SUSANOWO麻雀紀行   作:Soul Pride

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「どうやら、こっぴどくやられたみたいね、三人とも」

 

 部室から京太郎が去った直後、久は俯く一年生トリオの彼女らの方へと足を進めた。

 その様子だけで、どんな麻雀を彼にされたのか想像がつく。点差以上に、大きな衝撃とダメージ残していったと察するのは難しくない。

 和の河にたった一枚出された{九}に、過剰な破壊力と全てを置き去りにした神速で直撃した純正九蓮宝燈。今は空席の席にて晒されたその様相は、対局が終了してなお絢爛かつ厳か。彼と彼女らのいる場所が明らかに違うということを証明した、紛れもない証拠ある。

 崩すことが躊躇われる、奇跡の具現。まこは記念にと、卓の様子を携帯のカメラで撮っていた。

 

「……なるほど、ね」

 

 卓の様相、点数、そして三者の様子。京太郎が手加減をせずに上のレベルで打っていたのは間違いない。

 信一は京太郎に手加減を覚えさせたと久に言った。つまり、手加減が必要なほどに実力が向上したということ。

 かつての須賀京太郎の力量を知っているが故に、これは単に実力の向上と言い表せるものではない。成長、とも違う。進化ですら生温い。最早、別生物の転生と言った方が近いのかもしれない。

 

(本当、どういう魔法を使ったのか……)

 

 東征大にて、どんな練習をしてきたのか是非教えてもらいたい。いくら京太郎が資質に恵まれたとしても、この成長度合いはシャレにならない。

 最低でも東征大の平均レベルと見た。その程度であっても自分たちを鼻で笑う実力差があることを久とまこは知っている。そこまで至るのにも並々ならぬ才能と常軌を逸した密度と長い時間を費やさなければ辿りつけない境地だ。東征大のレベルが、頭がおかしいレベルでまとまっていることを熟知している。

 だが、信一は手が負えないと言った。元々、大会までみっちり京太郎を育てる予定であった。部室で彼はそう言っていたし、信一は有言実行する。しかしそうする必要がなくなった……そうする余地がなくなってしまったのか。

 

(その程度なわけがない。アイツが敵認定するなんて尋常じゃないわ)

 

 信一が敵認定するイコール、他三人にも敵として見られているということ。それだけ、彼らは好敵手に飢えている。

 彼らが敵と呼べる者は彼ら同士以外ではほぼ皆無である。全世界を見渡しても……歴史上を遡ったとしてもそう多くない。現在に限定すれば、小鍛治健夜と、かろうじて全戦力状態の白水浬くらいである。

 文字通りの無敵の存在に、京太郎はカテゴライズされた。つまり、彼らの同類になった。

 そうでもなければ信一はユースを辞めてインターハイに出場するなど言わない。錆びを落とすために修行をするなど断じて言わない。

 

(何、やったのよ……須賀くん)

 

 あるいは、彼らは京太郎に何をしたのか。それとも、元々ああなる下地があったとでも言うのか。

 化け物の基準や常識を、こちらの常識で語るのは不毛な行為だ。

 

「おんしら、大丈夫か」

 

 まこは、俯く彼女らの様子を見た。ついこないだまで初心者同然だった京太郎が、別次元の領域に至っていることは、大きな衝撃だったのだろう。

 久から聞かされた、京太郎の帰還とその原因。信一がユースに辞表を叩きつけ、インハイに出場すると聞かされ、その理由が京太郎あると耳にしたときは何を馬鹿なとまこは思った。しかしそれが真実で事実であるという証明の断片が、この現実だ。

 

「口は聞けるか?わしらの声が聴こえとるか?」

 

 そう声をかけると、各々が頷いた。

 完全には壊れてはいない。東征大レベルの実力者が思うがままに全力を行使したのなら、この程度で終わらない。レベルが違えど、絶妙な手加減がされていたようだ。

 それに同じレベル帯で勝つことも京太郎には可能だったはず。

 わざわざ一段上のレベルで打つ理由は……もしかしたら、とまこは当たりをつけた。

 

「復讐、かの。ずっと勝てなかった今までの」

 

 大袈裟に復讐とはいかずとも、やつ当たりとしての目的があったに違いない。

 京太郎も男の子。いくら経験者と初心者の差はあれど、女子に負けっぱなしは悔しかったに決まっている。力を得たら、見返してやりたかったに違いない。

 それを確実に果たしたかった、それだけだ。

 

「牌を見ても気分は悪くならんか?ならんな?なら問題ないな、少し休めばええじゃろう」

 

 京太郎とのレベル差がある対局での損傷は軽症で済んでいた。京太郎にしてみれば少しおどかす程度に加減していたに違いないとまこは判断した。

 牌を見ても触れても、震えなどの症状はない。

 流石の彼も、同じ麻雀部の仲間を再起不能にまで追い込むことは出来なかったようだ。

 牌を見れなくなるほどに追い詰められたら、団体戦は絶望的であった。

 

「染谷先輩……京太郎、どうしちゃったんだじぇ」

「そりゃ、わしらが想像もつかんほど強くなったんじゃろ」

「そうじゃないんです。京ちゃん、原村さんの打ち方に突然怒って……」

「和の?」

 

 和の打ち方に対して、京太郎が鶏冠にきた。そう聞いて、久もまこも首を傾げる。

 京太郎は基本、優しく甘い。特に女子には。彼女に対して憤慨する京太郎など想像もつかない。

 

「『本物』じゃないとか、『真のデジタル』じゃないとか」

「……まさか」

 

 そのキーワードに久は勘付き、起動しっぱなしのパソコンの方へと目を向けた。

 おそらくは、京太郎が使っていただろうパソコン。OSのロゴが点滅するスクリーンセイバーに隠された奥に、京太郎の見ていたものの真意がある。

 パソコンの方へと久は駆け寄り、マウスを動かしてスクリーンセーバーを解いた。

 

「……やっぱり、か」

 

 京太郎が開いていたページは、東征大の麻雀部ホームページ。その、公開牌譜。

 昨日のデータ。東征大で行われた合同練習。しかもその参加校は白糸台、姫松、千里山とそうそうたる面々。練習試合で全国最強でも決めるつもりであったのかと言いたいほどの鉄火場。そんな場所に京太郎は踏み込んでいた。

 スクリーンセーバーを解いた先の、京太郎が見ていたものは合同練習の最終戦の牌譜。名を連ねるのは『Shinichi Sakawa』『Haruya Noumi』『Mikoto Hirose』『Suou Ogami』──かのインターミドルの四強が出揃った卓。見るだけでも頭を抱えたくなる程のデタラメがそこにはあったが、彼らならしょうがないと納得する。

 おそらくはこれを見て、彼らと相対した時のためのイメージトレーニングを積んでいたのだろう。

 検索機能で調べるのは、京太郎の牌譜。『Kyoutaro Suga』と入力し、一昨日と昨日の京太郎が参加した卓の牌譜の一覧を出す。

 そして出てくるのは、常軌を逸した牌譜の数々。最初の半荘こそボロボロに敗北していたが、二戦目から途端にトップを取りはじめ、それ以降はラスはなくなった。二日目以降になると、トップ以外取っていない。

 東征大を相手にトップを取る。事情通であれば、その意味がわからない高校生雀士は存在しない。

 練習試合であっても、本番であっても。東征大に勝てるのは同じ東征大の部員か命の代からのOB、もしくはごくごく一部の化物だけ。修羅の殿堂の異名は伊達ではなく、現役のプロでさえ歯牙にかけないなどザラである。それが定説で、それが当たり前で、それほどまでに居る世界が違っていた。

 ……その例外の中に、その化物の中に、京太郎は名を連ねた。

 それが、一体どういう意味を持ってくるのか。わからない久ではない。

 

(……アクセス数が、跳ね上がってる。そりゃ女子トップファイブに入る高校との合同練習のデータということもあるかもしれないけど)

 

 理由はそれだけではない。そういう確信が久にある。

 須賀京太郎という新たな化物の覚醒。突如として現れた超新星は、全国の高校生に小さくない衝撃を与えるに違いない。

 牌譜に併記された、所属『Kiyosumi High School』の『Kyoutaro Suga』の名前が広く知られることになるだろう。このホームページは、高校生雀士だけでなくプロですら欠かさず注視している。日本どころか、世界のトッププロ選手からもだ。化け物の仲間入りを果たした彼に、注目が集まる可能性が高くなるだろう。

 

「……やっぱりあった」

 

 目的の牌譜を探し当てた。途中、宮永照を含めた高校女子トップレベルの三人が相手のスーパーエキシビジョンの内容にも驚かされたが、別次元の実力を得ている京太郎では妥当な結果だと受け止めることができた。

 最初の牌譜から辿っていき、見つけることができた。和への暴走は、間違いなくこの対局が切っ掛けだと確信する。

 『天才』能海治也、『怪物』佐河信一、『神風』白水浬……そのとんでもない卓に、京太郎はついていた。

 

「和。原因が見つかったわ」

「能海治也が原因ということくらい、私にだってわかります」

「あ、わかってたの」

 

 今の京太郎にした原因として考えられるのは、信一を始めとしたあの四人。あの成長ぶりから考えて、東征大に彼らが集っていたと結論を出すのが自然だった。

 真の意味で『天才』と呼ばれるのは彼しかいない。真の意味で最強の『デジタル』と称えられるのは彼しか知らない。他人に関心を持つことがほとんどない原村和でさえ、認識せざるを得ない化物の一人。

 盲目の高校生プロ、能海治也。現在のプロおける最強に、最も近い位置にいる雀士だ。

 自分と彼を、京太郎は比較していたことくらい、和も察している。

 しかし、能海治也をデジタル打ちとして認めているわけではない。プロデビュー以後不敗という結果こそ残しているものの、理に依らない打ち方を多々するので、デジタル打ちとしては不完全と見なしている。

 だが、その打ち方が京太郎の言っていた通りに……数理や論理だけでなく、様々な情報や要素を統合して求められた結果というのならば、納得がいく。

 文字通りに、彼には卓上の全ての牌が透けて視えているのだ。前提がまるで違う。視えている情報量に圧倒的な差があるのならば、デジタルもまったく別の答えになるのは当然だ。

 妥協をしない。妥協を知らない。盲目というハンデをハンデと思わず、利点と化す。だから『天才』。

 

「……!」

 

 和は悔しさと情けなさでいっぱいになる。細い指が、小さい手が、非力な力の限りで握り締めていた。

 男子?プロ?そんなこと何も関係ない。卓についてしまえば全て平等。牌も、点棒も、均等に配られる。そこに差はなく、肩書に意味はない。だから一歩でも出し抜こうと技術を磨く。認めたくはないものの、運も磨く者もいるのだろう。

 対して自分は何だ。自分の力を最大限発揮すれば大丈夫などと、よく思えたものだ。

 デジタルも、オカルトもない。そこに差など欠片もない。これだけやったから勝てるだろうというのは、ただの驕りだ。

 ──いつからそんなに強くなったつもりだ、原村和。

 

(麻雀は、相手がいる。心がある。熱がある。想いがある。ああ、何でそんなことを忘れていたのでしょうね)

 

 だから、こんなにも驕るようにもなった。だから、一打が軽いと言われた。現実の麻雀とネット麻雀では全く違うというのに。現実をネット麻雀に置き換えるなど、出来るはずがないのに。

 相手よりも、一歩前に立ち、出し抜く。麻雀で勝つには……否、勝負事において全て共通している方法だ。

 自分が目指すは頂点で、それ以外にない。退路は既に無い。走り抜けるしか、もう能はないのだ。

 誰もが必死で、誰もが勝ちに来る。そんな者たちと全国の頂点を競い合う。決して、欠片も、侮るわけにはいかないのだ。

 使えるモノは全部使う。そうでなければ、全国の頂点がどうして獲れようか。

 貪欲であれ。必死になれ。頭の回路を焼切るくらいに駆動させろ。彼の……彼らの言っている言葉は何も間違っていない。

 

「負けたく、ありません……」

 

 原村和は、負けず嫌いだ。勝ちたいからこそ、牌効率を追求してきた。勝ちたいからこそ、デジタルに傾倒してきた。そこに妥協はなく、相手が誰であろうとも関係ない。

 たとえそれが、京太郎(まおう)であっても。信一(怪物)であっても。治也(てんさい)であっても──。

 デジタル(のどっち)でなくなってもいい。それを捨てて得られる勝利があるというのなら……。

 

(いいえ、ソレを含めて私。今を受け止めた上で、足りないモノを捻出する)

 

 捨てるのは、もうやめる。今を抱えて、これから欲しいものを得ていく。

 そう思っただけで、背中にズシリと重いモノを背負った感覚がある気すらある。気のせいだとは、とてもではないが誤魔化せない。

 何て難しく、何て苦労。こんな難易度の高いことを、彼らは平然とこなしている。

 妥協し、逃げていた自分がどんなに楽な道を辿ってきたのか。今更ながらに痛感している。

 ……妥協を許さない、それがデジタルの最低条件。そういう点であれば、能海治也は妥協を許さない超一流のデジタル打ちであることは間違いない。

 だがデジタルには、絶対に欠かせない前提条件がある。これがなければ、いくら妥協を許さずとも、意味をなさない。

 

(次は、勝ちます!)

 

 ──それは、負けず嫌いであること。勝つために、泥を啜り、土を噛む覚悟を持つこと。

 誰が相手であろうとも、負けたくないという芯が通った心を持つこと。

 彼女もまた、十分にその資格はある。

 機械の天使に、ようやく心が宿った瞬間であった。

 

 

 

 

 

 同日、深夜。

 場所は鹿児島、霧島市。神代家の屋敷にて。

 霧島神宮の巫女──霧島の姫、神代小蒔は寝静まって閉じていた目を、突如開く。

 まるで彼女が彼女の意思で動いていないようで……何か別の意思に乗っ取られて動いているような、異質な雰囲気を感じられた。

 

「……ようやく、帰ってきましたか」

 

 彼女の声のようで、彼女の言葉ではない。

 しかし、待ちわびていたのは彼女も同じであった。

 

 

 

 

 

 ──彼が、帰ってくる。

 私の、王子様(ヒーロー)が。


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