SUSANOWO麻雀紀行   作:Soul Pride

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時系列としては、藤田プロ対局後と予選前合宿の間です。


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「っつーわけで。京太郎を借りるぞ、インハイ予選まで」

「却下」

 

 清澄高校麻雀部。現在の部員数は六名と小規模で、内四名は一年生と半分以上が今年度の新入部員が占められている。

 その部長にしてこの高校の学生議会の議長、三年生の竹井久は不機嫌な顔を隠さないで……この部の部外者である佐河信一の要求を突っぱねた。

 

「いいじゃんか竹井ちゃん。京太郎にゃ素質がある、今年から個人でインハイ出るのは楽勝だぜ」

「アンタに任せるのが論外って言ってるのよ」

 

 久からの信用はゼロ、むしろマイナスと言っていいほどだった。大事な部員を、この男に任せられない。

 この冷めた対応に、信一はやれやれと肩をすくめる。

 

「染谷ちゃん、俺そんなに信用ねえ?」

「ないじゃろ、全く」

「えー」

 

 同学年の染谷まこに擁護を求めるが、返ってくる答えは久と同じく冷ややかな物。

 どうしたものか、と考える信一が向いた先は……一年生の女子三人。

 

「てか、お前誰だじぇ」

「いきなりここへ入って来て次の言葉が須賀君を借りる、というのはいかがなものかと」

 

 片岡優希、原村和も信一に対して胡散臭い目で見ていた。

 京太郎がタコスを買いに行っている間に、信一がズカズカと部室に入って久へと投げかけた言葉が冒頭の言葉である。

 そもそも、彼女たちにしてみれば今は対局の最中であり、それを妨害されていい気分ではない。

 

「ていうか、何がっつーわけでなのよ。あんたが須賀君を引き取る理由がないじゃない」

「飼い殺ししておいて、よく言うぜお前」

「……それが理由?」

「他に何があるってんだ」

 

 バチバチと、信一と久の間に火花を散らす。

 信一は、京太郎を麻雀の面白さを伝えずに飼殺しているこの部を許せずにいる。

 久にしてみれば、いきなり自分の身内である部員を連れて行こうとする信一が気に入らない。

 

「……あ、あの、染谷先輩」

「ん、どうした咲」

「あの人って、一体誰なんですか?」

「……ああ、そっからか」

 

 いかにも不良、という格好の信一に小動物さながらの宮永咲は怯えきっていた。

 幼馴染である京太郎を悪の道に引きずり込もうとしているのではないかと、内心恐々としている。

 同学年のまこや一つ上の学年の久には、信一は清澄の不良として有名人だ。

 サボりの常習犯、真面目に授業を受けないくせにテストでは毎回トップ。格好も結果を残している故に文句を言えずにいる。

 成績優良の不良、天才肌。エリートヤンキーという死語を体現した男である。

 そして信一のもう一つの顔に関しては……特に、麻雀という競技に関わる者であれば超メジャーな人物でもある。

 

「簡潔に言えば男子個人インターミドルの準優勝者。ワシらの世代でそれがどういう意味か、和ならわかるんじゃけえの?」

「……そんなまさか、佐河信一!?」

「はぁ!?」

 

 まこのそんなヒントで、和だけでなく優希も驚愕の顔を浮かべた。顔は知らぬとも、それが誰を指しているか。どういう人なのかを当たりを着けたのだ。

 咲は未だに、首を傾げたまま。問を投げかけた本人がわからず、彼女たちがわかるとなると中学時代でのキャリアで差が表れている。

 

「えっと、私そういうの詳しくなくて……」

「そうか。まあ、二人から聞くとええ」

 

 まこも自分の口からあまり語りたくない、といった態度だった。

 思い出したくない、それは彼の麻雀を知れば誰もが同じ反応をするだろう。

 咲は和の方へ向けた。

 原村和は、他人を意識することは滅多にない。自分は自分、他人は他人と割りきっているからだ。

 その和が意識せざるを得ない相手。それは宮永咲もその一人であるが……。

 

「インターミドルの準優勝ってこと?凄い人なんだ」

「そうじゃないんだじぇ、咲ちゃん」

「インターミドル()()()()()()()()。字面だけを挙げれば、輝かしい戦績をあげてます」

 

 三度連続の全国二位。その実績に、流石の咲も息を呑む。

 中学麻雀界の魔人。その一人として、君臨をし続けてきた。

 中学から麻雀を続けてきた者であれば、女子であろうと名前を刻まれる。

 魔境。男子麻雀界とは、すなわちソレである。女子に勝るとも劣らないレベルの選手がひしめき合う、怪物たちの殿堂である。

 そのトップレベルに立ち続けた怪物中の怪物。そんな存在が、この学校にいた。

 

「……牌譜を見ればそんな気は失せますけど」

「ただいま戻りましたー、っと」

 

 ここで、京太郎がタコスの入った紙袋を持って帰ってくる。

 全員の視線が京太郎に集中する。

 この問題を引っ張ってきた原因であり、張本人である。

 

「……どうしたんですか?」

「竹井ちゃんが俺に引き取られるのが気に入らんのだと」

「アンタにちゃん呼ばわりされる覚えはないんだけど」

「黙ってろ竹井ちゃん。そもそも選択権は俺らじゃなく、京太郎にある。本人の意思を尊重しようじゃないか」

 

 その京太郎が、信一に付いていきたいと言った。麻雀で見たことのないものを見たいと願った。

 選択の意思が京太郎にあるのなら、話は既に決しているのだ。

 

「須賀君。こいつは確かに実績はあるけどね、指導者としての手腕は怪しいわよ」

「お前が言えた口かよ、テメェのことばっかり考えてるクセしてよ」

 

 ギロリと、久が睨みつけてくるが信一は柳のように受け流している。堪えた様子は全くない。

 彼女には図星をつかれた自覚があった。しかし、三年待ったのだ。最初で最後のチャンスなのだ。新人育成にかまけている暇がないのは確かなのだ。

 だからと言って京太郎を信一の手に渡すわけにはいかない。この部には圧倒的に人手が足りない。マンパワーの有無は、選手のコンディションを整えるには必要なことだ。

 京太郎の存在は、選手と同等レベルで久には欠かせないのだ。

 

「えっと、その……どうしてそんなに凄いのに麻雀部に入らなかったんですか?」

 

 咲の疑問は、そのまま解決策を導き出していた。

 信一が麻雀部に入部すれば、京太郎の指導も出来る上に久のマンパワーも解決できる。

 久と信一の不和もあるが、それは時が解決してくれるだろうと思っていた。

 

「俺、ユースチーム入ってんの。それの規定でね、アマチュアの団体に入っちゃいけねぇってのがあるんだ」

「碌に顔を見せたことないらしいじゃない。それでチームに入ってるってことなのかしらね」

「周りがアホばっかでつまんねえんだよ。誰も俺を止められねえクセに偉ぶりやがって。プロなら少しはマシだと思ってた昔の自分が腹立つ」

「なら辞めなさいよ」

高校麻雀(アマチュア)も大して変わらん。解約の違約金を払う価値はねえ。今んとこ“アイツら”以外に俺を楽しませるヤツはいねぇよ」

 

 インターミドルの二の舞だ、と信一は続ける。

 ……だからこそ、京太郎をこの手で育て上げる。労力を費やす価値が、彼にある。

 信一は……“彼ら”は、自分たちに匹敵する打ち手を求めている。彼らが京太郎の存在を知れば、信一と同じように行動して自分たちと同じ領域へと京太郎を招くに違いない。

 必要とあらば、“彼ら”の協力を仰ぐことすらいとわない気でいる。

 

「お前からも言ってくれよ京太郎。下手クソの分際で俺を飼い殺しにしようってのか、って言ってたじゃん」

「言ってませんよそんなこと!?」

 

 心外と言える爆弾発言。京太郎はそんなこと一言も言ったことはない。

 つまりこれは、信一の挑発。

 これで釣れるとは思っていない。思っていないが……。

 

「聞き捨てなりませんね」

 

 この手の挑発に、和はからっきしであった。

 一方的に弱いと断じられて黙っていられるほど、和は大人ではない。

 そしてこの男の麻雀を認めたくない。そんな感情もあった。

 

「の、和、俺そんなこと……」

「わかってます。須賀君がそんなこと言うはずはありませんから」

 

 単純に、信一に対して怒りを露にした。

 そこまで大きな口を叩けるというのなら、それに見合う実力を示せるのだろうな。

 インターミドル準優勝者。確かな実績を積んだ実力者だとは認識している。

 しかしこっちもインターミドルで優勝を飾っている。驕るつもりはなくとも、自分の力に自負がある。

 女子と男子とで麻雀のレベルが違うわけがない。十分戦えるはずだと、確信がある。

 

「……宮永さん、手伝って下さい」

「え、ええ!?」

「馬鹿にされたんですよ、私たちは。悔しくないんですか」

 

 安い挑発に乗る和に、ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべる。

 

「先輩、みんなを貶すつもりで言ったんですか?」

 

 そのつもりなら、麻雀を教えてもらうという約束も考え直す必要がある。と、京太郎は疑いの目を向けた。

 京太郎にとって、彼女たちは部活の仲間だ。馬鹿にされたら本気で怒る。

 

「悪い悪い。やっすい挑発だ。興味本意だから、それ以上も以下もない。去年の女子チャンプの実力と──」

 

 今まで隠れていた魔物の実力を知りたいだけ──。

 宮永咲。この少女もまた、京太郎と関わってこの部にやって来た。それを信一が知っているわけではないが、彼女が京太郎の引力に引き寄せられたのは間違いないと己の勘が気づいていた。

 強者は強者を引き寄せる。その原理、法則は信一は身に染みて理解している。原石の状態で、全国屈指の打ち手をこれだけ引き寄せた。研磨すれば、一体どんな輝きを放つ?底がわからない京太郎の才に喜ぶ。

 馬鹿にするつもりで言ったわけではない。どの程度なのか、単純に知りたい。興味以上の感情はない。

 

「京太郎、お前も入れ」

「えっ、俺入ったら速攻飛びますって」

「お前さんに麻雀を教えんだぞ。卓に入んなきゃどんな打ち手なのかわからんだろ」

 

 あくまで、実力を測るため。三人の力と資質を見定め、どこまで叩いて大丈夫かを観察する。

 つまり、信一は本気は出さない。

 あくまで三人は格下で、自分が格上なのだ。

 

「ちょっと待った!私抜きで話進めてんじゃないじぇ!」

「あん?」

 

 自分を無視して話を進めるこの場を、優希は許せずにいる。

 インターミドルの怪物、上等。自分の実力を試す、格好の試金石になると確信している。それをみすみす見逃したくはない。

 チラリと、信一は優希を一瞥する。

 

「なるほど」

 

 確かに才気溢れている。発展途上中であるが、このまま伸びれば十分に全国クラスへと成長を遂げるだろう器と見抜く。

 そして同時に、この部活の中での京太郎の境遇を把握する。周りが女子だけで、しかも自分だけが初心者で最弱。居心地は最悪だっただろうというのが、手に取るようにわかってしまう。

 

「京太郎、後な。三人纏めてかかってこい」

「うっし。京太郎、タコス!」

「ほらよ」

 

 学食で買ってきたタコスの入った紙袋を優希に渡す。

 京太郎の実力は今でなくとも見れる。卓の相手は雀荘でいくらでも調達できるし、今この場は自分の実力を認めさせれば納まると信一は判断した。

 実質、三対一。不利は否めない対局であるが、負けるなどとは微塵も思っていない。

 極限にまで手加減しようとも、結果は変わらない。そう本気で思っている。

 だが、あえて信一は半分程度で臨む。影も残さないほどに、消し飛ばして終わらせる。心が折れない、ギリギリの境界をつきつめる。そういう気概でいた。

 せめてこの麻雀が、京太郎の溜飲を少しでも下げてくれるならばと信一は願う。

 

「そんじゃ、やろうか」

 

 途中進行中の麻雀卓の点数をリセットし、牌を穴に落とす。

 やれやれ、と諦めた顔を浮かべたまこは席を立ち、信一に卓を譲る。

 

 ──対局、開始。

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