SUSANOWO麻雀紀行   作:Soul Pride

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「半荘五回やって、全部ラス。積み重なった負けはマイナス348」

 

 今回の半荘十回勝負の内、五回目終了後に設けられた途中休憩。その間に、京太郎と信一は一旦雀荘から出て行き、近くのファミレスにて休憩していた。

 成績が書かれたシートを細い目で眺める信一と、いつも通りに惨敗して頭を抱えている京太郎。

 信一の周りの空気は剣呑で……静かだが、京太郎は圧倒されっぱなしだった。

 

「……ご、ごめん」

「別に負けたことに怒っているわけじゃない。もっと別のことだ」

「べ、別……?」

 

 ウーロン茶の入ったグラスをそのまま飲み干して、大きく息を吐いた。

 

「……なんで、打ちたいように打たない?」

「打ちたい、ように?」

「そうよ。お前が本当にツモりたい牌。本当に切りたい牌。本当に鳴きたい牌。自分で選んで自分で決めてない。そうじゃなきゃ、麻雀やってる意味ないだろ」

 

 信一に言わせてみれば、京太郎の麻雀は操られて打っているようなものだった。不器用で下手な、ぎこちなく動く操り人形……麻雀を打つ京太郎が、そう見えたのだ。

 一手一手動くたびに、手から繋がる細い糸が見えるほどに。ただ、京太郎を操っているのもまた京太郎自身。技術を要する人形操作に苦心しているようにしか見えなかった。

 その上、京太郎自身が伺えない。京太郎という雀士の色が見えない。まるで別の人間が、覆いかぶさって隠しているような……。

 

「……麻雀を自分で覚えたのか?それとも、誰かに教わったのか?」

「す、少し和に……牌効率とか」

 

 ──原因は、あっさり見つかった。

 操り糸の正体は、あの女の髪で。京太郎の背後にあの女がいたのを幻視した。

 それが京太郎を蝕んでいた原因で、覚醒を阻害した元凶だ。

 

「忘れろ」

「はいっ!?」

 

 ばっさり、切り捨てる。

 あの巨乳の一年生の、インターミドルチャンプの指導が京太郎本来の打ち方を阻害してしまった。

 実力者であろうとも、教育者としては致命的に向いていなかったようだ。下手をすれば、手遅れになっていたかもしれない。

 不向きなものを教えていれば、伸び悩むのが決まっている。京太郎の持つ資質の方向性が、まるで見えていない。

 信一自身、モノを教えるのが得意だと思っていない。むしろ不得手で、感覚派の天才肌と自覚している。

 しかし、それは京太郎も同じ。同類が故に、わかってしまう。理屈や理論で説明立てるより、身に染みて分からせる方が得意だと知っているのだ。

 これでは、どっちが指導者として欠陥なのか……そう信一は皮肉る。

 

「デジタルってのは、凡人の逃げ場じゃない。選ばれた領域なんだよ」

 

 何の能力もない人間が、勝ちたいがためにデジタルに傾倒するのではない。そうしてはならない、と信一は考えている。

 デジタルとは、勝つためだけに先鋭化された打ち型である。

 数字と確率を至上とし、牌効率で打っていく打ち型……信一は卑下こそしないが、毛嫌いはしている。

 正確に言うのなら、デジタルの皮を被った何か。それらを嫌悪している。

 本物の天才のみが許された打法、それがデジタル。そして信一が知る本物とは、たった一人しか知らない。それ以外のデジタル打ちとは、全て紛い物同然であった。

 

「じゃ、じゃあどんな打ち型を……」

「明日から、お前の家にある麻雀の教本は全部捨てろ。要らん」

「うえっ!?」

「ルールだけわかってりゃいい。打ち型は、お前が創れ」

 

 デジタル、そしてプロが薦めるオカルト本、一切不要。

 京太郎に必要なのは、京太郎の打ち型。京太郎が打ちたい、打ち筋。それを京太郎自身が創り上げなければならない。

 麻雀の打ち型とは、雀士の数だけあって当然と信一は思っている。皆が皆、確率と数字が至上であってはならないと考えている。

 

「け、けどそんなこと言われても……」

「まあ、打ち型を捨てるってのはそれだけでも技術だ」

 

 ふむ、と考えた信一は考えがあるのかニヤリと笑う。

 

「じゃ、俺から一つアドバイス」

「なんですか?」

「理牌すんな。それで何かが変わる」

「り、理牌って牌の整頓ですよね……それをしないって、配牌のままが基準ってことですか!?俺にはとても……」

「チョンボが怖いのか?いくらでもすればいいさ」

 

 元々、勝つつもりで来たのではない。京太郎を知るために、京太郎の麻雀を知るためにここに来たのだ。

 そこに惜しむ金などない。チョンボで金が飛ぶのなら、いくらでも飛ばそう。

 

「で、でも……」

「何かを変えなきゃ、何も変わらないぞ」

「……!」

 

 それは信一の挑発だった。

 京太郎は、変わると誓った。強くなりたいと願った。勝ちたいと叫んだ。

 その気持ちに、嘘をつくのか。変わることが、怖いのか。

 怖がったまま、そのまま、停滞をするのか……。

 ──否だ。

 

「わかった。やる」

「よし、やろう」

 

 もうそろそろ、再開の時間。

 席を立って伝票を持ち、会計へと向かう。

 

 

 

 

 

 六回戦。京太郎の親から始まった東一局。

 手牌が渡り、京太郎は理牌をしない。

 

 {東}{中}{六}{8}{⑦}{赤5}{2}{西}{南}{六}{①}{発}{発} {中}

 

(ぱっと見、わっかんねぇー。和ならすぐ何向聴かわかるんだろうけどさ)

 

 十四ある手牌から、牌勢を読み取るのに苦難する。これでは何から切ればいいかわからない。

 とにかく、目についたのは字牌の{発}と{中}だった。次に唯一の萬子の{六}。全部を知らなくていい。全部わからなくていいと、割り切った。

 

(……よし!)

 

 第一打は{西}に決め、それに手を伸ばそうとするが……。

 

(あれ……)

 

 ふと、過ぎる直感。

 捨てるのはこれじゃないと、感覚が訴えている。

 どこから来るものなのかわからない。根拠のない、虫の知らせ程度のもの。

 だけれども京太郎には、それがとても大事なことのように思えて……。

 

(……打ちたいように、打て、かぁ……)

 

 そうするのが目的。そうするために、ここに来た。

 ならば、それに委ねてみる。恐れてなどいない。変わることを、怖がっていない。

 強くなる。勝ってやる。そう、誓ったのだ。

 

 京太郎:第一打{赤5}

 

(これ、かな)

 

 赤ドラを、打つ。これは京太郎の不退転の証明。弱かった自分への、決別の印。

 それに他家は、一様に表情を変える。

 出資者たちもそれは同じで、目の色が変わった。

 信一、そして黒ずくめの二人だけは……笑みを浮かべていた。

 ……ああ、ようやく目覚めるのだなと。

 

(……これで、聴牌)

 

 {白}{中}{白}{南}{南}{中}{南}{西}{中}{発}{白}{発}{発}

 

 八順後。自分の手の中にあるもの、見えているものがとてつもないモノになっていることに動揺している。

 ──大三元字一色四暗刻単騎。滅茶苦茶な、自分の感性だけを頼りにたどり着いた超巨大手。不合理と不条理に委ねて、複合役満の聴牌まで行き着いた。

 最速で、一切の無駄ヅモなく。牌山から感じ取れる怪物手の気配を、最善の形で受け止めていた。

 京太郎自身でさえ、信じきれていない。ただ、この動揺を悟られまいと必死で体の震えを押さえつけている。

 心臓の音が煩い。こんなに心音が大きく聞こえたことなどなかった。この部屋にいる全員に聞こえているんじゃないかと思うくらい、京太郎には大音量で響いている。

 だが、同時に。このままでは完成しないことも悟っている。

 第一打で、打つのを躊躇った{西}が、単騎待ちとして未だ残っている。

 打つな、切るなと感覚は訴えている。

 それに逆らって{西}を、打つか?

 

(……それは、逃げだ!そのままだったら、俺は何にもなれない!)

 

 ツモった牌を、見ずに捨てる。{赤五}だった。

 不退転を誓った。二度はない。

 変わると決めた。逃げないと決めた。言葉を曲げることなど、あり得はしない。

 ──須賀京太郎を、舐めるな!

 

「ち、チー」

 

 {横赤五}{六}{七}

 

 下家のデブのチー。安い手……タンヤオのみの流すことのみを考えた手だ。

 恐らくは次巡であがる。出所のわからない、しかし確かな感覚が訴えている。

 

(もう、山に{西}はない。あるとすれば……)

 

 王牌。そこにしかない。

 根拠はない。だが、他家の手牌にはない確信がある。

 

(……なんだ、だったら見慣れてる)

 

 ──初めて見た時は、人間技じゃないと思った。

 それを、あの気弱な幼馴染みは易々とやってのけて……自分では届かない領域なのだと思い知らせた。

 麻雀の頂き、極点の一角。どんなに手を伸ばそうとも、かすりもしない遠いところ。

 京太郎は、魅せられた。あんなに色鮮やかで、綺麗なものが在ることを。

 四暗刻を嶺上開花で和了った咲を見て。触れてしまえば簡単に折れてしまいそうな儚さと、届かせまいと高嶺に君臨する気高さ。それらを併せ持った花を、もっと近くで見てみたいと願った。

 故に翔びたい。灰の中で燻り続けるのはもういやだ。

 

(……なあ、そう思うよなぁ!)

 

 いい加減、待ちくたびれたのだ。形成ってもいいだろう?

 目指すところへ、咲のところへ。

 ──否、もっと上へ。

 鬱憤を晴らすように、高く高く、咲よりも、誰よりも天高く。

 

(──この華を、贈ろう)

 

 この天に最も近いところなら、きっと咲も見えるはずだから。

 

「カン!」

 

 {裏}{白}{白}{裏}

 

 ツモった牌の{白}をカン、嶺上牌へと手を伸ばす。

 ──俺の華は、たった一瞬でしか輝けないけれども。

 

「さらに、カン!」

 

 {裏}{発}{発}{裏}

 

 ──その刹那の輝きは、きっと咲のものにも負けないと思うから。

 

「カァンッ!」

 

 {裏}{中}{中}{裏}

 

 大三元、確定。しかもその全てが暗槓。

 この場にいる全員に、小さくない動揺が走った。

 

(これは……)

(ふむ……)

(なんと……!)

(あ、ありえない……!)

(ほほ……!)

(へぇ……)

 

 自分たちは、目撃者で見届け人。ああ、そういう意図なのだなと卓の背後にいる──信一を見た。

 名前も知らない。顔も知らない。一度たりとも出会ったこともなかった。

 それでも、打ち手である京太郎がど素人なのは彼らにはわかっていた。雰囲気がない。オーラがない。経験がない。才能は欠片程度にはあるかもしれないが、それが芽吹くのは今じゃない。

 故、注目したのはその素人に打たせた信一。なまじ堅気には出せない雰囲気がある、溢れんばかりの才気がある……それを見逃すほど彼らは間抜けではない。

 素人に打たせて道化に仕立てた意図。勝つのなら、信一が打てばいい。打てば勝てる、今この部屋で最強なのは間違いなく佐河信一に他ならない。

 目的が読めなかった。ただ金を撒きに来ただけなのか。道楽なのか。真意がさっぱり理解できなかった。

 しかしここにきてやっと、真実に至った。

 唯一の共通点は今現在、無関係同士の者たちが卓を囲んで、打っている。だが、ここ新たにもう一つ、共通点が生まれようとした。

 それは、すなわち──!

 

「最後の、カン!」

 

 {裏}{南}{南}{裏}

 

 ──打ち上がれ、花火!

 

「リンシャン、ツモ!!」

 

 須賀京太郎の、覚醒の産声。

 新たな、怪物の新生。

 

 {西}{西}

 {裏}{白}{白}{裏} {裏}{発}{発}{裏} {裏}{中}{中}{裏} {裏}{南}{南}{裏}

 

「大三元、字一色、四槓子、四暗刻単騎……で、えっと……」

 

 大会のルールは複合役満は採用されていないが……この雀荘のハウスルールでは採用されている。

 さらに四槓子と四暗刻単騎はダブル扱い。よって、六重役満。

 

「96000オール……で、あってるのかな」

 

 問答無用で、飛び。

 第六回戦は京太郎の一人勝ちとなった。

 

 

 

 

 

「今のって……」

 

 同時刻、宮永家。

 部屋で読書していた咲は外で大きな音と光……花火がうち上がったような音が鳴ったように聞こえた気がした。

 市販で売っている打ち上げ花火にしてみれば大きすぎた音で、花火大会となれば少し早い。

 

「なんだろう……」

 

 胸騒ぎがする。決して無視できない、無視してはならない類の、予感。

 その源……心当たりはある。

 佐河信一と、幼馴染の京太郎。

 

「京ちゃん、なの……?」

 

 確信はない。証拠もない。

 それでも、当然のように信じられた。

 今の花火、これが咲へと宛てられたものならば……次に京太郎と卓を囲む時、彼は別人となっているに違いない。

 どんな手段を信一が使ったのはわからない上、想像もつかない。しかし、彼はやってのけた。京太郎の中の資質に気付き、信じた上で、覚醒を促した。

 強くなりたい。負けたくない。そう願っていたのを、彼女は知っている。

 そうなれば、楽しい麻雀を打つことができると、信じている。

 その悲願の一歩を踏み出すことができたのだ。

 

「……待ってるよ、京ちゃん」

 

 それが彼の願いなら。それが彼の望みなら。

 強くなった彼と、本気で打ち合おう。

 

 

 

 

 

「結局、勝ったのは六回戦だけか」

「面目ねぇ……」

「気にするな。あの黒ずくめ、三味線ひいてたからな。お前が目覚めてから本気を出したって感じだな」

 

 十回戦終了。収支は大損で、あの黒ずくめが一人浮きでトップという結果に終わった。

 

「だがまぁ、結果を見るよりずっと拮抗してたぜ」

 

 六回戦以降、成績こそ振るわなかったが京太郎は善戦していた。

 飛ぶことはなく、ラスもなくなった。

 

「コツは、掴んだか?」

「……ああ」

 

 六回戦以降も、感覚は生きていた。

 流石に最初のように複合役満は飛び出しはしなかったが……それでも、コンスタントに高い和了は繰り返していた。

 最低でも満貫を。波に乗れば、三倍満も飛び出すほどに。

 京太郎は、自分の手のひらを見る。

 自分だけが感じ取れる、自分だけの感覚。これは立派な、自分の武器だ。

 

「重畳だ。つってもま、そのまんまじゃ拙すぎるがな」

「わかってる。俺、もっと強くなりたい」

 

 自分はやっと、土俵に立つことができた。いわば、スタートラインに立ったばかりなのだと自覚している。

 あの黒ずくめ。力を得たからこそ、その力の差が理解できた。

 下手しなくとも、咲より強い。とてもではないが、今の自分では届かなかった。

 力を得てもう一つ理解したことがある。運がいい、と信一が言った意味がわかった。目覚めさせたのは、あの黒ずくめなのだと。

 強い力は、力を目覚めさせる。力が力を磨きあい、更なる高い領域へと駆け上がる──ミックスアップを引き起こす。理屈ではなく、感覚で実感した。

 そしてその黒ずくめより、ずっと強い信一も……!

 

「上等。放課後は雀荘で修行だ」

「……えっと、また高レートの雀荘?」

「普通のフリーの雀荘だよ。目覚めたんなら、その使い方を知らなきゃな。お前にとにかく必要なのは経験だ」

 

 京太郎は、莫大な資質の塊であれ、経験値が足りない。能力を得ようと力を得ようと、それは変わりない。

 能力を得たのなら、能力の使い方を学ばなきゃならない。武器が使えるようになったからとはいえ、それだけで強くなった気になるのは思い上がりに過ぎない。

 しかし、それを解決する手段もある。

 

「……じゃあ、週末は?」

 

 時間を凌駕する、超密度の成果を得られる環境。

 その場所を、信一は知っている。

 ニイ、とイイ笑顔で笑う。

 

「いいトコ、だ」

 

 背筋が、凍った。戦慄に。恐怖に。畏怖に。

 同時に、震えて、高揚した。

 どんなところなのか言われてもないのに、そこに行けば強くなれる。強くならざるを得ない……そんな確信がしている。

 

「静岡、東征大付属震洋高校。金曜終わったら直帰で電車だ。着替えも持ってけよ、泊まりだから」

 

 ──その場所は、数ある渾名がつけられている。

 曰く、地獄。曰く、伏魔殿。曰く、雀鬼の巣窟。曰く、確約されたプロへの道。

 輝かしく、物々しく、数々の名前で形容されているが……中でも、最も的を得た言葉がある。

 

 ────通称、『修羅道(ヴァルハラ)


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