足元すら及ばないのだから、足並みくらい揃えて貰わないと話にならないだろう、と。

 彼女らもまた、超一流ではある。実力もあるし、個性も強い。元々持っていた才能という点で言えば、彼らと大差はないのだ。むしろ、その点においては彼女らの方が勝っている。

 彼らと彼女らの大き過ぎる差を生んだのは、潜り抜けた練習密度。ただ単に練習を量をこなすのではなく質に特化し、休まず鍛え続けた彼らは例外なく強い。凡愚を生まない、徹底された精鋭主義。全員が最強で、全員が一軍相当の実力者のみが揃っている。

 そして何よりも。他の何物全てと隔てたのは。才能とは、いくらでも後付がきくことを知っていたことだった。

 卓を囲まずに感じさせた、ここまでの戦力差。一度ここに来て大敗を喫し、力を蓄えてリベンジを誓った者もいたが……そんな気概は此処でへし折られる。

 学校が違うとか、インターハイで将来的にぶつかる相手だとか、そうも言っていられない。力を合わせなければ、ここで潰される(●●●●)

 生き残る。ただ、その一点にのみ目的は集中する。

 正しく地獄。正しく修羅道。この者どもは、正しく麻雀の鬼だ。

 

「では、こちらへどうぞ。移動でお疲れの方は休憩室へ。すぐにでも対局をしたいという方は私が案内します」

 

 十戒の伝説の如く、511人の生徒の列が左右に開き、彼女たちを校舎内へと案内する。

 校舎の入り口が、地獄の門に女子たちは見えた。

 

 

 

 

 

「おーおー、命のヤツいじめてんなぁ。女の子相手だからって、容赦なしか」

「名物みたいなもんだからな、ここの」

 

 東征大麻雀部名物、部員全員による歓迎(おどし)。校舎前で起きたそれを、信一と蘇芳は屋上から眺めていた。

 二人とも朝食としてカップスープを啜ながら、校舎へ入ってくる女子たちを俯瞰している。

 

「命の姉ちゃんだっけ、あの白糸台の。似てるなぁ……」

「二卵性にも関わらずあの似ようはな。姉妹って言っても通用するし」

「けど、心なしか命の方が美人に見えるのは何でだ?」

「……お前、そっちの趣味か……」

「やーめーろーよー。俺は普通に可愛い女の子が好きなんだってー!」

 

 蘇芳の言葉に信一は一歩間ほど距離を置いた。女性の好みの守備範囲が広いのは知っていたが、まさが男までいけるのではと一瞬思ってしまった。

 男神蘇芳の好みは、自分より小さい女性。二メートルを超える長身のこの男にしてみれば、ほとんどの女性が恋愛対象に当てはまる。

 

「信一、蘇芳」

「ん」

「おお、治也(ハル)。久しぶり」

「……お前、この前のゴールデンウィークに来たばかりだろう」

 

 彼ら二人に、治也と京太郎が傍に寄ってくる。

 蘇芳を初対面の京太郎は、彼を見て思わず『デカッ』と口を漏らす。

 着崩して纏う姫松の男子制服は、彼のために用意されたオーダーメイド。仕様外のサイズのために、業者へ直接注文して作られたものだ。

 ワイシャツの下の黒のタンクトップに、高価(たか)そうな金のロケットを首から掛けて良く映えている。

 右手首には銀のリングがあり、左手首には宝石が散りばめられたブランド物の高級腕時計。

 髪は栗色に染まっているのをストレートパーマをかけているようで、それを前髪が目を半分隠すくらいに、後ろ髪が肩にかかるくらいに無造作に伸ばしている。

 とても高校生には見えず、いいとこ大学生のチンピラやホストといった風貌であった。

 

「お前さんが、須賀京太郎かい?」

「は、はい!」

「そうビビんな。姫松二年、男神蘇芳だ。コイツらの同期でもある」

 

 同期と聞いて、彼もあのインターミドルの決勝卓の一人であると京太郎は悟った。

 つまり、自分を探してきた者たちの最後の一人。

 男神蘇芳……歩く『奇跡』と称えられた男。

 どういう麻雀をするのか、どんな人物なのか、京太郎は知らない。だが、そう呼ばれるほどの説得力を何もせずに感じさせた。

 まず、発しているオーラが根本から違う。自然体にも関わらず、この男は信頼と尊敬に値するという雰囲気を醸し出している。

 生まれが違う。育ち方が違う。高貴な生まれの人物を京太郎は知らないが、彼もまたそれに属する人種なのだろうと察した。

 タイプとしては、治也と逆……つまり、自分と似たタイプ。京太郎は、彼と自分がどこか似通っていると……直感的に感じ取った。

 

「……ほう」

「な、何ですか」

「俺にここまで似たヤツがいるってのも、初めて見たからな。つい」

 

 笑いが零れた、と彼は微笑んだ。

 同じことを、京太郎と蘇芳は考えていた。

 見ただけでわかってしまう同類同士の共感(シンパシー)

 

「麻雀が、好きなんだな」

「はい!」

「俺もだ。蘇芳って呼べ、俺も京太郎(キョウ)って呼ぶ」

「はい、蘇芳先輩」

 

 偉大な先輩に、一目で認められた。名前で呼び、呼ばれるほどに。

 それが嬉しくて、京太郎はガッツポーズをした。

 

「ちょいちょいちょい、ちょっと待て京太郎」

「?どうかしましたか、佐河先輩」

「ソレ!何でコイツには名前呼びで俺は苗字!?一番付き合い長いの俺だろ!」

 

 あ、と京太郎は気付いた。

 未だに信一に対しては苗字で呼んでいた。というより、名前で呼ぶタイミングを逸したというべきか。

 同じ高校で、一番最初に出逢い、ここにいるきっかけになった人だというのに、まだ苗字呼びであるのは少しおかしい話だ。

 

「ハッ」

「……おう、コラ。蘇芳テメェ、何だその勝ち誇った面は」

「べっつにー。先輩のクセに人望もねえんじゃオシマイだなーって」

「あん?人望の無さなら似たようなもんだろうが。テメェのせいで姫松の男子部員が残らず退部したんだろ」

「お前こそ、フェレッターズじゃお前ハブられてんだろーが。悲しいな、いくら実力があってもプロに上がれねえようじゃ、クソだな」

「不和を呼ぶからって命に東征大に入学拒否られたテメェに言われたくねえ。……ああ、お前のオツムじゃいくら推薦でも学科試験で無理か」

「テメェが言えた口か、オラ」

「俺の偏差値教えてやろうか」

「言ってることがズレてんだよ、ボッチが」

 

 信一と蘇芳、二人の悪口の応酬と共に睨み合いが続いている。

 ビリビリと、ただ睨み合っているだけなのに空気が震えている。

 視線に物理的な質量があるかのよう。何も動いているわけではないのに、屋上のコンクリートの地面がひび割れた音が響くのを京太郎は確かに聞いた。

 

「ケリ、つけてやる。卓につけシン、三連敗しても懲りてねえようだからよ」

「いつの話してんだ?忘れちまったよ、そんなこと」

「バカはすぐ忘れる」

「バカはすぐ付け上がる」

 

 くくく、とどちらからともなく笑い声が漏れ出す。

 俺がコイツをぶっ倒す。自分が負けるなどと、微塵たりとも思っていない。例えそれが、力を認め合った親友で宿敵同士であったとしても。

 自分こそが最強。彼ら二人は、その揺れない自負がある。誰であろうとも、どんな相手だろうと勝つという気概を忘れていない。

 共に真剣で、共に本気。何一つとして、譲る気は全くない。

 

「は、治也さん……止めなくていいんですか?」

「いつもの事だ。勝手に始まって勝手に終わる」

 

 その光景を見慣れた治也は、また始まったとどこ吹く風だ。

 蘇芳と信一。共に、中学時代ではインターミドルで一位と二位を独占してきた二人。共に同じ時代に生まれ、そして同学年に生まれてしまった怪物と奇跡。彼ら四人の中でも、特に因縁深い関係で結ばれている。

 四人の中で、一番仲がいいのはあの二人である。そして、同時に最も喧嘩の多かったのも彼らだ。

 親友同士とされる四人の中でも、対抗心を忘れなかった二人だ。宿敵同士とされる四人の中でも、友情を無くさなかった二人だ。

 付き合いの長い治也にしてみれば、これは彼ら二人の交友の儀式だ。故に、何も心配はいらない。

 

「「トバす」」

「何がトバすですか、このおバカども」

 

 ふと、気が付く第三者の声。

 二人がその声の方へと向くと、そこには命と雅枝が笑顔で佇んでいた。

 顔は笑っている。笑ってはいるが、それは決して好ましい反応ではないのはわかりきっている。

 

「一応、あなたたちも来賓なんですから。勝手に部の物を使われたくありません」

「い、いや、命……そこはどうか……」

「ここは、私たちの城なんですけど」

「……はい、わかりました命さん」

 

 信一はがっくりと頷いて、先ほどまで見せていた闘志も霧散していった。

 笑顔の中に地が混じっていた。彼もまた、来客がいるので気が張っているのだ。

 この東征大では、命が法である。下手に逆らうと、痛いしっぺ返しを食らうのは目に見えていた。

 

「さぁて、蘇芳。私もじっくり、おまんに聞きたいことが仰山あるなぁ」

「は、ハァ?ちょっと待て雅枝……!俺、なんも悪いことしてねえって……」

「呼び捨て、すんな」

「は、はい……」

 

 蘇芳は、愛宕雅枝には敵わない。

 古い付き合いなせいか、傍若無人な蘇芳でもどうもこの人には頭が上がらずにいる。

 まさに、天敵と言ってもいい存在だ。

 

「言ったろ。勝手に始まって勝手に終わるって」

「は、ははは」

 

 京太郎はその光景に苦笑する。もう、どう反応すればいいかわからない。

 命に威圧される信一も、美人なお姉さんに耳を引っ張られて連れられていく蘇芳も、さっきまでの剣呑な雰囲気は微塵も感じられない。

 目まぐるしく変わっていく空気の変遷に、とてもではないがついていけなかった。

 

 

 

 

 

「────京、ちゃん……?」

 

 ……ふと、懐かしい声を聴いた。

 その呼び方で自分を呼ぶのは、京太郎は二人しか知らない。

 一人は言うまでもなく、幼馴染の宮永咲。

 そしてもう一人。その咲の姉にして、現在の全国最強の女子高校生。

 

「──照、さん……」

 

 ──宮永照に、他ならない。

 

 

 

 

 

 因縁は、複雑に絡み合う。

 宿命は、でたらめに結びつく。

 運命は、歯車の如く回り続ける。

 この蠱毒の中で。この修羅道の中で。

 ──少年少女たちは、心を狂わせていく。


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