────八か月前、イギリス。
──戒能良子は語る。
「……神殺し……浬、どこでそれを……」
日本人にしては流暢な英語で、彼女は浬にその話の出所を問う。
それは知る者であれば門外不出の話題。特に、彼女たちのような家系にとっては、触れてはいけないものだた。
同い年のプロのホープとして、そして共に高校時代にインターハイで会ったこともあり、浬と良子は親交があった。
良子が趣味の海外旅行でヨーロッパに行った時に、浬が海外で活動していたこともあってか。偶然イギリスに居ると良子から連絡を貰い、浬も暇であったため、どうせなら茶でも飲みにいこうとなった。
そして今喫茶店で話に花を咲かせていた。仕事はどうだの、調子はどうだの、どんな強い選手と当たっただの……共にプロの雀士であるため、麻雀中心の話題が多かった。
その話題の一つとして。ヨーロッパで破竹の勢いで連勝を重ねて数々の大会で優勝を取っていく浬に、良子が彼でも敵わない相手はいるのかと質問した。
浬が敵わない相手……当然、いる。特にあの四人──男神蘇芳、能海治也、弘世命、そして佐河信一。東征大出身の彼は、東征大生の命と治也を相手にボロボロにされ、東征大に遊びに来る蘇芳と信一に手も足も出ずに負けることが常だった。
海外に居るのも、あの四人がいる日本から逃げてきたからだと、浬は言った。良子も、彼らなら仕方ないと納得している。それだけ彼らは、化け物染みているのだから。
そして、信一の話題にまつわる噂話。あの四人の中でも、信一と蘇芳のツートップは黒い噂や逸話が尽きない。ヤクザと高レートで打っただの、生命を賭けた勝負をしただのは序の口だった。
その一つが、信一の神殺し。オカルトの造詣の深い良子なら、何か知っているのではないかと浬は聞いたのだが、どうやら藪蛇な話題だったようだとすぐに後悔した。
「どこで、聞いたのですか」
じっと浬の目を見て、瞬きせずに、良子は詰め寄る。
目を逸らしても、無理矢理頬を添えて自分の方を向かせる。
鼻と鼻の距離は、数センチ。傍から見れば、キスをしようとしている若い男女にしか見えない。
近い近いと浬が言って、ようやく自分がしていることに気付いて良子は離れた。冷静な彼女が赤らめ恥じらう姿は浬にとっても良い目の保養になった。
その礼にと、話の出所を答える。同じようなタイプの治也が、そう言っていたと。
「浬。神はいると、信じていますか?」
その問いに、「祈ればいる」と浬は答える。人間の想いの力とは、強大なものを秘めているということは良く知っていた。想いの力が現実を捻じ曲げる事例を、いくつも目の当たりにしてきたのだから。
それが信仰という形となれば、それが神なのだろうと。キリスト教圏のヨーロッパでは言うのも憚れるが、神が人を創ったのではなく、人が神を創り上げたというのが正しいと浬は信じている。
神とは。いわば人の祈りの集合体。願いの結晶で、力の塊である。
「そうですね。あまり言いたくはありませんが、宗教というものは大体そういう仕組みです」
親戚に神道の家系がある良子は、その実態を語る。
そして、信一が神を殺したという話の真偽──。
「本当ですよ。というより、神が死ぬというのは祈りが消えるということですから、実際には殺したというより、調伏したというのが正しいですね」
祈りの集合体である、神。想いの力の塊たる、神。それがどれだけの力の塊であるかなど、浬には想像ができなかった。
ただ一人が、強く願うだけで現実は歪む。それは浬自身が証明し、証明されてきた。
玉石混合であるものの、数々の祈りが集まった神は、どんなに格が落ちるモノであろうとも人一人では到底背負えない力の塊に違いないというのは、浬も理解できる。
それを信一は、個人の意思の力だけで凌駕したという。まるで、意味が、わからない。
「────それを……当時五歳の子供がやってのけるんですから」
嘆息する、良子。それに浬は、呆けた声が出てしまった。
「天賦の才能は天を超えたものになった。幼くして数々の荒神、軍神、悪霊を凌駕し、調伏して、従わせていましたからね。当時の霧島の神代本家は大慌てになっていたようですよ」
早急に、霧島の神代本家はこの神童を囲い込んだという。監視と、神を凌駕した血を神代に組み込むために。
六女仙と言うほどに女性を重きに置く神代家でも、彼の存在は魅力的かつ危うく見えたに違いない。
当時、佐河信一に名付けられた渾名は『悪童』。『高天原より降りた鬼児』とも、神代の老人たちは称した。
後に、どうして神と戦ったのかと聞かれて、彼はこう答えたという。
──暇だったから、喧嘩相手が欲しかった。
信一にとってみれば、数々の神も悪霊も、暇つぶしの喧嘩相手にしか見えていなかったのだ。
「浬、アレに勝つ気でいますか」
良子の問いに、浬は「無い」と答える。年下相手に臆病になるのも情けない話であるが、信一を含めた四人を相手に真正面から戦って、二度と麻雀を打てないようなトラウマを刻むよりずっとマシだった。
浬は情けない男だと笑ってくれと、自虐し、自嘲する。
これが白水浬の本質だ。当たって散ることすらできない、臆病な愚図だと己を嘲笑う。
「──私は、そうは見えませんよ」
あなたはまだ、強くなれる。
────戒能良子は、白水浬を信じている。
──現在。日本国。
「対外支配反応検知……Type-
抑揚のない、淡々とした治也の声。
卓の端の仮想キーボードを叩く左手は止まらない。
今の能海治也は、人ではない。人の形をした、生体コンピューターそのものである。
だが人間はどうやってもコンピューターにはなれはしない。有機物は決して、無機物にはなれない。
……しかし、それを可能にする方法がある。
信一と治也は同じタイプ。この世にないものを別世界から呼び寄せ、麻雀の法則を書き換える。生来の才能がなければ為しえない、天才型とも言える。
別の言い方をすれば、自己暗示、憑依とも言う。
──神や霊体、妖怪などをその身に宿し、神話、伝承、伝説の具現者となる憑代。
「Type-S.S支配領域の
治也は、自分はコンピューターであるという自己暗示。そして機械の神をその身に降ろしている。
それは
デジタルを突き詰めた結果が、オカルトと大差ない現象と結果を生み出している。
極めついた科学は魔法と変わらないと、かのSF作家は言っていた。それを地で行ってしまったのが治也である。
「……」
しかし、今の治也に拮抗する力を持つのが、神を打倒することができる信一だ。
対神、対霊における経験値は、現代において彼以上の者は存在しない。歴史上においても、彼と並べることができる者は非常に稀であるだろう。
今の彼は神殺し。人の祈りの塊たる神を、個人の意思のみで下してきた。
自己の持つ戦力を最大限に発揮が可能な、
治也も同じ状態ではあるが、信一の場合は神を降ろさず、その段階で止めている。神に頼らない、神より強い自我の力こそが、己の持つ最強の力だと信じているから。
ただ個人の意思のみで、集合意識たる神を凌駕する力を持っている。本来であればその想念の質と量、共に一個の人間の器に入りきるモノではない。
その当たり前を捻じ曲げたのが、佐河信一という存在の出鱈目さだ。
「滅多にマジにならない癖に……どうしてこう、同窓会となると巻き込まれるのが俺になるかな……」
浬は嘆く。この人外どもの全力に、巻き込まれるのはいつも自分だと。
普段であれば、彼らはこうはならない。プロやプロユースの試合ですら、彼らは己の全力を見せたりしない。そうでなくとも、隔絶された差があるのだから。
だが、彼ら同士の……かのインターミドルの決戦においてのメンバー同士が相対すれば、必然と彼らは全力になる。本気を出してもいい相手、本気を出し切れる相手。故に彼らは歓喜し、心を躍らせるのだ。
(これが、信一先輩と治也先輩の全力……!)
京太郎には、彼らの場の支配を喰いあっている様子がうっすらと見えていた。彼らは特に変わったことはしていない。ただ在るだけで、二人の持つ世界はぶつかり合っている。
共に不倶戴天。共に天敵。コイツを滅ぼさなければ自分はあり得ない。
決して共存ができないモノ同士。世界を喰い合い、侵し合い、完全に自分のものにするまで闘いは終わらない。
ここから先の闘牌は、信一と治也の潰し合いだ。互いにノーガードで殴り合う、凄惨な血戦。
間に割り込むなど、考えられない。彼らにしてみれば、京太郎は塵にすらならない。
──しかし、どうしてだろうか。
(アホらしい、バカらしいってわかってるのに……次元超えすぎて、世界変わり過ぎて、追い付けないってわかってる癖に……)
────勝手に二人だけの世界を作っている、信一と治也が許せない。おいてけぼりになっている自分が、何よりも腹立たしい。
(ああ、許せない。こんなとこでこじんまりと大人しくしてるのが俺か?違うだろう)
──無謀でいい。蛮勇でいい。小賢しくしているのはらしくない。それが俺らしいだろう。
(何が足りない?この二人と戦うために足りないモノ……ああ、全部だな全部!全部足りねえ、だから……)
──今からすぐに、耳を揃えて来てやる!
京太郎は彼らを視る。見続ける。視線を離さず、網膜を焼くほどに睨み続ける。
彼らと自分を比べて足りないモノ。及ばないもの。山ほどあって、数えきれない。
だけど全部何とか補えるモノだと、彼らは言った。その言葉を、京太郎は素直に信じる。信じ切る。
彼らに勝るもので、彼らに勝つ。京太郎に残された術は、それしかない。
「俺の、番だ」
東三局0本場。信一の親番。
ドラは{七}。
「カン」
{裏}{七}{七}{裏}
「{①}」
信一 打:{①}
カンによる新ドラもまた{七}。この初手で一気に、信一は最低ドラ8の倍満以上の手へと変えた。
ツモられれば京太郎と浬はトビだ。トビ終了がないルールではあるが、マイナスにされるのはプライドに障る。
「{①}」
浬 打:{①}
「{南}」
京太郎 打{南}
浬は信一に倣い、そして京太郎は完全な直感で打牌する。
諦めた者と抗う者。浬も京太郎も近い場所にこそいるものの、卓につく姿勢はまるで異なっている。
「……」
治也は、信一の手牌を読むことができない。領域が、世界が違うのだ。
普段であれば絶対に当たらない。手牌も山も、全て見通せるのだから。
しかし、信一の周辺は既に別世界。治也には、彼の周囲が歪んで見えてしまうのだ。
治也 打:{5}
「カン」
{横5}{5}{5}{赤5}
大明槓。治也の牌を喰い取った。
──瞬間、京太郎には覚えのある寒気を感じる。
「嶺上ツモ」
{二}{二}{7}{8}{9}{東}{東} {東}
{裏}{七}{七}{裏} {横5}{5}{5}{赤5}
「ダブ東嶺上開花、ドラ9。責任払いの36000」
大会ルールの、嶺上開花の責任払いで治也に三倍満の直撃を与える。
清澄の部室で見た、紅蓮地獄。凍らせ、肌を裂き、吹き出た鮮血で曼珠沙華を咲かせる。おぞましく、むごたらしく、美しく、そして壮烈なほどに鮮やか。これこそが信一の華だ。
トップ交代。一位に信一が躍り出る。
ああ、俺など眼中にはない。そういうことなのだな、と京太郎は憤慨する。
この対局はあくまで、信一と治也の戦争。ここから先は、彼ら二人の直撃の奪い合い、殺し合い。そういう未来が、京太郎には見えていた。
──ここが俺たちの居る場所で、俺たちを超える気があるのならその姿を目に焼き付けろ。このレベルはお前にはまだ早い……語らずとも言外に二人がそう言っているように見えていた。
(上っ等!)
早いかどうかは自分が決める。いくら彼らであろうとも、決めつけられたくはない。
彼らは京太郎にとっての憧れだ、輝きだ、目標だ。それは今も変わらず、本領を目の当たりにしたことでその敬意はさらに強まったと言っていい。
だが、彼らに心酔し服従するわけではない。同卓している以上、彼らは打倒すべき仇敵。愛しき宿敵だ。
憧れへの反逆。尊敬の念をそのままに、敵意を剥き出しにする。
必死で自分の中にあるものをかき集める。役に立つもの役に立たないもの、全てを揃える。彼らへと挑む姿勢を崩さない。
東三局1本場。ドラは{三}。
「{⑧}、リーチ」
信一 打:{横⑧}
信一のダブルリーチ。この場の趨勢は信一が握っている。
攻め手を緩める気配は一切ない。こうなってしまえば、対局が終わるまで殺戮を続ける。
信一本人でも止めようがない。この状態はある意味、暴走のようなものだ。意識的に抑えることこそ可能ではあるが、加減をしようとする意思が信一にはまるでない。
相対しているのは『天才』能海治也だ。殺すつもりでやって丁度良いほどの相手で、それでも殺しきれない強敵だ。
そんな相手に、加減などしていられない。
「嫌んなる、ったく。{一}」
浬 打:{一}
「{一}」
京太郎 打:{一}
「……」
そして、治也の手番。
支配の均衡は崩れない。互いに全力で、互いに同等の力を持っている故に、固まったかのように場の領域は半々で分割されたまま。
方針の変更。場の支配の攻略より、勝利を優先する。圧倒的な勝ちより、僅差でも良いから勝利を挙げる方向で妥協する。無論、支配攻略を諦めたわけでなく、優先順位を勝利へと変えたのだ。
「カン」
{裏}{三}{三}{裏}
やり返すように、カンドラが乗る鳴きを放つ。
新ドラもまた{三}。リーチドラ8が確定する。
やられたことはやり返す主義。憑依状態となっても、治也の性格はブレることはない。
「リーチ」
治也 打:{横3}
リーチのぶつけ合い。お互いに譲らず、真っ向勝負。
もう殺し合いと大差ない空気を醸し出している。信一は刀を、治也は銃を、喉元に突きつけあっている光景すら、幻視するほどに。
彼らがやっていることは麻雀で、たかが遊戯だ。殺気飛び交う空気でやるものではいと彼らもわかっている。
しかし、文字通りに彼らは真剣だ。そして何よりも、負けたくないのだ。
極度の負けず嫌い同士が闘い合ったら、それはもう戦争にしかならない。
「{発}」
信一 打:{発}
「ロン」
{発}{発}{中}{中}{中}{白}{白}{四}{五}{六} {発}
{裏}{三}{三}{裏}
「リーチ一発混一小三元、ドラ8。32300」
数え役満の直撃。三倍満のドラ爆を喰らわされたら、役満のドラ爆を叩き込む。
能海治也はやられたらやり返す、超負けず嫌い。満貫をあがられたら、役満を。跳満をあがられたら役満を。倍満をあがられたら役満を。三倍満をあがられたら役満を。役満をあがられたらトバすまで役満をあがり続ける。
あの四人の中で一番理知的な人間は治也ではあるが、勝負事となってしまうと蘇芳や信一と大差ないほどに子供になってしまう。
プロになり、治也が敗北したことがないのはたった一つの理由だ。
──負けたくない。負けたくないから、勝ち続けた。その結果が積みあがった今だ。
盲目というハンデを補って余りある数々の超能力……どんなデジタル打ちよりも徹底された処理能力も、最早オカルトの領域に入り込んだその未来改変能力も。負けたくないというただ単純な童心によって全て成されたものだ。
故に強い。故に負けない。能海治也に、視覚は無けれど死角はない。
東四局0本場。親は浬。
(……なあ、良子。こんな俺を見てもまだ、俺を強いって言ってくれるのか?)
自分を強いと言ってくれた同業の親友に、浬は心の中で問いかけた。
後輩二人に良いようにされたまま絶体絶命の状況。今の彼らは、三倍満以下の打点はありえない。ツモ上がりされたら速攻でトバされる状況。
トビ無ルールとはいえ、辛いものがある。
ただ生き残りたい。ラスでもいい。そんな願いですらここでは叶わない。
「{中}」
浬 打:{中}
自暴の一打。自棄になる。
こんなこと、いつものことだと慣れてしまえ。理性はそう囁いてくる。
だが、何故こんなにも……。
──何故こんなにも、震えて痛くて苦しくて、泣きたい程に悔しいんだ?
「カン」
{横中}{中}{中}{中}
大明槓の宣告は、イコール責任払い。処刑の合図。
今度は大三元か、字一色か。どちらにしろ、浬は自分の末路を視る。
「ツモ」
{1}{2}{3}{三}{三}{三}{②}{②}{⑥}{⑦} {⑧}
{横中}{中}{中}{中}
「中、嶺上開花……!3200の責任払い!」
「えっ」
思わず、顔を上げる。あまりにも低すぎた点数に、軽い驚きの声を浬は上げる。
そもそも。和了したのは信一でも、治也でもない。
この場で。彼ら二人以外に、和了する余地はどこにもなかったはずだ。それが覆されたことに、小さくない衝撃を受けた。
和了したのは、須賀京太郎。彼らが見初めた、新たな同朋となる資質を持った者。
将来的に彼らと同レベルになるというのは、浬も予測できた。だが今は自分と同じようにとても脆く、とても弱い。この卓では、自分と同じように弄ばれる運命にあると思っていた。
「……アンタ。やる気ねえなら立って出てってくれ。こっちは無いモノ絞ってやっとコレなんだ……!」
京太郎は充血した眼で、場を睨み続けていた。
無いモノというものが何かはわからないが、京太郎は死んでいなかった。朽ちていなかった。諦観の沼に沈んではいなかった。
足掻き続けている。信一と治也が支配する、この場で。生き抜こうとするのではなく、勝ちあがろうと必死になっている。
「なん……で」
そんなにも苦しいなら、やめればいいのに。足掻けば足掻くほど、待つ結末は辛くなるというのに。
この場で誰よりも麻雀のキャリアが少ない京太郎が、どうしてそこまで抵抗することが出来る?
「決まってんだろ……」
──つまんねえだろうが、そんなの。楽しんでこその、麻雀だ。
南場へ突入。親は戻り、京太郎。
「カン!」
{裏}{中}{中}{裏}
「カァン!」
{裏}{白}{白}{裏}
「カァンッ!」
{裏}{発}{発}{裏}
大三元確定の槓三連発。
退くことはしない。ただただ邁進する。
愚かであろうとも、無謀だとしても。
それしか知らない、自分であるから。
「{北}!」
京太郎 打:{北}
気合一閃の打牌。
しかし、無暗な鳴きは手を狭くする。逃げ道を塞ぐだけだと、先の東場で体感したばかりだ。
「{北}」
信一 打:{北}
「ポン!」
「は!?」
{北}{北}{横北}
刻子を崩してまでのポン。裸単騎になるというリスクを背負ってまで、することなのかと浬は呆れる。
しかし、これでもう京太郎は死んだと確信する。
「{①}!」
京太郎 打:{①}
死力を尽くす京太郎の一打に、誰もロンの宣言をしない。
通った、のだ。
「{七}」
信一 打:{七}
「ロンッ!」
{七} {七}
{北}{北}{横北} {裏}{発}{発}{裏} {裏}{白}{白}{裏} {裏}{中}{中}{裏}
「大三元……!48000だ!」
身体の奥底に眠る何かを、滲み出すが如く、京太郎は気炎を吐く。
この大三元は、この役満は。ただの和了ではないことをこの卓にいる彼らはすぐに察した。ギャラリーにいる蘇芳も、東征大の部員たちも、女子たちも気付いた。
命を燃やし、魂を輝かせたために得た上がり。今一瞬を、全力で楽しむものにしか微笑まない、天運という名の贈り物。
どんな麻雀だろうと、どんなオカルトだろうと、未来をねじ曲げようと──決して覆すことを許さない、絶対の和了。
「さぁ、1本場だ……!」
壮絶、と言うべき京太郎の獰猛な笑み。
死ぬ程辛い、泣きたいくらい怖い。それでも彼は、楽しむことを絶対に忘れない。
神殺しの信一も、機械と化した治也も。
──この時の京太郎に、背筋を震わされた。
戒能プロの口調は、英語ということでルー語は封印しております。
絶対あの人英語の方が堪能だよなー。