少女のつくり方 〜艦隊これくしょん〜   作:山田太郎

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小島での生活2

「提督。それで、僕たちの当面の方針はどうするのかな」

「時雨の練度を上げて、それから戦術を考える。俺たちは俺たちらしく、な」

「教本通りじゃいけないのかい?」

わかっていたことではあるが、練度を上げることが最優先みたいだ。だが、戦術については疑問も浮かぶ。自分はこれで幾度となく作戦に参加してきた実績があり、佐世保鎮守府随一の練度を誇る駆逐艦と評されてきた。現に戦果も挙げているので、教官役のいないこの島で今さら自分だけで新たな戦術をと言われてもどうすれば良いのか見当もつかない。

 

「お前がそれで戦いやすいのなら構わないよ。実際の戦闘ってやつを俺は知らないし、戦い方は現場を知る人間こそが考えるべきだと思う。そもそも対深海棲艦戦なんて当事者は艦娘だけだもんな、人が常識の枠にはめて、机の上で勝手に考えただけの戦い方なんてあまり信憑性の高いもんじゃない気がする」

「それなら、少し分かる気がするよ」

実際戦場で役に立ちそうもない訓練やセオリーというものはあったのだ。教本にはない現場の艦娘だけが知っている裏技に近いものもある。教本どおりに、ではエースとはなれないだろう。

 

「あと力を入れるのは陸上訓練だな」

「陸上訓練? 陸の上でなんの訓練をするんだい?」

「スタミナと筋力アップ。それから陸上戦闘訓練を取り入れたい」

 

 

「定期的に資源を輸送してもらえるが、大した量じゃない。できることは陸でやる。せっかくそれができるように生まれてるわけだからな」

先ほどドッグの確認を行ったところ、前任者が残した燃料が少なからず残っていた。多分遠征任務をメインにこなし、備蓄を心がけていたのだろう。

しかし、当面艦娘の補充を考えていないうちの艦隊(?)では遠征任務を受けることもできないので、後方基地より補給される1隻分の僅かな燃料と備蓄分だけでやり繰りしなければならない。

佐世保に居た頃は残燃料なんて気にしたこともなかった。訓練や出撃の後は、ドックに艤装を戻しておくだけで次に使うときには完調の状態になっていたものだ。

 

 

「確かに、船だった頃は筋トレなんてしたこともなかったね。スタミナが必要ってこともわかるんだけど、陸上戦闘っていうのは?」

 

「それも同じ、人型には人型のメリットがある。昔から思っていたんだよ、なんで艦娘って水上訓練しかしないんだろうなって」

在りし日の船の魂を宿す艦娘と陸上戦闘がどうしても繋がってはくれない。

先の佐世保撤退戦でも陸上を駆けずり回ったので、まったくの無駄というわけではないのだろうが、深海棲艦が海上にいることを思うと優先度がそれほど高いとは思えない。

 

「陸上での身体能力も可能な限り上げておく、人型である限り基礎体力や体幹を鍛えるのは水上戦闘でも役立つはずだ」

そんなものなのかな。人型の大先輩にあたる提督が言うのだから役に立つのだろう。いっそ僕たちのように、変に海の戦いに染まっていない提督だからこそ思うところもあるのかもしれない。

 

「それに、今後は対人戦闘ができると戦略の幅も広がりそうだ……」

ぼそりと付け加えたそれに薄ら寒い違和感を覚えたが、端から提督の考えに異論を挟むつもりはない。

「うん。トレーニングについては提督に任せて大丈夫なのかな? ここにはなんにもないようだけど」

提督が必要だというのならそうなのだろう。求められるまま僕はやるだけさ。提督と二人、このなにもない島から始めるんだと決めたところだ。そして、佐世保を生き抜いたときから、この人の元で生きて死ぬ。それはもう確定していることなのだ。

 

「必要な筋力をつけるのに特別な物は必要ない。上半身なら懸垂、下半身はスクワットで十分だ。程よく筋肉のついた女の子の背中はキレイだよ、俺を悩殺することまでできて一石二鳥だな」

 

「うん、それは必要だね。提督に捨てられることのないようにしないと、僕の存在意義に関わるからね」

そうだ。決意を固めるのは勝手だが、この人に手を離されてはそれを成し得ることができない。提督を悩殺……、できるとは思わないが、頑張ろう。

 

「俺が時雨を捨てるなんてことはないさ。お前の死ぬときが俺の死ぬときだ。浮くも沈むも一緒だよ」

提督の一言が胸を突いた。ああ、この人も同じ決意をしているのかと。『これで、俺と君とは共犯者だ』あの時の約束が思い出される。うん、頑張ろう。二人でやっていくんだ。

 

 

妖精さんにも手伝ってもらい、ドックに転がっていた単管パイプで懸垂ができるだけの簡単なスタンドを作った。激しく運動したら倒れてしまいそうだが、提督に言わせると、懸垂は揺らさないくらいゆっくりやるものなので、むしろこのくらい頼りない物で良いとのことだ。

 

それじゃあやってみるねと、妖精さんをギャラリーに背負い、早速完成したスタンドで懸垂を始める。

「鎖骨くらいまでしっかり上がれ、上りきったら一呼吸おいて、下がるのも同じくらいゆっくりだ」

 

やや、これは予想以上に辛いぞ。額に汗をかきながら、ゆっくりと懸垂を続ける。

身体能力にはそれなりに自信があったが、初めて行う懸垂なるトレーニングはなかなかにしんどいものだった。

 

「初めての懸垂で20回か。お前ら本当にバ……優秀なんだな」

 

腕がパンパンになり、これ以上は上がることができない。なんだろう、体は疲れていないのに上半身だけ疲れているような、初めての感覚だ。ところで今、なにかとても失礼な感想を言いかけなかったかい?

息を整えながら回数をこなせない自分にやきもきした。本当のことを言うと、回数云々ではなく、1時間くらいは続けられるものだと高を括っていたのだ。それを察したのか提督が言う。

 

「体重の軽い女の人のほうが得意ではあるが、上出来だよ」

普通は10回上がれるように頑張りましょう、といったものらしい。

「ちょっと休憩入れたらもう1回だな、そのときはもう少しスタンス広げて、肩幅より広めで試してみてくれ。1度に10回以上はやらなくていい、他の運動や作業の合間とか、ちょっとした時間を見つけて適当に。そうそう、あと鉄棒を握りこむなよ、無駄なところに力が入っていると効率落ちるからな」

 

 

それから雑談を交えつつ、ゆったりとした時間の中でトレーニングを続けた。空と海が赤く染まり、雄大な南国の景色を見せる頃になって慌てて小屋に戻る。

「つい張り切って集中し過ぎた」

「提督もやるもんだね、驚いたよ」

体を鍛えるという行為は、思いのほか面白く、時間を忘れて交代で没頭してしまったのだ。

 

到着したときに少し確認しただけの小屋は、まだ居心地の良い空間とは呼べず、他人の家のようだ。だから、小屋に入るなり提督が何気なく口にした「ただいま」に意表を突かれた。

 

「これから俺たちの家になるわけだしな、なんとなくだ」

視線に感づいた提督は、言い訳のように小さく言った。

「うん、そうだね。……ただいま」

不思議な感覚だった。先ほどまでより、ずっと自分の居場所になったような気がする。

 

 

「夕食の用意をするね、大したものは作れないけど、料理もこれから練習するよ」

「じゃあ俺は風呂の用意でもするか、それはそうと、今度の定期船にTシャツとジャージでも頼まなきゃな。トレーニングなんて制服でするもんじゃねぇよ」

 

確かに、懸垂中に吹く南国の風や肩幅まで足を開いたスクワットなどに思うところがなかったでもないが、そんなところに予算を割いていいものか。

なにより、今またおかしなことを言ったね。

 

「お風呂の用意なんて僕がするよ。提督はゆっくりしていてくれて構わないんだよ」

お風呂の用意をする提督なんて、艦娘のためにトレーニングウェアを買い揃える提督よりも聞いたことがない。

「お前も疲れてるだろうし、早くサッパリしたいだろ? 二人しかいないんだから、ここでは分担だよ。毎日やるかどうかは気分次第だけどな」

言いつつ浴場の方に歩く提督の背中に、慌てて声をかける。

「入浴は提督からだよ!」

 

 

「今日は遅かったから、簡単なものしか用意できなかったけど」

ここに転属になる前、横須賀で提督のお姉さんに少し料理を教えてもらっていた。時間がなかったこともあり、料理の基本を教わった。とも言えない内容ではあったが、初めて作った料理もどきよりは随分とマシなものをテーブルに並べることができたと思う。

本日のメニューはご飯に味噌汁、それからキャベツを添えたカツレツ。提督は細々と皿数が多いほうが好みだとお姉さんに聞かされたが、それらを叶えるには時間も食材も、それから自身の練度も足りていない。

 

 

「十分だよ、特に俺くらいの年齢になれば、時雨みたいな若い女性が作ってくれた料理ってだけでご馳走だ」

並べられた料理を見て、提督が嬉しそうに笑った。

 

「カツレツ食うと山崎を思い出すな」

「駅弁ってやつだね。初めて食べたけど美味しかったよ」

正直に言うと、あのときは焦って食べていたのであまり記憶に残っていないが、思い出の料理になっていた。

 

 

夕食のあとは入浴だ。娯楽の類はなにもないし、トレーニングでかいた汗も流したい。先に入るかと提案されたが、提督を差し置いて一番風呂など入れるはずもない。未だ先を譲ろうとする提督にカバンから出した着替えとタオルを手渡し、半ば強引に小屋を追い出すことにする。

 

一人になった小屋で、洗い物をしながら今後の生活を考える。

今日明日は、自分たちの乗ってきた輸送船から下ろしたばかりのお肉があるが、それ以降は保存食と魚だけの毎日になりそうだ。

 

本日初めて自分の手料理を提督に振る舞ったが、彼は美味しいと言いながら残さず食べてくれた。

彼には、できるだけ美味しく食べられるものを出してあげたい。そんな母性的乙女心が胸に芽生えた。

 

 

入浴を済ませた提督と交代で浴場にやってきた時雨は、脱衣カゴを前に制服を脱ぎ、下着に手をかけたところで重要なことに気づいて青ざめた。

 

「あれ? 寝間着なんて持ってないよ」

 

しまった、完全に失念していた。

今までは女性ばかりの寮生活だったので、上にTシャツ1枚着込んであとは下着姿のまま過ごすことが多かったのだ。私物の服も何着か持っていたが、それらは佐世保鎮守府と一緒に燃え落ちてしまったので、手元には残っていない。

 

制服で寝るわけにはいかないよね、上はTシャツで良いとして、下は下着か? 下着姿でうろつくのはさすがに恥ずかしい。でもそれよりも、頭をよぎり心配なことがある。

 

「提督はなんて思うだろう」

粗忽者だなんて思われないだろうか。

 

「い、一応下着はちゃんとしたのを選んだほうがいいのかな……」

 

浴場から小屋までは普通に屋外なので、とりあえず制服を着込んで戻ることになる。誰も見ていないとはいえ、下着姿のまま外を出歩くような趣味は持っていない。

 

 

「お、女の子はもっと時間がかかるものかと思ったが」

小屋に戻ると着任の記録や日誌をつけていたらしい提督が顔を上げてそう言った。

「佐世保でも入浴できる時間は決まっていたからね、手早く済ませないと叱られるんだよ」

「ここは人数もいないし、もっとゆっくり浸かってていいからな」

 

「僕はなにをしたらいいかな? 秘書艦は初めてだから、指示してくれると嬉しいんだけど」

「俺だって初めての基地司令だよ、秘書艦が付くのも初めてだ」

そう言って笑う。そうだった、彼は士官学校を出たばかりの少尉で、中尉になったのもつい先日。普通ならまだまだ下積みを経験していく年齢だ。

「まずはここの書棚にある書類や資料の把握からかな? 何がどこにあるのかもわからんし、不必要なものは捨てたい」

 

さっそく書棚に立てられている資料を端から取り出し内容を確認していく。

「とはいえ初日だ、移動の疲れもあるし日誌を書いたら早々に寝てしまおう。もうちょっとだけ待ってくれよ」

 

 

 

「お邪魔します」

「他人行儀だな。ここは時雨の部屋でもあるんだ。邪魔だから出ていけと俺を追い出せるくらいになってほしいな」

「それは、難しいかな」

 

「時間ならまだある。こうして二人で過ごす時間が、実のあるものだったと言えるようにしよう」

二人で生活をしていくことで、彼との距離は近づくだろうか、今よりもっと信頼できるようになるだろうか。まだわからない。

だけど、そうなれたらいいなと思う。

常に前向きで建設的な彼と、これからここで過ごしていくのだ。なんてことを考えていると、「それはそうと、制服で寝るのか?」とついに問われた。

 

実は……。

「あぁ、すまなかった。出発まで俺の手続きと準備で慌ただしくさせてしまったもんな」

 

半ば軟禁ともいえる状態にあった提督の代わりに、転属の手続きや最低限の荷物を揃えるために駆け回ったのは時雨だ。今までは佐世保鎮守府という大所帯で、さらにエースを張っていたような存在だったのだ、転属に関する作業に追われたのも始めてだろう。ましてや男物だ。

 

「お前の準備についてまったく頭がいってなかった。俺の責任だ」

それから提督は、やっぱり俺がソファで寝ようかと言ってくれたが、それは固辞した。

僕のミスだし、提督をソファに寝かせるなんてことはどうしてもできない。

結局取り決めどおりに一緒の布団に入ることになった。

 

電気を消して、部屋の隅に行って制服を脱ぐ、スカートを下ろすときには戦場でも感じたことのない緊張感で目眩がした。

Tシャツの裾を引っ張りつつ、素早くベッドに潜り込む。

 

「不便をかけるな。俺も理性を保つようにするよ」

「いや、僕の不注意だから」

「なんだ? 理性は保たなくても良いよってことなのか?」

「そ、そういう意味で言ったんじゃないから!」

 

真っ暗な部屋の中で、お互い横になりながらの会話は新鮮なものだった。

いろんなことを話したが、結局言っておかなければならない一言というのは決まっているのだ。

 

「……トレーニングウェアの他に、寝間着をお願いしても良いかな?」

 

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