少女のつくり方 〜艦隊これくしょん〜 作:山田太郎
霞さんは腹部目掛けた突き刺さるような後ろ回し蹴りが決め技。
夕立は“猛禽類のような”危ない指で掴みかかり、綾波は状況に応じてなんでもできるが大体関節きめて拘束することが多い。
海戦での時雨は魚雷の進路に敵艦を追い込む詰将棋のような狩りをして、霞は基本に忠実オーソドックスな戦い方で普通に強い。
つまり、この渓谷には実在のモデルがあるってことさ!
いっちばんに泳ぎ出した白露の後、ジェスチャーで「お先にどうぞ」を時雨に伝え、三番手となって泳ぎ始める。
飛び込んだ先は川底を抉っていくほどの流れだったが、まぁ慌てるほどではない。川岸が見えないほどの大河でもあるまいし、最悪流されたら帰りの登山行を短縮できてラッキーってなもんだ。
海と違って浮力に補助がない川は浮きにくいわけで、さらに足ヒレなども持ってきてないので自前で泳ぎきらなければいけない。
足ヒレに慣れた身としてはダルいことこの上ないが、登山の準備にと足ヒレをバッグに詰める奴などいないだろう。
遅々として進まない距離にヤキモキするが問題はその程度だ。
今は目指す滝の美しさに期待をすると共に、目の前を泳ぐ美少女二人のお尻を追いかけることに専念するのみ。
岩場を抜けると急に浅くなり、下手なルートを通ると胸を擦ってしまいそうだが、俺が擦るより先にきっと白露が擦るのだろうから選定はもうアイツに任せておこう。
足が着くからと言っても、苔むした岩がゴロつく川底なんかまともに歩けやしないので、ある程度の水深がないと非常に面倒だ。
川は急に深くなっている。なんてよく耳にするフレーズだが、海でも川でも深いほうの水深ってやつは本当にどうでもいい問題だと思う。
どうせ泳いでいるときに足など着いていない。そして足が着かない深さであれば水深2mでも水深1万mを超すマリアナ海溝の最深部でも大して変わるまい。
パニックを起こせば膝くらいの水深でも人は容易く溺れることができるので、ある種の開き直りを持って焦らないことを念頭に置くのが正しいだろう。怖いのは泳げないことではなくパニックなのだから。
日本に学校水泳があるのは紫雲丸事件の教訓からだと知れば、泳ぎに対してもう少し真面目に取り組むようになる気がする。
つまり学校水泳がある我が国の国民は、その殆どが泳げる人に分類されるわけだ。これは世界でも稀有なことで、なんなら日本人の特徴の一つに数えられてもいいと思う。
水泳についての誤解が多いのは、うまく教員が伝えきれなかったからってのもあると思うが、ちょっと考えてもみてくれ。
「私5mしか泳げない」は本当に実在するのだろうか、と。
5歩しか歩けないみたいなことを言われても返答に困る。歩き方を知っていて、5歩も歩けるのであればあとは体力の続く限り歩けるのだろう。歩きたくないだけで。
泳ぎも同じだ。やりたくはないし、やって後悔したこともあるが、5m泳げるなら体力が続く限り泳ぎ続けることができる。あそこに見える島まで遠泳しようぜ? は実際に可能なわけだ。断じてやりたくはないが。
あれは無人島から脱出する某テレビ番組を家で見ていたときだ。
無駄に高いサバイバルスキルと経験を積み重ねてきているウチの艦娘さんたちはあんまり興味がなさそうではあったが、俺は男の子だからね、俺もやってみたいと思ったわけだ。
幸い俺たちが住んでいる田舎の海には無人島も珍しくないので、キャンプがてら今度企画してみようかな、なんて考えていた。
番組では最終的に5km離れた隣島へ脱出できれば勝ちという内容だったのだが、参加者たちは思いおもいのロジックでイカダやイカダもどきを造って脱出を試みていた。
俺ならどうするだろうか?
5km程度であれば最悪2リットルのペットボトルが1本あれば泳ぎきれる。
世界には34km離れた海峡を17時間ほど掛けて自らの力だけで泳いでやろう、なんて人たちもいるのだ。彼ら彼女らに比べれば5kmなど距離のうちにも入らない。
しかし、また同じ話になるが「やれる」と「やりたい」は別物だ。
できれば人間単品で泳ぐ距離は2kmに抑えたい。つまり3km保つだけの浮力があればいいと最初から割り切れるのは強みだろう。
で、一緒に見ていた艦娘さんたちに尋ねたわけだ。
一部の子たちは「航行すればいい」だなんてふざけた解答をよこしたが、その他の子らはさも当たり前のように口を揃えてこう言った。
「泳げばいいじゃない?」
さすが、体力有り余ってるなぁ。
まったく参考にならねぇと思ったわけだが、そういや米海軍の特殊部隊なんぞは約1kmの距離を20分以内に泳げないと体力審査で早々に脱落するんだった。
そのスピードはもはやちょっと遅いだけの徒歩。軍隊ってどこも似たり寄ったりなのかもねと、達観にも似た気持ちにさせられた。
さすがに34km泳げだとか5kmは基本だ、などと言うつもりはない。なにより俺がやりたくない。
しかし、いつなんどき必要になるかもしれないスキルだ。せっかく義務教育で教わったものなので、少しばかりの自信を持ちつつチャレンジしてみるのはいいことだろう。
挑戦するときの合言葉は常に「他人にできて俺にできないわけがない」だ。
しかし解せない。
俺に旧海軍の見張員並みの視力があれば目の前を人魚のように泳ぐ時雨の隅々までを余すことなく観察できたはずなのに。
そもそもゴーグルがないと水中視野がこれほど利かないとはな。ゴーグルがなかった時代はどうやってたんだろうか。
蹴り足の動作一つを取っても美しい、そんな時雨の足の付け根に向け、足が大きく開かれるたびに極限の集中力を発揮させていたら気付かぬ間に滝のある岸へとたどり着いていた。
帰りのことを考えると無駄な体力の消耗は避けるべきだ。そして体力の消耗とはモチベーションによって大きく左右される。
時雨に邪な気持ちを集中させて川を遡上するのは正しい行いだってことだな。
「すご、こんな近くで滝を見るのは初めてだね!」
大はしゃぎで上陸を果たす白露が駆けていく。時雨と並んで岸に上がった俺たちは、ここに来て何度目だろうか、また自然の圧倒的な大きさってやつを実感していた。
「凄いね、圧巻だよ」
「ホントだな、俺もここまで近く滝を感じたことはなかったから感無量だ」
山から絶えず落ちる水の音にかき消されないよう、互いに声を張りながら感想を伝え合い、滝の上げる水しぶきが舞う中へと白露を追って歩く。
遠くから眺める滝もいいが、体感する滝もいいものだ。今、俺たちは全身で滝を感じている。目で、耳で感じるだけではない、言い表せない圧を体が感じ取っているような錯覚さえ覚える。
「ちょっと大変だったけど、来て良かったな」
「うん、いい経験になったよ。連れてきてくれてありがとう」
声を通すため、自然と肩が触れ合う距離で寄り添うように立つ。
あぁ、戦争をしてでも護りたいものって、きっとこういうものなんだと実感した。
虚空で遊ぶ二人の指が、どちらともなく繋がれる。それは小指だけを絡めた控えめな表現だったが、きっと繋がれていたのは目に見えない強固な何かだ。
いつしか二人の距離は寄り添うよりも近いものになり、時雨が傾げた頭を提督の肩にもたれさせる。
しっとりとした空気が辺りを包みそうなものだが、滝壷で飛沫の雨あられと対決しているらしい白露の奇声が響く環境ではそれも難しい。
くすっと小さな笑い声だけ残し、さて、みんなの待つ家へ帰るとしよう。
お土産にはたくさんの写真、そして食事の席では今日見たこと、感じたことをいっぱい話してやらなくてはならない。
代わりにアイツらの今日の冒険譚を聞かせてもらおう。
俺たちはこうやって、日々過ごすなんてことのない、しかし大切な一日を思い出に変えて生きていく。
「まさか、僕たちは……繰り返しているって言うのかい?」
歴史をなぞるように、延々と繰り返すそれは醒めない悪夢だ。
それは彼女たちに絶望を与えるには十分なこと。
「だったら、ワタシたちは何度も沈んで、そして負け続けているって?」
そんなのは認められない。ワタシたちは本気で戦い、必死に今を生きているのだ。それが何度も繰り返された演目だなんて、認められるはずがない。
だって、それなら……。
ワタシたちは、何度も同じ海に出撃し、そしていつも同じ結末を──。
「だから、私がここにいるんじゃないか」
力強く胸を張る少女が言う。
そう、彼女こそがイレギュラー。彼女こそが歴史の特異点。
彼女こそが、この世に残された最後のピース。
「この深雪様が歴史を変えるのさ!」
ここまで嘘。