少女のつくり方 〜艦隊これくしょん〜   作:山田太郎

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記念すべき100話。

ソロモンが終わりません。
そして終わった後の話がありませんー。

艦娘と呪いの話や艦隊初の轟沈艦が出る話とか、メモにもなってない逸話たち……。
今後はまったりペースになっていきますよ。



〜ある昼下がりの〜

「あっれー」

所属艦娘の記録が記されているファイルをめくっていた川内の口から声が漏れた。

ここは基地内に設えられた書庫。キレイに整頓されているが、各種記録のほか趣味的な書籍まで雑多に詰め込まれており、小休憩にも使える図書室として今も数名の艦娘が思いおもいの過ごし方で楽しんでいる。

 

川内のそれは誰に話し掛けたものでもなく、つい口から漏れた。ただそれだけのものではあったが、机の反対側に座る村雨が顔を上げて反応する。

 

「訓練記録ですか?」

村雨らしさ、とでも言うのだろうか。彼女は少し気にし過ぎなほど、周囲との調和を気にするタイプだ。

 

 

「そそ、ちょっとは頭に入れておけって神通がうるさくてさ。で、あらかた見てるところなんだけど、春雨ちゃんの成績ってなんでこんなに点数低いの?」

 

川内の手に持たれているファイルは駆逐艦娘の訓練記録。

春雨は川内指揮下の艦娘ではないが、どうやら駆逐艦娘全員のデータをさらっているらしい。

 

 

「あら、川内さん。うちのかわいい妹になにか文句でも?」

春雨は村雨と同じ駆逐隊に属し、しかも自分の妹であり僚艦だ。気にしてもらえているのはありがたいことだが、軽巡艦娘の言葉とはいえ、はいそうですねと軽々しく頷くわけにはいかない。

なんてことを考えていたのだが、内心が表に出てしまったのか川内が慌てて言葉を継ぐ。

「違う違う、そうじゃなくってさ」

 

 

そう言って観念したのか、広げていたファイルを机に置いて村雨に向き合った。

 

「あの子、普通に優秀でしょ。遠征も護衛も任せられるし、本人は苦手だって言うけど艦隊戦でもいい数字叩き出すよね? しかも勇敢で、ここぞってときに躊躇わないし」

 

「あぁ、そういうことですか」

 

納得したかのように村雨が言う。どうやらかわいい妹に不当な評価が付いたわけではなさそうだったので、素直に彼女についてを口にする。

 

 

 

それは今、霞ちゃんと取り組んでる課題なんです。

 

 

 

 

「気付いたのは霞ちゃんなんですけど、春雨は訓練でわざと失敗してみせるときがあるって」

 

さり気なく飲み物を用意してくれていた金剛が二人の話しているテーブルに紅茶を並べる。

戦艦に飲み物を用意させるなど他の艦隊ではあり得ないことだが、艦種による上下差が存在しないこの艦隊では日常の光景だ。

金剛は役職付きなので厳密には二人にとっての上官にあたるのだが、気さくな上司とかわいい部下程度の認識でおり、金剛の気立ての良さが伺える。

 

 

「ちょうど眠かったんだ、ありがとうございます」

紅茶を受け取った川内も慣れたもので、軽く返礼してから村雨に向き直った。

村雨が同じように紅茶のお礼を伝えると、金剛は自分の分の紅茶を手にし、二人から少し離れた席に腰掛けた。

 

同じ会話を楽しめる、かといって邪魔にならない絶妙な距離感を保つ彼女の配慮は見習いたいものだと思う。

 

 

「で、理由はあるの?」

「霞ちゃんが言うには、承認欲求なんじゃないかって」

「承認欲求?」

「姉たちには敵わないっていうポジションで庇護されたい。そういう無意識の欲求らしいですよ」

 

読んでいた書籍を閉じ、会話モードに入った村雨が紅茶に口をつけながら霞から聞いたセリフを伝える。

 

「自己評価が低いってことらしいですけど、失敗することで、姉に守ってもらわなければいけない自分でいたいんだとか」

 

「ふーん、霞はなんでも知ってるねー」

「提督と前にそんな話をしたのを覚えていたみたいです」

 

霞はよくものを知っている。ジャンルを問わないその知識は提督から得たものも多いそうだが、彼女が提督から学んだ1番のものは「知識欲」だ。

調べる楽しさ、知る楽しさを学んだ彼女は今では立派な調べ魔に成長していた。

 

 

「今も?」

「改善はしてきてますかね、自信を持たせるよう褒めたり、姉の失敗談を聞かせたり」

「へー、大変だね」

両手を上げて軽く伸びをする川内に、困った風の村雨が身を乗り出して続ける。

 

「大変なのは霞ちゃんですよ。『そんなの簡単じゃない。失敗なんてしてみせなくても、本気のアナタでも太刀打ちできない凄い姉なんだって見せつけたらいいわ』って」

 

 

川内の口からつい笑みがこぼれた。

「あぁ、それでか。アンタと夕立、最近妙に訓練に力入ってるなって思ってたんだよ」

それを聞いて、さすがによく見てるなと村雨は思った。

 

司令艦である村雨も警護艦の夕立も、その特殊な立ち位置から一般の艦娘と同じようには訓練教程に参加できておらず、提督の側にいることの多い川内自身もほとんど参加していないはずだ。

目端の利く、この視野の広さが彼女の強みだろう。

 

 

「春雨はよくできる子だから、ちょっとばかりの努力では姉の凄さを見せつけるなんてできなくてー、威厳を保つのも大変です」

 

「特にアンタら二人は春雨ちゃんのこと大好きだしね」

 

村雨と夕立は、春雨のための努力を惜しまないだろう。そして、さらに上にいるあの二人は妹たちに努力を見せもしないだろうから、きっと隠れていろいろやってるに違いない。

 

 

「ホント、霞はよく見てるわ」

 

そこまで予見していたであろう霞の評価を、川内は独り言のように呟いた。

 

 

 

「やっぱり身内のことになるとダメですね、私も司令艦として公平に見てるつもりだったけど、春雨かわいさに全然気が付きませんでした」

 

机に突っ伏した村雨に合わせて豊満な胸が形を歪めるが、ここにはそれを気にしてくれる目もなく、無駄に撒き散らされるだけの色気になったのが残念だ。

 

少し離れたところで書類に目を通していた金剛が静かに会話を重ねる。

「興味深い話デスねー、ワタシたちは姉妹仲の良いことが多いデスし。ワタシのところも自己評価の低い妹に思い当たるフシがありマス」

 

 

「あれ、ウチはそういうのないなー。神通も那珂も私に姉の威厳を見てないのか?」

 

金剛の話を聞いて、難しい顔をして腕を組む川内。彼女の性格的に、変に思いつめたりはしていないだろうが、それに対してもすかさず村雨がフォローを入れる。

 

「川内さんたちは私たち駆逐艦の姉役でもありますしね、そう考えると軽巡って特殊な立ち位置の艦種ですね」

「そんなもんかー」

 

フォローではあったが、まったくのおべんちゃらを言ったわけではなかった。

自分ではわからないのだろうかと、そう思う。

 

 

私たち駆逐艦の姉役をこなし、グイグイ前へと引っ張ってくれる水戦旗艦の軽巡艦娘。

自分の指先も見えない深い夜の海でも、彼女の息遣いが聞こえるだけで安心できる。

闇に沈んだ恐怖の海でも、砲火に照らされた彼女の赤いリボンは私たちを力強く導く。

 

神通さんも那珂ちゃんも、とても優秀に姉役をこなす人たちだけど、彼女たちはいざというとき必ず後ろを振り向くのだ。そして後ろに川内さんがいることを確認すると、安心して砲弾飛び交う戦場に駆け込んで行く。

合同で行われる作戦ミーティングの席にて、神通さんが川内さんに目線を送って確認していたのも知っている。

 

水雷戦隊のボスとして、これ以上ない安心感を与える精神的支柱。それが村雨の川内に対する評価だ。

 

 

不安はないのだろうか、ふとそんな考えが頭に浮かぶ。

川内は川内型の長女でもある。彼女の拠り所はいったいどこにあるのだろう。つい口に出た。

 

「川内さんは長女ですよね」

「そのはずなんだけどね」

 

ペラペラと書類を繰りながら投げやりな返答をよこす川内。

彼女はどう感じているのだろう。彼女なら、ふやふやとした輪郭のない疑問にも嫌な顔せず答えてくれるだろう。そんな信頼から村雨は思いの丈を素直に吐露する。

 

 

「不安になったりとかはしないんですか?」

 

一瞬きょとんとした顔を見せた川内だったが、しかし、迷うことなく涼しい顔で言い放つ。

 

「私ら軽巡が不安になってどうするのさ。私たちは駆逐艦の子たちを死地に送り出さなきゃいけないんだよ? 自信を持って命令して、それで生きて連れ帰るっていう覚悟と責任があるんだから」

 

その顔は、少しもブレることのない決意を秘めたものだった。

 

 

「なんて、金剛さんの前で言うことじゃないけど」

この場には艦隊旗艦として長く海上を駆けた歴戦の大戦艦もいるのだと思い出したように、少し照れた顔でそう付け足す。

 

「No。数は問題じゃありまセン。それが一人だろうと百人だろうと、命に対する責任に大小はないデスから」

戦艦として、全ての艦娘の原点として、期待と義務を一身に背負って立ち続ける金剛はそれを優しく否定する。この器の大きさが、彼女を彼女たらしめているのだろう。

 

 

 

私にとっては由良さんかなと思った。

後ろにいてくれたら安心して前を走れる。前にいてくれたら不安なくついて行ける。

穏やかで、優しくて、温かくて。そして厳しく、いつでも見守っていてくれる存在。

失敗したときは必ずフォローをしてくれ、成功したときにはまるで自分のことのように喜んでくれる。そんな彼女の姿を思い浮かべた。

 

 

「なるほど」

「なに? 急に納得しちゃったりして」

「姉としてっていう責任の重みにぶち当たりました。春雨に見せなきゃならない私の姿、私は戦場でいつも見てたんだなーって」

 

セリフに反して村雨の顔はどこか綻んでいる。腑に落ちることがあったのだろう。迷いが晴れたならなによりだ。

 

「そんな堅苦しく考えなくていいんじゃない? 村雨はよくやってると思うよ」

川内の目から見ても、司令艦村雨はよくやっていると思う。曲者揃いの白露型全艦を率いて、それで作戦の体を成させるのは並大抵のことではないだろう。

私にはできない、なんて言うつもりはないが、やりたくはない。

 

 

「ま、それでも。そうやすやすと負けてやるわけにはいかないから、私に並んだとは言ってあげられないけどね」

そう言って川内は、妹に向けるような優しい顔で笑った。

 

 

「村雨は安心して私らを追いかけな。私らは私らで、絶対に追いつけない凄いやつでいてあげるからさ」

 

本当に、遠い背中だ。

 

 

その背中に追いつくことはできないだろう。だから、安心して追いかけることにしよう。そう思った。

 




次回、戦乙女たちとなくなるトイレットペーパー。
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