SUSANOWO麻雀紀行   作:Soul Pride

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「あっはっはっは!開幕地和とか!まるで俺や蘇芳みてぇだ!」

「いや、凄いな千里山の。正直舐めてた」

「まあ、麻雀ですし。こういうこともありますか」

 

 信一、治也、命は一階ロビーの観戦室のプロジェクターに映る、江口セーラの地和を素直に賞賛した。

 麻雀だから、こういうこともある。どんなに低い確率であろうとも、ゼロでなければ起こりえる現象だ。故に、納得している。

 彼らの対局は、予選と同じ設備で観戦している。防音・防電波が徹底され、彼らの様子は四方のカメラが捉えている。

 このロビーには、彼らの他にも三校の生徒や関係者がいる。

 出鼻からの地和で、この場は今騒然としている。

 喜ぶ者、呆気にとられるもの、愕然とするもの、心配をするもの……様々な反応が入り混じっている。

 蘇芳は今、所属している学校の姫松の生徒たちが固まっているところにいた。

 

「……あー、なるほど。目じゃねえな、あの三人じゃ」

「おいおい。女子のトップレベルだぞあの三人は。そんなに出来るのか、お前らのお気に入りは」

「浬。面白い麻雀が視れっから、目ぇ離すな。京太郎(キョウ)のヤツ、試せることは全部試す気でいる」

 

 ケラケラと笑う蘇芳は、隣にいる浬にスクリーンから目を離さないことを忠告した。

 同類故に、察知できた。京太郎が何をしようとしているのかを。その真意も読めた。

 京太郎は知りたいのだ。彼女たちの位置と、自分がいる場所を。女子最高レベルを相手にどこまでやれるのか、どこまで好き放題が出来るのかを。

 京太郎にとってみれば、これは勝負ではなく確認作業だ。

 

「試せること?どんなだよ」

「……そうだな」

 

 スクリーンに映る彼らをじっと見て、蘇芳は呟いた。

 

「──あと二回くらい、地和出るんじゃね?」

 

 

 

 

 

「で、出鼻地和とか……無茶苦茶やん……!」

「ウチやって、信じられへん!け、けど、出てもうたんやから仕方ないやん……」

 

 アクシデントに等しい、初っ端の地和。麻雀歴の長い彼女らにとっても初めてな極めて異常な出来事だ。

 この突如訪れた幸運に、江口セーラは戸惑いを隠せない。

 しかし、この舞い込んできた運、モノにしないわけにはいかない。

 必死に落ち着きさを取り戻そうとする。次は、自分が親なのだから。

 

「麻雀だから、こういうこともあるか」

「……!」

 

 京太郎は平静を保っている。これくらい起きる、起きて当たり前と、まるで動じていない。

 一方の照は、この起きている光景に瞠目している。場にある、地和の現実ではなく、彼女だけが感じ取れる感覚が、まるでないことに。

 

「どうかしましたか、照さん?」

「う、ううん……なんでもない」

 

 ──鏡が、使えない。

 彼ら三人の本質に、迫ることが出来ない。

 宮永照は、東一局は見に回る。ただ、相手を見るのではなく、相手の内にある根幹を『鏡』で覗き見る。

 開幕地和という思わぬ役が出てきて、見る時間はとても少なかった。しかし、もう一局見に費やせばいいだけの話だった。

 しかし今、彼女は『鏡』を使うことが出来なくなっていた。まるで自分の内にあるものを抉り取られたかのように喪失しているような……。

 

「お二人も、珍しい役が出てきて驚く気持ちは分かりますが、そろそろ再開しましょうか」

「せ、せやな」

「い、一年が仕切んな」

 

 気を取り直して続く、東二局0本場。親は江口セーラ。

 ドラは{東}、セーラの一打で対局は再開する。

 ──だが、再び次のツモ番の洋榎で止まる。

 

「……なぁ、これは一体何の冗談や」

 

 目を擦って、今見ている物が本物であることを確かめる。

 自分の視力は良好である。妹のように眼鏡を必要とするほど低下してはいない。

 

「どしたん?」

「いや、なあ…………」

 

 震える声と手で、牌を倒す。

 

 {7}{7}{6}{6}{南}{南}{中}{中}{⑥}{⑥}{三}{三}{白} {白}

 

「地和、8000と16000……夢なら覚めて欲しいんやけど……」

 

 ──二度目の地和、炸裂。

 

 

 

 

 

『──はああああああああああ!!?』

 

 ロビーに響く、婦女子たちの絶叫。

 連続しての、二度目の地和。一度目の興奮が冷めぬ内に続いたコレだ。驚くなと言う方が無茶だろう。

 

「い、いやいやいや……」

「出来過ぎ……いくらなんでも、偶然にしては……!」

「詰み込み……は、あらへんな。自動卓で」

「せやけどコレはさすがに……」

 

 この偶然というには出来過ぎた光景。しかし、出来過ぎだからこそ見えるものがある。

 理を見ることが出来る者たち。見えぬモノを視ることが出来る者たち。不条理を条理に変えることが出来る者たち。そういう視点から眺めることが出来る者たちにとってみれば、この地和の連続は偶然ではないと断言できた。

 彼らは蘇芳に続いて、京太郎の真意を見破る。

 

「……えっげつねぇことすんな。京太郎のヤツ……」

 

 地和を出したセーラでも洋榎でもなく、京太郎がえげつないと信一は言った。

 二度も続けば、確信する。あの場を支配しているのは間違いなく京太郎で、あの地和は京太郎が出させたものだ。

 力を発揮させるための代償。それが地和という形として顕在した。

 

「命。アレはお前も出来るだろう。お前ならどれほどの縛り(●●)をかければ可能だ?」

「……一応は、全力でかかればノーリスクで出来る。だけど須賀くんも、中々残酷なことをするわ」

「ドSのお前にそこまで言わせるか」

 

 余計な言葉を吐いた信一の脛を、命は無言で蹴った。

 痛がる信一を無視し、彼らはスクリーンを注視する。

 

「下手したら辞めるな……麻雀」

 

 ──治也のこぼした言葉に、命も頷いた。

 彼女たち三人の内、誰かが麻雀を辞めたくなるほどの傷を負う。

 それをわかっていながら、京太郎は打っているのだろうか。

 

「────あなたまで、悪鬼に堕ちる必要はないのですよ……須賀くん」

 

 

 

 

 

「な?言ったろ、地和また出るって」

「……お前らと関わると、麻雀が麻雀でなくなっていく気がするぞ」

 

 この後輩たちと関わっていくと、自分の中の麻雀観が壊れていきそうになる。

 信一も命も、治也も蘇芳も大概であると浬は頭を抱えている。さらにまた一人、頭を抱えさせる原因が増えようとしている。

 天才、魔物と呼ばれる者たちと打ったことはある。時には自分がそう言われたこともあった。だが自分やどんな化物であろうとも、彼らのような突出したキワモノにはどうしても見劣りしている。

 

「何言ってんだ。アレも麻雀だろ」

「地和が連続して出る麻雀は麻雀とは言わん」

 

 とぼけた顔で当たり前のことのように言う蘇芳に、浬は力が抜けていく。

 正直、同じチームにいる治也で精一杯だった。将来、命も信一も蘇芳もプロの世界に入ってくるのは簡単に予想出来た。そして容易く、世界のトップフォーを独占してしまう。

 浬もまだ、若手と呼ばれる年齢でキャリアも薄い。プロの世界にいた時間では、治也にすら劣る。活動の場所を日本ではなく世界を選んだのも治也から逃げたようなもの。お陰で世界ランク9位という地位に今立っているが、彼にしてみれば誇れるものではなかった。

 後輩を畏れる男子プロ、滑稽だと自嘲する。

 彼らがプロになった時、自分は引退する。貯蓄した金で、細々と生活すると決意を固めていた。

 

「……で、今度はあの須賀くんが地和をあがんのか?順番的によ」

「タコ、そうやったらチャンプが飛んじまうだろうが。そんなつまんねぇことキョウはしねぇよ」

「いや、あのチャンプが飛ぶって相当だぞ」

 

 女子高生チャンピオン、宮永照は間違いなく化物だと浬は認めている。アマチュアでそこまで強い高校生は東征大の生徒以外いない。

 その照が飛ぶ。地和の連続という異常事態もあってか、彼女の点棒はたったリーチ棒一本という状況に置かれている。

 しかも彼女の様子がどこかおかしい。

 対局の様子を見たことがあるが、彼女の闘牌は鬼気迫るものを感じた。

 だが、今の彼女は……どこにでもいるただの少女、か弱い小動物のようにしか見えない。

 まるで脅威に感じない。スクリーン越しとはいえ、こうも何も感じられないのは異常だった。

 

「蘇芳、アンタどっちの味方なん?」

 

 蘇芳にそう言ったのは、今打っている洋榎の妹の絹恵。後ろでプロと親しく話している幼馴染は、まるで姉を応援しているようには見えない。それどころかあの初心者だという須賀京太郎を贔屓にしている。

 さすがにそれは薄情が過ぎるのではないか。姫松に属しているのなら、姉を応援するのが筋というのではないだろうか。

 

「は?何で。間違ってもキョウが負けてみろ、郁乃の言いなり通りに俺は団体戦に出なきゃいけねえじゃねえか」

「ええやん、出たら。アベック優勝とか素敵やん」

 

 女子で優勝し、男子でも優勝。姫松が名実ともに全国最強に輝くのが、絹恵の描く理想図だ。

 流石に夢見がちだと自分でも思っているが、尊敬する姉と滅茶苦茶強い幼馴染ならそれくらいは出来ると彼女は信じている。

 

「ぜってーヤダ」

 

 この野郎のワガママも相変わらずだと、絹恵は嘆息する。

 いつもそうだった。麻雀が凄まじいほどに強いのに、本気じゃない。本気になれない。自分と姉と母で打っていた昔も、加減をして打っていた。それを知らない彼女たちじゃない。

 本気を出せと、姉と母が何度も言っていた。身近な間柄であろうとも、真剣勝負。手を抜かれる筋合いはなかった。

 それでも頑なに、蘇芳は自分の全力を封じていた。

 彼女たちが蘇芳の全力の程を知ったのが、初めてのインターミドル。あの三人に出逢って、やっと本気に蘇芳はなれた。

 その時、彼女たちは理解させられた。蘇芳の全力は、自分たちとは世界が違うのだと。

 気を使われるほど、弱い自分たちが悪いのだと。そう、納得させられた。

 

「つか、優勝出来る気でいんのかよ」

「当たり前やん!出るからにはてっぺん獲るもんや!」

「……お前、洋榎(ヒロ)に似てきたな……」

「いやん、そんなの照れるやん」

「欠片も褒めてねぇぞ。絹恵(キヌ)、お前はアレに似んな。折角雅枝に似て美人さんになったんだから、性格がああなったら男も寄り付かんぞ。お淑やかにしろとは言わないからよ」

「余計なお世話や!」

 

 後ろに座っているのが恨めしい。前に座っていたら後ろから蹴り飛ばしていたというのに。

 褒めているのか、けなしているのか、どっちかにして欲しい。

 美人と言ってくれるのは嬉しいが、後半が余計過ぎて褒められた気がしない。

 

「……けど、ま。結果如何じゃ、マジで優勝出来る可能性が増すこともあり得るぞ」

「ほんま!?けど、何で?」

 

 目の前の練習試合が、どうして本番(インターハイ)で優勝出来る理由になり得るのだろうかと、絹恵は問う。

 

「この練習試合が、全国最強の引退試合になりかねない。そう言ってんの」

 

 

 

 

 

 東三局0本場、親は愛宕洋榎。

 地和だけで動く異様異常な場。偶然と決めつけるにはおかしい。二度あることは三度ある、そう洋榎は思っている。

 まるでここだけが、別の法則が適用されているような……そんな錯覚さえ感じている。

 ひどく、息苦しい。点棒はトップだというのに、優位に立っている気がまるでしない。

 眉唾なオカルトだが、存在自体がオカルトな幼馴染(すおう)がいることから、この直感は信憑性が高い。

 

(点がどうこういうんより、これは……!)

 

 何とかしなきゃ、いけない流れだ。

 点棒以上に、大事なものを握られている。オカルトには疎く鈍い彼女であっても、それは理解している。

 ならば鳴く、すぐ鳴く。鳴いて、少しでも流れを変えていく。

 後先考えるな。点棒を取られたっていい。この状態でいるよりは、ずっと良い。

 

 

 

 

 

 {⑥}{⑥}{7}{7}{7}{②}{②}{②}{④}{④}{④}{八}{二} {⑥}

 

 

 

 

 

(──なんっっでやねんっっ!?)

 

 配牌で、まさかの四暗刻単騎聴牌。思わず卓に握りこぶしを振り下ろしそうになったが、寸でのところで踏みとどまった。

 地和をあがって、流れが向いているというのかと洋榎は思ったが、余りにもこれは出来過ぎていた。

 これは、流れに乗っているのではなく、乗せられている(●●●●●●●)

 まるで釈迦の手のひらの孫悟空のような……今起きている現象全てが、誰かの予定通りに動いているかのように洋榎は考えていた。

 

(……まさか、コイツが!?)

 

 東征大の預かり、無名の初心者、弘世命の弟子、このエキシビジョンの原因……そして、あのインターミドル決勝卓のメンバーたちのお気に入り。この卓で、一番正体が掴めないイレギュラー。

 須賀京太郎、確かそんな名前だったと記憶している。

 点棒も9000点の三着。トップとの差は四万点と圧倒的。だが、まるで追い詰められているように見えない。

 不気味で、一等気持ちが悪い。麻雀をして、こんな気分になったのは洋榎は初めてだった。

 

(……コレ、わざとチョンボして流すのが最良かもしれへん)

 

 わざと反則をして、親を継続。それもまた、戦略だ。

 しかし、12000の支払いは痛い。この異常な場であろうとも、相手は全国トップレベルの打ち手が二人。洋榎であろうとも、この二人を相手にしていたずらに点を失うのは手痛い。

 しかもそれは逃げだ。この場、この空気に、屈したのだと認めるようなものだった。

 たとえ乗せられたとしても、そんな麻雀を、打つわけにはいかない。そんな麻雀を、打ちたくない。

 ──そんな麻雀は、愛宕洋榎は決して打たない!

 

「しゃあっ!」

 

 気合一閃、{二}を強打。

 退かない、逃げない。これが愛宕洋榎だ。釈迦を気取っているつもりなら、その喉元に遠慮なく喰らいつく。

 手玉にとれるというのなら、取って見ろ。自分は変わらず、攻めるだけだ。

 ギンと、京太郎を睨む。順番的に見れば、次に地和をあがっても不思議じゃない。

 睨んでいたのは、洋榎だけではなかった。セーラも、照も、京太郎を見ていた。

 

「何なんですか、みなさん」

「いんや、この雰囲気からして、次はアンタが上がるんやないかなーと」

 

 この異常な場は、何が起きても不思議じゃない。それを引き起こしているだろう本人であるのなら、猶更。

 

「そんなバカな」

 

 京太郎は呆れながら、ツモ切りする。打牌は洋榎と同じく{二}。

 

「ここで俺が上がったら、照さんが飛んで終わっちゃうじゃないですか。もうちょっと長く楽しみたいですよ、俺は」

「その気になれば、上がれるような言い方やな」

「何が起こっても不思議じゃありませんよ。ただ……」

 

 次のツモ番の照が、ツモった牌を見て、思わず手から放してしまう。

 それが手牌に落ち、牌同士が微妙にくっついていたせいかドミノのように崩れるように倒れ、一気に手牌が露わになる。

 

「──今上がるのは、俺じゃない」

 

 {発}

 

 {2}{2}{3}{3}{4}{4}{6}{6}{8}{8}{8}{発}{発}

 

「──ねぇ、照さん」

 

 

 

 

 

『……………………!』

 

 ロビーに走るのは、悍ましいまでの戦慄。背骨の代わりに氷柱が刺さったかのような怖気と寒気が、全員を支配している。

 三連続地和。そんなものを目撃してしまった彼女たちは、明日自分は死んでしまうのではないかという言い知れない不安と恐怖に駆られた。

 悲鳴を上げることすらできない。心の弱いものは、吐き気すらこみあげてくる。

 

「……あーあ。加減を知らないからあーなっちゃった」

「むしろ、加減をする気がまるで見られないな」

「今出せる全力を知りたいって感じかな。彼女たちには酷なことをしたかも」

 

 偶然の恐怖。傍から見れば、初心者の京太郎がそれを起こしているなどとは決して思っていないだろう。

 

「命っ!!」

 

 一人、命の方へと女子が駆けて来る。

 その容貌、その容姿、まるで命の生き写しの如く。否、彼女の生き写しが命だと言うべきなのが正しいだろう。彼らを見分ける術は、スーツか制服かを服装を見るしかないほどに。

 弘世菫。弘世命の双子の姉であり、白糸台麻雀部の部長して次鋒。

 姉弟揃って名門校の麻雀部の部長をしているのは……似た者同士というべきなのだろうか。

 

「お前の仕業だろう、あの地和は!」

「落ち着きなさい、菫。あんなものはただの偶然です。普通は意図してあんなことが出来るわけがないでしょう?」

「お前らは普通じゃない!あんなことが出来るのはお前くらいしかいないんだ……!あの男子に何を吹き込んだ!?」

「何も言ってませんよ。それに、須賀くんは最も不利な状況じゃないですか。地和に目がくらんで、重要なことが良く視えていませんよ」

 

 地和の連続で8000点ずつ削られ、今の京太郎の点棒はたったの1000点。他の三人は33000点で並んでいる。

 確かに絶望的。逆転は非常に難しいと言わざるを得ない。

 客観的に見れば、彼は非常に不運なのだろう。事故のような役満を三連続も喰らい、首の皮一枚で繋がっているようなものなのだから。

 

「……あの顔が、追い詰められているという感じか!?」

 

 スクリーンに映る京太郎の顔は、まるで動じていない。それくらいは、菫にもわかる。

 むしろ、彼があの地和を引き起こしたという方がまだ納得できるくらいに。

 

「諦めが悪いんですよ、彼。それも物凄く」

「だから何だと……」

「彼は本当に初心者です。けど、あの麻雀への執着心と勝ちへの渇望は、私すらも上回ります。ここの部員に、勝ち星を挙げるほどにね」

「……!?」

 

 東征大部員に、他校の生徒が勝ち星を挙げる。その意味を、十分に菫は理解している。

 『修羅』弘世命が率いる東征大の雀鬼ども。彼が入学してから、他校の生徒に敗北した記録はたった二つしか残されていなかった。

 一つは『奇跡』男神蘇芳、そしてもう一つは『怪物』佐河信一。この両名のみだけである。

 すなわち、須賀京太郎とは。東征大の雀鬼や、あの際物たちに並ぶほどの実力を備えているということだ。

 

「何が……初心者だ!そんな初心者があり得るか!」

「菫。あなた、本当に物が見えていないのね。麻雀の本質を、ずっと前に教えたはずでしょう」

 

 出来の悪い子を、諭すように。慈しむように。命は、彼女にこう告げた。

 命が修羅に堕ちたのだと、悟らせた言葉。あの時から、彼は何一つとして変わっていない。

 

「麻雀の本質は、十割運です。運を操ることが出来ないものが、麻雀に勝てるわけがないでしょう?」

 

 ──麻雀はいつだって理不尽で、いつだって平等。それに尽きるのだから。

 

 

 

 

 

「さて、俺の親番です」

 

 賽を、回す。京太郎の親番、東四局の開幕。

 点数は残り1000点──やろうと思ったら、本当に出来てしまった。

 

(最初は、冗談かと思ったけどさ……)

 

 この部屋に来た彼女らからは、ほとんど脅威だと感じられなかった。

 東征大の部員たちのような、ビリビリと痺れるものが……まるでない。同卓しているだけで、刃物を突き付けられるようなオーラが、皆無なのだ。

 爪を隠しているのかと思っていた。強い者……信一や命は、そういう強者としてのオーラを自在に隠すことができたのだから。

 だからこの親番が来るまで、彼は彼女たちを試した。自分の支配領域が、どこまで広げられるのかを。

 

(結果、こうなったってわけか)

 

 思惑通りに、地和が三回続くという異常事態が起きた。

 オカルト──命にしてみれば語弊があるかもしれないが──を存分に使えば、彼女たちが何らかのリアクションをしてくれるはずだと、京太郎は期待した。

 だが、結局は反応なし。全力で使ってみても、支配を広げて抗う様子は皆無。こんなものなのかと、首を傾げた。

 地和は所詮、ある力を使うための代償。今の京太郎では、それくらいの失点リスクを負わなければ背負いきれない能力だった。

 

(一応、女子の最高レベル……なんだよな?)

 

 京太郎は彼女たちを、決して甘く見ていない。むしろ、全身全霊で向かっている。

 女子の全国レベル。それはすなわち、東征大レベルと同じなのだ……そう、京太郎は思い込んでいる。

 京太郎にしてみれば、肩すかしをくらった気分ではある。

 

「ま、いっか」

「何がいいかやねん。もう、負けを認めるんか?」

「まさか。まだ千点も残ってるじゃないですか」

 

 マイナスにならない限り、麻雀は続く。続けられる。逆転の目など、いくらでも得られる。

 だからこそ、麻雀は面白い。

 

「とはいえ、もう地和は続きませんようにっと」

 

 そう言いながら打牌したのは{5}。いきなり中張牌のど真ん中を切ってきた。

 

「……リーチ」

 

 {横北}

 

 そして次の番の照が、いきなりのダブルリーチ。

 

「……勢いは残っとるいうことか。オレもリーチや」

 

 {横西}

 

「まだ千点棒あるやなくて、もう千点棒しかない言うべきやなルーキー。リーチや」

 

 {横西}

 

 続くセーラ、洋榎もダブルリーチ。

 三家連続のダブルリーチ。千点のみの京太郎にとっては、絶体絶命の危機。

 放銃したらトビ、ツモでも飛ぶ可能性が非常に高い。常人がこの状況に立たされたら、目の前が真っ暗になってもおかしくないほどに。

 

(……本当、期待通りに動いてくれる)

 

 だが、京太郎は一切動じていない。こうなることを、望んでいたかのように。

 そして少しだけ、彼女たちに失望していた。もうこの三人は、目先の点棒しか見ていない。誰が速く京太郎をトバして終わらせ、自分がトップに立つのか。それしか頭の中にないことに。

 餌を出したら、素直に食いついてくる。まるで、ニンジンを吊るした馬のように。

 

「そう言えば、四家立直の流局って採用されてましたっけ?」

「おいおい、千点しかあらへんのに。止めとけ、すっからかんになるで」

「いいから」

「……採用はされとる」

「そうですか。じゃ、一発消しのカン」

 

 {裏}{8}{8}{裏}

 

 暗槓。リーチされている状態でのカンは、危険度を高める。特に、僅かな点棒しかない京太郎には殊更だ。

 しかし、この{8}のカンだけはそうではないと、京太郎は確信している。

 

(んな……っ!?)

 

 洋榎:{①}{②}{③}{東}{東}{⑨}{⑧}{⑦}{1}{1}{1}{7}{9}

 

(こりゃ……!)

 

 セーラ:{一}{一}{一}{二}{二}{二}{三}{三}{三}{7}{9}{東}{東}

 

(何を……!)

 

 照:{白}{白}{白}{南}{南}{南}{④}{⑤}{⑥}{発}{発}{7}{9}

 

 ──全員が、{8}のカンチャン待ち。

 たった一鳴きで、上がりを完全に封殺された。

 

「……お、ラッキー。嶺上牌でリーチが出来たっと」

 

 {横⑨}

 

「これで四家立直で流局、点棒もすっからかん。だけど──」

 

 ──これで全ての準備が整った。

 

「陣は、張った。身軽になった。手元に残っているのは牌のみ……条件は全部クリアした」

 

 危機的状況から逸したものの、点棒はゼロ。何も残っていない。ゴミ手やノーテン罰府で即終了だ。

 それでも、今の京太郎は、とても清々しい気分でいられた。何も持っていない、身軽な体。こんなにも心地よく、そして万能感に溢れるものはない。

 ここからの自分は、自分でも止められないほどに最強だ。

 彼女たちに、止めてくれなどとは言わない。それは余りにも酷で荷が重すぎるだろうから。

 

「──一本場、いこうか」

 

 ──これより、虐殺に入る。


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