少女のつくり方 〜艦隊これくしょん〜 作:山田太郎
あともう2話で佐世保が終わる予定。
本当に長く付き合っていただきまして、感謝しております。
暗闇の海で海面を照らすのは命で作られた松明。そうして彩られた舞台で、氷上の妖精のように、滑るようにと有象無象の前に降りたつのは美しい湖面の瞳を持つ絵画の少女。
「時雨、行くよ」
進路の邪魔になるのは3体だけだ、それらをかわすだけならやってみせる。
目にした敵艦すべてを水底に還すのが目的ではないのだ。
負け戦には負け戦の勝ち方があるのだと、作戦前に彼が言ったのだから。
そして、必ずその下へと帰る約束を交わしたのだから。
せいぜい目立って敵の目を引きつけよう。
僕の信頼する仲間たちが、後ろから敵本隊を突くまで。
それが僕の役目だ。
川から海へと進む霞たちは軍施設に狙いを集中させる深海棲艦たちの裏をかいて戦場へと潜り込んでいた。
ここを抜ければ敵旗艦に届く。
それはほんのわずか先、それは限りなく遠い先。
「きゃあ」
敵の砲弾が直撃した伊勢の主砲が煙を上げる。
少しずつ、しかし確実にダメージを蓄積していく伊勢。それでも彼女が盾になってくれなければ、逃げ場も為す術もなく駆逐艦である霞たちは沈められてしまうだろう。
やはり届かないのか。この戦力だけでは果たせないのか?
こちらの主力は伊勢。そして両脇を朝潮と霞で固めた三人だけが戦力だ。
ようやく浮くことができるまでには応急修理を終えさせた皐月だが、戦場を連れまわせる状態ではとてもないので、川べりに隠すようにして置いてきている。
駆逐艦1隻でなにが変わるわけではないけれど、駆逐艦の1隻でもいてくれたらとも思う。
港を挟んだ向こうでは時雨が奮戦しているのだろう。砲撃のたびに強烈な閃光が砲口から上がり、彼女の位置を教えている。
そのおかげでこちらに向かってきている敵艦の数は絞られているが、狭い港湾ではそれを抜くのだって至難の技だ。
ここからなら伊勢の主砲が敵艦に届く。艦砲の射程を考えれば港湾内の距離などあってないようなものではある。
しかし敵艦に囲まれながらの回避中に、闇夜の目視でめくら撃ちのようにしてもラッキーヒット以上のものが望めるとは思えない。
確実を期すなら水雷だ。
避ける暇さえ与えない至近距離からの一撃。
抜けさえすればそれが可能なのだ。
ワタシたちは夜の戦場を嫌ってほどに駆けてきた、誇り高い駆逐艦なのだから。
決め手を欠いたまま攻めあぐねる霞たち。
その轟音の吹き荒ぶ中、砂嵐のような無線からあの男の静かな声が聞こえた。
「やれるさ、お前なら」
ノイズ混じりにたった一言だけ届いたその無責任な言葉。
その言葉はストンと霞の胸に落ちて力になった。いつまでも悔やんでばかりはいられない。戦場で泣いているだけなんて許容できない。なにより、憎悪によって立つワタシを、沈んでいった子たちにいつまでも見せていたくはない。
彼は、こんなワタシに信頼を預けてくれている。ワタシが応えなくてどうする。
「全艦単縦陣! このまま抜けるわよ!」
死地に足を突っ込む覚悟があるのなら、走った先にこそ活路があると、駆逐艦ならば知っている。
敵陣の中に混ざってしまえば、友軍撃ちに注意しなければならないのは深海棲艦のほうだ。
覚悟なら、もうとっくの前にできている。
半死の重巡ネ級が縋り付くように咆哮を上げて霞たちを追う。
門番のように敵旗艦を護っていた艦だ。
アナタが艦娘であれば、その誇り高い戦いぶりに敬意を表したことだろう。
しかし彼女は深海棲艦だ。
ならば、ソレに言うべきことも感情も決まっていた。
「ちっ、ウザいのよ!」
門番を降したことで、這々の体ではあるものの霞たちが敵本隊の前へと姿を現した。
これで、狭い港に追い詰められたのは深海棲艦のほうだ。
味方を撃つ心配のない霞たちの砲撃が敵の装甲をこそぎ取っていく。
敵旗艦である戦艦ル級が恨めしい目でこちらを睨め付けるが知ったことか。
ここにきては、あとは勝ち筋をなぞるだけ。
この狭い海で、駆逐艦を相手に戦える艦などいない。
そしてここにいる駆逐艦娘は一騎当千の猛者ばかり。
それをあの男が信じてくれているのだ。それを、あの短い一言で告げたのだ。
誇りを持て、自信を持てと、アイツがワタシたちに言ったのだ。
ジワジワと命を削るその戦場に、敵にとっての絶望がまた1隻増える。
合流直後から絶好調なのは時雨だ。
地元艦娘の底力を見よと言わんばかりに、狭い港湾を縦に横にと駆けて敵を翻弄していく。
霞たちが本隊前に到達し、囮としての任務が終わった時雨は、ここが1番の安全地帯になったことを感じ取ったのだろう。
指示を請うでも意見を問うでもなく、彼女は正しい選択をした。
幸運なだけで佐世保のエースになったのではないと、彼女は実力で証明してみせたのだ。
試合には負ける。分かっていたことだ。
そして勝負には勝つ。
佐世保の港に集う深海棲艦を全滅に追いやることなどできやしないが、ここに居座る旗艦を含んだ本隊に生き残る目はもうない。
幕切れはあっけなく。
静かに引くのが定石だ。
「シンロヨシ!」
「ショゲンニュウリョク!」
「ハッシャカンヨシ!」
耳元で妖精さんたちの声を聞いた。
その中に、ずっと聞きたかった声を時雨は見つける。
提督のポケットで、声もなくずっと泣いていたあの妖精さん。
僕に着いてきてくれた彼女が叫ぶように声を張り上げた。
「イキテ! イキアガケ!」
発射管から飛び出した魚雷は真っ直ぐに進む。こんな感覚は初めてだった。
発射したその瞬間から、相手を沈めるイメージしか持てなかったから。
僕の魚雷は必ず当たる。そして、僕たちは生き残るんだ。
「目標達成! 敵旗艦撃沈よ!」
堂々とそう告げる霞の声に、僕たちの、長い夜が終わりを迎えるのだと感じた。
「キミタチニハシツボウシタヨ」と妖精さんが喋ったら、いきなりギャグになるのかなとちょっと思いました。
そういや、もう知ってる方も多いでしょうが……。
佐世保では秘密の深海棲艦研究が行われていました。
基地司令官は証拠隠滅のためにあそこにいたのですね。
時雨を送り出したあとの提督がそれを見つけます。