少女のつくり方 〜艦隊これくしょん〜 作:山田太郎
思えば構成から内容まで、完全に読者のみなさんを放り投げて突き進むお話だなぁと反省しております。
誰が話しているのか。それの説明もないままズンズンと進んでいき、さらに初登場前の人物がいつの間にやら登場している危険なシステムについては、少しだけ反省している。ごめんちゃい。
しかし改めるつもりが全くないので、今後も苦労を掛けます!
それでは行ってみましょう! 遅々として進まない執筆作業に嫌気が差したものの、このままでは忘れ去られてしまうと危機感を抱いだ山田さんが贈る……。
蛇足
ああ、懐かしい匂いだ。
心の奥深くにあった記憶の扉を開けるそれが鼻腔を刺激する。
ジリジリと肌を焼く日差しと、風のないこの環境にはずいぶんと泣かされたものだが、今となっては、ただ、その全てが懐かしい。
ワタシは、帰ってきたのだ。
「よ、おつかれ」
感慨にふけっていると、不意に、耳に馴染む声がワタシの耳に届いた。
いつの間にそこにいたのか、それともずっとそこでワタシを待ってくれていたのか。
門の前で待っていてくれていたのは、もう一度会いたいと願っていた記憶のままの、大切なかつての戦友の姿。
「みんな来てるの?」
心の動揺を悟られないように、常と変わらぬ言葉で何気なさを装い返答する。
「そうさ、霞で最後だよ。遅刻……じゃあないな。うん、霞だけが時間どおりさ」
長く話していなかったはずの、もう記憶にしかいない彼女だったが、彼女は胸のすく笑顔でそう言った。
昨日までと同じ。そんな、当たり前の対応をしてくれたのが嬉しかった。
二人並んで基地施設の門を抜ける。
考えてみたら、ワタシはこの門をくぐることがほとんどなかったように思う。
寮住まいとは違い、ワタシの部屋は敷地内にあったからだ。
ずっと帰りたいと思っていたここでさえそうなのだ。思えば、ワタシは狭い世界で生きていたものだと思う。
そういったことも、この箱庭のような小さな楽園を、無くして初めて気が付いた。
ワタシたちはいつもそうだ。
手から溢れてしまってからじゃないと、それがとても大切なものであったと気付けない。
「それで、アナタが迎えに来てくれたんだ」
「ま、パートナーだからね。霞の保護者さんなら、今ごろお茶の用意をして待ってるところだぜ」
なにか話したくて、でもなにを話せばいいのか分からなくて。
なんでもいいから話がしたい。話したいことなどいっぱいあるのに、まるで口元でそれらが渋滞を起こしているかのように、沢山の気持ちがつっかえてしまい、結局口から出るのはどうでもいいことばかりだった。
それでも彼女は記憶のままの彼女と同じで、頭の後ろで両腕を組んでワタシに歩幅を合わせて隣を歩いてくれる。
そうして彼女から知らされたのは、姉のように、母のようにと、ずっとワタシを見守り支えてくれた特別な艦娘が、ワタシを待ってくれているということ。
「そう」
素っ気なく答えてしまったが、その胸中はドキドキと高鳴っている。
紅茶を飲むのは本当に久しぶりだ。
まったく飲む機会がなかったわけではないが、あまり飲む気にはなれなかった。叶わないそれを願うのも、比べてしまうのも嫌だったから。
本舎まで続く、なんてことのない道を歩く。
なにかとみんなで集まった桟橋に広場、油塗れになりながら通った工廠。その向こうには、視界に広がる美しいワタシの海。
道の両脇では、ワタシの帰投を喜ぶかのように、妖精さんたちがたくさん集まって思いおもいの表現で歓迎してくれている。
「時雨は、待っていてくれてるのかしら」
思い出の顔を浮かべて、懐かしい名前を口にする。
あれから彼女はどうしていたのだろう。恨んではいないだろうか。司令官のいなくなった世界を変わらず歩いてきたワタシに失望していないだろうか。
会いたいはずなのに、会うのがとても怖い。
「霞に感謝していたよ。それから、美味しいお菓子をたくさん用意しておくから、許してほしいだってさ」
ワタシが不安がっているのが分かったのか、傍を歩く少女が目を伏せるようにして教えてくれた。
「バカね」
本舎の入り口に一歩、足を踏み入れる。
「どうかしたかい?」
入り口に立ちすくんだワタシを、少女が優しげな眼差しで振り返る。
匂いだ。ワタシの記憶に、ワタシの心に、
たくさんの海の水のように流れ込む郷愁。
ワタシは、帰ってきた。
基地に帰投したときとは違う。この建物に一歩入っただけで溢れんばかりに流れ込む様々なキモチ。
帰ってきた。また、ここに帰ってくることができた。
「遅いっすよ、なんて言ったら、また怒られちゃいますかね」
「アンタ……、待っててくれたの」
「言ったことありませんでしたっけ? 霞さんのいるところが、自分の居場所です」
入り口では、さんざん迷惑を掛けてしまった男が待っていてくれた。
最後まで付き合わせるだけ付き合わせて、ワタシの、ワタシたちの長い戦いが始まってからは、いつも、誰より側で支えてくれていた男。
ただ側にいてくれるだけのなんてことのないそれに、ワタシがどれだけ救われていたのか。
誰もいなくなってしまった戦場で、それでも最後まで隣に立っていてくれた友人だ。
それなのに、ワタシはなにも返すことができず、なにも伝えることができなかった。
謝らなければ、感謝を伝えなければ。
なかなか口から出ない色とりどりの感情たちに翻弄されていると、男がゆっくりと頷き「お疲れ様でした」と言ってくれた。
それだけで十分。
二人で過ごした時間は、それだけで、他になにも言う必要はないのだと、そう笑顔で迎えてくれた。
「さぁ、行こうぜ。アイツも待ってるからさ」
二人に導かれるまま階段を上がっていく。
胸の高鳴りが止まない。これではまるで恋する乙女だ。喜び、期待、不安、そして後悔。すべての感情が詰まっている。
彼はワタシになんと言うだろう。
よくやったと褒めてくれるのだろうか。それとも彼の理想から外れたワタシを詰るのだろうか。そんな彼は想像できないが、失望されるのは怖い。
ワタシはワタシにできるだけをやってきたつもりだけど、それは本当に正しかったろうか。
やり方を、そしてその目的は正しいものだったろうか。
苛烈に生きてきたワタシは、間違ってはいなかったろうか。
執務室の前に立つ。
あのときのままの姿で、ワタシと彼とを遮る重厚な扉。
すぐ目の前にあるのに、なかなかノブに手を掛けることができない。
この扉はワタシを拒んではいないだろうか、ワタシはいつからこんなにも怖がりの女の子になったのだろう。
両側に立つ二人はそんなワタシになにを言うでもなく。ただ見守ってくれている。
執務室の扉の端についている傷は、ワタシの右腕を飾るのだと言って大きなチェストを運び込んだときに彼がぶつけたものだ。
あとで妖精さんが補修しようとしたが、それを彼が止めた。
そういったものが、思い出を形作るのだと彼は言った。
ワタシは今、この傷を見てそれを思い出す。
「お姉さま! 早く、早く!」
「Ohー、ダイナシダヨ!」
あんなにも硬く閉ざされていたように思えた扉が、中から慌ただしく開かれる。
それぞれの扉を開いてくれた二人。ワタシの大切な、彼女たちの笑顔が見えた。
「リンガの艦娘はここぞってときに締まらないな。伝統か?」
「リンガ流でいいじゃないですか。提督と一緒に、自分たちみんなで積み上げた形ですよ」
そんな“締まらない”光景を見て、ワタシの側でワタシを支えてくれた二人が言った。
たくさんの光が涙でぼやけた視界を覆う。
暖かい空気に抱かれ、ワタシは、ようやくここに帰ってこられたのだ。
「カスミは泣き虫デスネ」
「さぁ、歓迎会ですよ。頑張りましたね」
ワタシを護り、そして育んでくれた、ワタシの姉とも言える二人に手を引かれて室内に入る。
泣き顔なんて見られたくないのに、笑顔のワタシを見てほしいのに。
止まることのない雫が頬をこぼれ落ちていく。
「おかえり、霞。いろいろと迷惑をかけてごめんよ」
出迎えてくれる声は、ずっと肩を並べて競い合ったかけがえのないワタシを形作るものだ。
競い合った好敵手であり、信頼できる戦友であり、大切な仲間だった。彼女の他には結局出会うことのなかった、並び立つもの。
そして、そして……。
しゃくり上げながら目元を乱暴に拭う。
会いたかった、逢いたかった。
ずっと、ずっと。
もう一度アナタと言葉を交わせることを夢見て意地を張ってきたのだ。
もう一度、この時間を過ごしたいとガムシャラに戦ってきたのだ……。
期待も、不安も、嬉しさも寂しさも。
ワタシを色付けるたくさんの感情たちすべてをどこか遠くに吹き飛ばして。
立ちすくみ、一歩も動けないまま涙を落とし続けるワタシを見て、慌てるように席を立ち、少し困った顔で駆け寄ってくる彼の姿が見える。それは何度か目にしたいつもの顔だ。
アナタにはいつも泣き顔を見せている気がする。
でもせめて、今だけはワタシの精一杯の笑顔を見てもらいたい。
零れる涙もそのままに、真っ直ぐ顔を上げて万感の思いを込めた一番の笑顔で……。
ただいま
蛇足。いい言葉だなぁ。
「蛇に足はいらんだろ」。そんな気持ちをたったの2文字で伝える簡素で完成された言葉である。
さて、ここまで着いてきてくれた読者のみなさんならば、もう山田さんが心配することもないはず。
読んだあとは一時記憶喪失にでもなったかのように、忘れてくれぇい!
忘れてくれと言いながらも、(優しい)感想お待ちしておりますよ!
読みながら頭の中でパズルを組み立ててくれる、ここまで、そしてこれからも付き合ってくれている読者のみなさんに感謝を。