バットマン:アイ・アム・バットマン・ウィー・アー・バットマン 作:一条和馬
長年ウェイン家に執事として仕えるアルフレッドだが、そんな彼にもささやかな楽しみがあった。
『こんにちは、サンディ・ブラウンです。お昼のゴッサム・ニュースのお時間です』
それがこの、平日毎日正午から放送されている『ゴッサム・ニュース』である。
ゴッサムといえば強盗と殺人の間に火事が起きている様な酷い街だが、住民全てが悪人と言う訳ではない。
このゴッサム・ニュースはそういったゴッサムの素敵な所、ちょっとほんわかするような良いニュースを報道する非常に珍しい番組である。
決して、視聴率目当てにギリギリを攻める服装のニュースキャスターを見るためでは、ない。
「ふむ……」
決して。
『それでは最初のニュースです。昨晩ゴッサムシティーで奇跡が起きました。なんと、ゴッサム全域での犯罪件数が一件のみという、この街始まって以来の平和な一夜でした。尚、その一件というのはオズワルド・コブルポット氏が経営するアイスバーグ・ラウンジでの銃撃戦であり、その事件は発生後、バットマンによって速やかに解決したそうです』
「ああ、なんてことだ……」
ニュースキャスターの言葉を聞いたアルフレッドは、持っていたティーカップを机の上に置きながら天を仰いだ。
つまりブルース様を止められていれば、昨日は『完全に犯罪のない日』だったのではないか!
『それでは次のニュース。これもバットマンのお話です。今朝9時頃ゴッサムウエスト地区にて、高所から降りられなくなった猫をバットマンが救出する姿が目撃されました』
「なんと!?」
その言葉に驚いたアルフレッドは、ニュースキャスターの胸元を凝視する日課を中断しテレビに映し出された画面の方を見た。
『くっ……つぉっ……!』
『にゃーん』
画面には、4階建て雑居ビルの屋上で立ち往生する子猫と、そこに向かうバットマン(?)の姿があった。
アレが本物のバットマン……ブルース・ウェインで無いことはすぐに分かった。そもそも彼は午前4時過ぎには帰宅し、『夕食』を食べて現在も自室で熟睡中である。バットマンが真昼に活動するのはほとんどない。
それを差し引いても、画面に映るバットマンは酷いものだった。へっぴり腰で屋上の縁にしがみついてよたよたと歩く様は、お世辞にもヒーローとは程遠い。
『頑張れバットマーン!』
『もうちょっと! もうちょっとよー!』
しかし映像から聞こえる声は、バットマン『もどき』を応援する温かい声で溢れていた。
手が届きそうになり、固唾を飲む一行。視聴者提供とテロップの付いたタブレット端末で撮影していたカメラマンの声も、緊張感から消えた。
そして、拍手喝采。
『もどき』が猫を救出。皆に祝福されながら階段を降りてきたのだ。
なんとも微笑ましい、ゴッサムの平和な一幕。
「これはあまり、よろしくない展開だぞ……!」
しかしアルフレッドは血相を変えながら、未だブルース・ウェインの眠る部屋へと向かった。
『では映像をスタジオに戻しまして、特別ゲストであるゴッサム市警のジェイムズ・ゴードン本部長にお話を伺いましょう。ゴードン本部長。早速ですが、このバットマン、果たして本物なのでしょうか?』
『率直に申し上げると、彼は偽物のバットマンでしょうな。彼ならばあの程度の高さで怖じ気づく訳がない。しかし、偽物だからと言って彼の勇敢な行為を批判出来ません。ゴッサムに生きる1人の人間として、彼には称賛の言葉を贈りたい』
『称賛といえば、今年はゴッサムにバットマンが現れてから丁度10年が経ちますね。ゴッサム市警の方での彼の評価にはどういった変化があるのでしょうか?』
『無論、彼の活躍が多くの犯罪者逮捕に繋がっているのは、皆様のご存知の通りだと思います。が彼もまた、一歩間違えればゴッサムを脅かすヴィランと同じ……我がゴッサム市警は彼への評価をこの10年一度として変えておりません』
『個人的には、どうですか?』
『個人的なお話なので、それはお答えかねます』
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「よくないな」
「えぇ、よくありません」
叩き起こされて早々アルフレッドから事情を聞いたブルースは本棚の裏の隠し通路を通りながら地下を目指していた。
バットマンは『畏怖の象徴』として悪と戦う存在であって、世間が言う『ヒーロー』ではない。
だが、世の中にはバットマンを『ヒーロー』と曲解し、彼に憧れる者がいてしまう。
そういう『偽物』は悪党のストレスの『捌け口』として優先的に狙われて危険、というのもあるが、何より『混沌を調和する存在』たるバットマンが『混沌そのもの』になるのは非常に許しがたい行為なのだ。
「バット・コンピューターで彼の位置を割り出し、止めさせないと」
枯れた古い下水道にカモフラージュした通路を通り、滝で隠した先へと向かう。天然の洞窟を改造したバットマンの基地、バット・ケイブだ。
「それで、『本物』はどうなさいますか?」
「飛んで行ってやりたいが、『ブルース・ウェインとして』やらないといけない事があるのだろう?」
「覚えていて頂いて助かりました。そうです、今晩はキリュウ・セントラル・カンパニー支社ビル完成記念パーティーに出席して頂かねばなりません」
キリュウ・セントラル・カンパニーとは二年ほど前からゴッサムに参入してきた日系の大企業だ。
今夜のパーティーは支社ビルの完成を祝うだけではなく、この街に初めて『社長』がやってくるという。
ウェイン・テックの人間としては、遠く離れたアメリカのゴッサムに事業展開を始めた彼の『真意』を問い質す、良い機会だった。
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キリュウ・セントラル・カンパニー支社ビルは、ウェイン・テック本社ビルの丁度対角線の位置に建築された、高層ビルだ。
完成披露パーティーにはウェイン・テック代表として役員会数名の他、CEOであるルーシャス・フォックスに、ブルース・ウェインの姿もあった。
「お待ちしておりました、ウェイン・テックの皆様。私がキリュウ・セントラル・カンパニー代表のエド・キリュウ・スタークです」
ビル前に到着するや否や目の前に現れたのは、本日の主役とも言うべき人物だった。
「わざわざお招きいただきありがとうございます、スタークさん」
ブルースより少し若い見た目の青年だが、プロフィールでは彼とさほど年は離れていなかった筈である。西洋人のブルースにとって、東洋人というのはどうもよくわかない生態系を持っている人種だった。
「それでは会場にご案内しましょう」
エドの先導によりビルの中へと入って行くブルース達。
流石新築だけあってどこも真新しい。
ギオンを彷彿とさせる石で描かれた波紋を模したフローリングに、ショウジやトウローなどは、正に日系企業ならではの装飾と言えよう。
「素晴らしい」
「あのブルース・ウェインに褒められるとは光栄です」
「えぇ、とても趣がある様に思えます。ルーシャス、もこうしないかい?」
「我々がやれば『もどき』になってしまいますよ」
「それもそうだ」
談笑を交えながらエレベーターに乗り込む一行。
通されたのは、60階以上のフロアを昇った先の展望台エリアだった。
ブルース達以外の来賓達が豪華絢爛な衣装を身にまとい、それぞれが会話と楽しんでいる。
「皆様お集りになったので、まずは代表として挨拶してきます。それでは後ほど」
「えぇ」
そう言ってエドは、両手を合わせて腰を曲げる独特のオジギをして会場の奥へと向かう。
「おや?」
彼の挨拶までに手頃な場所に移動しようとしたブルースが、見知った顔に出くわした。『表の顔』が遊び人であるブルースはセレブとの繋がりは広いが、こういった企業説明会となると知己の人間は少ない。
いるとすれば、公務員関係。つまり、ゴッサム市警の人間だった。
「ご無沙汰しております、ブロック警部」
「おぉ、これはこれはブルース・ウェイン。貴方も呼ばれていたのですね」
ピシッとスーツを着こなしたハービー・ブロックと握手を交わすブルース。ハービーはゴッサム市警の本部長、ジェイムズ・ゴードンの相棒として長年ゴッサムの平和を守ってきた優秀な警部だった。
「ブロック警部もご招待を?」
「まさか。自分はゴードン本部長の付き添いで、今は彼女のボディーガードですよ。ご紹介しましょう、ゴッサム・ニュースの……」
「サンディ・ブラウンよ。ニュース・キャスターの。お会い出来て嬉しいわ、ブルース・ウェイン」
「こちらこそ。お仕事で?」
「えぇ。むしろここにはそう言った人間の方が多いと思います」
ハービーの横にいたのは、赤いドレスを着たセクシーな女性だった。ニュースキャスターというには、あまりにも大胆過ぎる衣装だが、世間体というのに疎いブルースは気にも留めなかった。
「所でブロック警部。ゴードン本部長はどちらに?」
「お呼びしますよ。おいジム! ジーム!! ブルース・ウェイン様がお呼びだぞ!!」
『ジム』というのはジェイムズ・ゴードンを親しき者が呼ぶ時の愛称だ。
ハービー以外にその名を呼べる男は、ゴッサムではバットマンくらいである。
「お仕事お疲れ様です。ゴードン本部長」
ブルース・ウェインの名を聞いてざわつく会場の波をかき分けながら近づいてくる人物が一人。ゴッサム市警のトップ、ジム・ゴードンだった。
「仕事という程の事をしちゃいないさ。昨晩からずっと暇を持て余している」
「珍しいですね」
「ゴッサムでも夜が眠る日が来るとは思わなかったよ。こんなのは初めてかも知れん」
「そうですね。……あ、エド社長の挨拶が始まるようです」
『あー……ゴホン。皆様本日は我がキリュウ・セントラル・カンパニー支社ビル完成記念パーティーにご来場いただき誠にありがとうございます。私は代表を務めさせて頂いておりますエド・キリュウ・スタークと申します』
マイクで拡張されたエドの声が会場に響き、拍手が響いた。
『ありがとうございます。ありがとうございます。……我がキリュウ・セントラル・カンパニーがこのゴッサムに参入、支社ビルの開発を初めてから早二年が経過致しました。私はこの街に初めて来たのはつい先日の事ですが、既に気に入りました。何よりここの街の人たちは、バイタリティーに溢れている』
彼のジョークについつい会場に笑いの声が上がった。
ゴッサムの『バイタリティー』とはつまり『犯罪のバイタリティー』でもあるからだ。
『無論、この街がどれ程危険に満ち溢れているのか、というのも重々承知でございます。世界有数の大企業ウェイン・テックのお膝元でありながら、何故ここまでの体たらくなのかと!』
「おっと」
思わぬ所で名前を出された事で反応するブルース。ウェイン・テックの役員たちも同様に複雑そうな表情を見せていた。
『……ウェイン・テックの皆様方が渋顔されていらっしゃいますね。別に貶めようといった意味はないのです。申し訳ない。……私が言いたいのはですね。このゴッサムにはウェイン・テック『しか』大企業がないから、発展が遅れている、そう考えているのであるます』
それも大概喧嘩を売っている台詞だな、とブルースは思ったが、ここは静かに彼の言葉を聞く事にした。
『ウェイン・テックと肩を並べる、というのはとても難しい事だと思います。しかしウェイン・テックの他にもう一つの大企業が必要であると、二年前に確信した私はこのゴッサムに支社ビルを建設する決心を致しました。』
「あの、質問よろしいですか!?」
『貴女は?』
「ゴッサム・ニュースのサンディ・ブラウンです!」
ハービーの横にいたサンディが挙手しながらエドに話しかけていた。
ドレスの布が揺れて周りの男達が固唾を飲んで凝視していた事を気にも留めず、ただ一点、真剣な眼差しをエドに向けるサンディ。
「ゴッサムにウェイン・テック以外の大企業が必要であるという言葉の意味をお聞かせしてもらっても?」
『慌てなくても、今からご説明する所でしたよ。……人類の発展に必要な物。それは『他者との争い』です。争いと言っても戦争の事を言っている訳ではありません。有史以来人類の文明の多くは多文明との交流、つまり『相手の良い所を学び、自分の良い所を相手に提供する』事によって相互に文明発展を築き上げた歴史が存在します。このゴッサムには現在ウェイン・テックという一つの『巨大文明』が存在するだけで、対話し、切磋琢磨する企業が存在しません。……私の祖国日本でも、500年続いた政府によって停滞した文明が黒船の来航によってカルチャーショックを受け、急速に発展した歴史があります。故に私はゴッサムの『黒船』となり、ウェイン・テックの皆様と企業として競合し、このバイタリティー溢れるゴッサム・シティーをアメリカ1……いえ、世界一の大都市として発展させてみたい! そういった野望が私にはあるのです!!』
「素晴らしい!」
「とても良い考えだと思います!」
エドの挨拶という名の演説に対して、歓声が上がった。
ブルースも内心、彼の言葉に関心していた。
彼も『彼なりのやり方』でゴッサムの平和を求めてきたが、そう言ったやり方は個人や一企業だけではどうしても不可能な物だった。
『ありがとうございます。……なんだか感情的に話し過ぎてしましましたね。つまらない話はここまでにして、まずは皆様と一度、乾杯を交わして……』
「お、おい。あれ、バットマンじゃないか?」
どこからか聞こえたその声に、会場がどよめいた。
「何だって?」
声の方へと視線を向けるブルース。
テラスの向こうから歩いてくる黒い装束の男がいた。
『中身』はともかく、あのマスクとマントは間違いなく、バットマンの『それ』だった。
昼のニュースでやっていたという『偽物』だろうか?
ブルースが疑問に思いながら見守っていた、その時だった。
「!?」
突如バットマンが背中に隠したサブマシンガンを取り出し、来賓達に向かって鉛弾の雨を降らせ始めたのだ!