少女のつくり方 〜艦隊これくしょん〜   作:山田太郎

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11話「ブレザーと対物ライフル」の翌日で124話「愁嘆慟哭そのあとに」の前日。

しかし恋の話ではないただの日常回です。


リンガの艦隊マーク(思いつき)

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〜阿武隈と恋の歌〜

「見て見て、めっちゃかっこ良くない? あの格好なにかな、コスプレ?」

「ねー、隣の子もヤバい! すっごいスレンダーだしめちゃ小顔! 髪も超キレーだよ! この辺の人じゃないよね?」

 

 

 

 

 

 

「……誰がコスプレだ」

「うぅ、だから提督と一緒するのは目立ってヤなんですぅ。すごいスレンダーって、それって褒められてます?」

 

 

 

やぁ、俺です。

できれば一処に留まりあまり出歩きたくないタイプなのですが、まぁた呼び出されて内地にやって来てます。

 

遠いところをはるばる戻ってきたので、ついでができる仕事はこの機会に終わらせてしまおうと、昨日は鈴谷と人に言えない仕事をこなし、本日は別の意味で人に言えない仕事をするために阿武隈を連れてとある地方都市に出張中だ。

いい言葉ですよね、ついで。

 

 

冒頭のセリフはその地方都市の女学生たちだね、箔が付くからと制服なんかで来るんじゃなかった。

 

 

なぜ阿武隈を連れてだって?

今回のお仕事は阿武隈絡みだからだよ。

決して二人でコスプレを楽しんでいたわけではなく、リンガの裏金作りのため、ないことになっているリンガの埋蔵金たる物品の数々の販路を開くためだ。

 

それらは艦娘への給与その他を賄うためにやっている裏稼業なので、まさか海軍のお膝元横須賀から搬入するわけにもいかないんだよなぁ。

なので京浜工業地帯は残念ながら条件に合わない。逆に西に寄りすぎると呉に近づいてしまうのでこっちも当然却下。

 

残ったところがここってわけだ。

 

 

ともかく、女学生についてだ。

いや阿武隈についてか? 彼女たちの発した言葉は俺にとっての失礼であり阿武隈宛ではない。まずはそのことをハッキリさせなくてはならない。

 

 

「はぁ? スレンダーは褒め言葉だろ、お前の被害妄想だ。俺なんてコスプレだぞ?」

「ひが……別に! 全然気にしてませんから! むしろ戦いやすくて自慢なんですぅ! 提督がコスプレに見えるのは貫禄なくて顔が胡散臭いからですぅ!」

 

しっかり気にしていそうな阿武隈が、売り言葉に買い言葉よろしく言葉の応酬を仕掛けてきた。

もちろん言われるままにしておく俺ではないので、ここはしっかりと上下関係を教え込んでおかねばならない。

つまり、よーしそのケンカ買った。である。

 

 

「お前のソレはただの悪口じゃねぇか。コスプレに見えるのはお前が隣で派手な髪色と髪型してる相乗効果だ、半分はお前のせいだよ!」

「なっ! なんですかその言いがかり? 身体的特徴を責めるなんて人として終わってますぅ! 訴えられたら勝てませんよ!」

「だからその前にお前の上官への物言いだろうが、身体的特徴って、俺の顔が胡散臭い呼ばわりするお前が言うな!」

 

 

不毛な争いだった。

お互いに関節を極めあう死闘を繰り広げてはいたが、それもここまでにしておこう。

女学生さんたちが生優しい目でコチラを見ているからだ。

 

あと貫禄がないとか言うな、自覚してるから制服なんだよ。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、やっぱり帰りそびれちゃいましたね」

 

話し合いに思ったより時間がかかったこともあり、本日中に横須賀に帰るのは早々に諦めていた。

帰ると帰るでジジイの小言が止まらないからな、時雨には連絡を入れたので一泊して明日ゆるりと帰ろうって算段だ。

 

そして俺たちは、目的であった港が並ぶ都市から少し移動し、今は旅館に来ております。

せっかくのお出かけでビジネスホテルって味気ないじゃん? あと、心なしか横須賀から遠ざかってるのは気のせいということにしておいてくれ。

 

 

 

「部屋、一緒で構わないか?」

「いいですよ、もう今さらです」

 

阿武隈と並んで受付を済ませる。

すぐに飯を、と言いたいところだが、夕餉の前に汗を流したいところだ。

うら若き乙女と同室なのだから当然といえば当然なのだが、受付のスタッフに誤解されているようで、フレンドリーに話しかけられた。

「まぁまぁ、可愛らしい彼女さんですね。ご旅行ですか?」

 

「そのようなもんです」

 

呼吸するより早く、意識するより前に嘘が口から出るのは自分でもどうなんだろうと思ってはいるんだぜ?

さっきより一歩分身を引いた阿武隈がジト目でこちらを見つめているようだが、とりあえず口にしないだけの分別は持っているらしい。

と、言うよりも、アイツも俺と同じでただ面倒だったんだろう。

 

 

どうせ二度と会うこともない受付の人に二人の関係性を事細かに説明するのは手間である。恋人に見えるならもう恋人でいいと思っただけだ。なんなら「かわいい娘さんですね」と声を掛けられていても「そうでしょう」と答えたはずだ。

 

だがこの判断は間違いだったかもしれない。

なぜなら二人を恋人同士だと思い込んだ受付の方が、より一層突っ込んできたからだ。

 

 

「よろしければ貸切風呂のご用意もできますよ、お二人で疲れを癒してはいかがですか?」

 

旅行の思い出作りに協力してくれているのだか、はたまたただの営業か、そう言って宿のパンフレットを見せてきた。

 

開かれたページでは、山の展望を一望できる大パノラマの温泉を紹介している。

建屋の中らしいが山側の壁がなく解放感がすごい。酔っ払いの二、三人は落っこちてそうなほどだ。

掛け流しの天然温泉じゃなければ冷暖房の効かないどえらい部屋ともなっていることだろう。

 

 

「今日は名月ですし、きっと綺麗ですよ」

 

隣から同じくパンフレットを覗き込んでいた阿武隈も興味がありそうだ。俺としてもぜひ見てみたい。どっちをって? 言わせるなよ恥ずかしい。

 

 

 

「いえ、残念ながら明日早いのでまたの機会にさせてもらいます」

 

 

ギリギリでなんとか正解を口にした俺である。

一晩の過ちを犯して人生を棒に振るわけにはいかないのだと、なかなか男の子では理解しても実践できない判断をするあたり俺は戦場でも冷静であるようだ。

 

阿武隈は阿武隈で興味がありそうに見てはいたが、二人で名月とやらを楽しんでしまえば後で何を言われるかわかったものじゃない。

部屋にある内風呂で我慢してもらうのが一番正しい選択であるはずだ。

 

 

 

 

特に珍しくもなんともない、これぞ旅館の一室だ。そんな部屋。「俺、旅館の部屋のあのスペースが好きなんだ」と言えば100%近くがあのスペースを間違うことなく頭に浮かべていることだろう。もちろんそのスペースもちゃんとある。寝る前にはそこで阿武隈と酒でも飲もうかな。

 

そんな妄想をしながらも、ごく自然に部屋まで案内してくれた仲居さんに心づけを渡す俺。

 

ああ、でもお茶を淹れてくれたりはしないんですね。「ごゆっくり」と言いながらそそくさと出て行ったが、お前こそもっとゆっくりしろよと言いたい。世知辛い世の中だぜ。

本当にここでゆっくりされたら気まずくて仕方がないので、それはまぁいいんだけど。

 

ジジイや姉さんに連れられて行く旅館などとは比べないほうが良さそうだ。幻想は早めに捨てて現実を見ることにしよう。

 

 

「立派なお部屋ですねー」

 

よし、珍しくないのは自分にとってだけだったと訂正しておこう。

下手すりゃ実家のほうが立派にも見えるわけだが、阿武隈が喜んでいるならそれでいい。

しょぼい茶っ葉に安そうな急須といったフルコンボに辟易したところの俺ではあるが、わざわざ旅の同行者の気分まで害しても良い結末は迎えられないだろう。

 

 

 

「ほら、今日の殊勲はお前だ、遠慮せず床の間を背負え」

「へ?」

 

なんだかんだと有能な阿武隈は本日のお仕事でもよく働いてくれた。

労を労うって書くと読みづらさ満点だけど、信賞必罰はいつの時代のいつの組織でも正しかろう。

働きに応じてひとは報われるべきである。

 

と、言いつつ何も用意していないので上座に座らせるだけで茶を濁そうと企んだのだ。

 

どこで覚えてくるのか、結構なんでもこなす艦娘だから茶くらい不足なく淹れられるんだろうが、幸い俺もそういった事柄についてはひと通り学んでいるので、ついでに手ずからお茶の用意もしてやろうというのだ。

 

 

 

「そんなこと出来ませんよ! 上座は提督ですぅ。私が座れるわけないじゃないですか」

「俺は気にしないぞ?」

「私がするんです! いいから座ってくださーいー」

 

なんだ、てっきり労いが座る場所だけかよ! みたいな反論があるかと思っていたのだけど、思いのほか慌てふためいた阿武隈に上座は固辞されてしまった。

さりげに急須も取り上げられてしまったので、俺の目論見は全てが粉砕されたと言っていい。本人がいいなら別に問題はないんだけどな。

 

「やっぱ温泉お願いしとくべきだったか?」

「いやですよ、なんで提督と入るんですか」

 

夜空に浮かぶ名月と水面に映る名月を愛でて風流ってなものだが、この美少女戦士さんの心には刺さらなかったらしい。

浮かぶほどにはないと思うがお前の名月にも興味があったのにな。なんて言うと部屋から追い出されかねないけど、水面に映った月を掬おうとして溺れ死んだという李白さんの気持ちが温泉でなら少しだけ理解できる気がする。

 

「一緒に寝るの不安なんですけどぉ」

 

 

 

「そんじゃ、せめて内風呂でも堪能するか。飯が運ばれてくる前に交代で入ってこようぜ」

「提督からどうぞ」

 

いや、阿武隈から……親切心だよ?

ニコニコ笑顔の阿武隈がタオルを差し出して俺をせっつく顔には見覚えがある。

たまに時雨が見せる笑顔だな。

 

阿武隈の残り湯を楽しむ計画は成就しそうにない。無理を押し通しても天一号作戦にしかなるまい。

 

 

「有明の月を 待ち出でつるかな」

「なんで下の句から読むんですか。有明まで浸かってたら風邪ひきますよ、いいからさっさと入ってきてくださぁい」

 

月から連想した歌を口に出してから、そういや百人一首には阿武隈の姉の歌もあったなと思い出す。

 

「由良のとを 渡る舟人 かぢを絶え ゆくへも知らず 恋の道かな」

 

 

 

「すみませーん、やっぱり部屋を分けてくださぁーいー」

 




百人一首には艦のことを歌った句が20近くある(勘違い)。

1番多いのは有明。
白露や村雨、霞の歌まであるが、残念ながら時雨の歌はない。なぜ?

歌がないのはかわいそうなので、山田さんが勝手に時雨の歌を選んでみよう。

「忘らるる身をば思はず誓ひてし 人の命の惜しくもあるかな」
時雨ェ……

しかし百人一首で時雨と言えば「時雨殿」があるので、ある意味一番百人一首と縁があるのは時雨なのかもしれない。


本文最後の由良の句は、「由良を渡る艦が漂流するかのように、どこにたどり着くのかわからないのが恋の道なんだなぁ(山田意訳)」。


百人一首ネタが出たので、次回もそれ繋がりでぶっ飛んだ話が投稿されるかもしれません。

あと、この話は投稿にあたり「貸切風呂を回避しない話」からの改変です。

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