バットマン:アイ・アム・バットマン・ウィー・アー・バットマン   作:一条和馬

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】真昼の悪夢【

 

 

 

「おいジム!一体ありゃどういう事だ!?」

 

「私が聞きたいくらいだ!とにかく今は警備と協力してバットマンを止めるぞ、ハービー!」

 

 ビルのテラスで悲鳴が轟き、それに負けじと声を張り上げるゴッサム市警のベテラン警部の二人、ハービー・ブロックとジム・ゴードン。

 

 

「なんてこった…」

 

「正に最悪のタイミングですな」

 

 

阿鼻叫喚の地獄絵図。そんな中、ブルース・ウェインとルーシャス・フォックスの二人はテーブルの物陰に身を潜め、冷静にバットマン『もどき』を観察していた。

 

 

「どう見るルーシャス?」

 

「『素人』ですな。軍歴がある人間の銃捌きとは到底思えません」

 

「僕もそう思う。何とか『スーツ』を送れないか?」

 

「丁度ウェイン・テック本社は向かいですが、空でも飛ばない限り無理でしょう。こんな事なら、スーツケースに擬態するタイプも開発しておけば良かったですね」

 

「冗談いうな、マーベルヒーローじゃあるまいし。とりあえず僕が前に…」

 

「いけません、ブルース様」

 

 

『いつもの癖』で行動しようとしたブルースを止めるフォックス。彼は続けた。

 

 

「今の貴方はブルース・ウェインです」

「それはそうだが…」

「うわああああ!」

 

 

だが状況は彼らに構うことなく進んでいた。悲鳴と共にテーブルを砕きながら、ハービー・ブロックが落ちてきたのだ。丁度ブルースとフォックスの間に仰向けに倒れ込むブロック。

 

「やぁ、どうもブルースさん」

「無事ですか警部!?」

「いやね、体が軽いもんだから簡単に投げ飛ばされてしまいまして。明日からはダイエットだの糖尿病だの気にせずホットドッグとドーナツをたらふく食べることにしますよ」

 

 

ジャケットを内側から盛り上げる腹を擦りながら軽口を叩くブロックだが、ブルースは話し半分にしか聞かず、バットマン“もどき”を注視していた。ブロックの体重は外見から察するに、80キロ前後。『もどき』は片手にサブマシンガンを武装している為、もう片方の腕一本で“投げ飛ばした”事になる。

 

 

相当な力自慢?それだとサブマシンガンで武装する理由が分からない。

 

スーツに特殊な仕掛けがある?それこそ“本物”の様に?いや、それだと“本物以上の出来栄え”とも言えてしまう。

 

 

ブルースが考えている間にも惨劇が続き、辺りが血の海へと変わる。目の前の婦人が倒れた。駆け寄ろうとしたブルースだが、その目の前にブロックが落としたらしき拳銃が落ちている。

 

 

「……ッ!」

 

 

迷っている暇はなかった。

 

 

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「『悪に堕ちたバットマンと正義のガンマン・ブルース・ウェイン』……いつの時代になっても報道機関ってのは口の速さと煽り文句は色褪せないな」

 

翌日の昼。ゴッサム市警取調室。その小さな部屋の中でため息を着いたのはここのトップである、ジム・ゴードン。そして部屋の中央の椅子に座っていたのは『正義のガンマン』ブルースだった。

 

 

「殺してはいないよ」

 

「分かってる。君が狙ったのは銃を持った『手首』だ。……心臓や頭を狙うよりよっぽど難易度が高い」

 

「お金持ちには趣味が多いのさ」

 

「今回はそれに助けられたから、こうして記者達から匿ってあげているんだ」

 

「それについては感謝している。だが、もう家に…」

 

「そうしてあげたいが、今は表も裏も報道陣でいっぱいだ。正直に話すと、今くらいしか休憩出来ない程だよ」

 

 

そう言って肩をすくめてみせるジムに対し、ブルースは沈黙で答えた。

 

 

「……さて、しかし一応は任意聴取という事になっているので、話を伺いたいがブルース・ウェイン。君の『英雄的行動』には大変感謝している。だが、君はその、言い方は悪いが世間では『遊び人』のイメージが強い」

 

それは、ブルース・ウェインが『バットマン』を隠す為に用意したもう一つの『顔』だった。

世界有数のセレブにして天涯孤独のブルース・ウェイン。

そんな彼が若くして隠居生活なんてしていれば、変に『勘ぐる』人間が出てしまう。

その解決策として、勘ぐりそうな『スキャンダル』を餌に選んだのだ。

彼は『両親が残した莫大な遺産を豪遊にしか使えない、世間知らずのアホ』だと認識させ、それ以上調べられない為に。

 

 

「僕は身の丈に合った生活を送っているだけだ」

 

「結構。それについては個々人の考えなので私はコメントしない。ただ一つ気になるのは、『何故あの状況で瞬時に反応できたか』だ。……君はバットマンに会った事はあるかね?」

 

「えぇ、何度か助けて頂いた事が」

 

 

彼は神妙な顔で嘘をついた。この十年、今の一度だって「僕がバットマンだ」などと言いだしたことはなかったし、言いたいと思う事すらなかったからだ。

 

 

「そうだな、私も毎晩の様に顔を合わせて、何度もこの街の平和を脅かす存在と戦う事に協力してくれた」

 

「ゴードン警部はまさか、昨日の『もどき』が本物だと!?」

 

「そういう事を言いたいんじゃない、ブルース。君もあの『もどき』と同じく、バットマンの様な『ヒーロー』に憧れた軽率な行動を起こして、結果上手くいっただけでは……と思ってね」

 

「……僕は『ヒーロー』なんて柄じゃない」

 

「恐らく『彼』もそう思っていると、私は思うよ。少なくとも、君の方がより本物に近い『もどき』という訳だ」

 

「……褒められてるんですか?」

 

「どうだろうね。無鉄砲だとは思っている。……良い機会だ、聞いてくれブルース。私はトーマス夫妻殺人事件……君のご両親が亡くなった『あの事件』を追っていた新米時代からずっと君の事を見てきた。……執事のペニーワースさん程ではないかも知れないが。ともかく、今回は上手くいったが、今後はそう言った『命を粗末にする行為』は控えて欲しい」

 

「……善処します」

 

 

彼はブルースがバットマンである事には気が付いていない。

しかしその言葉は確かに、ブルースと同時にバットマンにも語り掛けている様な言葉に聞こえてしまった。

 

 

「……そうだな、たまにはバットマンにも今の言葉を言ってやろう。最近ちょっと『やり過ぎ』だ」

 

「やり過ぎ、とは?」

 

 

実際には変わっていないが、ゴードン的には話題を切り替えたようなので、ブルースも何食わぬ顔で問いかける。ゴードンは続けた。

 

 

「二日前のアイスバーグ・ラウンジ。私は戦場跡かと思ったよ。オズワルド・コブルポットの部下の中には全治二カ月はかかるであろう大怪我をしたヤツもいた」

 

「だが悪党でしょう?」

 

「悪党でも人間だ、更生の機会は設けないといけない。バットマンの最近の『制裁』は度を過ぎている。まるで『悪党を叩きのめす』事が目的にすり替わってないか、とすら思える」

 

「……」

 

「……こんなこと君に言っても仕方ないな、ブルース。バットマンはいつも言いたい事だけ言って急に消えるから、ゆっくり会話出来ないんだ。だから積もる話はいっぱいあるんだが……」

 

「今度僕がディナーのセッティングでもしましょうか?」

 

「それは……いや、遠慮してとこう。彼が素直に招待を受けるとも思わない」

 

「それもそうですね」

 

『良い機会じゃないですか。是非『普段着』で会食なされてはいかがですか?』

 

 

その声は、ブルースの耳裏に隠していた極小の通信機器から骨振動で伝わった、アルフレッドの声だった。

 

 

『友好を深めるのは人生において、とても大事な事です。この十年間変なコスプレ趣味に文句ひとつ言わず付き合ってくれた友人と食事一つして、バチが当たる事もありますまい』

 

 

ブルースがうんともすんとも言えないこの状態を良い事に、アルフレッドの声は心なしか嬉々としているようにも聞こえる。

 

 

『直接この目でブルース様が困惑してらっしゃる様子が見れないのは残念ですが、お仕事はこなしましょう。ゴッサム市警が回収、調査した『もどき』のデータ回収には成功いたしました。しかし、それとは別に少々……いや、かなり深刻な問題が発生しました』

 

「深刻な問題……?」

 

「なんだって?」

 

 

思わず声に出してしまったブルースに対し、ゴードンが怪訝な表情を浮かべた。

それとほぼ同じタイミング、廊下に荒い足音が響き、程なく待つ事もなく血相を変えたハービー・ブロック警部が取調室のドアを蹴り破る勢いで開けた。

 

 

「ジム、大変だ!」

 

「どうしたハービー!?」

 

「ここからでも見える! 窓を開けて見てくれ!! 正に『真昼の悪夢』だ!!」

 

 

ブロックに言われた通り、取調室の窓を開け放ったゴードン。

 

手錠で縛られていた訳ではないブルースも立ち上がり、ゴートン、ブロックと肩を並べて空を見た。

 

 

「……そんな、馬鹿な!?」

 

 

 彼が、見たものとは。

 

 

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爆発があった。

 

現場はゴッサム・シティ郊外の精神病院、アーカム・アサイラム。

 

 

「ヒィヒィハハハーーッ! 派手な出所祝い、ありがとうなァーーーッ!!」

 

 

白塗りの肌、緑色の髪。そして紫色のスーツ。

 

彼を知らない人間はゴッサムにはいない。

 

バットマンと対を成す狂気のピエロ『ジョーカー』が施設を爆破してその隙に逃げ出したのだ。残念ながらここまではゴッサムの『日常』である。

 

しかし。

 

 

「……オイオイ、なンだよ。オーディエンスの一人もいないのかよ?」

 

 

彼にとって人生とは一つの『舞台』である。

 

『無観客公演』など、ジョーカーには耐え難い苦痛でしかない。

 

 

「ま、ラクできる事は悪い事じゃない」

 

 

懐にしまい込んだ催涙スプレーを指先で回しながら、ゴッサムへと続く街道を歩くジョーカー。本当ならこれを警察官にお見舞いし、運んできてくれたパトカーで『家』に帰るつもりだったが、彼の『アテ』は外れ、外には車の一台も泊まっていなかったのだ。

 

 

「ダメだなぁ。下調べ不足だ。最近はこう……『刺激』が足りない!」

 

 

針葉樹が立ち並ぶ街道を真昼間から、堂々と歩くジョーカーはそれだけで異質だったが、それを気に留める事無く独り言を続けた。

 

重ねて言うが、彼の人生とは一つの『舞台』。

 

彼が『舞台裏』に引っ込むのは、バットマンの為に『舞台装置』を拵える時くらいである。

 

 

「そう……バッツ! バットマン!! 聞こえてないのか!? オレ様は今、珍しく太陽の下でランチを食べたい気分なんだぞ! こういう時にはすぐ来てくれないのかお前は!!」

 

 

 

 

 

言葉に対して静寂が返ってきた。

 

 

 

 

 

「あぁクソッ!」

 

 

それに耐えられなかったジョーカーは懐からダイナマイトを取り出し、近くのマンションに適当に投げ入れる。

 

爆発があり、人間の悲鳴が聞こえた。

 

 

「なんだ、てっきりオレ様が一眠りしてる間にゴーストタウンになっちゃったかと思ったが、ちゃんといるじゃないか」

 

 

その爆発に誘われる様に外にゾロゾロとゴッサム市民が顔を出すが、街道をのんきに歩くピエロを見るや否や奇声に近い悲鳴を挙げながらその場を去っていく。

 

ダイナマイト一発で、否。彼一人でゴッサムの閑静な住宅地が地獄に変貌した。

 

しかしその金切り声では、ジョーカーの心は満たされなかった。

 

彼の中ではこの程度『客入りの少ない舞台の小笑い』にも満たない。

 

 

「『刺激』だ。最近『刺激』が足りない」

 

 

バットマンと出会い、彼と毎日『舞台』に立つ事、早十年。

 

ジョーカーはある種の『パターン』が出来てしまった事に嘆いていた。

 

 

「悪党が悪さする。バットマンが現れる。ドカン! バコン! お終い……」

 

 

自分には無限の才能がある、そうジョーカーは確信していた。

 

しかし『主演』の一人たるバットマンが、最近『事務的』になった、と感じ始めていたのである。

 

それは当然演者にも問題があるが、偏に『新しい刺激』を提供できない『脚本家』も叩かれて然るべきだ。

 

 

「なにか新しい事を始めないとな……。とりあえず『真昼のバットマンVSジョーカー様』で一丁お茶の間のマダムの心をガッチリと……お? おおお???」

 

 

天を仰いだジョーカーが、言葉を失った。

 

 

彼が見たものとは。

 


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