死力を尽くした、京太郎の大三元。
親の役満48000の一撃は、信一の点棒を根こそぎ削り切り、マイナスへと転落させる。
トビ終了有りルールであったなら、ここで対局は終わり、トップが京太郎で信一のラスという結果に終わる。
「……宣言通り、ぶっ飛ばしました……!」
対局前に言った、京太郎が言った挑発を実現させた。
死ぬ程辛そうな表情で。顔も青く、目も充血し、びっしり汗を浮かべた額で。
それでもなお、この状況を心底楽しいと感じている。麻雀が面白いと思っている。
やせ我慢だと感じさせない、満面の笑みを浮かべている。
「……京、太郎……。──!?」
神殺しの、最強状態の無意識状態から意識を取り戻された信一は、突然頭を抑える。
苦しむ様子に相反して、彼の中から更なる力が湧き出てくるのを……神気というものを、肌で感じる。
人には決して独力で練り出すことの出来ない力だ。神との契約によって、初めて人によって扱うことを許される。
「──っせぇ、黙ってろテメェら。要らねえんだよ、テメェらの力なんざ……俺の勝負は俺だけのモノだ、手ぇ出すなっ……!」
京太郎と治也は、彼の後ろに並ぶ『何か』を見る。
それらは人の形こそしていたが……一目見ただけで人ではないとすぐにわからせる。
武具を持つモノ、鎧を纏うモノ、姿や恰好はそれぞれ個性があるが、共通しているのはどれもこれも戦うことこそが本質だというモノばかりだ。
それら全て、信一が調伏してきた神。一個の意思に凌駕され、信一の在り方に惚れ込み、付き従うことを選んだ戦神たち。
窮地ならば手を貸そう──信一の内に宿る、数々の荒神と軍神に体を乗っ取られそうになるが……それを自我の力で抑え付けた。
名だたる戦神たちの総力をさらに上回る、信一の意思力。それが内より出でる神気を塞ぐ。
息を吹き返し、立て直し、再び無意識状態へと戻ったのは、流石歴戦の打ち手だと評価できるものがある。
「Type-S.S.支配領域の乱れを感知。支配領域の拡大を実行」
「……っ」
それでも、信一の凪いだ支配に波風立ったのは確かである。
その隙を容赦なく治也は突く。両者互角で成り立っていた均衡は崩れ、治也の領域が場の大半を占めていく。
無謬無窮の数理の世界。その世界の主たる治也に、誰も逆らうことを許さない。
過去も現在も未来も、遍く総ての事象を数字に変え、思いのままに現実を歪める全知全能。
支配の奪い合いで一歩先んじられると、信一にはもうどうすることもできない。先ほどの直撃の奪い合いも、拮抗した支配だからこそ成り立ったものだ。
今の信一では、凌ぐことしかできない。それほどに支配の優劣というのは差を与えてしまう。
「……一本場!」
だが、京太郎はそれがどうしたと、啖呵を切る。
次は治也、お前だと睨んで狙いを定める。
『数理の魔術師』?『盲目の全知全能』?『天才』?その大層な肩書に見合う所か、それ以上の実力を持っていることは百も承知。
支配をほぼ完全に占めた今、能海治也は完全無欠。この卓における神とは、彼に他ならない。
だからといって、挑まない道理も、戦わない道理もありはしない。
場を支配されようとも、須賀京太郎を支配できるわけではない。そして諦めるという選択肢は、須賀京太郎の中には存在しないのだ。
南一局、1本場。
ドラは{三}。
「カン!」
{裏}{一}{一}{裏}
「{東}!」
京太郎 打:{東}
退かない、逃げない。攻めの姿勢を貫いていく。
真っ直ぐ突っ込んでいくことしか、知らない。真っ向から戦うことしか、知らない。
「発」
信一 打:{発}
「……」
治也の手番。卓の端で叩く左手は、変わらず仮想キーボードで計算を続けている。
支配が強まった今なら、京太郎も見える。いくつも展開されたSFモノでよくある仮想モニターをじっと見続け、あらゆる情報を統括している治也の姿を。
掛けたサングラスが、画面の光を逆さまに映して高速で流れていく。その全ての情報を治也は掌握し、自分が都合の良いように操っているのだろう。
正に、『数理の魔術師』。デジタルが極まれば、オカルトと同じどころかそれ以上を往く。
「……須賀京太郎の支配領域、卓における影響度無し。本人と手牌のみを覆うのみ……」
場そのものに干渉をしてこない、京太郎の支配。
支配の奪い合いというフィールドには上がってこれても、戦い方がなってない。次元を超えた領域の対局では、京太郎もルーキーに違いない。
治也にしてみれば、京太郎の攻めの姿勢はフェイクにしか見えない。攻める、攻めると前傾姿勢をとってはいるものの、実際には固い守備の姿勢だ。
恐れるに、足らず。そんな拙い守備で守り切れると思っているのなら、治也も片腹痛い。
治也 打:{⑨}
「カン!」
「っ!?」
{⑨}{⑨}{横⑨}{⑨}
{⑨}を喰い取られる。治也にとっては想定外。いくら京太郎の手牌を感知することが出来なくとも、鳴かれることはないと断じていた。
そして、大火が森林を燃やすが如く、京太郎の支配領域が治也の場の支配を侵していきながら嶺上牌へと伸びる。
──守備の姿勢?とんでもない。攻めも守りも自由自在の前例、支配の有無など関係のない例外が、居たではないか!
{1}{1}{1}{9}{9}{①}{①} {①}
{⑨}{⑨}{横⑨}{⑨} {裏}{一}{一}{裏}
「──嶺上ツモ!清老頭……責任払いの48300!」
(……蘇芳かっ!)
支配強度における最強。伸ばせる領域こそ未だ狭いものの、京太郎の支配は男神蘇芳のソレと、同じだと治也は気付く。
ただ在るだけで攻防一体。ただただ強い、それが男神蘇芳という雀士だ。
どんな干渉も揺るがない絶対防御、攻めに転じれば最硬の盾がそのまま刃へと変わり、豆腐のように他者の支配を叩き斬る。
個人の意思の力ならば、信一に匹敵する。
男神蘇芳と須賀京太郎が似たタイプと評したのは、どこの誰だ。自分であるはずだろう。
そこに至るまで、まだ時間がある。まだまだ、京太郎はこの領域には早すぎる。そう侮った自分のミスだ。
信一が振り込んだ時点で、同じ場所へと来たのだと気付くべきだった。
京太郎は、満身創痍ではない。否、満身創痍の今こそ、
治也もまた、役満直撃を受けて点数がマイナスになり、最下位へと落ちる。
対する京太郎は十万点オーバー。彼らを相手に圧倒的優位に立ち、それでも尚且つ油断はない。
「ククっ……」
「ハハっ……」
普通なら諦める点差。トビ終了無しというルールだからこそ起きえる差。それを南風で取り返さなければならないという絶望。
だが彼らは普通ではない。トバされようとも、マイナスに転落しようとも。諦めない不屈の心を持っている。
──十万点差?親の役満を二つ、それをかませばそっくりそのままひっくり返せる程度だ。
彼らにとって、所詮点数とは指標でしかない。
諦めないヤツこそが、勝者。楽しんだヤツこそが、勝者。
故に、信一も治也も笑顔を浮かべる。笑いが込み上げてくる。
無意識の殻を破り、意識が表層に出てくる。だというのに、彼らの支配はまったく揺らいでいない。
面白い、面白いぞ。こんなにも面白い麻雀は久しぶりだ。
「──アッハッハッハッハッ!」
「──フハハハハハハハハハッ!」
ホールに響く、二人の哄笑。
これほどまで差をつけられたのは、彼らにとっても初めてだ。連続して役満を和了されることなど、今までにあり得なかった。そうさせなかった。
あの四人で打っても、こうはならない。こうはならなかった。
「……ああ、京太郎。お前ホントすげぇ。どんだけ俺を驚かせりゃ気が済む?仰天させて殺す気か、俺を!」
「全くだ。ああ、予測を超えるどころか想像すら超えてくる。胸の高鳴りが止まらんぞ!」
恋に落ちそうな程に、彼らは京太郎にやられてしまう。
彼と卓を囲めることに。彼と対等以上の対局が出来ることに。
そして、彼と出逢えたこと全てに……。最大限の感謝と敬意を捧げた。
京太郎に出逢えて、本当に良かった。
「久々だ。挑戦者の気概というのは……」
「挑ませて、貰おうか!」
さらに増す、彼らの支配の威圧。
彼らは全力であった。それは間違いない。しかしそれは、上に立つものとしての闘い方。
だが、彼らは挑戦者へと立場を変える。それはすなわち、後先を考えずに100%以上のものを引き出す戦い方だ。しかし無理に引き出そうとすれば、80%や90%、もしかしたら半分以下になるかもしれない。そういう危険性を孕んでいる。
それでも彼らは賭けに出る。たとえ今より弱くなろうとも、ここで勝負に出なければ絶対に後悔する。それだけは決してしたくはなかった。
やって良かったと思える対局にしたい。思い出して、楽しかったと思いに浸れる対局にしたい。
「……二本場!」
南一局、二本場。
ドラは{六}。
「{南}!」
京太郎 打:{南}
「カン!」
{横南}{南}{南}{南}
「嶺上ツモ!」
{東}{東}{東}{北}{北}{北}{白}{白}{発}{発} {発}
{横南}{南}{南}{南}
「字一色、責任払いの32600!」
電光石火の、信一の字一色。責任払いの一撃を、京太郎に見舞う。
紅蓮地獄の大寒波。それをまともに京太郎は被ってしまう。
寒いどころではない。寒さとは、程度を超えてしまうと何も感じなくなってしまう。悲鳴を上げることすら許さない。ただ何も動くことを許さない紅花の彫像と化すだけ。
そうなる幻を、京太郎は見せられた。血まみれになり、凍らされ、極寒に咲く曼珠沙華になる幻影を。あまりにもリアルな幻故に、満身創痍の体と精神にかなり堪えた。
全力以上を行使した、重く速い一発。後先を考えない、特攻そのもの。
そうさせるほどに、須賀京太郎は強い。そう決意させるほどに、須賀京太郎に惚れ込んでいる。
故に、佐河信一に後悔はない。
「くっ……」
「遅いぞ京太郎!兵は神速を尊ぶっていうだろう!」
「そう、ですね……!」
南二局0本場。親は佐河信一へと移る。
ドラは{⑦}。
「{西}!」
信一 打:{西}
「ポン!」
「っ!」
{横西}{西}{西}
信一の{西}の打に、すかさず治也が鳴く。
治也 打:{1}
「……{5}」
浬 打:{5}
「{東}!」
京太郎 打:{東}
「ロン!」
「なっ」
{南}{南}{南}{東}{東}{北}{北}{⑦}{⑧}{⑨} {東}
{横西}{西}{西}
「小四喜、32000!」
今度は、治也の一撃が京太郎を襲う。
親の信一を警戒した直後に、やってきたのは治也の役満。
「何を油断している。言ったよな、ぶち抜くと」
「……ハハっ」
サングラス越しの、盲目の眼光。それが京太郎を容赦なく射抜いた。
心臓を槍で貫かれたかのような、そんな痛みが走る。そういえば最初から心臓を握られていたと、今更ながらに思い出した。
能海治也も必死だ。京太郎は治也を反応に乏しく感情の浮き沈みがあまりない人だと思っていた。それは事実、合っている。
しかし、こんなにも熱くなれる人なのだと認識を改める。怜悧な印象のサングラスの奥には、熱い何かを秘めているのを確かに感じた。
──痛いのに。苦しいのに。笑いが込み上げてくる。
心も体も、疲れ果ててボロボロだ。だというのに、楽しくてたまらない。
夢のようで、夢じゃない。こんなにも楽しいものがある。こんなにも嬉しいものがある。
麻雀とは、こんなにも楽しいものだったなんて──!
「……まだまだぁっ!」
気合一閃、奮起する。
京太郎の限界は、とうに超えている。それでも支えているのは、もっと楽しみたいと願い続ける彼自身の資質そのものだ。それが本来まともに機能しないはずの心を震わせ、体を突き動かす。
精神も肉体も超越した上で、京太郎は対局しているのだ。
南三局、0本場。ドラは{六}。
ここが正念場。点数云々じゃない。ここを制したものが、この対局の勝者であるというのは、彼らは本能的に察していた。
どんな手でもいい。点を取ったモノが勝つ。
ギラギラと気迫が満ちる中、各々に手牌が渡る。
京太郎:{1}{1}{1}{2}{3}{4}{5}{6}{7}{8}{9}{9}{9}
信一:{一}{九}{①}{⑨}{1}{9}{東}{南}{西}{北}{白}{発}{中}
治也:{③}{③}{③}{⑥}{⑥}{⑥}{二}{二}{二}{6}{6}{6}{八} {3}
祈りが通じたように、彼らの配牌がコレだ。
京太郎が純正九蓮宝燈、信一が国士十三面、治也が四暗刻単騎。彼らが最も信頼する役を、手牌に収めた。
逃げない退かない、突っ込むだけの真っ向勝負。三つ巴の乱戦だ。
これが最終最後の決戦。それを疑う者はいない。
治也 打:{八}
治也は{3}は当たると察し、八を切る。
「……{②}」
浬 打:{②}
「…………!」
京太郎:{1}{1}{1}{2}{3}{4}{5}{6}{7}{8}{9}{9}{9} {六}
京太郎は、逡巡する。
掴んだこのドラの{六}。手にした瞬間、嫌な予感がした。
だが、逃げる選択肢は最初からない。戦う意思は、討たれて終わるまで、燃やし続けるべきだ。
「{六}!」
京太郎 打:{六}
討てるものなら、討ってみろ──!
「──ロン」
{五}{赤五}{六}{六}{七}{七}{七}{④}{⑤}{⑥}{2}{3}{4} {六}
「──タンヤオドラ4、満貫の8000」
「……はっ?」
それは、あまりにも予想外の方向からの一撃。
天高くからの……空の向こう側、大気圏外から放たれた一矢。
降り注いだ高エネルギーの一発。核と同等……それ以上の破壊力の兵器によるものだ。
京太郎は瞠目する。信一も、治也も、同じように驚いていた。
「──お前ら、調子乗るのもいい加減にしとけよ。ポンポン役満ぶっ飛ばしやがってよ……」
ギロリと見据えるのは、彼ら三人。京太郎、信一、治也を敵対者として捕捉する。
この卓で、一番空気であった男──白水浬。
東征大の良心、仏の浬……優しく懐の深い男として、未だに後輩たちから厚い信頼を置かれている彼ではあるが。裏を返してしまえば、最も怒らせてはいけない人間でるということでもある。
──踏んではいけない虎の尾を、踏んでしまった。
「……ヤバい。俺もう、空っぽだ」
「……お前、このタイミングでか……!」
信一、そして治也も、身を顧みない一撃のせいで支配が完全に解ける。
張り詰めた緊張感がなくなったせいか、座っているのもやっと。
そして京太郎も、ただ座っているだけがやっと。牌の区別が出来ないほどに、視界が霞んでいた。
治也のイメージが押し付けられた白い空間は、ギャラリーが囲む卓へと戻っていく。
今の彼らの力は、東征大の部員以下……。下手をすれば、素人ですら、彼らに勝てる見込みがあるほどに弱体化していった。
「──さぁ、オーラスだ」
「……おい、治也!もうちっと気張れバカ!浬さんのアレ、封殺出来るの命かお前くらいだぞ!?」
「無理だ。脳内の処理速度が通常時の三割もいかないほどに低下している……。単純に、スペックが足りない」
今の彼らでは、白水浬を止めることは適わない。
白水浬がどれほど恐ろしい打ち手か、彼らは知らないわけがない。
支配を抜いた完全な技量では、彼に遠く及ばないと認める程に。
そして、元々持っていたオカルトが、凄まじく有用で強力であることも。
「リザベーションIO、13」
彼らは、浬の手のひらにある
それが卓に差し込まれると、溶けるように卓の中へと消えていく。
そして彼らは、頭上のはるか向こう……宇宙空間、衛星軌道上に浮かぶ一基の軍事衛星を幻視する。
その照準が、精密に自分らを狙っていることも……。
「おいしいとこ、戴いていく」
──かつて、佐河信一は言った。麻雀とは、天和を繰り返すだけで勝てる競技であると。
それをその気になれば出来る例外が、京太郎を含めた五人。だが限定的に、条件が付くものの、それを可能にする男がいる……。
その男こそが──。
{1}{1}{1}{五}{五}{五}{六}{六}{七}{七}{八}{八}{九} {九}
「ツモ、天和。16000オール!」
──世界ランク9位、『Bunker Buster』白水浬である。
衛星から射出された質量弾は寸分狂わず卓に直撃し、場を完全に破壊した。
感想で指摘された箇所の修正、および浬のリザベーションの名称を変更しました。