少女のつくり方 〜艦隊これくしょん〜 作:山田太郎
8〜10話あたりにもう少しボリュームが必要だったと自己採点をしつつ、もうムリポ。
反省会は無事に終わってからやるものとしよう。
執務室で時雨たちの話を聞く。
分かっていたことではあるが、やっぱり彼女たちはここの司令官たちからそういう扱いを受けていたようだ。
それは沈んでしまった艦娘も同様であったようで、同じ男として居た堪れない気持ちになる。
せめて、それぞれに隠れてやるくらいの配慮をしたらいいのに。どうやらそんなこともなかった様子。
逃げ場も頼る先もない文字どおりの孤島で、絶対の権力者から行為を強要される。
それを僚艦たちにも知られている気持ちってのはどんなものだろうな。
俺には想像もできないことだが、控えめに言って反吐が出る。
一人目の司令官が死んだとき、不謹慎ではあるが、これで解放されると彼女らが喜んだとして誰が責められようか。
そして、着任した二人目の司令官にそういう名目で再び呼び出された彼女たちの心境。こちらは想像するまでもない。
「呪われるだけの理由はあったようだね」
時雨がぽつりと呟いたセリフが執務室に静かに響いた。
不幸が重なったと簡単に言ってしまっていいわけでもないが、過去は過去として乗り越えさせなければならない。
今後は彼女たちのケアを中心に取り組む必要があるだろう。
全ては今さらの話で、そして今からの話だ。
俺たちは、彼女たちにとっては遅きに失した役にも立たない救いの手だった。
だから、俺たちにとってもこれから。
たとえ許してもらえなかったとしても、人間としての償いはするべきだろう。
願わくば、彼女たちにとっての人間が、まだ護る価値のあるものでありますように。
「司令官たちの死因にも関係ありそうなものかしら?」
怖いことを言うのは霞。そこをほじくり返したくはないが、どうだろう。
人間同士であれば、それが起こっても不思議ではない。そんな話は珍しくもなく日常に溢れている。戦争が始まってからはなおさらだ。
しかし、酷い扱いをされたからといって艦娘が人間に危害を加えるだろうか。ウチの艦娘でさえ、基本的にはそういう命令が飛んでいるからこその選択肢だし、俺を護るための手段であることも多い。それでも適性のあるなしがあるくらいには人間へ危害を与えるハードルは彼女らの中で高い。
それを自主的に、しかも危害どころか殺害である。実力で司令官という障害を排除するなんて、そんな考えがぽんと飛び出すものだろうか。
『殺人は癖になる』らしい。
人間に対する実力行使をすることの多い、ウチの一部の艦娘たちは確かに人間への暴力というハードルが下がってきている気もするが、そんな経験を持っている艦娘など俺の知る限りではウチの艦隊だけだ。
上官に手を上げた艦娘どころか、反抗的だと噂される艦娘でさえ聞いたことがない。
しかし今までなかったからこれからもないと確信するほど、俺は艦娘を知っているわけではないし、耳に入ってきていないだけでそういったこともあったかもしれない。
陸軍の戦場では、部下からの後ろ弾が死因となった上官の数が1割とも3割とも言われる。
どだい計上などできるわけもない数字だが、それが海軍で起きていないとも言いきれない。
もしここで、所属艦娘による上官殺しがあったのだとしたら、それはどんな方法であったろう。
塩分過多の料理を与え続けるとか?
まさかね。生活習慣病は怖いものだがそれでは時間が掛かりすぎる。
ならば明石が見つけてきた自生している毒を持つ草木か?
明確な殺意のもとでそれを行ったのだとしたら、食材としては使っていないという彼女たちの証言は信用に値するものではなくなるわけだが……。
吐き気に下痢。やつれた体に落ち窪んだ眼。衰えていく食欲。そんな男の姿が脳裏に浮かぶ。
よくある病気の症状ともいえるが、どこか引っかかる。
朦朧とした意識で幻覚でも見ていたのか、訳の分からない言葉をうわ言のように呟き死んだ男。
そして引っ掛かるのはもう一つ。
なぜ、あの少女は俺を見て不思議そうにした?
……まるで俺がそうならないのを不思議がるように。
「カンタレラだ」
半ば無意識に口から出た言葉に自分でも驚く。そんなはずはないのに、しかし、症状も状況もそれを否定してはくれない。
「カンタレラ?」
疑問を口にする時雨。当たりを付けたのは霞だった。
「本で読んだことがあるわ。イタリアで使われた毒物よね」
「毒? 待ってください、艦娘が毒を盛ったって言うんですか?」
突飛な考えに明石が確認を入れる。
まさか、まさかといった話になるだろう。
艦娘が人間である司令官に毒を盛るなんて。
なによりカンタレラなど、毒物の可能性に思い当たったとき最初に検討するようなものじゃない。どうかしている。
しかし考えてみても、矛盾するものはなにも思いつかない。口にしてみたら、それが正しいのだと直感にも似た考えばかりが頭を占めるが、今のところはなんの根拠もない思い込みというやつだ。
「カンタレラはボルジア家の毒薬と呼ばれた物だ。謎の多い毒だが、一説には亜砒酸だったと言われている」
確か撲殺した豚の肝臓を……とかそんなのだっけ。しかしそんな謎のオカルトチックなものより亜砒酸であったとの説のがよほど信憑性があると思う。
「亜砒酸って、ヒ素のことですよね。そんなものどこから……あっ」
明石は思い至ったようだ。
そう、ヒ素は天然の鉱石からでも産出する。この島ならあってもおかしくないのだ。
そして無味無臭のソレは、水や食事に混ぜてしまえばほぼ気付かれることなく命を啄む。
内地の病院ならいざ知らず、こんな孤島では分かるまい。そして死体は既に灰になっている。遺族の元に帰った遺骨を分析でもしない限り露見しない、この状況下に限るなら絶対の方法だ。
まったく、現代とは思えないな。
その歴史は紀元前まで遡ることができ、中世ヨーロッパでは頻繁に活用された完全な毒薬だったが、それも当時だからこそだ。
今では容易にその痕跡を見つけることができるため、『愚者の毒物』とさえ言われる手垢のついた過去の遺物に成り下がった毒なのに。
ヒ素で暗殺なんてイマドキ流行らない。
白粉として肌に塗った時代じゃあるまいし。どうせならもっと楽しむために活用してほしいものである。
そうだな、たとえば絵の具の顔料に使われていた。それはParis greenと呼ばれる美しい緑色で、ちょうど霞が初日に穿いてた下着の色だ。
もちろん現代では顔料に使われることもないし、そんなもので霞の下着を染めて、なにかがどこかで間違って俺が中毒になったら笑えない。
やっぱヒ素はヒ素だな。大人しく工業製品に使うくらいにしておくべきだ。
「問題はそこじゃないわ」
冷たい声色で霞がそう言った。
なにを使って殺害したのか。そもそも本当に艦娘がそれをやったのか。疑問は尽きないところだが、しかし霞の言うとおり。問題はもうその段階ではない。
三人の視線が集まる。
なにが言いたいのかは分かるが、そこをほじくりたくはない。
もういいだろう。
真実を明らかにすることにさしたる意味などなにもないのだ。面倒な話は避けるに限る。
「情緒酌量の余地ありってやつだ。死んだ男は殺されるだけのことをした。死んでなければ俺が海に捨てていただろうよ」
「納得できないわね。アナタが毒だと考えた最後のピースはなに? それ次第では、とても許容できないわ」
霞は薄々勘付いている。コイツはこう言っているのだ。
『彼女たちは、
確証はない。当然だ。
なぜなら俺は、この島に来てから基地で出された食品を一切れだって口にしていないのだから。
心配性の明石に感謝だな。
リンガを経つ前から疫病の可能性を考えていた俺に明石が水と食料を持参することを提案していた。なにから
おかげで水は時雨の持つ水筒、それが無くなれば妖精さんたちがたむろする座上艦から補充していた。そして飯は風呂の後に部屋で自前の糧食を食べていたのだ。そろそろ本当にひもじいので早くリンガに帰りたい。
しかしどうだろう。霞にバレると犯人が、下手すりゃ残った三人全員が不慮の事故で沈むことにもなりかねない。さすがにそんな極刑みたいなことまではしないだろうが、お咎め無しもあり得ないだろう。
いや、霞よりもまずい存在がいるな。
最悪、霞には言って聞かせることができるかもしれないが、コイツは気付いたときには全ての事を終わらせている可能性まである。
霞と違って多くを話さないが、決して勘が悪いでも頭が悪いでもない俺の半身。俺の共犯者。
害意をもって接するものを分け隔てなく許さない、情に厚くて冷徹な審判の女。
目を離さないように気を付けよ。
さて、彼女たちは本当に俺を殺そうとしたのだろうか。だとしたらなぜか。
事が明るみに出ないように? それとも、俺から自らの心と体を守るために……。
ただの仮説。妄想の類だ。確証もなければ毒殺である証拠もない。
ないが、俺にとって証拠の有無はさほど重要ではない。必要なのは真実ではなく、それなりに納得することのできる整えられた良い『落とし所』だけだ。
大人の世界では真実などクソの役にも立ちはしない。むしろ邪魔であることのほうが多いとさえ思う。
ヒ素による毒殺を立証するなら、実物を見つけるか、犯人とやらがいるなら当人の自供が必要になる。
それらを踏まえた結論。
「事故だ」
その様なことはなにも起きていない。
彼らはつまらない理由でつまらなく死んだだけ。
「彼らは知らず、硫化水素が噴出する洞を防空壕として利用しようとしていた」
少女たちを使った二人の司令官はもういない。今後、不幸な間違いが起こることがないならそれでいいと思う。俺は正義の味方でもなければ、トラックの男のような英雄になりたいわけでもない。
「それで誤魔化せる?」
「この島に基地を置くのは不適切だと合わせて報告する。どうせ艦娘の所属しない基地になる。そのまま放棄するよう働きかけてみるさ」
司令官もいない、所属していた艦娘は揃って横須賀行きだ。
俺たちが海域の解放を進めているので、ここはそれほど重要な基地ではなくなりつつある。十分に目はあるはずだ。
「明石、無理をさせるが」
「作業途中、に見えたらそれでいいですよね」
工作大好き娘でもさすがに気分は乗らない様子だ。
それも仕方がない。
硫化水素の充満する暗い穴に放り込んで、さらに悪行の片棒を担がせるのだ。
「大人になってからの秘密ってやつは、知るのも作るのも面白くないものだな」
幽霊などいない。呪いや祟りなどない。
でももしかすると、それは本当に沈んだ彼女の怨念だったのかも……。
と、言うのが最初の構想だったのですがー。
「よし、書いてみるか」と投稿を開始した時点で現在の形にオチが変わってた。
どちらのが良かったのか、それは謎。
丁寧に丁寧に、「毒」が使用された可能性を仕込んでいけたらよかったんだけど……無理でしたなぁ。
とにかく無事にケツまで繋がった。あと2〜3話投稿してこのエピソードは完結する。