SUSANOWO麻雀紀行   作:Soul Pride

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 団体戦一日目、一回戦と二回戦を清澄高校は難なく突破した。

 次は二日目の決勝戦。勝ち上がってきたのは、去年の優勝校の龍門渕高校。かつての全国常連の名門風越女子。そして清澄と同じくダークホースの鶴賀学園。

 周りは、シードの二校以外の名門と呼ばれている学校が決勝進出が出来なかった今大会を波乱と評しているが、京太郎にしてみれば予想出来た結果だった。

 見事に強い意思を持った雀士いる高校が別々のブロックにバラけており、順当に決勝に上って来ている。清澄はともかく、鶴賀の決勝進出は完全に読み切っていた。

 

「……神ってヤツのせいにする気はないけど、演出家だよなぁ」

 

 勝ち上がってきた決勝四校のラダーが書かれた紙を見て、京太郎は苦笑する。

 この件において神がいるのなら引きずり降ろして踏み潰す。信じれば神はいるのだと聞いてはいるのだが、今では京太郎は毛嫌いする類になった。元々信心深いわけではなかったが、彼らと交流を深めていく内に、人を動かすのは同じ人しかいないということを確信しているからだ。

 そしてこの四校、どこが勝ち上がるか、予測が出来ない。

 自分がいるからかと自惚れる気はないが、作為的なものを感じざるを得ない。

 

「……あら?私たちが勝つって断言してくれないの?」

「そこまで無責任なことは言えませんよ。力の差がある程度わかっていても、それで勝負が決する訳じゃないのが麻雀ですし」

 

 麻雀というものは、そういうものだ。そもそも、偶然に頼らない麻雀が出来る領域にいる者らがいる方がどこかおかしい。

 彼ら化物たち、及び東征大が無敵と呼ばれる所以は、偶然に頼らないこと。偶然を完全に握り潰し、完全な支配を可能にしている。そして彼ら同士が戦い合えば、偶然が起こり得ない完全な力比べとなる。競技の質が、完全に変わるのだ。

 この決勝四校の内、勝って全国に行くことを当てるのは京太郎はおろか、力の分析に長けた治也でも予測するのは困難と思っている。偶然が、どこまで介入するのかわからないからだ。

 それがあるから、麻雀は見るのも面白い。京太郎は一層、麻雀の別側面の魅力にとり憑かれていた。

 

「そりゃ、俺が手段を選ばなきゃ圧勝できるかもしれませんけど、それで勝っても気分良くないでしょ?」

「……例えばどんな?」

「一時的な雀力増強(ドーピング)とか……あ、でも俺って命さん程器用じゃないし、上手くいきませんね。無しで」

「……聞かなかったことにして」

「何も聞いてませんよ、俺は」

 

 久も、決勝を前に……あと一勝で全国へ行けるという緊張に包まれている。そのせいか、らしくないことを聞いたのだろう。

 京太郎にとっても、慣れていない方法であるため、生兵法を試すわけにもいかなかった。

 人間、行動するにあたって快か不快であるかのどちらかが当てはまる。しなければならないという状況に陥ってしまえば例え不快であろうともやらなければならないのが社会的生物である人間の悲しい所であるが。現在この状況は、不快な行動を強いられているわけではない。

 京太郎にとっても久にとっても、ソレは不快に該当する行動なためやらない。

 自分たちは、麻雀をやる。ならば、楽しくやりたいし、楽しくやっているところを見たい。

 どこまでも公平(フェア)選手(プレイヤー)に徹し、どこまでも公平な観客(ギャラリー)に徹する。それが清澄の部長の竹井久のスタンスで、清澄に属する須賀京太郎のスタンスだ。

 

「つっても、一部員として力の限り応援しますよ」

 

 力を得ようとも、京太郎は清澄の麻雀部の一員である。それを変わらず、誇りにしている。

 雀士としてではなく一人の部員として、彼女たちのサポートに回る。そのことに、一切の不満を彼は抱いていない。

 

「……いいの?」

「何がですか」

「須賀くんはもう、一人前の……いいえ、全国区の実力者。それも、あの四人に比肩する程の力を持ってる」

 

 高校男子麻雀界で、十代の麻雀界で……下手したら、全世界の最強の一角に入るだろうあの四人と渡り合える力を持つまでに至った新鋭の『魔王』が、須賀京太郎だ。ついこの間まで初心者であったことなど、忘れてしまいそうになる程に彼は強くなった。

 ……強く、なり過ぎた。それは、この清澄という場所が彼にとって窮屈ではないのかと、久が思う程に。

 京太郎は、彼らに勝ちたいという目標がある。見上げている憧れである彼らを追い越したい。単純に、男であるのなら最強を目指したい。理由付けは後からでも出来るが……ただひたすらに心の底から、彼らに勝ちたいと願ってしまった。そこからはもう完全に本能であり、ほぼ衝動で動いている。京太郎が動く理由など、それだけで十分だ。

 目的を叶えるためだけならば京太郎はもう、清澄にいる器ではない。自由に動くべき……強くなるために、自分のためだけに動くべきなのだ。

 

「……清澄(わたしたち)は、貴方の重荷になってないかしら?」

 

 それが、彼女たちが抱く京太郎への懸念だった。自分たちの存在が、彼の足を引っ張っていないか。

 かつて、佐河信一は彼女にこう伝えた。『京太郎に任せる』と。どう動こうが、京太郎の自由であり、好きにさせる。

 彼女たちは、京太郎に部活動の参加の強制をさせた覚えはない。しかし、京太郎は精力的に部活動に参加している。言われずとも、以前のように雑用に従事している。否、以前よりも精力的に積極的に、動いている。

 自分たちがいるから、京太郎は自分のことに目を向けることが出来ないのではないのか。彼は優しいから。その優しさに、付け込んでいるのではないのか。

 

「何を馬鹿な。誰が言い出したんですか、それ」

 

 それこそ無い、と京太郎は真っ向から否定する。

 確かに、彼らの打倒は京太郎の至上の目的に相違ない。しかし、楽しむために麻雀をやっている京太郎にとってみれば、清澄の仲間を切り捨ててまで勝利を追及する必要がない。

 あくまで、楽しむことが最優先。彼女たちと共に全国に行き、彼女たちと共に最後を笑う。切り捨てて彼女たちを泣かせてしまうなど論外。京太郎にとっては、あり得ない選択だ。

 彼女たちはかけがえのない仲間。彼らよりずっと付き合いの長い、清澄高校麻雀部の友なのだ。

 

「俺、清澄のみんなが好きですから」

 

 宮永咲も、原村和も、片岡優希も、染谷まこも、そして竹井久も。須賀京太郎にとって、大好きな仲間だから。一緒に歩かない選択肢など、最初からあり得ない。

 京太郎は、恥ずかしげもなくそう言った。告白そのものと言っても仕方ない言葉を、はっきり自信を持って。

 久は顔が真っ赤になる。後輩からそう聞いて、らしくなく心が揺れた。

 純粋で、無垢な好意をまともにぶつけられた。自分が策士、曲者と自認している彼女にとって、このような実直な言葉に弱い。

 

「……そ、それはハーレム宣言ということ?須賀くん」

「なぁっ!?どうしてそうなるんですか!?」

「けど残念。もうちょっといい男になってから出直してきなさい」

「ちょっと!?」

 

 反撃とばかりに、久は彼をおちょくる。後輩の分際で、自分の心を揺さぶろうなど百年早い。

 まさに、小悪魔。京太郎は彼女に対し、そうとしか思えない。

 うふふ、と微笑む彼女に……ほんの少しクラリときたのは、京太郎の中だけの秘密である。

 彼女と付き合うだろう男は、尻に敷かれるのだろうと簡単に予想が出来てしまう。

 

「余計なこと、考えなかった?」

「──いいえ」

 

 県予選、団体戦二日目の決勝の朝。集合場所の駅前にて。

 前例があるのは知っていた。男神蘇芳にとっての愛宕雅枝がそうであるように。

 ……須賀京太郎は、いくら力を得ようとも、頭の上がらない人はいるのだと身を以て学習した。

 

 

 

 

 

 先鋒戦直前の清澄の控室にて、少しトラブルが起きる。

 団体戦、決勝戦はルールが変わる。五人による十万点持ちのウマオカ無しの引き継ぎのルールは変わらずに、決勝戦では一人が半荘二回ずつ行い、計半荘十回で勝負が決まる。

 全国(インターハイ)で行われるルールが、この決勝のみに適応される。 

 先鋒を担当する優希そのことが抜け落ちており、半荘一回分のタコスしか持ち込んでいなかった。

 タコスは彼女の力の源。科学的な根拠はともかく、モチベーションの向上と維持という点にて、切り込み隊長たる彼女の不調は、後々に大きく影響を与えてしまう。

 

「……きょ、京太郎!タコス買ってこい!」

「この時間に店やってないだろ」

 

 やれやれ、と京太郎はバッグから紙袋を取り出し、彼女に渡した。

 ずっしりと、重さを感じる。中身を見ると、大好きなサルサソースの匂いが──。

 

「こんなことだろうと思って、作ってきた」

「手作り……京太郎の」

 

 紙袋の中身は、タコス。しかも京太郎の手作り。

 ここに来るまで、自分たちは朝は早かった。集合場所に、京太郎は部長の久に次いで来ていたという。

 その上で、さらに早く起きて自分のためにタコスを作ってくれたのだと、彼女はすぐに察することが出来た。

 

「お前の舌に合うかどうかはわからないから、味は期待すんなよ」

 

 期待するなと言われても、期待せざるを得ない。

 美味いとか、不味いとか、味の問題ではない。それ以上に、じん、と心が熱くなるのだ。

 京太郎が、作ってくれたタコス。味よりも、想いがたくさん詰まっているに違いない。

 

「頼むぜ、エース。お前がぶっち切れば、後に続くみんなが楽になるんだ」

 

 彼の大きな手で頭を撫でられる心地はとても良い。エースと認めてくれる信頼が、力をくれる。

 力が沸いて、止まらない。勇気が漲って、溢れてくる。体が、羽毛の如く軽い。

 多幸感が満ちる。京太郎が自分に気遣ってくれた嬉しさが、彼に対する感謝が、この試合にかける想いをさらに強くさせる。

 今なら何でも出来る、そう思う程の万能感。そして、絶対にこの先鋒戦は負けられない。

 ──負ける気が、まるでしない。

 

「ありがとう、京太郎」

 

 そうとしか、伝えられない。

 もっと良い言葉があったはずだ。この想いをより強く伝える言い方が、あったはずだった。自分の語彙の少なさに、情けなく彼女は思う。

 ……だからこそ、結果で報いよう。彼の想いと労力に見合う戦果を叩き出そう。

 

「行ってくるじぇ!」

 

 翻って、決戦場へと赴く。憂いはない。足取りは確かで、眼には力がある。

 自分の仕事は、場を荒らして主導権をもぎ取り、後に続く皆のために流れを呼び込むこと。それが、先鋒という大役を任された……エースの役目だ。

 控室より向かう彼女は昂っていた。その覇気を感じ取った咲は、頼もしいと思うと同時に羨ましいと思ってしまう。

 

「随分なタラシね、須賀くん。私の後輩はいつからこんな悪い子になったのかしら」

「そんなつもりは無いんですが……」

 

 お前が言うなと付き合いの長いまこは久に言いたくなったが、一旦呑みこむ。

 どうしようと悩んでいた彼女を一発で復活させた手管は、確かに見事な女たらしだ。

 

(……ホント。京ちゃん、東征大(あっち)で麻雀以外のことも覚えてきたんじゃないかな)

 

 そう思うのも仕方ないくらいに、京太郎の女子の扱いは手慣れるようになった。

 本人は余裕が出来たと理由付けていたが、咲はそんなわけがないと思っている。絶対にあの不良(しんいち)にいらないことを色々と吹き込まれたのではないかと疑いたくなる。

 ……先鋒戦開始数分前。控室からのモニターで、各校の選手が卓についたことを確認した。

 優希が手に持ったタコスの入った紙袋を傍らのテーブルに置いたが、それを龍門渕の先鋒、井上純は自分への差し入れと勘違いしたようだ。

 しかし素早く反応した優希は、すぐさま取り上げて奪い返した。

 

『悪いが、こればっかりは譲れないじぇ。このタコスだけはな!』

 

 そう言って啖呵を切り、包からタコスを取り出して満面の笑みで頬ばった。

 いかにも美味しそうに食べる姿は愛らしく、そして見ている方が食欲をそそる。

 

「良かったじゃない、美味しそうに食べてるみたいよ」

「それだけでも作ったかいがありましたよ」

 

 画面を見る限り、いつもの調子の……否、いつも以上の調子だ。ベストを超えた最好調、この本番で最大限の実力を見せてくれるに違いない。

 

『何せ、私の(●●)京太郎の手作りだからな!』

 

 ──この優希の発言により、控室が、凍りついた。

 特に『私の』の部分が強調している意図は……もはや聞くまでもないだろう。

 

「須賀くん……ごめんなさいね、まさか付き合っていたなんて」

「ご、誤解ですって!あ、あんのタコスバカ調子に乗りすぎるのもいい加減に……」

「なんじゃ、優希みたいのが好みじゃったんか?」

「そんな訳ないじゃないですか!むしろ俺は和みたいな胸が大きい娘が」

「須賀くん、ちょっと近づかないで貰えますか」

「スマン和、今の聞かなかったことにして!」

「……」

「えーっと、咲さん……無言で脛を蹴らんで欲しいのですが」

 

 阿鼻叫喚の状況。被害は主に、京太郎へと集中している。

 喜べばいいのか、泣けばいいのか。

 とにかく。対局が終わって帰ってきたらあのタコスバカをとっちめる。そう強く決意する京太郎だった。

 

 

 

 

 

「……さて。冷やかしに来たつもりだったが……」

 

 県予選会場、その近く。その男は、この地へと帰ってきた。

 ここへと来た目的は、息抜きと冷やかし。というのも、風越及び龍門渕等のシード校にぶつからなければ順当に決勝へと進める実力を彼女たちは持っているということは知っている。才能も素養も、十分に女子の全国区に食い込んでいる。

 藤色の着流しを纏う彼の、腕や首、そして額など所々に巻かれた包帯は新しい物であると良く見るとわかる。つい最近、怪我をしたのが見受けられた。

 いつもは纏め上げられた長髪の赤髪は一房に束ねられ、風に流れる。

 修行はほぼ終わっている。今の段階で、突き詰められる所までは至った。

 

「……なぁ、そこの半端モン。喧嘩売る相手、間違えてねえか?」

 

 ……だから、自分に向けられたその威圧が、たまらなく小さくて愚かしくて可愛らしくて……思い余ってひねり潰したくなる。

 流し目で向けた視線の先に、彼に半端者と呼ばれた者がいた。うさぎの耳のような赤いカチューシャと金髪、小学生と見紛う容貌が特徴的な娘。その顔は見たことがあった。

 昨年度MVP、最多獲得点記録樹立者……龍門渕高校、天江衣。

 その彼女が、精一杯の威圧を吐き出してようやく、地に足を立たせることが出来ていた。

 

「……悪鬼か、仏神か、それとも天魔か。物怪が、現世に降りたか?」

「いいや、俺は人だ。そんなもんと比べるなよ」

 

 彼から感じられる波濤は、神より神々しく。悪魔より禍々しく。そして同時に、何よりも人らしいのがわかってしまう。

 同居するはずのない、三つの性質。神であり、悪鬼であり、そしてそれ以上に人である。見た目が人の形をしているのが余計に悍ましい。神話に出る神獣の方がまだ現実感があるだろう。

 神ではない。悪鬼ではない。だが人と区分してしまうことを躊躇ってしまう。彼を人と認めてしまうことは、単細胞生物を人として同列に見なければならないくらいに我慢がきかない。

 属する場所が、どこにもない。たった一個の生物にして、たった一個の特異体。唯一無二の、突然変異の固有種(オリジナル)

 ──故に、『怪物』。赤髪の彼……風聞により聞いていた佐河信一の異名の真の意味を、実物を見て初めて理解した。

 己は人ではない。そう、自分を天江衣は思っていた。自分は人の域に立っていない。自分の力を恐れた龍門渕の入婿によって、別館に幽閉されたのだ。

 だが、彼と比べてしまえば……半端者に違いないのだろう。

 

「まぁ、何だ。生来の才能だけでそこまでやれるのは大したモンだ。喜べ、褒めてやる」

 

 遥か上からの、天上から見下した言葉だ。実際、神の如き力を持つのだから、彼にとってそれが自然なのだろう。

 思わず、平伏してしまいそうになる。それほどにまで、彼はデタラメだ。

 特に何かをしたわけではないのに、ただ同じ場所に立っているだけで身震いする。気を張っていなければ、容易く意識を持って行かれそうだ。

 

「……衣も人外と思っていたが……所詮は、井の中の蛙だったということか……」

 

 衣と同類、そう思っていたがまるで違う。棲む次元が、違い過ぎる。

 同じ扱いにしたくない。されたくない。させたくない。人の形を保っている事が信じたくない化物と同列にされることが、どんなに悍ましいか。

 彼と違うことが、今の自分が、どんなに幸せか……。

 

「人外じゃ人間辞めてるだろ。それじゃあダメだ」

 

 ────神も鬼も妖も、ねじ伏せることを許されるのはいつだって人だけだ。

 佐河信一は、それを証明し続けてきた男だ。

 生まれついた天賦の才も、飾りに過ぎない。さらなる力を得た彼は、人の意思こそ強さであると答えを得た。

 人であるが故に、無限。人であるが故に、化物。人であるが故に──『怪物』。

 

「……気が向いたら遊んでやる」

 

 『麻雀が面白く感じたら打とうぜ』と、すれ違いざまに告げられ、彼はこの場から去っていく。

 心の底を見抜かれた。未知の次元の力を、肌で感じた。

 それが幸運なのか、不幸なのか。今この時において、天江衣は知らない。


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