少女のつくり方 〜艦隊これくしょん〜 作:山田太郎
生まれ変われたらエデルリッゾさんと恋仲になりたいです。
提督たちは軍令部からの指示を受け、とある海軍基地まで出向いていた。
そこでは毎日のように、午前も午後もなく演習や訓練に付き合わされており、その合間には艦娘運用についても指導という名の口出しを続けている。
一歩一歩とはいかないだろうが、それでも少しずつ。艦娘という存在が組織の、そして社会の“当たり前”に組み込まれていけばいいと思う。
ここでの生活に大きな問題が起きるでもなく、順調に日程を消化し、予定されている派遣期間も折り返しを迎えたころだ。
他所の基地でも変わらず休日をいただく我らが艦隊は、派遣先の面々から少々の皮肉をもらいつつも本日一斉にようやくのオフ。休暇を強行していた。
「うーん。どこに行ったっぽい? 霞、急いで急いで!」
「分かってるわよ。口を動かす前に足を動かしなさいな」
まるで短距離走のように疾走する二人が物々しい軍施設のゲートから我先にと飛び出していく。
華奢な腕を大きく振り、スラリと伸びた足で大地を抉るように蹴って街を駆けていくのは夕立と霞。
せっかくの休日をゆっくり過ごそうとしていたが、基地に所属する将校に司令官が街に連れ出されたと知れば放っておけない。
はるばる遠路を訪ねてきた司令官をもてなす以上の意味などないだろうが、あれでウチの司令官は敵が多いのだ。
自分たちの手の届かないところで“もしも”があったとき、きっと自分を許せない。
そう思ったから二人は走ることになった。
陸上選手なみの美しいフォームを街行く人々に見せつけながら走る二人。
気が急いている。逸っている。
二人にとってはさほどの距離ではなく、また無茶なペースではないにも関わらず額に汗が滲む。
そんなときだった。
「おい、そこの艦娘。ここでなにをしている?」
突然投げ掛けられたその大声で、焦る二人は引き留められた。
つんのめりつつも声の主人に目を向ける。声を発した男は軍人。肩章を見る限り中佐のようだ。
はっきり言うと鬱陶しい。
自分の提督でもない佐官の男などに、艦娘だからと上から目線で命令されたくはない。
しかもここは軍施設ではなく一般的な街中だ。軍務の最中というわけでもないだろう。
そんな考えが素直に顔に出てしまっていたのだろう。
その男は面白くなさそうな顔をして、高圧的とも言える態度でこう声を上げた。
「なんだ? 反抗的だな。ちょっとこっちに来い。どこの艦娘だ?」
その台詞を聞いた瞬間。霞はある決断を下す。
なに、やったことは単純。早く駆け出したいと隣でソワソワとしている夕立に目線で合図を送っただけだ。
その一瞬後には、その男が白目を剥いて地面に倒れていた。
後にはその男を見下ろす夕立。彼女はとある芸術家の描いた「叫び」という作品のような顔をしている。それだけのことだ。
さて、正拳突きというものを知っているだろうか?
ワタシは知っている。今しがた目の前で見せてもらったところだ。
正拳突きは腰の回転力と引き手の拳の螺旋回転を使って相手に叩き込むものだ。
格闘ゲームブームの先駆けとなった某有名ゲームの主人公が立ち強パンチのコマンドでこれを行うので、機会があれば見てみてほしい。
さらに実戦での正拳突きは上半身だけではなく、足を踏み込み重心移動でその威力を余すことなく対象に伝えるのだそうだ。
その効果のほども、今しがた実際に見せてもらった。
「だ、大丈夫っぽい?」
見知らぬ軍人をいきなり殴り飛ばしてしまった夕立が不安げな顔でこちらに縋るような目を向けている。
そんな涙目になるようなら、条件反射で人間を殴るのやめなさいな。
もっとも、彼女はワタシの“意を汲んで”殴ってくれたので、その不安を置き去りにするつもりもない。
「この男はワタシたちに、どこの艦娘だって聞いたのよ」
さすがに飲み込みが早い。それだけ説明すると納得顔で不安を忘れてみせた夕立だった。
つまり、この男はワタシたちがどこの誰かも知らないのだ。時雨や伊勢と違い、ワタシたち二人は一目で艦娘とバレる容姿をしているのが面倒ごとを呼び込んだわけで、まぁ特にワタシなわけだけど。
しかし出張が終わってリンガまで帰れば2度と関わることもないだろう。
よしんば最低の巡り合わせで再び相見えたことがあったとしても、殴ったのは夕立の独断だ。
ワタシはなんの指示もしていない。
その場合は、せめて悪意なき第三者として精一杯夕立の弁護をしてやろうと小さく胸の中だけで思う。
とりあえず今しておくべきこと、それは倒れた男の隣に路肩にあった鉢植えを並べることだ。
どこかから飛んできた鉢植えが彼に直撃して打ち倒した、まさに不幸な事故だった。
「急ぐわよ」
まったく。余計な時間を過ごすことになった。ここにいたのがワタシと夕立であったことに感謝してもらいたい。
ワタシが時雨なら、今ごろ追撃を行なっている最中のはずだ。そして2度と出会わない確率を黙々と上げていることだろう。
そして夕立が綾波ならば、彼は2度と目覚めることのない永遠の眠りに入っていたかもしれない。間違いなく2度は会わないはずだ。
そう考えると、彼は不幸な中では幸福の類であったわけだ。
艦娘に対して居丈高に振る舞う自らの行いを恥じるのか、それともこんな目に合わせた艦娘を恨んでより酷くなるのかは分からないが、せめて前者であればいいなと思う。
そうでなければ、2度と会わないことを祈らなければならないのはあの男のほうになるからだ。
「っとに、どこまで行ったんだか」
杞憂で終わればそれでいい。
ただワタシたちの手の届かないところでもしもがあれば、悔やんでも悔みきれない大きな瑕疵を残すことになる。
そんな“もしも”がこの世にあったなら、そんな世界はもう必要ない。
思っているよりも余裕がないようだ。
霞は自分の中に湧き出た薄暗い気持ちを打ち消すように頭を振った。
見つけたら司令官にはお小言をくれてやらなければならない。
そのくらいの八つ当たりなら許されるだろうと思い直し、また走り出した。
うーん。依存ってやつ。